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第7話 グレイソン。



 グレイソンの住んでいる赤い屋根の家。


 その赤い屋根の家はルトック村で一番大きな民家……と言っても毛が生えた程度ではあるが。


 赤い屋根の家の横に馬車を止めると、エドワードはシルビアと共に家の玄関へと向かっていく。


 エドワードが玄関の扉をノックすると。返事ではなく、家の主人であるグレイソン自らによって玄関の扉が開けられる。


「ようこそ、エドワードさん」


「グレイソン、やっぱり覚えていたか」


「もちろん」


「これ、手土産だ」


 エドワードが持っていた酒瓶をグレイソンに手渡した。酒瓶を手にしたグレイソンは表情を綻ばせる。


「ありがとうございます。これは楽しみだ。っと立ち話もなんです。家の中に入りましょうか」


 エドワードとシルビアはグレイソンに家へと招き入れられる。


 家の中へ入ると、エドワードとグレイソンとが対面する形でテーブルにつく。ちなみにシルビアはメイドらしくエドワードの後ろで控えている。


 グレイソンの妻であるヒルダが紅茶をエドワードとグレイソン、シルビアの前に出される。


「久しぶりです。エドワードさん」


 グレイソンがニヤリと笑みを浮かべて右手を前に差し出した。


 それに答えるようにエドワードも右手を出して握手を交わす。


「本当に久しぶりだな。変わらなく元気そうで何より……ってずいぶん髪が後退しているな」


「うぐ、それは言わんで欲しいです。エドワードさんは髪がフサフサでうらやましいですよ」


「クハハ、昔、バレールスパイダーという魔法薬の育毛剤に使われる蜘蛛の魔物と戦った時に体液を浴びちまって……それ以降、髪が七日に一回は散髪しないといけないほど生えるようになっちまった」


「なあああ! その魔物の体液ってどこで手に入るのですか?」


「手に入れようとしたら、金貨二千、三千枚するぞ? いや、そもそも貴族連中がこぞって買い占めちまう」


「き、金貨二千、三千枚!? そうですか……俺では無理ですね」


「すまんな。話は変わるけど、お前が村長をやっていると聞いて驚いたぞ」


「分不相応ながら。兄が家を出ていきまして」


「お前の兄……ジョセフのヤツ、出て行ったのか?」


「ええ、バカ兄貴、家の金持って出ていきましたよ」


「それは大変だったな」


「すごく大変でした……ただ、兄貴はおそらくエドワードさんに憧れていたのが原因ですよ?」


 グレイソンが苦笑をこぼした。


 対してエドワードは身に覚えがないと首を傾げる。


「ん? ジョセフに憧れるようなことをした覚えはないんだが?」


「ご冗談をうちの村の出身者でハンブルク王国の冒険者のトップギルドの一員であるエドワードさんは俺達にとって村の英雄なのです」


「バカ、恥ずかしいこと言ってくれるな」


 エドワードが恥ずかし気に頬をポリポリと掻いていた。ちなみに黙って話を聞いているシルビアは胸を張って、どこか自慢げにフンっと鼻を鳴らした。


「本当のことです。しかし、エドワードさんのことは話してやっていたんだが、村の連中のほとんどが気づいちゃいないのが情けない。後で言っておきますよ」


「やめてくれ。絶対に広めるな。恥ずかしい」


「そうですか?」


「あぁ、俺は静かに暮らしたい。それに、そのS級ギルドをやめてきたんだ。今はフリーの冒険者だ」


「え、えええ!? やめてしまわれたんですか? 移住希望者というのはおかしいと思っていましたが……そんなことになっていたんですか?」


「見ての通り歳だからな。若者に席を譲ってきたよ」


「……残念ですが。エドワードさんに後悔がないのなら」


「まったくないね」


「それは何より。憧れていた私としては本当に残念ですが……そうですよね。私にはその苦労は分かりませんが、いつまでも一流ギルドで活動するのも大変そうですね」


「そうそう。大変なんよ。それで……移住は許可されるのかな?」


「それはもちろん構わないですよ。むしろ心強いですよ」


「ん? 何かあったのか?」


「いえ……メーヌ川の先にあるアルブゥの森の様子がどうもおかしいので、調査依頼をエルグランドの街にある冒険者協会の支部に出したんですが……調査クエストを引き受けてくれるギルドが居ないらしく」


 グレイソンが視線を右下に逸らして、どこか言いにくそうにしながら話した。


 エドワードは納得したように頷き、顎に手を置いて口を開く。


「そうか。エルグランドの街は一番近い中都市の街とは言え、この村は遠いからな。しかも、調査クエストとなると長期に渡る可能性もある。更に言うとアルブゥの森の魔物はまぁまぁ強いから中級以上の冒険者じゃないと……かと言ってこの村が出せる依頼金はそれほど出せないよな?」


「そうですね。銀貨四十枚ほど」


「銀貨四十枚か……それではちょっと物足りないな」


「そのようです。それで」


「いいぞ。俺が、そのクエスト受けてやるよ。どうせ、アルブゥの森には入るつもりだった。ただ俺一人だからな。時間が掛かると思うし、期待せずに待ってくれ。本当は無料で受けてやってもいいんだが、周りに示しもつかなくなる。だから冒険者協会の支部に出している調査クエストをキャンセルして、その一部を回してくれ」


