16 マリーカーラ・エネゼクト様
ユーリィ様は子供の頃、第三皇子殿下やその他の幼馴染み達と共に、探検ゴッコでこの魔道具倉庫に忍び込んだ事があったと言っていた。ちなみにゴッコ遊びに興じていたのは皇子殿下達だけで、ユーリィ様は何事かあった場合に備える為に同行していただけだそうだ。
その時ユーリィ様は扉付近に待機していて、すぐ近くの棚の上に小洒落たジャケットが置かれているのを見て、思わず手に取ったのだと言う。取説も付いていて、そこにはカクレミーノという道具名と性能の詳細が載っていたのだと。
「扉近くの棚にあると言うからすぐ見つかるだろうと舐めておったが…。それらしい物は見当たらんではないか」
「お道具整理で配置換えでもあったんでしょうか」
「かもしらん。素直に道具の品目帳を借りてくるべきだったな。しち面倒だからと手続きを怠ったばかりに」
黒姫さまは相変わらず無表情ながらも少しだけしょんぼりしているようだ。
「見当たらなんだら神力を使おうと思っておったに、またパシフェルが来たら鬱陶しいしの。致し方なし、手分けして探そう。私はあちらの棚から探すゆえ、そなたはそちらの棚から頼む」
「了解でーす」
そうして私たちは倉庫内を両端から探す事にしたのである。
(それにしても、これはまた…)
皇宮の倉庫なだけあり、そこそこ狭くはない建物で、面積も広ければ天井も高い。棚がいくつも立っており、様々な形の道具が無造作に陳列されている。棚の上に並ぶ謎の魔道具たちを一望して、私は軽く目眩がした。
だけど、垂涎。
エルイングにとっては垂涎だよ、この光景。
七歳の時にエルイングがミイラ萌えのオタクになって以来、私は度々エルイングに誘われて、地方都市デンスレイドに行く事が増えた。デンスレイドは田舎にしては充分な規模だし、キサラシェラ男爵領とカシスタンド伯爵領の両方に隣接している。大きな魔道具ショップは勿論、古魔道具屋も数件あって、店に入るとエルイングはひたすら無言で店頭に並んでいる道具にかじりつきになるのが定番だった。
地元で探し尽くして目当ての魔道具に出会えなかったからって、エルイングは帝都に期待を寄せたんだよね。
だからきっと、今ここにいるのがエルイングだったら、紫色の瞳をキラキラさせながら、この魔道具倉庫を片っ端から眺めまわし、へばりつき、『ここに住む』と言い出しかねないよと苦笑する。
そんな事を考えながら、道具をひとつひとつ確認する。カクレミーノとやらはスガタガキエールと同じで着衣型なのは判明しているから、探しやすい事だけが救い―――などと思いつつも、面白そうな性能の道具があると、つい足を止めてしまう。
(え、なにこれ)
[道具名]タイムガトマール
[効果]時間を止める事が可能
(時間を止める事が出来る魔道具!? す、すごい……)
感動しかけたが、しかし。
[消費魔力量]一秒につき10億サイズの魔預缶1ダース必要
現実はこうだった。
一秒止めるのに500億リエン×12…?
アフォか。
だが、他にも似たような魔道具があった。
[道具名]タイムガモドール
[効果]時間を戻す事が可能
[消費魔力量]一秒につき10億サイズの魔預缶10ダース必要
ひょっとして制作者は同じなのではないかと思ったら案の定だった。150年程昔の職人さんで、他にも時間関係の魔道具を数点製作したようだ。時間関係の魔道具製造に全人生を賭けた残念なオタクだったようだ。
て言うか、コレ、本当に書かれてる効果のとおりに使えるの?
誰がこんだけの魔力を使って性能を検品したというんだろう。
て言うか、検品するの無理では?
