15 パシフェル・レーダーゼノン=ロンドグラム公爵
すでに黄昏時。
話したい事のほとんどを話し尽くしたユーリィ様がロンドグラム公爵邸を辞去する事になった。
ユーリィ様とは、
・約束の内容を暴露してしまった事はエルイングには内緒にする事
・後夜祭が終わるまでは学院で会ってもこれまでどおり赤の他人のふりをする事
これらを約した後、解散。
ユーリィ様は学院へは戻らず、帝都にあるマフリクス子爵邸へ直帰する事を選んだので、ロンドグラム公爵家が雇う二人の公人魔術師による移動魔術でお帰りになった。魔術師二人はユーリィ様を送り届けて帰還した後、今度は私と黒姫さまを皇宮へと連れて行く。
到着した場所は皇宮の表門前の広場。東西南北の地平線でも見えそうな……は言いすぎだけど、それ程に広大な面積の床には美しい大理石のタイルが敷き詰められている。そして、背の高い木々が整然と並び、エントランスの周辺三方をぐるりと囲んでいる。
「魔道具倉庫に移動魔術で直というわけにはいかないんですね」
「さすがにな。それを許可したら、移動魔術の使える魔術師が皇宮のあっちこっちを好きに移動し放題になってしまうだろ。皇宮は神殿の神力によって結界を張っておるゆえ、外部からの魔術は弾くようになっておるのだ。ちなみに結界内部の方は魔術無効だ」
二人の公人魔術師は表門を護る衛兵達に身分証を提示し、いくつかの札を受け取っている。表門の次は内門とか正面門とかの複数の門を更に通過。その度に札を渡して通過する仕組みのようだ。
「メンドクサ」
黒姫さまがボソリと漏らす。
ようやく身分証だの札だのが要らない辺りに着くと、黒姫さまは公人魔術師達を下がらせた。
「ここから先は結界内だ。大抵の魔術が無効化されるので徒歩にて倉庫へ向かう」
そうして歩き出す。
「皇宮には私と父の宮もあるが、行くと女官が持てなそうとするからな。面倒臭いのでスルーするぞ。他の皇族もそれぞれ独立した宮に住んでおるし、魔道具倉庫は辺鄙な場所にある。抜き足差し足で向かえば挨拶が要るような面倒な輩には出会わずに済むだろう」
私は黒姫さまの後ろをついてひたすら歩く。日が完全に落ちきった頃には、周囲はほとんど真っ暗になった。こうなると通路替わりの飛び石はトラップにも見えてくる。
「これだけ暗いと灯りが欲しいですねえ」
「もうあと少しだ」
「はい」
と言った次の瞬間、私は蹴つまづきそうになった。
「ひゃうっ」
「大丈夫か?」
黒姫さまは慌てて自身の指先に火を灯し、私の方へ向ける。
「黒姫さまは魔力持ちだったんですか? でもさっき、魔術は無効化されるって…」
「私に魔力はない」
「ではそれは」
「私は神力持ちなのだ」
「し、神力……!?」
神殿以外で神力持ちの方を見たのは初めてだった。
魔力と神力には違いがある。
この帝国で魔力を持って生まれる者が千人に一人だとしたら、神力を持って生まれるのは20万人に一人と言われている。神力持ちは例え最低限の神力しか持たない場合でも神殿では"巫"の位が与えられる。神殿内で出世をすると神官、神官長、大神官へと身分が上がる。最高位は"神人"だが、これは基本、常に空位。該当者の出現が稀な為だ。
(黒姫さまの地位はどの辺りなんだろう)
好奇心のまま訊こうとした時。
「ユンライか?」
突然、暗がりの中から重低音の声が聞こえた。
すぐ先にかなり背が高い男性が立っている。暗がりのせいもあるけど、髪の色も着ている服も純黒で、真っ暗闇の中では全体像が判別しづらい。
その上、お声が妙にピリピリと怒気を孕んで聞こえるので、なんだか怖い。
「お知り合いですか?」
恐る恐る小声で黒姫さまに問うと、
「父だ」
ぼそっと小声で教えてくれる。
そうして黒姫さまは小さく眉を顰めつつ指先の灯りを消した。
黒姫さまのお父上―――と言う事は、この方が噂のロンドグラム公爵さま。現皇帝陛下の第二皇子であり、皇太子殿下の弟君であり、キャシュレット第三皇子殿下の叔父君であり、そして黒姫さまを―――推定年齢12歳でお作りになったかも? な方。
え?
なんでここにいるの?
