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30 ピンク色の提灯ブルマー

「ではセーラとエルナントカは踊り場に上がって待機せよ。今から時間を動かすゆえ、ユーリィが空間に投げ出されたらばしっかりキャッチせよ」


 黒姫さまが声高らかに指示をする。


「え、でも」


 私が慌てて視線を巡らせると、アースタート階段の縁の所に女伯がいて、そこからアカネイシャ階段の上の方に居るユーリィ様を齧り付きでガン見しているのが見えた。丁度今まさに魔力攻撃をしかけようとしている所だったのか、両目を大きく見開いている。


 私は女伯を指さして、


「黒姫さま、それよりも女伯に最初っから魔力攻撃させないようにした方が良くないですか?」


 そう提案してみたのだけど。


「我らの"後味"も重要である」


 黒姫さまは少し冷ややかにそう言った。


 後味?

 後味とは一体?


 ちょっと判りにくいと思ったけれど、それに対して聞き返している場合でもない。私は了解して黒姫さまの指示に従い、エルイングと一緒にアカネイシャ階段の踊り場に立った。


「ユーリィ様が落っこちてきたらしっかりキャッチだからね!」


 私が確認すると、エルイングは肯く。


 黒姫さまは輪郭バチバチの扇子をパタリと閉じて手の平から消すと、目を瞑って何やら詠唱を始めた。すると、完全にモノトーンに染まっていた世界がいきなりパアッと鮮やかに色付く。黒姫さまを中心に、まるで色彩の爆弾が爆発したみたいに。


 そしてその直後。

 階段に座っていたユーリィ様の身体がふわりと浮いた。


 ユーリィ様は驚いた顔をして「キャッ」と叫ぶ。


 その身体がまるで無重力の中にいるみたいにふわっと踊り場の真上まで飛んできて、だけど次には突然重力が戻ったみたいに頭部がガクンと下を向き、身体がぐるんと半回転。


 このままだと頭から真っ逆さまに落下!

 しっかり抱き留めないと!


 私は衝撃に備える為に咄嗟にしゃがみ、落ちてくるユーリィ様の頭部に飛びついたんだけど、予想していたより衝撃が少ない。ん? と思って見上げると、エルイングが仁王立ちでユーリィ様の両足首をひっ掴んで持ち上げていた。


 絵面が酷い。


 ユーリィ様のスカートは完全に逆さ状態で、スカートの中のピンク色の提灯ブルマーが丸出しに―――。


 でも、狭くて目立たないアカネイシャ階段だから多分誰にも見られていない。セーフ。

 あ、女伯には見えていたかもなあ。


 何がなにやらで状況が判ってないユーリィ様は、自身のあられもない体勢を悟るなり「いやああああ」と叫ぶ。するとエルイングが掴んでいた足首を無表情でパッと放した。するとユーリィ様の下半身はどしゃあと床に落っこちたけど、頭部は私の膝がしっかり受け止めていたので、当然大事には到らない。

 だけどやっぱりそれなりには痛かったみたいで、


「い、痛いです、なんなんですかもうぅ」


 泣きながら顔を真っ赤にして、めくれ上がったスカートの裾を直す。


 ああ、生きてる。


 私は思わずユーリィ様に抱きついちゃったんだけど、ユーリィ様はポカンとしてる。それから暫くして皇子殿下が「さっき、ユーリィの悲鳴が聞こえたんだが」なんて言いながら階段を上がってきた。


 この皇子殿下の様子からして、ユーリィ様が一度亡くなった事も、時間が遡った事も含めて、全くなんにも知らない感がある。


 ああ、本当に時間が戻ってる。


 きっとマフリクス子爵ご夫妻は今頃自邸で呑気に娘さんの帰宅を待っているのに違いない。

 ユーリィ様が一度死んだ事を覚えているのは―――私とエルイングと黒姫さまの三人なのかな? なんて思っていたら黒姫さまも階段を上がってきた。


 それに気付いた殿下が、


「姉さま?」


 声をかける。

 何故だかとても不思議そうな表情と声音で。


「姉さま、つい先ほど、叔父上の所に行くと言って会場を後にしてませんでしたか?」


 と。


「ああ」


 黒姫さまが肯いた。


 殿下の言う"つい先ほど"と言うのは、最初の20時よりも少し前の事らしい。そして、それは私が会場に着くほんの少し前のようだ。


「セーラの晴れ舞台をな、遠目にでも見られまいかと。私はアースタート階段の踊り場の縁に凭れて、うきうきわくわくしながら待ちわびておったのだが。背後にいた金髪の女にいきなりごっそりと神力を奪われたのだ」


「え」


 私と殿下は思わず目を見合わせた。

 金髪の女とはつまり、すなわち。


「吃驚したぞう? いきなりずるりと引き抜かれる感覚を覚えたわ。で、だ。この私自らの意志にて神力を派手に使ったものと―――パシフェルの奴めが勘違いしてはいまいかと気になって、こちらから釈明に行ってやったわけであったが」

