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13 黒姫さまの心が泣いている

 そう、ミイラ。

 エルイングの趣味はミイラ。


 なんだそれって感じだけど。


 あれは確か七歳頃。エルイングがたまたま我が家に遊びに来ていたあの日は、あいつにとって"運命の日"だったんだと思う。

 そもそもの発端は、キサラシェラ男爵領にある沼の底から、驚くほど保存状態の良い古代の若い女性のミイラが上がった事が切っ掛け。

 少なくとも3000年は昔のミイラだって事が判明して、領主であるお父様のところに知らせが来たのよ。

 遺体の一定期間の保存は魔術を駆使すれば可能ではある。だけど3000年経っても生前同様の姿を保たせる魔術なんて奇蹟としか言い様がないって大人達は騒いでた。

 私は好奇心に駆られて、お父様に頼んでミイラの調査が行われている研究所に連れて行ってもらおうとしたんだけど、エルイングは怖がった。でも私はそんなエルイングのお尻を叩いて無理矢理連れていったわけ。

 怖がってた筈のエルイングは、いざミイラを目の前にすると、なんというかこう―――。


 恍惚とした顔になった。


 そうして、


『この人、今にも目を覚まして語り出してもおかしくないね』


 なんて呟いた。


 ミイラは確かに綺麗なお姿だったけど、子供の身としてはやっぱりご遺体はご遺体だなと。逆にエルイングはもっとずっとホラーな感じの姿を想像していたみたいで、そうじゃなかったからこその感動を覚えたんだってさ。これもひとつのギャップ萌え?


 それからしばらく、エルイングはあのミイラの事ばかり話してた。


『ねぇ、セーラ。僕達、3000年前の女の人に会えたんだね』

『まるでタイムスリップだ』

『あのミイラさん、生前はどんな名前だったんだろうね』

『どんな声だったんだろう』

『ミイラと会話とか出来ないのかなぁ』

『なんで沼の中にいたんだろう』

『ミイラさんに保存魔法かけた魔術師ってミイラさんとはどんな関係だったのかなぁ』

『ご遺体と会話出来る魔道具ってあるのかな』


 食事中だろうがおやつタイムだろうが気にせず、ひたすらミイラの話ばかりするので何度か拳を炸裂させた覚えがある。

 件のミイラはその後、お父様が遠方の学術都市にある博物館に寄贈したんだけど、勿論エルイングは反対して『僕が引き取る!』って大騒ぎしたよ。カシスタンド伯爵様はうちのお父様に『頼むから早く博物館に輸送してくれ、息子がキモイ』って泣いてたな。

 無事ミイラは博物館に送られて、エルイングもその内に熱が冷めるだろうと思っていたら―――甘かった。本屋に行けば『ミイラ図鑑』とか買い込んでるし、ミイラの展示会やミイラが出品されるオークションには必ず行くし、やたら魔道具ショップに付き合わされるようになったしさ。魔道具ショップで何が欲しいのかと訊けば、案の定『ミイラと会話する魔道具』。

 あるかぁそんなモンとまたしても拳を奮う事に。

 だけどエルイングは殴られた頭部を両手で庇いつつ、半泣きになりながら言ったのだ。


『ミイラと会話する魔道具がないならミイラのプロフィールが表示される魔道具とかさぁ。ミイラの霊魂を召喚する魔道具とかさぁ、あるかもしんないじゃん!』


 大丈夫かこいつと思ったけど割と本気で大丈夫じゃなかった。

 10歳を越える頃にはオークションで本物のミイラを買い込むレベルに進化。綺麗めのミイラから割とヤヴァイ感じのミイラまでお構いなしに収集。


『"ヤヴァ目のミイラを綺麗にする魔道具"ってのにいつか出会えるかもしれないじゃん』


 とか、最高にいい笑顔で白い歯を光らせながら言ってたよ。

 カシスタンド伯爵邸の裏庭の隅にはエルイングが強請って建ててもらった保冷倉庫があるんだけど、中身は勿論アレだよ。

 件の倉庫に誘われ、


『遠い昔に亡くなったこちらの方々といつか会話出来るかな』


 とかうっとりした顔で呟かれた時、こいつはこの歳にして人生詰んじゃったなって思ったものだ。


―――とまぁこのような私との生温かい想い出の数々を―――エルイングは皇子殿下とマフリクス様を相手に力説したようだ。


 ユーリィ・マフリクス様は語る。


「エルイング様はいかに自分がミイラを好きか、ロマンを感じているかをマシンガントークで語った後、大変なドヤ顔をして私と殿下を見返りました。なんというか―――ほーら、引いただろ? 僕のこの趣味をわかってくれるのはセーラだけなんだよ、ざまぁ―――そんな感じの顔でした」


