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28 エルイングは割と根深く怒っていた

 その後、警備員や捜査員、公人魔術師達が入ってきてユーリィ様の亡骸も含めて現場保存をし始める中、会場に居た生徒達は皇子殿下と私とエルイングの三人を残して全員外に出された。殿下の側近達も同様だ。私とエルイングは皇子殿下の証言もあって容疑者から外されてるけど、ユーリィ様の関係者だし、現場に1番近い所にいたし、皇子殿下が一人になるのもなぁという感じで、なんとなく居残っている感じ。

 会場内のみ結界が解かれ、数々の操作用の魔道具が持ち運ばれる。ユーリィ様が座っていたアカネイシャ階段付近の魔力反応を調査すると、案の定、魔力が検出されたようだ。

 皇子殿下はスマーフォを取り出し、どこかに連絡を入れている。ひょっとしてマフリクス家に連絡を入れているのかもしれない。殿下のスマーフォでの通話が終わったらしいタイミングで捜査員の一人が声をかけ、殿下はその捜査員と何やら熱心に話し込み始める。


 検出された魔力の"味"が確認出来たのかなぁなんて思っていたら、

 殿下が急に私の方を振り返った。


「男爵令嬢」


 突然呼ばれて、え? 何? って吃驚した。とりあえず行かないとと思って立ち上がろうとしたら、エルイングがグッと腕を掴んで引き寄せようとする。そして、なにやら不満そうな顔をしている。


「セーラってさあ…」

「何よ」

「なんというかさあ……………………」


 言いかけては黙り込む。


「は、な、せ」


 と、ちょっと強めに言うと、「クソッ」と言い捨ててパッと放した。

 私はスカートの裾を翻して皇子殿下の元へ向かう。


「ご用ですか」

「お前の意見が聞きたい」

「なんでしょうか」


 皇子殿下が現在の状況を掻い摘まんで話してくれた。


 捜査員が言うには、今回検出された魔力はこれまでに確認されていた通り、同じ"味"だったらしい。だけど今までに無い別の力も入り込んでいて、そのせいで微弱な筈の魔力にブーストが掛かり、今回に限り大変な威力を発したらしい。これまで通りの微弱な魔力だったら、階段を踏み外して転落したとしても、ユーリィ様はエルイングのいた踊り場付近で止まった筈だった。だけど今回は転倒では無く、弾かれるように空間に投げ出された後、落下したのだと言う。探知機が検出した空間に残る魔力の道筋がその事を現していたとの事。


 それを訊いた瞬間に私の脳裏に浮かんだのは水と油だ。


「"別の力"とやらはその"味"に混ざり込まなかったんですか?」

「そのようだ。もしも混ざるような力だったら"味"が変質して、犯人特定が難しくなるところだったそうだ」


 そして、


「魔力と混ざらないとしたら"アレ"しかない」


 そう言う。


「アレって、ひょっとして」


 そんな風に私と殿下が額を付き合わせて話し込んでいると、


「あのう」


 いつの間に来たのか、エルイングが傍らにいた。

 そして、


「………どうして皇子殿下は僕の婚約者とそんなに親しげなんでしょう?」


 にっこりと余所行きの笑顔を浮かべ、皇子殿下に話しかける。


 え? 嫉妬?

 この状況で?


 顔は微笑気味だけど目はぜんぜん笑ってない。こういう表情の時のエルイングって、ものすごく酷薄そうに見えるから控えて欲しいんだけど。しょうもない嫉妬心を滾らせてる状況じゃないでしょうに。


「………昨日たまたまあの女伯の犯行について、私の考察を男爵令嬢に言って聞かせる機会があったのだ」


 皇子殿下がそう答えると、

 エルイングは目をぱちくりさせる。


「そうだったんですね」


「…私と男爵令嬢は今件の犯人はあの女伯であると意見が一致している。だからこそ、男爵令嬢は今この場に於いては会話し、意見を出し合う意義のある相手だと認めている。おかしな勘ぐりは迷惑だし、捜査の邪魔だ」