他にも色々な魔道具があった。
[道具名]ゴーストミーエル
[効果]幽霊が見えるようになる
[道具名]ナンデモシャーベル
[効果]有機物でも無機物でも何とでも会話が可能になる
[道具名]フクガンデッキル
[効果]白骨などの生前の顔を復元出来る
[道具名]クサッテモモドール
[効果]腐った食材を新鮮な状態に戻す
ひとつひとつ眺めながら、私はふと気がついた。
(……これってさ)
エルイングの欲しい魔道具に近くない? 探せばもっともっとドンピシャな物がゴロゴロしているのかもしれない。でも取説見る限り、どれもこれも超絶極悪な魔力量が要求される。もしもエルイングの希望そのものドンピシャリな魔道具があったとしても、作動させる事すら出来ないんじゃあ絵に描いた餅でしかないよ。ざまぁ。
(さてと。黒姫さまだけに探させるわけにはいかないし、そろそろ本腰入れてカクレミーノを探さないと)
気を取り直して棚の探索に戻――――――ろうとした所で、
「セーラよ」
遠くから黒姫さまに呼ばれた。
「はい!」
大声で応じると、
「カクレミーノ発見だ」
「え、もう見つかったんですか」
倉庫の規模からして数時間はかかると踏んでいたのだが、どうやら一時間もかからずに済んだようだ。
公爵さまから貰った火球を回収かつ活用しながら宮殿の表門前の広場に戻ると、ロンドグラム公爵家の公人魔術師が待機していた。とりあえず一旦移動魔術でロンドグラム公爵邸へ戻る。
「このまま寮へ送らせても良いが、もう遅い。公爵邸へ泊まるが良い」
黒姫さまにはそう言われたけど、昼からこっち、皇子殿下に会い、ユーリィ様に会い、生まれて初めて皇宮(の倉庫)に行ったついでに公爵さまに遭遇してしまったわけで。
実のところ相当ストレスが溜まっていた為、帰寮させてもらう事にした。
でもとりあえず夕飯だけは頂くことにする。
だって多分、寮の夕食タイム、終わってる。
そうして二人の公人魔術師に送られて帰寮したものの、時刻はすでに門限を過ぎていた。だけど管理人さんは小言も言わずに通してくれた。公爵家から遅くなる旨、連絡が入っていたようだ。
部屋に戻るとダイナが待ち構えていた。
「秘密のミッション、どうだった!?」
「ふっ…」
苦み走った風に笑ってみたものの、どう返せばいいのかわからない。
しばらく考えて、やはり同じ方向で煙に巻くほか無い。
「秘密のミッションだから当然秘密よ。ぺらぺら話せるわけもなくてよ、おーほっほっほっ」
気取った風に言ってやると、ダイナがハッ!とした顔をする。
「どうしたの?」
「そのわざとらしい高飛車な笑い方で思い出したんだけど!」
「なに」
「あんたが昼間、ロンドグラム公爵に呼ばれて出て行った後、他の寮生の子に誘われて学園祭廻りしたのよ。でさ、昼下がり頃かな。たまったま目撃したんだけど、モテモテ君とユーリィ・マフリクス様が二人でいて、でも途中でマフリクス様が懐から四角い板みたいなのを取り出したのよ。セーラが持ってたのと似てたからスマーフォなんだと思うけど。で、そこに二人の公人魔導師が来て、マフリクス様を連れてったの」
「ああ、うん」
今日の昼下がり、黒姫さまがユーリィ様を呼んだ時の現場をダイナは偶然にも目撃していたらしい。
「いつも横にいるマフリクス様がいなくなって、さて、モテモテ君はどうなったでしょう」
「あ、はい。わかります」
「楚々とした貴族の令嬢たちが、すわチャンス到来なりとばかりにモテモテ君を囲み、虎視眈々とにじり寄り、這いより、ピンと張り詰める緊張の糸!」
最初に緊張の糸を断ち切った令嬢は、いかにも気がつきませんでしたーといった体でエルイングの背中目がけて突進し、『あーれぇ』とばかりに転んでみせたという。エルイングが手を差し伸べようとすると、他の令嬢が横からその手を奪い取り、『私、気分が悪くて。カシスタンド様、医務室へ連れていってくださいませんか?』と。そこへ更に別の令嬢が加わり、エルイングの手を奪う。いつの間にか大勢の令嬢達がエルイングとゼロ距離に。すなわちもみくちゃ状態に。
「その残念な令嬢達の中になんと、侯爵家の令嬢がいて」
侯爵令嬢は叫んだという。
『皆様はしたないですわよ』
と。
そうしてエルイングの肘から先を自身の胸と腕でがっちりホールドし、
『ねぇ、カシスタンド様』
にっこり笑って相槌を求めたのだという。
