第8話 今日のキャンプ地。
「うわー自然の力ってすごいですね」
馬車の荷台から降りたシルビアが木や草に埋もれている小屋を目にして言った。
馬車の御者台に座っていたエドワードが苦笑を浮かべる。
「だからボロいと言っただろう?」
「ふふ、そうですね。しかし……ご主人様との愛の巣。しかも、しかも、周りに人がいないと思うと最高ですか」
シルビアが笑みを深めて、ブツブツと呟いていた。
エドワードは馬車の御者台から飛び降りる。そして馬達の頭を撫でる。そして、シルビアへと再び視線を向ける。
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
「そうか。見ての通り、この家で住むことは難しいから……ここまでの道中と同じくテントで住むことになるな」
「構いませんよ。私はご主人様とのキャンプ楽しいですよ」
「? キャンプなんてそんな楽しいもんじゃないだろう?」
「楽しいですよ? 私はご主人様にいつ冒険者仕事を手伝えと言われてもいいように、いろいろ勉強していたんですから」
「初耳だな。じゃあ、グレイソンに頼まれたアルブゥの森の調査クエストは手伝ってもらおうかな?」
「本当ですか」
「あぁ。頼む」
「ふふ。任せてください。あのリナリーよりも完璧にサポートします。
「なんで、いきなりリナリーに張り合うか分からんが。期待するとしようかな」
「お任せください。私こそがご主人様の隣に立つにふさわしいと証明してみせます」
「ふ、頼もしいな。じゃ俺はテントを立てていくから、シルビアは馬に餌をやってくれ」
「畏まりました。あ、そうだ。道中で捕まえた山羊を召喚して、この辺りの草を食べてもらうのはどうですかね?」
「山羊は食料にしようと考えていたが。なるほど、そういう使い方もあるか……。そうだな。そうしよう。じゃ、俺は中庭の平のところにテントを立ててくる」
「よろしくお願いします」
「あぁ」
エドワードが馬車の荷台に積まれていたバッグを取り出して、小屋の目の前にあった中庭に入っていった。
エドワードを見送った後で、シルビアは馬車の荷台中にあった木箱から人参を取り出して、馬達の前に戻る。
人参を目にした馬達は声を上げて、ダッタと前足で足踏みをした。
「「ひひーん」」
「ふふ。キエドワ、ドダイス、良く頑張ってくれましたね」
勢いよく人参を食べていく馬達の姿をシルビアは微笑みながら眺めていた。
「もう食べすぎですよ」
「「ぶるる」」
まだ人参を求めている様子の馬達に対して、シルビアは苦笑しながら両手を上げて、もう人参はないと示した。
「もう人参はおしまいです」
「「ぶる」」
「さて……金具を外してあげますからね。良い子にしてくださいね」
シルビアは馬達の馬車に繋がれる金具を外していき、小屋の近くにあった大きな木に綱をくくりつけた。
馬車の荷台から欠伸しながらチョビが出てきて、周囲をキョロキョロと視線を巡らせる。
「ふああ。おーん?」
「あ。チョビ、起きたのですね」
「うむ、ここはどこじゃ?」
「ご主人様の育ったルトック村ですよ」
「おーここがそうか。聞いていた通りに田舎じゃのぉ」
「ええ、のどかですね」
「少し周りを見えてくる……スンスン。近くに動物が数頭いるようじゃ」
「そうですか。でしたら、食料にできそうなのが居たら捕まえてきてください。ちなみにこれから山羊を放つので……それは仕留めないようにお願いします」
「うむ、分かった。では行ってくる」
チョビがスタンッとその場から飛び上がって、崩れた小屋の上に乗ってどこかに行ってしまった。
チョビを見送ったシルビアは開けた場所に移動して、座り込む。
落ちていた木の棒で何やら円と四角……幾何学模様を地面に手慣れた様子で書いていく。
「さて……魔法陣はこんなものでしょう」
シルビアは地面に書いた絵……魔法陣の前に両手を置いた。すると、魔法陣がうっすらと白い光を帯び始める。
魔法陣の光が強く輝き始めたところで……ゆっくりと口を開く。
「【コアースサモン】……」
【コアースサモン】とシルビアが口にした瞬間、ボンッと白い煙が辺りに広がった。
煙の中から「メーメー」と何やら声が聞こえ……煙が晴れるや十匹もの山羊がシルビアの周りに姿を現したのだった。
シルビアは額ににじませた汗をぬぐいながら、立ち上がった。
「ふう、私もまだまだですね。時間が掛かり過ぎです」
「いやいや、なかなかだったぞ?」
いつの間にか、姿を現したエドワードがシルビアの問いかけに答えた。
「ほ、本当ですか?」
「もう中級の魔法は……余裕そうだな」
「ご主人様のご指導のおかげです」
「それは良かった」
「……じゃあ、私は料理を作りますね。何が食べたいですか?」
「酒に合う肉料理」
「じゃあ、今日は野菜の炒め物とスープにしますね?」
「アレ?」
「ふふ、ご主人様出来たら、水汲みをお願いします」
「へいへい」
エドワードが渋い表情を浮かべて、廃墟の裏へと歩いていった。エドワードを見送ったシルビアは頬をほんのり赤らめて「ふふ、ここには誰も居ない。二人きりなんですね」と呟き、食事の準備を始めた。