19 人の善意が美しくて、人の悪意が哀しくて
「マリーカーラ様はご容貌の美しい方ですし、成績も良く、人当たりも良い方です。ただ、会話の最中に、ん? と感じる事が多々ありまして。ご本人に悪気が無いのは判るのに、それでも私はイラッと来てしまう時が多々あって。それで私はこの方とは相性が悪いのかなあと思うようになり、それで距離を置いたんです」
「具体的にどんな会話を? 差し支えなければ」
私はユーリィ様を促した。
「そうですね。―――入学して間もない頃、私は知り合ったばかりのマリーカーラ様と一緒に庭園のベンチに座っておしゃべりしてました。そこをキャシュレット殿下が側近を引き連れて通りがかり、私に話しかけてくださいました。とはいえ軽い挨拶と二言三言の雑談をしただけで、殿下の一行はさっさといってしまったのですが、僅かの間とはいえ、マリーカーラ様を蚊帳の外に置いた事を申し訳なく思い、私、軽く謝罪をしたんです」
「すると?」
「マリーカーラ様は言いました。『今の方、第三皇子殿下ですよね、噂よりもずっと気さくな方なのねえ』と」
言いながら、ユーリィ様は顔面を引きつらせていた。怒りで。
「…………ん?」
ちょっと判らない。
今どこか怒るとこあった?
気さく? 気さくではぜんぜん無いよね、あの皇子殿下。でも、殿下とユーリィ様の関係を知らないエネゼクト様からしたら、"子爵令嬢にも普通に声がけしてる皇子殿下"って印象だったんだろうし、まぁ勘違いしても仕方が無いかな―――と思うんだけど。
するとユーリィ様は首を振る。
「大丈夫です。さすがにまだ続きがありますので」
「そうなんですね」
「私は学院内で殿下との関係を公にするつもりはございませんでしたし、その時も殿下の名は呼ばず、"皇子殿下"と呼びましたし、本当にマリーカーラ様からしたら、皇子殿下が見知らぬ下位貴族に気さくに声がけしてくださったようにしか見えなかったでしょう。問題はその後なのです」
「はい」
「マリーカーラ様は言いました。
『そうだ、今度殿下にお強請りしてサロンに誘っていただきましょうよ。あるんですってよ、学院内に皇室御用達のフリールームが。そうして仲を深めれば、皇宮にも誘っていただけるかもしれませんわねえ』と」
…確かにちょっと図々しいかな。いやでも、その場のノリというか、ちょっとした希望をついうっかり友達に口にしちゃいましたー的な可能性も…。
というような事を婉曲に申し述べてみたところ、
「ふっ」
ユーリィ様は鼻で笑った。
「セーラ様。皇族と通り道ですれ違い、ちょっと挨拶を交わしたくらいで、いきなり"仲を深めよう"なんて思います? しかもご自身は話しかけられてすらいないのに?」
「無理ですネ」
初対面の頃、黒姫さまをレヴェルターブ侯爵家関係者と思っていた頃すら、男爵令嬢に過ぎない私はビビリ倒していたくらいだ。もしも最初の段階で黒姫さまが皇女殿下だと自己紹介なさっていたら、真面目な話、私の悩み事は【婚約者にふられそう】じゃなくて【皇族にしょうもない愚痴を垂れ流しましたけど自決案件ですか?】になってたと思うし。
「お判りいただけたようで何よりです。―――そう、皇族と貴族の間には長くてでっかい大河が流れているんですよ」
「な、なるほど」
ユーリィ様の話は続く。
「私はマリーカーラ様の不心得を正したいなと思いました。殿下に対して少々無礼ではないでしょうかと。例え殿下が本心から気さくに接して下さったとしても、真に受けて目下のこちらが調子に乗るのは如何なものでしょうかと。殿下を軽く見られた気がしてイラッと来ていたのは確かですが、マリーカーラ様の領地は少々田舎ですし、田舎の貴族は領主と領民の身分の垣根が低いという話も聞きますし、だから皇族との接し方について疎くていらっしゃるのかなとも思いましたしね。後々マリーカーラ様が恥をおかきになるのではという心配も一応はしていました。
でも直裁には言えませんでした。マリーカーラ様からしたら、そもそも私の方が目下ですし。私は子爵家、マリーカーラ様は伯爵家でいらっしゃいます。
それでもなんとか伝わらないかと、なんとか婉曲にと、ああでもないこうでもないと言葉を尽くしておりましたところ、」
なんか、ユーリィ様の周辺から青黒い煙みたいなのがズモモモモモみたいな擬音と共に立ち上ってる気がしてしょうがない。気のせいだけど。
「―――マリーカーラ様は仰ったのです。
『あなた、皇宮の侍女でも目指しているの? でも子爵令嬢では皇宮の侍女はちょっと敷居が高いのじゃないかしら。でも在学中に殿下と仲良くなれたら、ひょっとして子爵令嬢でもなんとかなるかもしれませんわよね、頑張って!』
けっこういい笑顔でしたね…」
うわ。
それはユーリィ様的にはかなりイラッとくるかも。
「そやつ、ユーリィに喧嘩を売っとるのう」
黒姫さまがそう言うと、ユーリィ様は自嘲気味に笑う。
