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第5話 小鹿亭。

 エドワードが周りの建物に比べて……ここだけ時が止まったと錯覚する古びた建物の前で立ち止まった。


 古びた建物の看板には『小鹿亭』と掠れた文字で書かれていた。


 エドワードは小鹿亭の扉を開けると明るい店の中では三十人ほどの冒険者服を纏った男女が賑やかに酒や肉を飲み食いしていた。


 飲み食いしている男女の横をスタスタと通り抜けて、店の奥にあった酒瓶が並んだカウンターへと向かう。


 ただ途中、四人で酒を飲み交わしていたタンクトップを着こんだ金髪の男性がエドワードに気付いて声を掛ける。


「おいおい。噂の人じゃねーか」


「お、久しいな。ナルディオ……今日も暑苦しいな。この季節にタンクトップはまだ早いだろうよ」


 エドワードが立ち止まり、タンクトップの男性……ナルディオへと視線を向けた。すると、ナルディオはエドワードの肩を抱く。


「タンクトップは冬もクエスト中も着ている」


「クエスト中はタンクトップやめた方がいいぞ? 普通に危ない」


「ふん、余計なお世話だよ」


「久しく見なかったのも、タンクトップを着ていて怪我したからか?」


「ふん。タンクトップ関係ねーよ。俺のギルド、A級に昇格したばかりでいろいろ忙しくてな」


「お、それはA級昇格おめでとさん。今日、一杯奢ってやる」


「ガハハ、一番高い酒を貰おうかな?」


「ふ、分かった。それで……話はそれか?」


「いや、違う。エドワードさんのことだよ。十字星やめたって噂は本当か?」


 ナルディオの問いかけを耳にした周りの者達の視線がエドワードとナルディオへと向けられる。


 エドワードは周りの視線が集まっていることに多少に居心地の悪さを感じつつも頷く。


「おー耳が早いな。本当だが、どうした?」


「そうか。他のギルドに入る予定はあるのか?」


「いや? ないな」


「じゃあ、俺んとこに入らねぇーか? アンタなら大歓迎だぞ? 待遇もよくする」


「……誘ってくれたのに悪いな。俺は田舎に帰ってのんびりする」


「おいおい、王都を出るのか?」


「あぁ。ギルドに縛られないなら、こんな無駄に人が多いところに住む必要はないからな」


「なんだよ。マジかよ」


「正直、もっと早くこうしたかったんだが」


「マジみたいだな。そうか。んーじゃあ……今度のは参加しない方が良さそうだな」


「今度の? 何かあるのか?」


 エドワードの問いかけにナルディオは真剣な表情に切り替えて……周りには聞こえないほどに声を小さくする。


「戦争だよ」


「……戦争? あるのか?」


 戦争と耳にした瞬間、エドワードの眉間に皺が寄って雰囲気が変わった。


 ナルディオは……この時エドワードの雰囲気に心の中でザワッと恐怖のようなモノを感じ取る。ただ、それを表に出すことなく頷く。


「あくまで噂だがな」


「そうか。……大変だな」


「そうだな。アンタが参加しないのなら。尚更な」


「ん? 俺?」


「あぁ。アンタには何度も命を救われているんだ。魔物の領域でも戦場でもな」


「そりゃ冒険者同士だ。できる限り助けるだろう?」


「それを……。いや、なんにしても、俺も今回の参戦は断るから関係ないか」


「断る? 何を言っているんだ? クハハ」


 エドワードが可笑しそうに笑った。


 対してナルディオは怪訝な表情になる。


「なんだよ」


「今までB級ギルドではなかったかもだけど……お前はA級ギルドのギルドマスター様なんだろ? 強制的な指名くるだろうなぁ。国から」


「マ、マジか?」


「マジだ」


