23 第三皇子殿下の推理
「スガタガキエール、皇宮の魔道具倉庫にあった割には消費魔力がいくらかマシだなと。―――そう思ってたまーに使っておったのだが、まさかそんな落とし穴がのう」
しかし皇子殿下は突っ込む。
「落とし穴じゃないですよね。昔、姉さまがアレの効果について語っていたのを覚えてますが、しっかり『女性の目には見えなくなる』と仰ってました。つまり姉さまは単にいつの間にか効果の詳細を忘れてしまっていただけです」
「なんたる事よのう…」
いや、優雅になんたる事よとか言ってる場合じゃないし。
皇子殿下は半笑いのまま言う。
「先日、姉さまに呼ばれて部屋に入った時、制服の上からダッサいジャケットを羽織った女がいたので瞬間的に視線を逸らしましたが…。その後、エルイングの婚約者の名が出てきたし、状況的に見て、だいたいの事は察しましたけどね。まぁ、姿が消えていると信じきっているのだからと姉さまの顔を立てて、そのように演じて差し上げましたが」
えぇー…。
あの日、殿下は私の顔面について確か色々言ってたよね。
なんだっけ。
『セーラルルー嬢は顔面が―――』『あの男爵令嬢は―――実に平凡かつ地味な顔立ちです』とか。"この場にいるのは私と姉さまのみ"とかめっちゃ強調してましたけど、実は本人がいるのを判っていながらすっとぼけて悪口言ってたんだあ。私が『黒姫さま! エルイングの抵抗と殿下の交渉とユーリィ様の頑張り―――そこの辺りを詳しくきいてもらえませんか!』って叫んだのも聞こえてたのにスルーした感じ?
「ふ、ふふふ」
私はソファの肘掛けに上半身を預ける。最早笑うしかない。姿が消えてると思い込んで、調子に乗ってアッカンベーとかやんなくて良かったなって思う。
殿下はチッと舌打ちをして、黒姫さまに向き直る。
「姉さまはなんでこの令嬢にそうも肩入れするのです?」
心底わからんといった口ぶりだ。
すると黒姫さまが言う。
「セーラは黒姫像に祈っておったのだ」
その発言に、皇子殿下は呆れたような顔をする。
「そういえば姉さま、学院祭の初日に舞台で黒姫役を演じたと聞きましたよ。役になりきってるのですか? 姉さま、ちょっと痛いです。なりきり乙です」
「憎たらしいのお、そなたは」
「どれだけ肩入れしようと姉さまの裁量ですが、神力の使用は本当に控えてくださいよ。叔父上は相手が女子供でも容赦しないのはご存じでしょう。場合によってはそこの令嬢も無事では済まないかもしれません」
え、恐。
「……では、話を戻しますが」
皇子殿下は改めて居住まいを正し、ソファに座り直し、黒姫さまを見た。
「ユーリィいじめの深刻な方の罪。その犯人。私は三つの説があると、前回話した筈です」
一つ目はユーリィ様ご自身による過失。
二つ目は魔力による故意。
三つ目はセーラルルー、つまりはこの私の犯行、
でしたね。
「あの時も言いましたが、私は二つ目を推しています。と言うか、そもそも一つ目と三つ目はそれぞれなんの証拠もない個人の主観なので論外です」
黒姫さまと私が肯く。
「ユーリィいじめの犯人など、日頃からエルイングに秋波を送っていて、なおかつ魔力を持つ者を探せば良いだけの事。最初は簡単な調査ですぐにも判明すると思っていましたが、しかし実際には難航しました。なんせ、真犯人は魔力とは無縁だったからです。―――否、無縁に見えたからです」
「…誰のことなのだ?」
黒姫さまが問うと、皇子殿下はその名を口にした。
「先ほど、姉さま達がエルイングの浮気相手だと決めつけていた女―――マリーカーラ・エネゼクト=セルバイス女伯ですよ」
その言葉を聞き、黒姫さまと私は顔を見合わせた。
「黒姫さま、やはりあれですかね。エルイングの裏の恋人として、表の恋人であるユーリィ様に嫉妬して…」
「そうなのであろうよ。ますます女伯めが浮気相手確定ではないか。セーラ、上乗せの慰謝料の額は決めたか? 弁護士ならば紹介するぞ」
「やったあ、黒姫さまあ」
などと盛り上がっていたんだが。
