第41話 甘くない。
「私と一緒に国を作りませんか?」
エドワードは話の流れから、なんとなくこういう話になると、察することが出来ていたのかも知れない。
目を細めて……どこか昔を懐かしむように薄く笑みを浮かべる。
ただ、エドワードがシルビアの手を取ることはなかった。
「……」
「……」
痺れを切らせたようにシルビアは口を開く。
「あの手を取ってもらえると、嬉しいのですが?」
「悪いな。俺は国とかに興味ないよ。てか、ずっと一緒に居たシルビアなら分かっているだろ」
シルビアは苦笑を浮かべて、差し出していた手を引っ込める。
「ご主人様が富、名声に興味がないなのは昔から知っていました。だから、かつて王の座に就くのを辞退したんですよね?」
「………何を言っているか、分からないな」
「まぁ、そのことはいいです。国が駄目なら……仕方ありません。とりあえずサクッと貴族にでもなりましょうか? それで最終的にはという流れで」
「それ、役職名が王様から貴族に変わっただけじゃ?」
「じゃあ……国にしましょう。ふふ」
シルビアが自然と笑みを浮かべていた。
エドワードは怪訝な表情でシルビアを見る。
「ん? 何がおかしい?」
「いえ、なんでもありません」
シルビアが首を横に振って答えた。
視線を一度下げて思考を巡らせる。
思わず笑みがこぼれてしまいました。
私は常々、ご主人様は多くの人の上に立つべき、お人だと思っていました。
こんな、好機を逃す訳には行きません。
正直なところ、私の貴族家の復興というより……このことばかりを考えて過ごしていたのです。何かないかと……。
ずっと、考えていました。
まさか、こんな形で巡り巡ってくるとは思ってもいませんでしたが。
貴族令嬢であった私が奴隷に落ちたことも、子供の時に憧れた本物の英雄のメイドに成れたことも……世の中とは本当に何があるか分からない。
さて、気合いを入れなくては……。
もし私がご主人様との舌戦での勝利は……世界の歴史が大きく変わる大事となるでしょう。
シルビアは一度唇をなぞって、口を開く。
「ご主人様は自身のことを過小評価し過ぎですよ」
「なんだ? いきなり」
「ご主人様は自身のことを過小評価し過ぎです」
「なんで、繰り返した?」
「私は常々思っていました。ご主人様は多くの人の上に立つべきお人であると」
「それは過大評価だって。俺はただの飲んだくれだよ?」
「あぁ、お酒はダメです。控えましょうではなく、絶対に飲んだらダメです」
「え? お酒ダメ? なんで? なんで、ダメなんだよ?」
「だって」
シルビアは言葉を切って、エドワードの体へと指さす。
「どう見ても、今のご主人様は未成年じゃないですか? 子供にお酒はダメですよ」
「み、見た目はな。見た目は確かに子供だが、中身は大人だぞ?」
「見た目がすべてです。もし子供が飲み屋に行ったら追い出されるでしょう?」
「そ、そ、そ、そんなバカなぁ」
エドワードはアンバー・クロスロード・ハイレーゼ・ブラックドラゴンと出会った時よりも動揺し、声を上げるのだった。
シルビアはヤレヤレと言った表情で。
「ご主人様は単純に小さくなったという訳ではなく、子供に戻った。若返り、これから再び成長すると仮定すべき。つまり、お酒飲むのは成長に悪いです」
「それって、人生をまた子供からやり直さないといけないという訳か?」
「え、もしかして、その子供の姿のまま……お酒飲んで今まで通り暮らそうと思っていたのですか?」
「……」
絶望に歪めたエドワードは言葉が出なかった。黒い髪を掻きあげ、頭を抱える。
「まぁ、その話は後でいいです。話を戻しましょう。ご主人様は多くの人の上に立つべきお人なんです」
「あっぁお酒ぇ」
エドワードはシルビアの声は聞こえないのか、絞り出すように声を出していた。
シルビアはエドワードの肩を揺らし、声を掛ける。
「ご主人様、私の話を聞いて欲しいのですが……お酒飲めないだけで、絶望し過ぎでは?」
「絶望もするさぁ。お酒は……俺の唯一の楽しみぞ?」
「いや、普通の人は若返ったら、喜ぶと思うのですが」
「嬉しくねぇー」
シルビアは視線を流して、考えを巡らせ始めた。
少しの間の後で、パチンと指を鳴らす
「そうです。では、こう考えたらいかがですか? 今はお酒を飲むことはできませんが。若返る。つまり、人生をやり直せる……お酒を飲める時間が増えたと」
「……た、確かに人生をまたやり直すということは、世界の酒すべてを飲み尽くすことも夢ではないのか」
エドワードが目を輝かせ始めた。
シルビアは苦笑し、思考を巡らせる。
お酒の話に脱線。
正直、私としてはあまりご主人様の健康のためにお酒を飲んでは欲しくありませんが……。
ご主人様の唯一の楽しみというのは事実。
とりあえず、直近数年はお酒を飲めないので……この件は置いておきましょう。
やはりご主人様は建国……王位に就くことに対しては消極的ですね。
それはそうですよね。
甘くないです。
ご主人様に富や名声に対して多少の欲があったら、すでにどっかの国王にだって、高位役職持ちの貴族にだって、世界屈指の冒険者ギルドのギルドマスターになっているでしょうし。
本来、こんな村外れで暮らしているような人ではないのです。