 いや、わかってないし。


「エルイング様の力説を聞き終えた殿下は汚物を見るように見下して『キモッ』と一言溢すと、私の方に向き直り、『ユーリィ、この男、キモイぞ、やめておくか?』と仰いました。

 殿下はエルイング様を側近にしようとお考えになった時、エルイング様の身辺を当然のように調査したわけですが、趣味についての記載はなかったようですね。記載されていたら殿下は端から勧誘を断念したかも知れませんし、正直私もかなりドン引きではあったんですが―――やはり当時の私はエルイング様のお顔の麗しさに抗えませんでした。

 それでつい言っちゃったんです。


『エルイング様、私は平気です。キサラシェラ様よりもっとずっと深くその趣味を理解してみせます』


 と。

 私の宣言の後、今度は殿下がドヤ顔になりました。


『おお、ユーリィ、健気な妹分よ。お前の意気、感じ入ったぞ! 聞いての通りだエルイングよ』


 ちょっと芝居がかってましたが。

 するとエルイング様はまさにムッカァ…という表情で唇を噛み締めていました。

 剣呑なお顔のまま、


『…そうですね。ユーリィ嬢が僕の趣味に理解をしめしてくださると言うなら、お試し期間を一ヶ月延長し、その期間はセーラとの連絡を絶ち、あなたを優先しましょう』


 絞り出すように。

 だけど殿下が難色を示します。


『一ヶ月は短い。セーラ嬢とは幼い頃からの付き合いなのだろう? 出会って二ヶ月程度のユーリィが可哀想ではないか』

『では二ヶ月』

『半年だ』

『さすがに長すぎます。セーラ不足で僕がミイラになってしまいそうです。あと、皇室に抗議文も出します。例の汚名は勝手に着てください』


 なんだかんだと本気で独裁帝国のワガママ王子になるつもりの無い殿下はチッと舌打ちしました。


『では三ヶ月だ。これ以上は負からん』

『……わかりました』


 エルイング様もここらが潮時と観念したご様子でした。

 そして三人で三つの約束をしました。


 ひとつ、期限は丁度三ヶ月後にある学園祭の最終日まで。

 ふたつ、この約束はキャシュレット殿下、エルイング様、この私ユーリィの三人のみの秘密とする。

 みっつ、エルイング様は期間中のキサラシェラ様とは接触及び連絡禁止。


 そして―――」


「なぁ、ユーリィよ」

「はい?」


 熱を込めて話していたマフリクス様に、黒姫さまが問いかけた。


「その話、まだ続くのか?」

「え?」

「いやな。他意は無いのだが、まだ続くのかのう…と思って」

「もう少しで終わりですが…」

「そ、そうか」

「あの… もうこの辺で切り上げましょうか?」


 マフリクス様は黒姫さまがこの件に関して厭いたと感じたんだろう。だけど多分そうじゃない。黒姫さまは無表情だし今も平然とした顔をしているけど、でも多分、そうじゃない。


 心が泣いている。


「まだ聞きたい事はあるからな。ほれ、先を話すが良い」


 そう言いつつも、黒姫さまの心が血の涙を流している。そんな気がする。儘ならぬ世の中の道を嘆いて術無き物かと儚み、泣いているのでは勿論ない。


 多分、魔力消費量。

 

 なんせ、マフリクス様がこの部屋に来てからかれこれ二時間が経っていたから。


(スガタガキエールにチャージした魔力の消費量、六億リエン分、消費済みィ)


 皇子殿下との一時間分も足すと、今日一日だけですでに九億リエン分使ってるんだよね。一般家庭500年分近くの魔力をたった三時間で消費。皇室から出る皇女予算がいくらなのかは不明だけど、多分、黒姫さまにとってもけっこう痛い出費なんじゃなかろうか。


 私はすくっとソファから立ち上がり、気合いを入れるように自身の両頬を叩く。

 そして思い切ってスガタガキエールを脱ぎ払った。


 なにもなかった空間から突然現われた私を見て、


 「キサラシェラ……様?」


 マフリクス様が目を剥いている。


「―――ごめんなさい。ずっと居ました」


 マフリクス様に対して謝りつつも、チラリと黒姫さまを見る。

 黒姫さまも少しだけ驚いていた。

 そしてほんのちょっとだけ―――目をうるっとさせていた。


(やっぱ、出費がきっついと思ってたんですね、申し訳ございませんでしたあ)

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