エルイング狙いの令嬢の多くは男爵家か子爵家か伯爵家の令嬢…という感じだ。学院内の女子部では数少ない侯公爵家のような高位貴族の令嬢の中にも勿論エルイングのファンはいるけど、彼女等からしたらエルイングは格下の伯爵家でしかも嫡男ですらない事から、遠くから眺めるだけで済ます方々が大半だった。
だから、
『カシスタンド様が珍しくお一人に! この機会逃すまじ!』
とばかりエルイングをもみくちゃにしていた令嬢達は、その中に侯爵令嬢が混じっているとは思いも寄らなかったのだ。
だから、一同唖然として静まりかえった。
当の侯爵令嬢は勝ち誇り、おーほっほっほと高笑いしたのだとか。
「……で、モテモテ君はその侯爵令嬢に連れられて雑踏へ消えていったと」
「ううん、これにて侯爵令嬢の勝利確定と思いきや、ここで新たに女がご登場」
「お、おう…」
どんだけモテるんだ、あのミイラ愛好家。
「セーラはマリーカーラ・エネゼクト様を知ってる?」
「いや、初めて聞いた」
エルイングの腕をがっちりホールドしてその場から連れ去ろうとした侯爵令嬢だけど、しかしエルイングが戸惑ってなかなか歩を進めようとしないせいで、その場で軽く押し問答状態になっていたらしい。そんな時に、マリーカーラ・エネゼクト様が現われたのだという。
『エルイング様、私、ユーリィ様にエルイング様のお相手を頼まれましたの』
そう言ってにっこり笑うと、件の侯爵令嬢からエルイングの腕をするっとナチュラルに抜き取り、自分の腕に抱え直したのだと言う。
『なっ!』
侯爵令嬢は声を上げようとしたけど、エネゼクト様に至近距離まで顔を近づけられ、柔和な笑顔でにーーーっこりとやられて絶句。―――してる間に、エルイングとエネゼクト様は二人でさっさと雑踏に消えていき、後には侯爵令嬢とその他大勢が取り残されたのであった―――。
「前に言いかけたじゃん? モテモテ君の本命の話。クローディア様だけじゃなくて、もう一人いるって」
「…言ってたね、そういえば。マリーナントカだかナントカマリーだかの」
「それそれ。けっこうな美人で金髪の。あん時、名前ド忘れしてたけど改めて思い出したのよ。そんで、ユーリィ・マフリクス様のクラスメートだってさ」
「へー」
「マフリクス様、自分が立ち去るにあたりモテモテ君のお相手をエネゼクト様に委任したって事は、単なるクラスメートではなく余程親しいご友人とか、そういう感じなのかもね。て事は、クローディア様に引き続き、こちらの本命説もナシなのかもね。まさか友達の彼氏を盗らないだろうし」
「へー…」
何も知らないダイナはユーリィ様とエルイングは相思の仲だと思い込んでいるわけだし、そういう印象になるのは仕方ないよね。現実にはユーリィ様はエルイングから逃げる気満々なんだけど。
あと三回寝て起きたら学院祭最終日と後夜祭を迎える。
そうしたら期間満了でユーリィ様はエルイングから解放される。
その後、エルイングはどうするつもりなのか―――はちょっと気になるけど。
案外本当にそのエネゼクト様がエルイングの本命で、後夜祭後にユーリィ様と期間満了で円満にお別れした後、私とも婚約破棄をして、改めてそのエネゼクト様と交際スタートの予定なのかもしれないよね。
問題は、その辺りをユーリィ様が把握しているかどうかだけど。
でも黒姫さまの所でお話した印象としては、ユーリィ様は絶対把握してないよね? 把握してたらあの場で私に伝えて下さったろうし。
ユーリィ様とエネゼクト様は本当に友達なんだろうか―――とちょっと思った。
(けどまぁ、私とエルイングの破局はほぼ確定だし、後のことは考えても仕方ない)
最初に黒姫像に願ったのは、エルイングに対し、"クールでドライにふられたい"だったけど、今はなんだか努力して演じる必要すら無く、素でイケる気がしてるからね。
…でもエネゼクト様のお顔はちょっと拝んでみたくない事もないかな。
「……ねぇ、ダイナ。そのエネゼクト様の写像はないの?」
「ないなー。私、いくら美人でも女の写像集めて喜ぶ趣味ないし」
ちょっとガッカリだ。
就寝時間になり、私もダイナもベッドに入った。今日は疲れたし、先の展望も見えてきた気がするし、エルイングのせいでずっと滞っていた私の運気がようやく流れ出した気になって、私は久々に心安らかな気分で眠りに就いた。




