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12 美形の見慣れすぎによる事故と自己との因果関係

 ミイラ。


 出し抜けに出てきた単語に対し、黒姫さまは小首を傾げすぎて上体まで傾斜してる。


「ミイラとな?」

「ミイラです」

「…いわゆる、保存状態の良い―――ご遺体の事か?」

「ソレです」

「ミイラの話がそなた的には詩の朗読に聞こえたんだ…」

「お恥ずかしい。我ながらだいぶとち狂ってました……」


 ユーリィ・マフリクス様はなんだか遠い目をしている。


 あれ?

 これ、恋心、冷めてる感じ?


「今はどうなんだ? とち狂ってはいないのか?」


 黒姫さまに問われ、マフリクス様は少し考える風に目を泳がせて、そうして何かを諦めたように。


「……今は、目が覚めてるんだと思います」


 フフッと乾いた笑い声。


「まぁ、それでも。未だにエルイング様のお顔を見ると、やはり好みだなあと思ってしまいはするんですけど、だいぶ正気には返った気がしてます」

「なんだ、別れたいのか」

「別れたいというか、その。もともと付き合ってませんし」

「そうなのか?」

「はい」


 マフリクス様は緩く唇を噛んだ後、詳しく話してくれた。


「私がエルイング様にお付き合いを申し込んだのは、四月の終わりか五月の始め頃だったでしょうか。秒でふられましたが諦めきれなくて。それでキャシュレット殿下にお願いして仲立ちを頼みました所、エルイング様にはすでに婚約者がいらっしゃるとの事。お相手のキサラシェラ男爵令嬢は同じ学院の新入生で一般科の寮生である―――と、殿下は教えて下さいました。

 私と同じ一般科。ですが、クラスが離れていたので廊下ですら出会う機会が滅多になく、私、わざわざキサラシェラ様のクラスまでこっそりお顔を覗きに行きました。それで私―――」


 あ、ヤな予感。

 どうせ顔が残念だからコレなら勝てるかナントカ…


「キサラシェラ様はお背が高くて姿勢も良く、とても格好良くて。お顔はそれほど目立つ事もないのですが、よく見ると整ったお顔をしてらっしゃるし」


 あれ?


「さすがはあの麗しいエルイング様のご婚約者なだけはあると。私のような貧相な幼児体型が奪い取れるだろうかと」


 予想外な事を宣いながら、マフリクス様はご自身の顔を両手で覆う。


「エルイング様と並んだらさぞかしお似合いだろうなとも思いました。こんな私なんかがあんな方に勝てるかしら? とも思いました。だけどちまたに溢れる物語によると、格好いい狐顔タイプより私のようなちょっと寸足らずな狸顔タイプの方がヒロイン率高いですし―――」


 狐顔とは。


 まぁでも多分褒めてるのよね? 人って自分にない物を求める傾向あるし、マフリクス様は身長&体型コンプレックスがあるばかりに、私なんぞを高評価してくださってるらしい。悪い気はしないな。へへっ。


「―――エルイング様も幼馴染みの男爵令嬢とは真逆のタイプの私にひょっとして新鮮さを感じて下さらないとも限らないと。もしかして私なんかでもエルイング様と時間を共有して親睦を深めれば、案外乗り換えて下さるのではないかなとか。

 それで私はとても卑怯な事をしました。私と付き合ってくださらないなら、殿下に頼んでキサラシェラ様のお立場を悪くしてやる…と、エルイング様に詰め寄ったんです」


 お、おう。

 確かに卑怯だあ。


「……エルイング様が私に対してあまりに鬱陶しそうなご様子なのでついカッとなってしまったというのもありました。でもそんなの言い訳ですよね。私は普段、殿下のご厚意を有難いと思いつつも、それを真に受ける事を潔しとせず、己を律していたつもりです。だけど"つもり"でしかなかったんでしょう」


 感極まったのか、マフリクス様はいきなり表情を歪めて大粒の涙を迸らせる。


「そもそも、です。権力を盾に脅迫して交際申し込んでくるような女を好きになるわけないじゃないですか。本当にあの時の私はどうかしてました!」


 泣き続ける。


「……ほれ」


 黒姫さまがハンカチを差し出すと、マフリクス様は「お借りします」と言って涙を拭き始めた。そうしてしばらく無言が続いた後、再び話し始める。


「私の脅迫で得られたエルイング様との時間は一ヶ月ほどでした。そうして迎えた最終日の六月始め。エルイング様は殿下のお顔を立てて一ヶ月の間は私が傍近くをうろつく事を許してくれましたが、それ以上は頑として譲ってくれませんでしたし、私を好きになってもくれませんでした。約束の日、私がキャシュレット殿下を伴って期間の延長をお願いした所、本気でお怒りになりまして。

 エルイング様はキャシュレット殿下に対し、


『これ以上くどくなさるなら皇帝陛下に直談判せざるを得ません』


 と仰ったんです。


『セーラと僕の婚約は貴族間が正式に交わしたものであり、すでに皇宮の法務課にも届け出て受理されています。それなのに皇子殿下はなんの権利があってないがしろにしようとなさるのですか』