「叔父上はなんと」


 黒姫さまは今度は普通の扇子を取り出し、バサッと広げて口元を隠す。そうして眉根を寄せて、


「……人ってあんなに怒れるもんなんだのう」


 つくづくとそう呟いた。


 想像したのか、皇子殿下はサアッと青ざめた後、頭を振って気を取り直す。そうして少し黒姫さまと耳打ちし合った後、側近に命じて目立たないように会場内に待機していたらしい隠密を呼び、秘密裏にセルバイス女伯拘束の指示を出した。






 セルバイス女伯に対するユーリィ様の認識はエルイングの浮気相手疑惑に過ぎない筈で、だから女伯が隠密に拘束されたと聞いて、目を丸くしていた。女伯が皇子殿下に致していた無礼な所業については昨日知ったばかりのせいもあってか、


「不敬罪ですかね? でも、春先の事を今頃?」


 なんて首を捻っている。


「あ、そんな事より! 先ほどのご様子だと、セーラ様。エルイング様とは再構築ですか?」


 可愛らしく笑った。


 ユーリィ様にとっての階段での一幕は、なんだかよく判らないけど自分がうっかり階段から転げ落ちかけたのだという事になっているらしい。こちらとしてはそんなバカなと言いたくなるけど、なんというか、走馬灯が見えたらしくて、幼い頃からの数々の想い出が次々に浮かんでる間に、ハッと気付いたら踊り場にいた私とエルイングに助けられていてビックリ―――そういう感じで脳内処理されたようだ。


 人間の記憶ってけっこうあやふやだもんね。良い例… と言うか、どっちかというと深刻極まりない例だけど、件の女伯なんか、自分に都合の良いように辻褄合せている間に、それが真実だと思い込む感じ……なのかなあ。


 私はユーリィさまに笑顔で手を振った後、エルイングと一緒に校舎の中にある皇子殿下のサロン―――皇族御用達フリールーム―――に入る。室内には黒姫さまと皇子殿下がすでに待機していた。

 ここが噂のフリールームかあとちょっと感動。

 さすがに皇宮や公爵邸には遠く及ばないけど、そこそこ豪華な造りの部屋で、いくら貴族の為の学校ったって、校舎内にあっていい部屋じゃないだろってちょっと思った。そこそこ広いしね。


 私達が入室したすぐ後、隠密が縄で拘束された状態の女伯を連れて来て、ついと背中を押して床に直に座らせる。

 隠密はその後、「失礼いたします」と声をかけてから部屋を出て行った。


 女伯は皇子殿下とエルイングに視線をくれた後、その真ん中に座って高く足を組んでいる美女―――黒姫さまを見て「ぐうっ」という声を上げる。多分、あまりの美女ぶりに言葉を失ってるんだろうな。人並み以上に美しく生まれると、自惚れとかが普通に強くなっちゃうわけで、女伯もなかなかの美人なだけに容姿に対する自負心があるわけで、それなのに目の前に"現実"という名前の段違いな美女が―――て、待てよ。今この部屋にいる五人中四人が人目を引く並外れた美形なのに私だけが…。いや、考えるな、感じるんだ、なんか悟り的な何かを。


 などと考えていたら、女伯が皇子殿下やエルイングに問いかけた。


「これは一体どういう状況なのでしょうか。私、何故拘束なんてされているんでしょう?」


 時間を戻す前までの女伯は殺人犯だけど、時間が戻った今は"クラスメイトに魔力攻撃を仕掛けてちょっと悪質なイタズラしちゃっただけデース"感が無くもなくて、これ、どうなっちゃうんだろうかとちょっとハラハラ。


 すると黒姫さまが言った。


「セルバイス女伯よ。そなたがユーリィに"微弱な魔力"で攻撃を仕掛けていたのはとうに判明しておるゆえ」


 女伯は一瞬だけギクッとした顔をしたけれど、


「なんの事でしょう?」


 当然のようにとぼける。

 そうして皇子殿下を見つめ、


「春先、私の事をなにやら誤解なさって接近禁止などという命令をお下しになられた事、とても哀しく思ってましたのに、尚も私になにやら罪をお着せになろうとなさるのですか? あんまりです」


 などと言い出した。

 皇子殿下に向けていた視線を今度はエルイングに向けて、


「エルイングさま、どうか私を助けて下さい」


 でも、次にはグワッと両目を見開いた。

 なんか、エルイングの真横にいる私の存在が今更視界に入ったみたいで、しかもエルイングがさりげなく私の肩に手を乗せてる事にもようやく気がついたみたいだ。


「あの、その女は一体…?」


 女伯はわなわなと震えていた。

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