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17 エルイングからの手紙

 翌日、私は明け方頃に目を覚ました。まだ窓の外は薄暗い。私は二度寝する事にして、枕に頭を沈める。だけど、残念ながら眠気が訪れない。仕方がないので天井を眺める。ふいに昨夜、就寝前にダイナと話していた事が思い浮かび、反芻する。


『エルイング様、私、ユーリィ様にエルイング様のお相手を頼まれましたの』


(夕べはあまり気にしてなかったけど、よく考えたらエネゼクト様ってエルイングの事、名前呼びなのね)


 ダイナは自分で目撃した場面をダイナなりにレポしただけだし、事実とは多少の齟齬はあるかもしれないけれど。でも、エルイングを取り巻いたご令嬢達の全員が"カシスタンド様"と呼んでいた中での、ただお一人のみによる"エルイング様"呼びとなると…。


 つまり、エルイングの事を名前呼びする程度にはエルイング自身とも親しいんだよな…。


(……そういえば黒姫さまがエルイングを呼び出して下さるのっていつになるんだろう)


 学院祭中となるとチャンスは今日と明日と明後日の三日しかない。学院祭の後は一週間の休暇だからその間だろうか。それとも平常授業が始まってからになるのかな。


 とりあえず、何が起ころうとも私の背後には黒姫さまがいてくださる。


 そう思うだけでじわあと涌いてくる安心感に浸される。私は引き出しにしまってあるスマーフォを取り出して、枕元に置いてみた。すると更に安心感が増す。

 そのせいで眠気が襲ってきたのか、私はいつの間にか気持ちよく眠りについていて、日が高くなってからダイナに起こされた。二人揃っての寝坊で朝食の時間に間に合わなかった為、二人で学院を廻るついでに買い食いなどもして、そうして日が暮れる。

 学院祭の八日目はそんな風に終わった。

 てっきり九日目もそんな風に終わるのだと思って朝を迎えたんだけどね。

 昨日は朝食を食べ損なったので、今日はしっかり食べようってはりきって二人で食堂へ向かった途中で、私は管理人さんから呼び止められた。


「セーラルルー嬢、手紙が届いていますよ」

「あ、はい」


 差し出された封書を何の気なしに受け取って、ドキッとする。

 だって、封蝋に押された印璽が見慣れたデザインだったのよ。

 見間違いのしようも無く、カシスタンド伯爵家の紋章だった。


 差出人を見ると―――。


「ん?」


 てっきりエルイングの名前が書いてあるのかと思ったら、知らない名前だ。


―――レイヴィング・ケシーウェアナ


(一体誰…?)


 ぜんぜん判らなくて首を捻る。


「なになに? ひょっとして明日の後夜祭のパートナーの申し込み?」


 ダイナがニヤニヤしながら覗き込んできた為、慌てて小脇に隠す。「実家からだよ」と言うと、興味を失ってくれたようだ。

 一緒に朝食を食べた後、一旦部屋に戻る。

 今日のダイナは魔術科のクラスメイトと廻る約束をしているとの事で、「じゃあね」と出掛けていった。私はといえばそろそろ学院祭に飽きてきたのもあり、とりあえずはと封書を開封する事にした。


 レイヴィング・ケシーウェアナ。


 確かに知らない名前だけど、封書の封蝋に押された紋章の時点で、カシスタンド伯爵家の関係者である事は間違いないわけで。あと、名前。名前が臭すぎる。カシスタンド家の男子は代々名前に"イング"を付ける―――と以前エルイングが言っていたし、カシスタンド伯もエルイングの兄上も確かに名前の語尾に"イング"がついているし。

 それ以前に。

 レイヴィング・ケシーウェアナなる人物は知らないけど、文字には恐ろしく見覚えがありまくった件。


 机に座り、ペーパーナイフで封を切る。

 入っていた便箋を取り出すと、意外なんだか意外でもないんだか―――な、差出人の名前の文字と同じく、見覚えありまくりの文字が並んでいた。

 そして手紙の内容を読んだ私は―――。


(なるほど、そういう事か…)


 私は悟ったのである。

 そう、エルイングの思惑を。











 便箋を読んだ一時間後には、私はロンドグラム公爵邸の黒姫さまの部屋のソファの上にいた。私の向かいには部屋の主である黒姫さまがいて、私の横にはユーリィ様がいる。

 私は差出人名レイヴィング・ケシーウェアナの封書を黒姫さまに渡した。


「中を見ても良いのか?」

「当然です。その為に持ってきましたので」


 封書の中の便箋を読んだ私は、お借りしたものの自分からは一度も使ってなかったスマーフォを初めて使い、黒姫さまに連絡をした。大至急お伺いしたいと言うと、ただ事ならぬと感じたのか黒姫さまはすぐに承諾してくれて、「何かこちら側で用意すべき物はあるか」と気遣ってくださった。私は少し考えて、ユーリィ様も呼んで欲しいとお願いしたわけだ。


 便箋にはこんな事が書かれてあった。




[前略 セーラへ


 差出人はうちの親戚の名前です。

 便宜上借りましたが、真の差出人は僕、エルイングです。

 戸惑わせたのならごめんね。


 ずいぶん久しぶりだね。

 六月頃に「こちらから連絡する」と言ったきり、ご無沙汰してしまいました。

 それはともかく、明日の後夜祭には出席しますか?