「マジかよぉ。A級に上がったことを猛烈に後悔しているぞ。今」


「クク、がんばれよ。若者よ」


 エドワードはナルディオの背中をポンと叩いた。そしてナルディオと別れて小鹿亭の奥にあるカウンターへと向かって行った。




「よっと」


 エドワードは小鹿亭のカウンターの椅子に腰かけた。すると、すぐに黒い服を着た中年の男性が前に立つ。


「よう。エドワード。今日は何を飲むかい?」


「いつもの自家製の火酒をくれ。後……適当につまみを」


「あいよ。つまみは黒牛の干し肉の炙りを出そうか」


 中年の男性は手早く瓶から陶器のコップに透明な液体……火酒を注ぎ入れ、ライムのような果実を切った物と一緒にエドワードの前に出した。


 エドワードは火酒が注がれた陶器のコップの上で果実をきつく絞った。


 火酒を一口飲むと、喉が焼けそうになるくらいの強烈なアルコールを感じ……体がカッと熱くなる。その後、爽やかな甘酸っぱい香りが鼻を抜けた。


「くうーここの火酒は効くね」


「そりゃあよかった」


「ユージャ、なんか金にならない噂話でもあるかい?」


 エドワードが火酒をチビチビと飲みながら、目の前の中年の男性……ユージャに問いかけた。


 ユージャは黒牛の干し肉を炙りながら、考える仕草を見せる。


「金にならない噂話ねぇ……お前、冒険者を辞めるのに話を聞く意味があるのかい?」


「いや、冒険者ギルドはやめたが、冒険者はやめるつもりはないぞ? 田舎に帰っても一人ギルドで冒険者を続けるつもりではある」


「ふーん、面白い話ねぇ。戦争の話はさっき聞いたか? レスラーネ共和国との」


「ほう、レスラーネ共和国と戦争するのか?」


「そのようだよ」


「情報屋のお前の見立てでは、どちらが勝てると思う?」


「うむ、お前が居るなら七対三でハンブルク王国だろうよ。いつも通り」


「おいおい。俺を入れるな」


「お前を入れないなら……読めないな。戦争だもの」


「そりゃそうか」


「ハンブルク王国は他の国……ディオン英雄国、アンセルム帝国などに比べてレスラーネ共和国に攻め込みやすい地理にあるが、レスラーネ共和国は金があるかなら傭兵を大量に雇って防衛にあたる」


「そうさな。特にシルヴィス・クライアンが団長の黒剣傭兵団は強かった。確か四番隊の連中も何人か殺されたし」


「そうだな。黒剣のシルヴィスは強いな。奴は金食い虫とも呼ばれているが、金に見合う仕事をする。まぁ、こちらにもルトヴィヒ将軍の騎士団が居るから何とかすると思うが……」


「まぁ、ルトヴィヒ将軍が出陣するならば、悪くない戦争をするだろう……」


「そうだな。お待たせ、黒牛の干し肉の炙りだよ」


 ユージャが炙った黒牛の干し肉と乾燥ハーブを混ぜ込んだ塩とを乗った皿をエドワードの前に置いた。


「おー」


「そうそう、これは未確認だがディオン英雄国とハーフルト王国との戦争でディオン英雄国が……名を『リドール』と言う人型の魔導具を使ったらしい」


「ん? 人型の魔導具? リドール?」


「あぁ、なんでも一見人に見えて、更に人のように動く魔導具なんだが、とにかく凄く強くてハーフルト王国の前線がズタズタになったそうだ」


「そのリドールとやらは……ロジャーが関わっていそうだな」


「『魔導』のロジャー・チャフィーか、あり得るな。ディオン英雄国は英雄達が作った国なのだから、居るのは当たり前なんだが。敵国に英雄が居るのは厄介だな」


「くは、英雄と言っても、もう爺や婆だろう?」


「そうかも知れないが……今、ディオン英雄国は国土拡大のためにいろいろ動きだしているんだよ。特にさっき話した人型の魔導具リドールは戦争の形すら変えるかも知れないぞ。人形なら疲れることはないからな」