「え、冒険者協会に出している依頼金をそのままお渡ししますよ?」


「いや、そこまで要らんよ。酒が買えるくらいの金があればいい」


 エドワードの言葉を耳にしたシルビアはヤレヤレと額を押さえて首を横に振っていた。


「それでは、半分の銀貨二十枚を報酬としてよろしいでしょうか?」


「あぁ、それでいい」


「ありがとうございます」


「もう少し話したいところだが、そろそろ移住について話そうか?」


「そうですね」


 グレイソンは茶色い紙を取り出した。その茶色い紙にはルトック村の簡易の地図が掛かれていた。


 家の絵が描かれていた場所に、軍略チェスで使う白い駒を置いていく。


「今、白い駒を置いた家が空き家になっている」


「……昔よりも空き家が増えているような? 気のせいか?」


 エドワードの問いかけにグレイソンは表情を暗くして答える。


「気のせいじゃなですね。村長である俺の力不足ですが。この地に魅力がないんだろう……出ていく若者が後を絶たないんですよ」


「まぁ、田舎だからな。一概にお前の力不足という話ではないと思うぞ? それにアルブゥの森があるのも……もし、もう少し弱い魔物が集まる魔物の領域なら、良い狩場となって冒険者で賑わっていたかも知れない。更に言うなら、あの魔物の領域が解放されたら……中立国の協議国ベルガラムに近いから販路が開けていただろう」


「ハハ、ありがとうございます。そう言ってくれるのはエドワードさんだけでしょう。それで、どこの空き家にしますか?」


「そうだなぁ。そうだ、俺が昔住んでいた家は?」


「あぁ、ここですね。メーヌ川には近いですが……エドワードさんの一家が引っ越して以降、誰も住んでいませんので家の中はボロボロでしょうし。それに村の中心から離れています。それに一緒に付いてくる農地はさらに離れていて。何かと不便ですよ?」


「俺はそこで良い……シルビアも良いか?」


 エドワードは振り返って、黙って話を聞いていたシルビアへと問いかけた。


「私はそこで構いませんよ。ご主人様の暮らした家を見たいですし」


「わかった。じゃ、ここで頼む」


 エドワードが以前住んでいた家の絵が描かれた位置に乗せられていた軍略チェスの白い駒を手に取った。


 そして、その白い駒をグレイソンに差し出した。


「分かりました」


「よろしく頼む。それから……ルトック村に移住する際には移住金はいくらなんだ?」


「特別な移住金というものはないが、年貢というものがあって入居時にその年の年貢を払ってもらうことになっています。一人当たり大人が銀貨十枚、子供が銀貨二枚ですね……これはエドワードさんだから話すのですが、他の村に比べで少し高いです」


「なんだ、そうなのか?」


「ええ、この辺りを取り仕切っているリンガイル伯爵が結構持っていくんですよ。特に名産がある土地ではないので苦しいのですが。はぁ」


「クハハ、ありがちな話だな。まぁ、分かった。シルビア」


「はい」


 シルビアは懐から手のひらほどある巾着袋から大銀貨二枚を取り出すと、エドワードに手渡した。ちなみに、この世界では銀貨十枚と大銀貨一枚とは同価値である。


「大銀貨でもいいか?」


「いいですが……銀貨はないですか?」


「ダメか? 村の中では基本的に銀貨までの流通か?」


「そうですね。大銀貨はほとんど一般人には出回りませんよ」


「すまん。王都では嵩張るからすぐに換金してもらっていたが……もう少し銀貨を持ってくるべきだったな」


「いえ、こちらの都合なので……ないのであればこのままで大丈夫です。では手続きの書類を持ってきます」


 グレイソンはエドワードから差し出された大銀貨二枚を受け取ると、部屋から出て行った。


 エドワードはグレイソンを見送ると、後ろで控えていたシルビアへと体を向ける。


「村の中での流通が銀貨までなのは困ったな」


「ええ、困りましたね」


「よくよく考えたら、こんな田舎の村人が小金貨や金貨を出されても、困ってしまうだけで対応できないか」


「どうしましょうか? 銀貨はほとんどありませんよ」


「今……銀貨は何枚あるんだ?」


「十枚です」


「十枚か。この村なら銀貨十枚もあれば、しばらく暮らしていくこともできるか」


「そうなんですか?」


「確か、王都の物価に比べたらずいぶんと安いからな。もし困った時にはエルグランドの街に行けばいいだろう」


「ですね」


 エドワードとシルビアがそんな会話をしていると、グレイソンがいくつかの資料を手にして戻ってくる。


 グレイソンはシルビアへと視線を向けて、椅子に座りながら問いかける。


「ところでエドワードさん、そちらのお嬢さんとはどういうご関係で? 使用人ですか?」


「あぁ、シルビアは俺の奴隷で、メイドで、恩人の娘で、養女でもある」


「ん? 養女でもあるのですか?」


「子はいないから、死んだら遺産の管理に困るってギルドマスター……いや前ギルドマスターに言われ……その話の流れで見合いの話なるんだよ。ただ独り身の自由を手放したくなかった俺は、金の管理を任せていたシルビアに渡したらいいと思って手続きした」


「では彼女がエドワードさんの遺産をすべて引き継ぐのですか?」


「死んだら金なんて持っていけんからな。クハハ」


「エドワードさんに思うところがないではいいのですが、っと話が逸れましたね。では、手続きを進めていきましょうか」


「よろしく頼む」


 エドワードはいくつかの契約書にサインすると、グレイソンの自宅を後にするのであった。



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