しかし皇子殿下は冷笑する。
「私は女伯がエルイングの浮気相手だとは思っていませんがね」
「「え」」
私達は顔を見合わせる。
「女伯≠浮気相手の理由は後ほど述べるとして―――」
皇子殿下は小さく笑った。
「とりあえず、女伯の動機については、姉さま方のお見立てどおりでしょう。何のひねりもない。彼女がエルイングに惚れていて、ユーリィに嫉妬したのです。あの女は晩春だったか初夏だったか頃に私に接近禁止令を出された後、さすがに諦めたようで姿を見せなくなりました。そして次に狙いに行ったのがエルイングだったというわけです。
側近からの報告で、エルイングにあの女伯が近付いていると聞き、一応は気にしていましたが、正直を言うと―――」
「なんだ?」
「エルイング・カシスタンド。…ユーリィがあの男を好きだと言うから仕方なしと思いはしたものの、正直ミイラ愛好家は如何な物かと思っていましたのでねぇ…。まぁ、あの女伯、顔の造作はそれなりですし、うまい事エルイングを落としてくれるなら、それはそれで良いかなとも思ったのですよ」
そして皇子殿下はまた私をチラリとみる。
「ユーリィさえ脱落すれば、最終的に男爵令嬢と女伯がエルイングを巡ってバトルになろうとも、他の女が加わろうとも、私やユーリィには一切関係ない。そうなったらいいなあと期待しつつ―――以前にも言いましたが、ユーリィの事ばかりにかまけているわけにもいかず、しばらく忘れていたと言うわけです。そうこうする内に学院祭が始まり、エルイングの直談判でユーリィがいじめられていた事を知った次第で」
皇子殿下はイジメの調査をする時、端からエルイングに気のある令嬢達による犯行とみていたし、実際、軽い方のイジメの犯人は予想通りだった。
しかし転倒の方のイジメの犯人は不明のまま。
調査の途中で"エルイングの本命"説なるものがある事を知り、名前の挙がっているクローディア様と女伯様の事も詳しく調べたのだという。
「気の毒な事に第一号の捜査対象はイズハルト伯爵家のクローディア嬢でしたよ。どう見てもご本人はエルイングに興味は無く、あくまで他称による本命説でしかなかったし、お門違いだとは思いましたが」
皇子殿下にしてはやけに気遣った言い回しだなと思ったけど、それはクローディア様がご自分のファンだからだろうか。
「しかしながら彼女は魔術科の生徒でもあるという事で、傍目には有力な容疑者でした。まぁ、当然のように結果はシロでしたが。その他、魔術科の生徒で該当しそうな能力を持つ令嬢達が次々に捜査されましたが、ユーリィを転倒させた魔力とは全員"味"が違った」
「味!」
私は思わず声を上げた。
魔力に味があるとは知らなかった。
ちょっと舐めてみたいような…。
「何を考えているのかわかるぞ、セーラよ。しかしな、残念ながら人間の舌で味わえるものではない」
「あ、そうなんですね」
「捜査用の魔力探知機が魔力の成分を分解の上、分析して"味"としてデータを出すだけなのだ」
「なるほど~」
と言っていたら話の腰を折られた皇子殿下が私をゴミを見るような目で見下ろしてた。だけどすぐに気を取り直したように話を続ける。
「…魔術科の生徒がシロと判明したので、今度は一般科の魔力持ちが対象となりました。一般科生徒でも魔力持ちならば魔塔に登録されている筈ですから、名簿を照会しながら分析を終えました。が、結局犯人は出てきません。犯行現場に残された魔力が驚愕の微弱さだからこそ、逆に一層の精密かつ細密な調査が必要だったのに皆目です。
ならば外部の犯行かと疑いましたが、しかしそれにしては活動期間が地味に長いし、そもそもが一介の子爵令嬢を転倒させるが如き地味な犯行を何故……と首を捻っていたところ、側近の一人が言ったのです。
『セルバイス女伯の調査はなさらないのですか』
と。
側近は彼女は魔力を持っている筈だと言う。
しかし女伯の名前は魔塔の名簿には載っていなかった」
「魔塔の名簿のデータミスかなんかかの」
