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02 セーラルルーの悩み事 -2-

 四月の入学直後、新入生の女生徒達の注目株第一位は同じく新入生となる皇族の皇子殿下だった。我がレーダーゼノン帝国第333代目皇帝陛下のお孫様で、皇太子殿下の第三皇子キャシュレット殿下。殿下は現時点での身分は無位だけど、学院卒業と同時に公爵の称号を約束されているし、なにより容姿が美しいと評判だったのだ。


(だけど、四月の半ば頃からエルイングの名が上がりだしたんだよね…)


 共学とは名ばかりの学院の中、ほんの僅かだけある男女の共有スペースにて、光り輝くような美貌のエルイングの姿をたまさか垣間見た女生徒達。彼女等によって噂となり、私が予想していた通り―――あるいは予想していた以上の勢いで、エルイングは学院内での女子人気を獲得し続けていったのよ。


『あの方はどこのどなた?』

『東舎に従兄がおりますの。訊いてみたところ、カシスタンド伯令息だそうよ』

『私はまだお姿を拝見した事ないわ。そんなにステキなの? 第三皇子殿下より?』

『皇子殿下も美しい方だけど。カシスタンド様は麗しいという表現が似合うわ』

『恐れ多い事だけど、私の好みで言うとカシスタンド様の方が…』

『私、皇子殿下目当てで本校に入学したのですけど、心変わりしそう……』

『皇子殿下はもともと雲上人ですもの、眺めるだけでも満足出来ますが、カシスタンド様ならば』

『ワンチャンあるかもって思うと漲りますわね!』

『玄関ホール裏手の噴水庭園によくお立ち寄りになってらっしゃるそうよ』

『私はその庭園の先にある植え込みの奥の通路で見たわ。あの先に図書室がありますわよね』

『今度こっそり覗きに行ってみようかしら』


 等々。


 私とエルイングが当初の予定通りに図書室デートを毎日出来たのは、入学してすぐのたった一週間だった。一週間後には一日置きになり、二日おきになり、週一になって。

 でも、ようやく会えた時には、エルイングは一生懸命謝罪をしてきたから。私はその都度、『まぁいいか』と許していたっけ。

 なかなか図書室に来られなくなった理由として、


『実は第三皇子殿下に側近にならないかと勧誘されてて困ってるんだよね…』


 エルイングがそう言った時は安堵したよ。

 だってその頃には学院内のエルイングの女子人気は皇子殿下をすっかり越えちゃってたんだよね。殿下が女子人気を獲られた腹いせにエルイングをいじめたりしたらどうしようって、多少なりと心配してたから。でも側近にと誘うくらいだから殿下はそんな事で逆恨みするような方ではないのだなと思ってホッとしたの。


『側近なんて僕の柄じゃないってセーラが1番知ってるでしょ? だから心配しないでね』


 エルイングはそんな風にも言っていたっけ。

 実際、"皇子の側近"なんて本当にエルイングの柄じゃないし、いずれは殿下も諦める―――と言うか、エルイングの―――わりかし深刻かつ残念な―――趣味を知ったら、殿下も勧誘した事を後悔するだろうなぁくらいには思ってたから、しばらく待てばまた図書室デートの日々が戻ってくるって信じてた。エルイングが私を好きだという事にでっかい自信があったし、エルイングの『心配しないでね』と言う言葉も素直に受け止めてたっけな。


 五月に入った頃からだったか。薄桃色の髪の小柄でちょっと可愛らしい女生徒が恋する瞳でエルイングの傍をうろうろするようになっても、

(ごめんね、その男、私にベタボレなんだ)

 なんて苦笑してたわけですよ。


 だから、六月の初め頃、


『セーラ。しばらく図書室デートは中止にしよう。再開はこちらから連絡する』


 いつになく真剣な顔つきでそんな事を言われてしまった時も、私は割と呑気だったんだよね。

 だけどそれから程なくして、私は由々しき噂話を耳にしたんだ。




『カシスタンド様、マフリクス様とお付き合いしてるみたいね』




 マフリクス子爵家のユーリィ様。

 エルイングの傍をうろうろしていたあの子の名前。

 小柄でほっそりした薄桃色の髪の。

 目を見張るほどじゃないけど、私なんかより充分可愛らしいあの子。


 それから程なくして東舎と西舎の間にある男女共有スペースの玄関ホールで、エルイングにくっついて歩いてるマフリクス様を目撃したんだ。彼女とエルイングの距離は五月頃に見た時よりもずっと距離が近くなってるように見えた。


 幼いころから私以外の女性には無関心だったエルイング。そんなエルイングが私以外の女の子を傍らに置くなんて―――と、吃驚して固まってしまった。しかも気まずい事にエルイングがこちらの視線に気が付いちゃった。吃驚したあまり目を見開いている私を見て、エルイングはばつ悪そうに目をそらしたんだよね。

 そして、傍らのマフリクス様の肩に手をやり、背中を向けて歩いていってしまったわけよ。

 まるで逃げるようにね。

 それからも度々そんな光景を見る事になったんだ。


(でもさぁ。申し訳なさそうな顔をしてたのは最初の内だけなのよ)