 と。


『独裁帝国ワガママ皇子の汚名を着たいのですか』


 と。

 私はもう目の前が真っ暗になってしまって。

 だけどその時のキャシュレット殿下も少々アレで。


『いやいや、でもな。あの男爵令嬢なんかよりうちのユーリィの方がよほど可愛かろう?』


 とか仰るんですよ。

 私が恐る恐るエルイング様を見たら、額には青筋が立ってました。なんか、ブチィッとか聞こえた気がしました」


 エルイング……。

 あんた、そんなに私を……。


 て、またまた絆されかけたけど。いやいや、コレ、しつこいようだけど六月の事だってば。エルイングが私を愛していた事が確定なのは六月頭までで、以降は不明なわけだしね。―――つか、現状ではイジメ犯の疑いかけられてる真っ最中だったよ。私。


 マフリクス様の話は続く。


「愛するキサラシェラ様を侮辱されたエルイング様は麗しい顔を赤く染め、しばらくその場で小刻みに震えていましたが、やがて深呼吸と共に冷静さを取り戻したご様子で。

 そうして静かに笑いました。酷く冷め切った笑い。冷笑? 失笑? 色々なものが混ざった、とても酷薄な微笑です。

 そして言ったんです。


『ユーリィ嬢。あなたは私を好きだと言うが、顔が好きなだけですよね?』


 と。


 アナタ ハ ワタシ ヲ スキダト イウ ガ

 カオ ガ スキナ ダケ デスヨネ


 恥ずかしながらその通りでした。先ほども申し上げたとおり、私は皇宮で美形を見慣れすぎたせいで、例えばキャシュレット殿下レベルの美形にすら不感症気味です。だからって『顔だけだろう』と断じてくる相手に『勿論、顔だけです、それが何か?』なんて言えません。美形の見慣れすぎによる事故と自己との因果関係がどうのと謎の言い訳をテンパりつつぶち上げていた所、横にいた殿下が察して助け船を出して下さいました。

『ユーリィ、すまない。我が一族が美形すぎたせいで…。だが天はお前を見捨てなかった。少々悔しいが私よりも美しい男がここに実在したのだ。良かったな』


 そう言って私の頭を撫でてくれたんです」


 皇子殿下とマフリクス様ってほんと仲良しィ…なんて、なんとなく遠い目をしながら思ったけど、とりあえずマフリクス様の話はまだ続く。


「しばらく無言で口を引き結んでいらしたエルイング様は、絞り出すように言いました。


『……これだけは言いたくなかったのですが』


 そう前置きして、


『殿下、そしてユーリィ嬢。私には少々残念な趣味があります。人に言うと大抵、いえ、ほぼ百%引かれます。ですがセーラだけは私のこの趣味を理解してくれています。"あんたの最大の長所はその顔だけど、最大の欠点はその趣味よね"―――と慈愛のまなざしを向けてくれる…』


 こんな風に仰いました。頬を染めつつ長い睫をバサァと閉じて、想い出に浸るように」


(慈愛のまなざしってなんだよ。生温かく諦めの境地に達してただけだよ…)


 つっこみたくなったけど、ユーリィ様の話の腰を折るのもなんだし…と、黙って堪えた。

 そうしてユーリィ様の話は続く。


「エルイング様のその言葉を聞くと、殿下はある提案をなさいました。


『どんな趣味だか知らないが、もしもお前の趣味を聞いたユーリィが引かなかったら、ユーリィと過ごす期間を延長しろ』


 と。

 エルイング様は殿下の言葉を聞いて、


『ククッ。無駄な事はよしましょう、殿下。延長した所で僕のセーラへの愛が揺らぐ事はありません。どうか殿下はユーリィ嬢を説得する事にご尽力下さい』


 このように。

 すると殿下は不敵にニヤリと笑い、


『それほど自信があるのなら試みても良い筈だ。もしも延長期間を過ぎてもユーリィがお前の愛を得られなかったら、今度こそ私が責任もってお前を諦めるようユーリィを説得してやろう。その代りお前は延長期間中のキサラシェラ男爵令嬢との接触を禁ずる。ついでにお前達の絆も確かめたいので、男爵令嬢への事情説明も禁ずる。そして、期間中は完全にユーリィに専念する事を命ずる』


 こう仰いました。

 エルイング様は当然のように抵抗しましたが…。


『自信があるんだろ? だったら問題なかろうが』


 殿下のごり押し。

 更に追い打ちで、殿下は伝家の宝刀を抜いたのです。殿下なだけに。


『断るつもりか? なんだったら皇族権限を行使して、男爵令嬢との婚約を強制破棄させても良いのだぞ。理由などいくらでもでっち上げられる。なってやろうじゃないか、独裁帝国ワガママ皇子にな。なぁに、要はお前のあの令嬢への愛とやらが揺らがねば良いだけなのだ。自信があるのだろう? ならば問題無いではないか』


 こう言われたエルイング様はますます青筋立てていました。けれど、―――最終的に同意したんです」


 うーむ、なるほど。

 いや、そりゃあね。

 何かしら理由があるとは思ってたけど。


 でもさあ、エルイング、完全に皇子殿下に乗せられてるよね。だってさ、長く放置される事でムカついた私の方からエルイングを見限る可能性については、殿下、言及しておられないんだもの。卑怯だよ、卑怯。まぁ、気付かずに煽られるまま乗っちゃったエルイングがおバカ様なだけだけど。


 考えこんでいる間も黒姫さまとマフリクス様の会話は続く。


「して、そのエルイングとやらの"趣味"というのが」

「ミイラです」

「面妖な」

「エルイング様は私と殿下を相手にミイラへの愛を叫びました」

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