10 第三皇子殿下との一時間
一通り私の容姿について言及した第三皇子殿下は、
「一方ユーリィは美女とまでは言いませんが大変愛らしい顔立ちです」
今度は妹分ageに邁進し始めた。
「普通の男ならユーリィを選ぶでしょう? だから私は頻繁にエルイングとユーリィを二人きりにしました。二人きりで出掛けられるよう街への買い出しを頼んだり、噂になるよう学生食堂の売店にヤッキーソヴァパーンを買いに行かせてやったものです」
人をパシリにしただけの癖に何故こうもドヤ顔なんだろう。
なお、ヤッキーソヴァパーンとは東方にある二ポーオン国の名物料理である。
「お陰であの二人は周囲には順調に恋人同士だと認知されましたが―――しかし当のエルイングがどうにも頑なで、あくまでユーリィを恋人として認めようとしないのです」
無念そうに眉を顰める。
「だからある日、私はエルイングとユーリィをサロンに呼び出しました。あれは確か六月初頭頃の事でしたか」
(六月初め頃と言うと、エルイングが図書室デートを中止にした頃だ)
「先ず、エルイングに問いました。婚約者と別れる気はないのかと。そろそろ顔が残念な婚約者よりもユーリィの方が好きになってきたのではないかと―――私は期待していたんです」
だけどエルイングはうんざりした顔、
そしてユーリィ・マフリクス様は気まずそうな顔だったと。
エルイングはしばらく黙り込んだ後、ようやく蚊の鳴くような声で小さく呟いたという。
『殿下、私は婚約者のセーラルルー嬢を心から愛しています。ユーリィ令嬢を嫌ってはいませんが、友人以上には見れません』
と。
(エルイング……)
私は目頭が熱くなった。なんだか久しぶりに自分の知ってるエルイングの消息を聞けた気がした。うっかり胸がぽかぽか温かくなりかけたんだけど、
(いやいや待て待て)
私は激しく首を振る。
冷静に考えたら三ヶ月前の六月のエルイング情報でしかなかったわ、コレ。その頃のエルイングはまだ私を好きだったんだろう。でも今は? って話なわけよ。
皇子殿下は言う。
「私はひとまず認める他ありませんでした。エルイングはあの男爵令嬢の事を間違いなく愛しているのだと。これはもう、ユーリィを慰めてやる他あるまいと思いましたよ。それでユーリィの方を見て、諦めなさいと言おうとしたんですが―――先ほどまで気まずそうな顔をしていた筈のユーリィの瞳に強い意志が燃えていたんです。―――そして」
「そして?」
「時間が欲しいと言ったのです」
「時間」
「ユーリィは言いました。『キサラシェラの男爵令嬢とエルイング様は幼馴染みで10年以上の長い年月の積み重ねと絆がある。一方、私とはまだ二ヶ月にも満たない。勿論、これから先の10年以上をくれとは言えないけれど、せめてもう少しだけ長い目で私を見てほしい』とね」
「うーむ、ユーリィらしからぬ粘りようよの」
「そう、あまりにユーリィらしからぬ。―――だから私は今一度エルイングに頼んだのです。この私が頭を下げ、今少しだけ期間を延長して、ユーリィと過ごしてやってほしいと」
「それでエルイングとやらは承諾したという事か」
「―――まぁ、そうなりますね」
えっえぇー? なんで承諾するかなぁ。六月といえば私がまだエルイングの事をなんの説明ゼロでもギリギリ信じていられた頃だったわよ。エルイングの傍に常に薄桃髪の女の子がいると耳にして、目にして、たけど私は呑気に、つきまとわれちゃってるのかな? くらいに考えていたのがこの頃なわけでさあ。
(承諾しちゃったって事はさ。エルイングだって、私とマフリクス様との間で、実のところ揺れていたって事なんじゃないの?)
だけど、次に皇子殿下は気になる発言をした。
「まぁ、承諾と言いましても、実を言うと素直に従ってくれたわけでもないのですが。私の交渉術とユーリィの頑張りでなんとか、ですね」
エルイングは素直に従ったわけではない?
じゃあ一応は抵抗してくれたわけ?
私はとうとう声を上げた。
「黒姫さま! エルイングの抵抗と殿下の交渉とマフリクス様の頑張り、そこの辺りを詳しく訊いてもらえませんか?」
今こそ炸裂せよ、スガタガキエールの第三の機能!
ペアリング機能発動!
だけど、黒姫さまを見ると、私の声が聞こえた様子はない。
あれ?
私の声、ペアリング機能で黒姫さまにだけ聞こえるんじゃなかったっけ?
あれれ?
「して、エルイングとやらとユーリィが付き合う延長期間はいつまでなのだ?」
黒姫さまは普通にご自分のペースで話してる。
特に聞こえないふりって感じでも無さそう。
あっれぇ?