「うっと……そうだな。昔からアイツの作る魔導具は本当に厄介だった。クハハ」


 黒牛の干し肉を噛み千切り食べたエドワードが可笑しそうに笑った。


 エドワードの言葉を耳にしたユージャは問いかける。


「アレ? エドワードはロジャーと面識があるのか?」


「ん? 昔、少しな」


「へぇーどんなヤツなんだ?」


「どんなヤツ?」


「ロジャーは英雄の中でも家に閉じこもっていて面識ある者が少なく情報屋の俺でも調べ難いんだ」


「んー病的なほどに女好き。イケメンなんだが……なぜか女にモテないすごく残念なヤツだった。そのリドールを見たことないが、ヤツが作ったのなら美少女だろうな」


「そうそう! 驚くほどの美人であったとも聞いている」


「じゃあ。作ったのはロジャーだな」


「……エドワードの話を聞いただけでロジャーがかなりの変わり者であることが分かったよ」


「そうな。あ、火酒のお替りをくれ」


「あいよ。酒を出している俺が言うのもなんだが、酒はほどほどにした方がいいぞ? シルビアの嬢ちゃんが心配しているだろう?」


「そうだな」


「そうそう、シルビアの嬢ちゃんは連れて行くのか?」


「あぁ。何度も考え直せと言ったんだが……頑なに田舎へついてくると言って聞かないから。それがどうした?」


「いや……聞いた話じゃ。ルドウェン公爵の次期当主殿から声を掛けられているんだろ?」


「ん? それは聞いていないが。ルドウェン公爵といえば名君として有名だろ。金も権力も持っていて家の復興も……」


「ただ、ルドウェン公爵の次期当主はポンコツって言われているから……それで断ったのかも知れないが」


「そう言うことか」


「くく、愛されているな」


 ユージャが不敵な笑いながら、火酒が注がれた陶器のコップをエドワードの前に置いた。


 エドワードは怪訝な表情を浮かべて、火酒が注がれた陶器のコップを手に持つ。


「愛されている? まぁ、もう娘みたいなもんだからな」


「そういうことじゃないんだが。なんにしても自分の田舎について来てくれる女がいるのは羨ましいよ」


「……それはそうかも知れんな」


「あっ、じゃあリナリーのヤツはどうするんだ? 連れて行くのか?」


「リナリー? 残念ながらクエスト中で別れの挨拶ができないが……なんで、リナリーを連れて行くんだ?」


「アイツなら付いて行くって言いそうだ」


「いや、アイツは今やS級ギルド十字星の副ギルドマスターだぞ? 立場的に無理だろう」


「そうかな? 最近会ってないが、お転婆だったアイツも大人になったのかな」


「そりゃ、副ギルドマスター様だからな。大人になってもらわないと困る」


「確かに。エドワードの四番隊はリナリーが引き継ぐことになるのか?」


「どうだろうな。リナリーか、デルロッテのどちらかがやるんじゃない? デルロッテが二人で話し合うと言っていた」


「そうか。リナリーは自分の隊を持っているから、兼任するか。デルロッテを格上げするか」


「そうな。しかし……リナリーじゃないが四番隊の奴らも俺についてくると言いだしたヤツが居て、四番隊自体が存続の危機だったな」


「待て待て。それは本当か?」


「あぁ。お前等はもう少し爺さんになってから隠居を考えるんだなと言って押し留めたが」


「エドワードが居なくなるだけで国にとっては大変なことなのに、十字星の四番隊が存続しなくなったら……他国に攻め込む理由を与えることになるぞ」


「フハ、大げさな。たかが冒険者の一団が無くなったくらいで他国は攻めてこんよ。ごっそさん」


 エドワードが火酒をグイッと飲み干した。


 そして、銅色の硬貨をカウンターの上に置くと椅子から立ち上がった。


「……またのご来店を」


 エドワードの背を見送るユージャは渋い表情を浮かべていた。






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