 皇子殿下がそう言うと、


「捜査の邪魔というなら僕とセーラもですよね。帰っていいですか? いてもお邪魔でしょうし」


 かなりつっけんどんな言い方だった。

 殿下は私を話し相手にくらいはなれるって明確に仰ってるのに、そこはあえてのスルーらしい。


 言い方はともかくとして、エルイングが言ってる事は正しいのかもしれないって少し思う。実際、帰って良いかと願えば帰してもらえる立場だろう。だけど私の中のユーリィ様への情とか、悲壮感の中一人堪えてる皇子殿下を残して去るのは人としてどうかって話なわけで。


 て言うかエルイング。

 ここ何ヶ月もの間、ずっと傍らにいたユーリィ様の死を前に、いくらなんでも人でなし過ぎないだろうか。


 同じ事を思ったのか、皇子殿下は呟くように言う。


「……ユーリィは本当に無駄な時間を費やしたものだ」


 そうしてくるりと背を向けてしまった。

 私はエルイングを引っ張って、さっきまで座っていたソファに戻る。


「さっきのは無いよ」と窘めると、

「セーラってさあ」と半笑い気味に言う。


「僕が知らない間に皇子殿下ともユーリィ嬢とも仲良くなってたんだねえ。ひょっとして僕らが六月に交わした約束の事とか、知ってるの?」


 そう言われて、少し躊躇ったけどコクンと肯くと―――。


「ズルイなぁ。内緒にしろって言った当人の殿下がさっさとバラしてるってどういう事だよ」


 言いながら、目が完全に据わっていた。


 厳密に言うと"抵抗と交渉と努力の約束"をバラしてしまったのはユーリィ様。でもまあ、皇子殿下もほぼほぼ? あの時、スガタガキエールなんて使わずに直接訊いてたら、殿下はちゃんと答えてくれたかもしれないし、仮にごねたとしても、黒姫さまと皇子殿下の力関係を考えると、間違いなく皇子殿下は喋らざるを得なかったろうし。そもそもユーリィ様だって、殿下すら逆らえない黒姫さまに訊かれて、とぼけるのは端から無理だったわけで。


 なんて考えていたら、ますますエルイングが笑う。

 健やかな笑顔なんかでは勿論ない。


「そりゃあね。僕だって、そうご立派な事は言えないよ。当初は嫌々結んだ筈の約束だったのに、途中からセーラへの試し行為に利用しちゃったのは確かだし。でもさあ、セーラへの事情説明を禁ずる! キリッ―――なーんて命令した当人がバラすのってどうなんだよ」


 目が陰惨に顰められる。


「セーラはきっと皇子殿下やユーリィ嬢のいい所とか、知ってるんだろうね。

 でもさ。僕は皇子殿下のいい所なんか全く知らないんだよね。僕からしたら、めちゃくちゃな事言って自分の大事にしている妹分の為に権力使って僕からセーラを引き離した独裁帝国ワガママ皇子でしかないんだよ。

 大切にしていたユーリィ嬢が亡くなって、あんなに辛そうな様子なのを見たら、さすがにざまあとは思わないし、少しくらいなら空気も読むよ。でもね、それ以上の同情を僕から引きだそうなんて、無茶言うなよってのが本音」


「エルイング…」


 私は考えていた以上にエルイングが複雑な感情を持っていた事に衝撃を受けた。


 私の表情を見て、


「引いた?」


 そんな風に言いつつも、主張を変える気はぜんぜさそうな目をしている。


「ユーリィ嬢だってそうだよ? 一生懸命僕のミイラへのロマンを理解しようと努力していた姿は認める。健気だなとも思ってた。でも、好きになれるわけないよね」


『権力を盾に脅迫して交際申し込んでくるような女を好きになるわけないじゃないですか』―――そう叫んでいたユーリィ様のお顔がふいに脳裏に蘇る。


「僕だって鬼じゃないからさ。死ねなんて思った事はないし、本当に死んじゃった今、そりゃ可哀想だなくらいは思ってるよ。でもそれだけだ」


 エルイングは片頬に手を当てて、声だけは穏やかそうに話しているけど、けっこう本気で怒っているんだってのを肌で感じた。なんか目ぇ怖いし。なんかドス黒いオーラを発している気がするし。