「黒姫さま、そこじゃなくて。いえ、そこも重要だけど。とりあえず、エルイングの抵抗と殿下の交渉とマフリクス様の頑張りの辺りを細かく追求してくださいよう」
もう一度、そして今度は声を張り上げてみたけど無駄だった。
(ペアリング機能、壊れてるんじゃない?)
うう、スガタガキエールを脱いでしまうべきか。
しかしそれをしたら気まずいにも程があるよね。
皇子殿下の前で正体を現す度胸は無いし、諦める他ないよ。
私はどさぁとソファに深々と座る。
その時になってようやく黒姫さまが「はて?」と言った顔でこちらを見たけど、それだけだった。
「延長期間―――エルイングとの約束では今開催中の学院祭最終日―――後夜祭までですね」
(後夜祭まであと何日だっけ…)
「今日は学院祭七日目であったな。となるとあと三日か。―――で、そなたの見立てではどうなのだ。ユーリィとエルイングの仲はその後進展したのか?」
「うーん、どうなんでしょうね」
皇子殿下は表情を曇らせる。
「私もユーリィにだけかまけているわけにもいきませんし。六月に期間延長の話をつけてやった後は……その、正直、忘れていたというか…」
「ひどいなー、そなた」
「いえいえ、ユーリィから相談でもあればしっかり対処しましたよ。だけどユーリィからはそれっきりでしたし、特に相談はないのだなと判断していただけで。―――あ、そうだ。ユーリィは最近までイジメを受けていたんですが」
「そうらしいな」
「すでにご存じでしたか」
「エルイングとやらがそなたに相談にいった事で解決したと聞いたが」
「…ユーリィはエルイングの件で私の権力を使った事をそれなりに反省していたようで、そのせいでいじめられている事を黙っていたんです。それで結局エルイングが私に相談に来たわけですが。―――ユーリィはエルイングとの事もここ三ヶ月の間に特に私に相談したい事がなかったわけではけしてなく、反省のあまり自粛していたようで。気付いてやれず、悔やんでいます」
「左様であったか」
「―――でも、イジメの件で解決したのは実際の所、嫌味を言われただの教科書に落書きだのの、軽い嫌がらせの方だけなんですよ。そちらの加害者にはすでに内々にユーリィへ謝罪をさせており、ユーリィも受け入れた為、公には解決した事にしてありますが、転ばされたり、階段から落とされそうになったりという深刻なイジメに関しては、実は未解決でして。なんせ、肝心のユーリィが」
「どうしたと言うのだ」
「転ばされたのではなく、自分で転んだだけだと言うんです」
「なんと」
「ユーリィなりに一応の根拠は有るようで。あの子は背が低い事を日頃から気にしています。その為、もともとヒールの高い靴を履く傾向がありましたし、エルイングと付き合い出してからは、高身長のエルイングに合わせようとして、更に高いヒールを履いていたようで。それで転びやすくなっていたんだろうと」
なるほど。
じゃあやっぱりご本人の言うとおり、自分で転んでるだけの可能性もあるのか。
しかし皇子殿下は言う。
「―――三通りの説があります」
え、三つも!?
「言ってみろ」
黒姫さまが促す。
「ひとつ目は先ほども言いましたが"自身のせい"。これはユーリィ本人の説。ふたつ目は魔力攻撃による転倒。ユーリィが転んだ時に微量ながら魔力反応があったという報告があります。私はこの説を推しています。―――そして三つ目は」
私はふむふむと肯きながら聞いていた。
事件の真相は如何に!?―――って感じで、完全に無関係の脇役のつもりで。
「エルイングの婚約者による犯行」
ほほう、婚約者が。
(ん?)
目が点になった。
「…その三つ目の根拠は何なのだ?」
黒姫さまが冷静に問うているが、私はそれどころではない。
エルイングの婚約者って誰よ。
私だよ。
私がユーリィ・マフリクス様を転ばせてんの?
そりゃ一度だけすぐ傍でスッ転ばれたけど。
で、多分それが切っ掛けでエルイングに睨まれるようになったと推察してるわけだけどさ。
皇子殿下は眉間を歪める。
「まぁ、あの男爵令嬢には動機がありますよね。ユーリィは男爵令嬢の婚約者を事実上略奪している形ですし、憎まれるに足る理由がある」
いやいやいや?
何言っちゃってくれてます?
私は浮気したエルイングにはブチ切れてるけど、
マフリクス様を憎んでなんかないですよ?
いや、マジで!
しかし殿下はこう言った。
「―――とはいえ私は男爵令嬢が犯人だとは思っていない。ユーリィすら彼女ではないと言っている」
そ、そうなんだ。
なんだかぶわっと涙出てきたよ。
皇子殿下も、ほんの少しだけどいい人じゃん。
マフリクス様もいい人じゃん。
「ではその三つ目のセーラ犯人説は誰が唱えているのだ?」
黒姫さまが問うと、
「エルイングです」
皇子殿下はきっぱりとそう言った。