 私は半目になってフッと鼻息を漏らす。

 その後、玄関ホールや庭園、その他の男女兼用スペースでたまさか顔を合せる度に、エルイングの様子はどんどん変わっていったんだ。

 七月の終わり頃にはどういうわけか睨み付けられる迄になっちゃっていた。

 そうして更に一ヶ月と少々が経ち、現在、九月の学院祭の初日を迎えているというわけなんだけど。






 噴水庭園のベンチに座ってもうどれほど経ったろうか。小一時間は時間を潰せた気がするが、あくまで体感。

 私はふと噴水を見上げる。

 今まであまり気にしていなかったけど、三つの噴水にはそれぞれ中央に像が建てられている―――と、今更ながら気がつく。ついとベンチから腰を上げて、それぞれの噴水の像を確認してみると、配置が二等辺三角形状で底角左の位置に有る噴水の像がアカネイシャ像、頂角の位置にあるのがアースタート神像、底角右が黒姫像だって気付く。

 さっき演劇部の舞台で観たばかりの神話上のお三方の像。

 ただの石像ではあるものの、なんとなく縁を感じなくも無い。迷った結果、私は底角右の位置にある黒姫像の立つ噴水の前に立った。そして両手を組み合わせてギュッと目を閉じる。


(黒姫さま、お願いです。エルイングに婚約破棄されたとしても、それは割とどうでもいいんで!)


 そう、どうでも良かった。

 だって私はエルイングに恋してなんかないんだもの。

 エルイングが好き好き言うから妥協して婚約してやっただけの事だもの。


 でも、哀しい事は哀しいじゃない?


(だから。あいつにいよいよ婚約破棄を告げられる時、私がうっかり泣いたりしませんように。さらっとクールでドライでいられますように。スマートにふられる事が出来るよう、加護を下さい―――)


 割と切実な願いだった。

 演劇部の舞台での棒読み黒姫の最後の場面が脳裏に浮かぶ。

 抱き合うアースタート神とアカネイシャを前に、




―――儘ならぬ事よ




 黒姫は感情のこもらない、あくまでローテンションな様子で舞台の袖に退いていったっけ。


 泣きわめくでもなく、

 強がるでもなく、

 アカネイシャに対し、

 恨み言を言うでもなく、

 裏切り者の神を口汚く罵るでもなく。


(私もあんな風に。エルイングが拍子抜けする程のローテンションでやりすごしたい)


 古代からの伝承では、黒姫はアースタート神にふられた後、悲観して沼に身を投げたとか、嫉妬の余りアカネイシャを呪い殺したとか、そういった方向の伝承もある。

 でも、それらは後の人々による創作で、そもそもの原初の神話によると、アースタート神と黒姫の婚姻は神族と魔族による政略だったらしい。

 だから黒姫はもともとアースタート神を愛してなどいなかった―――という説も古代からある。―――と言うか、かつてはむしろそちらが主流だったのだ。

 ついさっき見た舞台の脚本は、間違いなく原初の神話をベースにした脚本とキャストだったんだろう。

 あんな風にクールでドライでいたい。

 そう思ったからこそ、黒姫像をいつまでも拝み続けていたわけなんだけど―――。




「そなた、珍しい奴だな。最古のふられ女の像をあえて選り好んで祈りを捧げるとは」




 ふいに背後から声を掛けられた。

 ハッとして振り向くと、なんとそこには黒姫が立っている。

 一瞬、


 降臨?


 と思ったけど、よく見たら神話時代のような衣装は着てはいないし、なんなら自分と同じ皇立学院の制服だ。襟元には二年生を現すバッジまで光っている。




 この方はひょっとして、先ほどの舞台の―――。




 つい先ほど舞台で見た棒読みの美女。

 派手な顔立ちのままである辺り、舞台化粧を落としていないのかなと思ったけど、間近で見る限り、どう見てもすっぴん。

 目力が強すぎて、鋭い眼光に目を射貫かれる心地を覚え、思わず目を逸らそうかと試みる。けど、魅入られかのように釘付けにもなってしまって、ひたすらに呼吸が苦しかった。

 それでもとりあえず反応しなくては。


「あ、あの。さっき舞台拝見しました。お美しかったです!」


 咄嗟に出た言葉がこれだった。


「それはありがとう、だな」


 黒姫は無表情のままコクリと肯いてくれた。先ほどの舞台上での棒読み感そのままだった辺り、なるほどあれは演技ではなく単なる素だったようだと納得する。


「して、何故黒姫像に祈る?」


 無表情ながらも黒目がちの瞳がキラキラしている。

 相当興味があるようだが―――自身が演じた役どころだからだろうか?


「えーと…」


 別の人相手なら『人様に話すような事ではないので』と言ってその場からそそくさと逃げたかも知れない。

 だけどこの非現実的な美女を前にして、


「実は。婚約者との事で悩んでまして」


 私は思わず『素直か』と言うほど素直に白状していた。

 なんだか救いの女神に出くわした気がしちゃったのである。

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