「いえ、魔塔のデータによると、女伯は幼少期に二度も魔力判定試験を受け、魔力なしと診断されたようです。だから未登録だったのでしょう。しかし実際には魔力を持っていた」
「なんと」
女伯様が皇子殿下の周りをうろつくと同時に側近にも声をかけまくっていた晩春~初夏。
殿下がまだ接近禁止令を出す前の事。
その頃、側近達は殿下に倣って女伯様を適当にあしらっていたのだけれど、ある時、女伯様がベンチに座ってスマーフォを手に持ち、なにやら必死に弄っているのを見て、側近の一人が親切心を出したのだという。
『セルバイス女伯。学院内では魔道具は使えません。学院案内にも書いてありますよ』
そう教えた所、
『あら、使えないのは判っています。………眺めていただけですわ』
そう答えたのだという。
「しかし、まず間違いなく、彼女は自身の魔力でスマーフォのバッテリーにチャージをしていた。学院内で魔道具は使えませんがチャージするだけなら出来ます。結界内では魔預缶からのチャージも遮断されるので、可能なのは自身の魔力からの直接チャージだけなのですよ」
「おお…」
思わず感動してしまった。
別の意味で。
「ど、どんだけ魔力が微弱でもスマーフォの魔力チャージくらいなら可能って事なんですね!」
なんてこった。魔力が微弱でもスマーフォをフルチャージに出来るなら、今年の魔術科の新入生の中では魔力量が上位10人の中に入ってると自慢していたダイナに頼めば…… などと考えていたら、
「セーラよ、自力魔力によるフルチャージは高位魔術師でも大変で、チャージ完了後は魔力切れでグロッキー状態になるらしいぞ。その時の女伯はスマーフォが魔力0%寸前で駄目モトチャージだったのかもしれぬ」
黒姫さまが言う。
世の中そんなに甘くなかった。
なお、話の腰を折られた殿下はまた私をゴミを見るような目で(略
「しかしのう。チャージをしていたと認めたのではなく、スマーフォの画面を眺めていただけと言ったのだろう? 本当に眺めていただけの可能性もあるだろうし、そうでなくてもそうだと言い張られたら終いではないんかの?」
黒姫さまが問うと、皇子殿下はニヤリと笑う。
「女伯の瞳の色が鍵ですよ」
「と、申すと?」
「女伯の普段の瞳の色は基本、グリーン。だけどあの時、女伯に声を掛けた側近は、女伯の瞳の色が変化している事に気付いていた」
「瞳」
「魔力持ちが魔術を使う時、身体の一部や無機物に魔力を込めるのはご存じでしょう」
そういえばダイナはよく人差し指をくるくるさせて魔術を使うなぁと思い出した。すでに何度もお世話になっているロンドグラム公爵家の公人魔術師のブルーマークの方も指先だったし、グリーンマークの方は手の平。ステッキや杖を使う人もいれば、自身の血を使う人等々。ロンドグラム公爵さまはノーリアクションだったけど。
「女伯は恐らく瞳です。彼女は魔術を使う時、瞳を使うのです。するとグリーンの目が変化して紫色になる。側近は彼女の瞳の色がグリーンに戻る直前の状態を見ていました。一方女伯の方は見られた事に気付いていないようだったとの事」
紫。
奇しくもエルイングと同じ紫とは。
まあ、エルイングの場合は魔力とか関係ないけれど。
紫。
紫の瞳か。
なんだか引っかかりを覚えるんだけどな。
思い出せそうで思い出せない何かがあるこの感じ。
私の脳裏にフッとぼんやりとした映像が浮かぶ…んだけどその記憶をがっつり鷲掴む前にすり抜けてゆくこの感覚。池や川の中の小魚を掬おうとして、指の間からするする逃げられてしまうこの感じ。
なんだろう?
さっきも"セルバイス"と聞いて何かを思い出しかけたのよね。
その時も何も掴みきれずに脳裏から逃げていったような……。
記憶の中の点と点が繋がりかけては像を結びきれず、すぅっと消えてしまう感があるんだけど。何か大事な事のような気がするんだけど。
う~む、わからん。
わからない事に拘泥しても時間の無駄。
私はぐっと拳を握った。