「正直腹が立ちました」
当時のイラつきを思い出してか、ユーリィ様の目に光がギラリと宿る。チッと舌打ちまで追加。可愛らしいし楚々とした方だとばかり思っていたけどそうでもなかった。
ユーリィ様は歯をギギギと噛み鳴らす。
だけど少しして、ハァと息を吐いた。
「とても、とても不快ではありましたが、でもマリーカーラ様に悪意はなかったんですよね。マリーカーラ様に感じた私の憤りは私の狭量さゆえ。そうと自覚はしてますが、それはそれ。個人的に友人としてはあまりお付き合いがしたくなくなってしまったのと、その後、私がエルイング様に一目惚れしてしまった事とで日常が忙しくなり、だんだんと疎遠になった感じです」
「そうだったんですね」
「あの方と最後に話をしたのは六月の半ばか終わり頃なんですが。……あ」
ユーリィ様は何かを思い出したように小さな声を上げる。
「そういえば最後に話したのは、エルイング様がらみでした」
「え」
「今思うと、ですが」
「それは是非お聞かせいただきたいですね」
私は身を乗り出した。
「その頃、すでに疎遠になってましたが、ふいにマリーカーラ様に『最近付き合いが悪いけどどうしたの』と声をかけられたのです。いつもの私ならば『気のせいですよ』と当たり障り無く逃げたんですが。
私はその頃、エルイング様が振り向いて下さらない事でのフラストレーションが溜まっていたのと、エルイング様の語るミイラのお話が詩の朗読に聞こえなくなりつつあった事と、一部の女子から軽い嫌がらせを受けていた事と、キャシュレット殿下に対しての反省と、他ならぬセーラ様への罪悪感から、少々気持ちが弱くなっていまして。―――多分、軽く鬱でした。
それで……、恥ずかしい話ですが、自ら距離を置いたというのに、タイムリーに声を掛けて下さったマリーカーラ様にポロリと打ち明けていました。『好意を持った方へのアプローチに忙しくて』と。
するとマリーカーラ様はこう仰ったんです。
『エルイング・カシスタンド様の事ですね。最近よく一緒にいらっしゃいますね』
と。
そして、
『良かったら私をエルイング様にご紹介してくださいな。私、応援します。お二人にとっての"マジョリカ"になってみせますわ』
と。
私は不覚にも感動し…」
「はい、きたー」
私は思わず声を上げた。
黒姫さまも深く肯く。
「男を奪う気満々よな」
「ですよね、ありがちですよね、友人の恋を応援するフリして近付いて横取り~」
私と黒姫さまが口々に言い合うと、
「えっと… え?」
ユーリィ様は訝しげだ。
詳しく聞いてみると、驚いた事にユーリィ様は、全く疑う事なくエネゼクト様の申し出に対して素直に大喜びしちゃったらしい。
「自分の男に女友達を紹介するなんて。盗ってくれって言ってるようなモンですよう」
「ユーリィ、そなた少々箱入りに過ぎぬかあ?」
「つか、人が好すぎィ! それで? まさか紹介したんですか?」
「えっと… 紹介しました」
「あっりゃあ~、駄目ですよ、ユーリィ様ってば」
「ユーリィ、そなた存外抜けとるなぁ」
「ううっ…」
ちなみにこの時、そもそもユーリィ様が私の男を盗ろうとしていた事は三人揃って綺麗に忘れていた。
「…お、お二方のご意見はひとまず置くとして」
ユーリィ様は続きを語る。
「私はマリーカーラ様をエルイング様にご紹介しました。マリーカーラ様はエルイング様を見て、『噂通り、ステキな方ね』と仰いましたが、だけどご紹介して以降は特に私に話しかけてくる様子はなく。何か恋の成就の対策や秘訣などを伝授してくださるのかと期待していたので拍子抜けしてしまったのを覚えています」
「それはもう完全に、エルイングへの紹介だけが目当てだった感じですねぇ」
「だのう」
「そうなんでしょうか。…実はその後に二~三度、一人でいらっしゃるエルイング様にマリーカーラ様が声を掛けている場面を目撃した事があるんですけど。後でエルイング様に先ほどはどんなお話をなさっていたのかと訊きましたら、面倒臭そうに『…なんか、相談に乗って欲しいとかなんとか』と」
「はい、相談女キター」
「うむ、聞いた事があるぞ。友人や知り合いの男を『相談に乗ってほしい』と言って呼び出して、適当な相談に乗らせておる間に誘惑するんだろ?」
「えー…」
ユーリィ様は涙目になっている。
「あの、私てっきり、マリーカーラ様は私の恋の応援の為にエルイング様に相談と称して声を掛けていたのかなぁと思ってたんですが。でもエルイング様は私に脈なしと察知した為、私を傷付けまいとして、マリーカーラ様は何も言わずにFOを…という事かなと思ってたんですが。―――ただ、私としては、例え駄目そうでも報告は欲しい質なので、その辺りも自分とマリーカーラ様は相性が悪いのかなぁと思っていたんですけど」
黒姫さまは可哀想な物を見るような目でユーリィ様を見つめた。
私もだけど。