 参加は任意だと聞いているので、

 ひょっとしたらセーラは欠席してしまうかも? と考え、

 この度連絡した次第です。

 大事な話があるので是非出席してください。


 ただ、残念ながら会場でのパートナーにはなれません。

 今回はマフリクス子爵家のユーリィ嬢をエスコートする予定があるからです。

 ですが後夜祭はパートナーなしの単身でも参加出来ると聞いています。


 後夜祭会場の左翼にあるアカネイシャ階段の踊り場で待ち合わせをしましょう。

 時刻は20時頃でお願いします。


 エルイング・カシスタンド拝]




 二~三度読み返した後、黒姫さまは私の手に便箋を戻す。私はその流れでユーリィ様にも渡した。読んでよいのかと伺うように私を見上げたので肯く。ユーリィ様も読み終え、再び便箋が私の手に戻って来たところで、黒姫さまが最初に口火を切った。


「こやつ、なにゆえ親戚の名前で手紙を送ってきたのだろう?」

「その辺りはまぁ…。もともと私が学院内ではベタベタすんな、他人のフリしろと言い含めていたので、奴なりに気遣いを継続したって事かなと」

「なるほど」


 黒姫さまは私の目を真摯に見つめ、肯く。


「では内容についてだが。……これはひょっとしてアレであろうか」

「アレでしょうね」


 私も黒姫さまの目をじっと見返しつつ、肯く。


「とどのつまり、これまでのあやつの不可解なアレコレは……」

「はい。ほぼ間違いなく、そういう事だったのでしょう。奴は―――やる気です」

「うむ、そうとしか思えぬな。て言うか、こやつ。そなたは後夜祭に単身で来ると決めつけておるぞ。しゃらくさい奴よのう」

「その上、満座で私に恥をかかせようとしてますよね、腹立つ」

「どうしてくれようのう…」


 私と黒姫さまは完全に以心伝心状態だった。

 一方、一人置いてきぼりを食らっているのがユーリィ様だ。


「あの、お二方、私にも説明していただけると有難いのですが…」


 ユーリィ様は、まさにチンプンカンプンと言った表情だ。

 私はユーリィ様に向き直り、そっと肩に手を添える。


「ユーリィ様、エルイングは後夜祭で私に婚約破棄を宣言するつもりなのですよ。しかもエルイング側からの婚約破棄を正当化する為に、私をユーリィ様イジメの犯人に仕立て上げて断罪するつもりです」


・パーティ会場

・婚約者ではない女性をエスコートする

・その一方で婚約者を単身で会場に来させる


「この三つが揃ったら、そりゃあもうアレしか思い浮かびませんよ、ユーリィ様!」


 私が「ですよね?」とばかりに黒姫さまを見返ると、「うむ」と肯いて下さる。

 私は改めてユーリィ様を見て、少し笑って、そうして言った。


「ユーリィ様。私はもともとエルイングにはふられるんだろうと覚悟はキメていました。なので、ふられた時にエルイングに対してどう取り繕って格好つけるかって事ばかりを気にしていたんです。

 正直言って、パーティ会場のような人の大勢集まる場所で、衆目の中で婚約破棄される可能性なんて一切考えていませんでした。私とエルイングはそれなりに長い付き合いがあるし、少なくとも私には、こんな事態になってすら、彼への情を捨て切れていなかったし、当然彼もそうだと思い込んでいたんですよ。

 ここしばらくでエルイングへの情はこれでもかという程に目減りはしていましたが、それでもゼロまではいってませんでした。そしてそれは私だけでなく、エルイングの方だって、ギリギリの情は残してくれているだろうと。婚約破棄するにしても、なんだかんだと目だない場所でひっそりと告げてくるくらいだろうなあと」


 ふふっと私は哀しげに微笑する。


「セーラ様…」

「だから。手紙で後夜祭に来いと言われて。自分はパートーナーを伴って、でも私には単身で来いと言わんばかりの内容で。正直、愕然としました。お陰さまで最後の情も涸れ果てた心地なんですよ」


 黒姫さまもうんうんと肯いている。


「ユーリィ嬢をいじめたり転ばせたりしたのはセーラである筈だ。―――このエルイングの言いがかり。私としては大変傷ついたわけですが、真相を知る前はエルイングなりにユーリィ様を愛するがゆえなのかなあなんて思う事もありました。でも、ユーリィ様のお話を聞く限り、その可能性は無い。では何故? と疑問に思っていたけれど、冷静に考えてみれば、疑問に思う余地などなかったんです」

「と、申しますと?」

「きっとエルイングは本心から私を犯人だと思っていたのではなくて、私が犯人であって欲しかったのです。―――そして。もしも違うならば、犯人に仕立て上げればよい。そう思っていたのです」

「な、何故でしょう? どうしてそんな酷い事を、エルイング様が他ならぬセーラ様に…」


 とても信じられないといった表情でユーリィ様は涙目になる。

 お気持ちはわかる。

 だって私だって泣きたい。

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