ドギマギしている間も父娘の会話は続いている。
「ユンライ、お前、神力を使ったろう」
「……ちょっとくらい良いではないか」
「…その油断が後の後悔の元だろうに」
そうして公爵さまは手の平を開くと、詠唱する間もないような速さでこぶし大の火球を作り出した。そして、「これを使え」と黒姫さまに渡す。
黒姫さまの手の平に渡された火球は半径2~3メートルを照らした。
その灯りの範囲内の中、公爵さまの姿がようやくはっきりと見える。
野性味と優雅さが同居しているような、見るからに逞しく美しい男性。目は水色で、第三皇子殿下と同じ色合い。長めの前髪の片方何割かを後ろに撫でつけている為、耳の赤いピアスがよく見える。
ダイナが魔術で見せてくれた写像の姿と同じだ。
と言うか、写像ではなく実物なだけに解像度くっきり。写像で見た印象よりも精悍さが増して、目尻がシュッとしてて。
やっぱり若い。若すぎる。
16~17歳の娘がいていい外見じゃない。
ちょっと年の離れた兄妹とかなら納得出来るけど父娘は無理がある。
などと考えている私の横で父娘の会話が続く。
「魔道具倉庫に用があるのか?」
「カクレミーノという道具を取りに来た」
「俺も探してやろう」
「いや、結構だ。それよりも」
黒姫さまはくるりとこちらを向くと、「セーラよ、こちらへ来よ」と私を公爵さまのすぐ傍まで押し出す。公爵さまは胡散臭そうに眉を顰めて見下ろしてきたけれど、私が皇立学院の制服を着ている事に気付くと、少し不思議そうな顔になった。
とりあえずはと言った顔で、その上かなりぶっきらぼうにだけど、
「パシフェル・レーダーゼノン=ロンドグラム公爵だ。娘が世話になっている」
そう名乗ってくれた。
慌てて、
「男爵家のセーラルルー=イニシアズ=キサラシェラでございます。こちらこそお世話になっております」
小刻み通り越して激しい貧乏揺すり状態で震えつつも礼儀に則りなんとか挨拶をする。
すると黒姫さまが、
「キャシュレットがなあ。この娘に大層な迷惑をかけておる」
言い添える。
黒姫さまの言葉を聞くと、公爵さまは顰めていた眉をますます顰めた。
その後、公爵さまとはすぐに別れ、少し歩いた後、草木の合間を抜けた辺りで、倉庫と言うには少々ご立派すぎる外観の建物の前に出る。
黒姫さまが倉庫の扉を開けて中に入った途端、真っ暗だった倉庫に灯りが点った。人が入ると点灯するシステムらしい。黒姫さまの手の平にあった火球は見た目は火の塊にしか見えないけど、やはりそのものではないようで、黒姫さまは扉の近くにあった棚にポンと無造作に置いた。
ようやく落ち着いた段になったので、
「公爵さまはなんであんな所にいらしたんでしょう?」
そう訊くと、
「私が神力を使って灯りを作った事を察知し、移動魔術で瞬間移動してきよったのだ」
黒姫さまは唇を尖らせる。
「パシフェルの奴め、恐らく宮に来ておったのだな。奴が皇宮外に居たらばあの程度の神力を使ったところで絶対にバレはしなかったろうに、タイミングの悪い…」
「……あの。結界内では魔術が無効化されるって仰ってませんでしたっけ? 移動魔術も火球も…」
「あやつの魔力は少々特別なのだよ」
父親を名前呼び。
しかも"奴"とか"あやつ"って。
ていうかさ。公爵さまの話し口調は歳相応に見えるのに、黒姫さまの話し口調だけ妙に時代がかってるのはなんでだろう。初めて黒姫さまとお話しした時、実は私、(高位貴族のしゃべり方ってこうなんだあ)とか呑気にスルーしてたんだけど、よくよく考えたら第三皇子殿下のしゃべり方も普通だったよね。
まあ最大の違和感は公爵さまの年齢なんだけど。
12歳の謎。
問いたい。
小一時間問い詰めたい。
でもさすがにこんな事訊くのは不敬……なのかな。
好奇心の塊になっている私の脳内などお気付きでない黒姫さまは、
「火球を作る時も帰還する時も奴は詠唱しなかったろ?」
と言う。
…すごい早口で詠唱したのかと思ってたあ。
「魔力持ちにも種類があるわけだが…」
一概に魔力持ちといっても、せっかく大層な魔力量があるのに魔術を使う才の乏しい者もいれば、魔力量は乏しくとも魔術を扱う才に長けた者もいる。ロンドグラム公爵邸が雇用している二人の公人魔術師達が良い例だ。
多分だけど、
頬の魔術師刻印の色がブルーだった方は魔術の才>魔力量。
頬の魔術刻師印の色がグリーンだった方は魔力量>魔術の才。
お互いの足りない部分を補い合う為にバディを組む事はよくあると聞く。だけど、バディを組む必要なく、単独で完成している魔術師も当然いるわけで。
そして、詠唱無しで魔術が使えるなんてのは、きっとものすごくとんでもないレベルの筈。
「結界内魔術無効化と言っても、要は詠唱阻害なのだ。つまり、詠唱なしで魔術が使える者には無効もクソもない」
「…公爵殿下、魔術の天才って感じですか?」
「……まぁうん、そんな感じだ」
「黒姫さまは神力はあるけど魔力なしなんですよね」
「うむ。魔力ゼロだ」
「なのにそのお父上は魔術の天才」
「ははは、面白いだろう?」
踏み込みたい。
踏み込んでじっくり訊きたい。
なんか、色々と訊きまくりたい。
けど、
「そんな事よりもカクレミーノの件だが」
話が変わってしまった。