(でもさ。抵抗に失敗して皇子殿下の交渉にまんまとのせられちゃったエルイングも私からしたらやっぱり加害者なんですけどー?)


 ……なんて口にするのは憚られる程度にはちょっと割と本気で怖かった。なんだろう。特に努力しなくても退廃的なムードを醸し出せる顔立ちのせいなのか? これ、逆らったらあかんやつ―――という危険信号が出てる気がする。


 割と真剣にビビっていたら、エルイングはふいにふわっと表情を弛めてくれた。

 ああ、いつものエルイングだ―――とホッとしたら、どさくさ紛れて手をギュッと握られた。振り解ける筈がない程の力で。

 私の手はハンドグリップじゃないってのに。

 そうして次にはグッと肩を抱かれた。

 もう払いのける気力は残ってなくて、その事がなんだか悔しい。

 なんでこんなに悔しいんだろう。


 ユーリィ様はエルイングも被害者だって言ってたし、まあ、それも判るんだけど。完全無欠の加害者は間違いなく皇子殿下とユーリィ様なんだけど。理性では判ってるんだけど。でも、皇子殿下やユーリィ様に対して今怒ってるかといえばぜんぜん怒ってないわけで。いやだって、殿下にもユーリィ様にも謝られたし。いやでもエルイングにもさっき一杯謝られたな、そういえば。

 なのになんで私はエルイングを許す気になれないんだろう。


 あれ?


 私がエルイングを許せないのって、ひょっとしてめちゃくちゃ私怨?

 あと意地も入ってる?


 絶対に絆されてなるものかあとか、

 エルイングのくせに生意気なんだよおとか。


 え? 私、幼稚?


 思いがけず自分の心の内を分析してしまって呆然としていたら、会場の入り口の方がガヤガヤと騒がしくなった。遠目で様子を窺っていたらご夫婦が入ってきた。皇子殿下が走り寄って何か話してる。ひょっとしてユーリィ様のご両親だろうか。ご夫婦は現場保存されてるユーリィ様の亡骸を見て、とりすがって泣いていたけど、その後すぐに捜査員に話しかけられていた。捜査員はご夫婦と殿下に何か色々説明しているみたいなんだけど、私とエルイングのいるソファの位置からは皆が何を話しているのか聞こえてこない。


 でも殿下の声はわりと聞こえる。


「そんなバカな」とか「何かの間違いだ」とか「もう一度調べ直せとか」とか。一応声量は抑えているんだろうけど、殿下の声はよく通るので、けっこうこちらまで聞こえてくるんだよね。


「……なんか、揉めてない?」


 私は訝しんでエルイングの意見を訊いてみた。


「……揉めてるね。なんだろう」


 気になって様子を覗き込んでいたんだけど、


「え!? 痛!」


 唐突にエルイングが私の肩をこれまで以上の強さでぎゅぅっと握りこんできた。

 そうしてググッと自身の懐深くに抱き寄せる。


(え? なになに?)


 戸惑ってたら、



「何やら事件があったようだが…」



 いきなり真横から黒姫さまの声が聞こえて唖然とした。


「く、黒姫さま…?」


 横を見ると艶やかなドレスを着た黒姫さまが立っている。

 一体どこから現われたのかとちょっと吃驚してしまった。

 入り口からマフリクス子爵ご夫妻が入ってきたのは判ったのに、なんで? 他にも出入り口あったっけ。声をかけられるまで気配とか一切感じなかったんだけど。

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