第6話 ルトック村。
エドワードとシルビアが王都エルブサロウを離れて、十日。
ハンブルク王国の東側国境に……ルトック村にたどり着いていた。
ルトック村は木造の平屋建ての家がいくつも並び、百人ほどの前後の村人が住んでいた。
ぼろく、壊れたままになった家が目立ちや村を歩く人が着ている服は薄汚れ、村を囲む木造の壁にはところどころ亀裂や穴が開いていた。
総じて、お世辞にも栄えているとは言えない……どちらかと言うと貧しい印象を受ける村であった。
ただ周りの環境は悪くなく。
村の近くには細いながらも水量が十分にある川が流れ、幸が豊富で青々しい木々が生い茂った森や山があった。
舗装されていない道を抜けたところで、馬車の荷台の小窓からシルビアが顔を出す。
「あれがご主人様の育ったルトック村ですか」
「あぁ何も変わっていないな。相変わらず、何もない貧しい田舎村だ」
馬車の御者台に座って馬を操っていたエドワードが頷き答えた。
「そんなことは……と言いたいところですが。本当に田舎ですね」
「だろう? ずっと、王都で暮らしていたお前には嫌なことが多いかも知れんが」
「ふふ、私は大丈夫ですよ。私よりもご主人様の方が心配です」
「俺?」
「そうです。ギルドをやめて、暇になるんじゃないですか?」
「ギルドはやめたけど……冒険者をやめたつもりはないが?」
「え? ここで冒険者活動を?」
「本格的にやるつもりはない。酒を飲むことと魔法の研究の合間に運動不足にならない程度に軽くやると言った感じかな? 確かにアルブゥの森にはまぁまぁ魔物が居たし……なんかしらの仕事はあるだろう」
「ふふ、もう一生遊んで暮らせるほどの貯金があるというのに。魔法の研究もそうですが……まだ仕事をなさるのですか?」
「金の管理はお前に任せていたが……そうだったのか? じゃあ、近くの街に酒買いに行こう。酒」
「お酒はダメです。少しなら体に良いと聞きますが。ご主人様はどう考えても飲み過ぎです。お酒を飲む量はもう少し減らすべきです」
「え、えーっ。そんなぁ、俺の数少ない楽しみなのに」
「別の楽しみを見つけましょうよ。昔、やっていた魔導具作りを再開してみてはいかがですか?」
「魔導具作りか? アレは酒を飲むとできなくなるからなぁ」
「私はお酒を控えてくださいと言っているんですが」
「まぁ、シルビアにどんなに止められても酒を飲むがな。クハハ」
「はぁ」
シルビアがヤレヤレといった様子で頭を押さえた。
エドワードは持っていた馬車の鞭を離すと、顎に手を置いて小さく笑う。
「ふ、しかし魔導具作りか……久しぶりだな。魔法の研究ついでに再開するかな。確か……魔晶石や魔石はいくつかあったし。そうだな。何か欲しい魔導具はあるか?」
「え、あぁ……何が欲しいかですか。やはり、ご主人様には美味しいモノを食べていただきたいので調理用のコンロなどが欲しいです。あ、あとお風呂は欲しいですね」
「調理用のコンロと風呂か……確かに欲しいな。……とと着いたな」
エドワードとシルビアが話していると、ルトック村を囲む木の壁にある門へとたどり着いた。
馬車を止めると、門番……というには不格好ながら剣を携えた青年の男性が馬車に近づいてくる。
「なんだ? お前達」
「ん。なんだと言われても。移住希望者だよ。村長の……ガルラさんに会いたいんだが」
エドワードは馬車の御者台から飛び降りて、門番の問いに答えた。
ちなみにシルビアも馬車の荷台から降りてきて、エドワードの後ろに控える。
門番はシルビアを見た瞬間、顔を綻ばせるも、すぐに引き締めて……エドワードへと視線を送る。
「失礼した。ようこそルトック村へ。商人以外でこの村まで来る者は珍しく。そうか移住希望者か。しかし、前の前の村長のガルラさんなら。九年前に死んだな」
「前に帰ってきたのが十年前だったからな。その後亡くなっていたんだな……後で墓参りさせてもらおう。では、今の村長は誰なんだ?」
「グレイソンさんだ」
「グレイソン……グレイソン……あのグレイソンが村長になったのか。クハハ」
エドワードと門番とが話していると、村にやってくる者が珍しいのか、初老の男性とメイド服の女性の組み合わせが珍しいのか、村人達がワラワラと集まってくる。
ちなみに男達の視線のほとんどはエドワードの背後で控えているシルビアへと向けられていた訳だが。
村人達をかき分けるようにして中年の男性が姿を現した。中年の男性が姿を現すと、門番が表情を強張らせた。
「あ、グレイソンさんっ」
「なんの騒ぎだね? マテオ君」
「あ、移住希望者が。村長であるグレイソンさんにお会いしたいと」
「うむ、移住希望者か。久しぶりだな。それで移住希望者は?」
「こちらの方が」
中年の男性……グレイソンの問いに対して門番がエドワードを指し示した。
グレイソンがエドワードへと視線を向けると、目を見開く。
「……アンタが? 移住希望者か?」
「あぁ」
「私の家で話そう。ここだと騒がしい」
「門は通っていいのか? 馬車も」
「構わない。赤い屋根の家だ」
「わかった。シルビア、行くぞ」
エドワードは頷き答えると踵を返して、シルビアと共に馬車へと戻って行く。