第40話 黒子の位置。
エドワードの考えを巡らせる姿にシルビアは困惑の表情を浮かべた。
エドワードの体をペタペタと触れる。
「うそ。信じられません。貴方が本当にご主人様……エドワード様ですか?」
「うん。まぁ、そうだねぇ」
「本当に、本当ですか?」
「疑い深いな。お? なんだよ」
「ちょっと上着を脱いでください」
シルビアがエドワードの上着を脱がし始めた。エドワードの背中をなぞるように触れる。
「なんだよ。くすぐったいんだけど」
「あ……背中にある黒子の位置がまったく一緒です」
「なんで、俺の黒子の位置が分かるの? ちょっと怖いんだけど」
「メイドとしてご主人様のことを把握しているのは、当然のことです」
「いや、そうなの? そうなのかな?」
「ご主人様……なんですね。っ!」
シルビアが瞳を潤ませ……エドワードに背中側から抱き付いた。瞳からポタポタと涙がこぼれ落ちる。
対してエドワードはあやすようにシルビアの頭を撫でる。
「なんだよ。そんな泣くなよ」
「だって……だって……ご主人様が死んじゃったかと思ってーっ! うわぁーん」
「ちゃんと生きていただろうが」
「うわぁーん。よかったよぉー」
シルビアはそのまま泣きに泣き……涙が枯れるまで泣いていた。その間、エドワードをがっしりと抱き着き離さなかった。
泣きやんだところで、エドワードが口を開く。
「落ち着いたか?」
「ぐすん……ぐすん……少しは」
「そうか、それは良かった。では離してくれるか? 上着を着たい」
「……」
「? どうした? 離してくれ」
「もう少しだけ、このままで」
「いや、もう大丈夫だろう?」
エドワードが体を離そうとした。
ただ、シルビアは離さず、逆に体を抱き寄せ……頬をスリスリと頬ずりし始める。
「いえ、私は寂しかったのです。ご主人様成分が枯渇していました」
「なんだ、ご主人様成分って。しかし、こんなところを他に見られたら、変な誤解をされるだろう」
「他人にいくら誤解をされようと、私は構いませんよ」
「いや、俺が構うんだけど」
「むーシルビアは寂しかったのです」
シルビアがまるで子供のような仕草……不貞腐れたように唇を尖らせた。
エドワードは苦笑を浮かべて、小さく息を吐く。
「はぁーなんか幼児化してないか?」
「ご主人様ぁ」
シルビアがエドワードの言葉に答えることなく、エドワードを抱きしめていた。
エドワードは諦めた……シルビアが満足するまで、ぬいぐるみのようにじっとしていたのだった。
「……そろそろいいかな?」
「んーまぁいいでしょう。仕方ないです」
シルビアが渋々離れ、ベッドの端に座った。
エドワードは脱いでいた上着を着ながら口を開く。
「俺って、何日寝ていた?」
「四日ほど」
「そうか、だいぶ寝ていたな。道理で、体の節々が痛い訳だ……ところで、チョビはどうした?」
「チョビなら、食事をした後にアルブゥの森へ。ご主人様を探すために」
「俺の事を探してんの? アイツってそんな俺に忠義あったかね?」
エドワードが首を傾げた。シルビアは口元に手をあてて小さく笑う。
「ふふ、子供になっていたご主人様を見つけたのはチョビですから」
「それなら……俺がエドワードだと、アイツの嗅覚で分かったと思うが」
「それで、ご主人様を連れてきた時、チョビは首を傾げていたんですかね? ただ、外見がだいぶ違います。ほら、猫って髪とか切っただけで、人を判別できないとかよく聞きますよ?」
「アイツ、一応分類的には猫だが。まぁいいや……それで、アルブゥの森の状況は?」
「アルブゥの森内の状況はご主人様とドラゴンとの壮絶な戦いで、多くの魔物が遣られていていました。山は無くなって、森が削られ、川は流れを変え、ルトック村とアルブゥの森との間の地面に大きな溝が……とにかく、アルブゥの森は大きく形を変えていました」
「そうか。では、ルトック村を含めて、周辺への影響は?」
「そうですね。ドラゴンとご主人様と戦いの殺気にあてられたのでしょう。ルトック村では多くの者が気を失って失禁やら、錯乱やら、発狂やらしていました。まぁー今は大丈夫のようですが、極端にアルブゥの森へ近づくのを恐れているようです。今も残る被害は家の屋根がいくつか吹き飛んだのと、木に登っている時に気を失った人が足を折ったくらいですかね? 他のところの被害は分からないです」
「うむ、そうか……後で見舞いに行くか」
「ところで……」
シルビアは一度視線を下げて、言葉を切った。そして意を決したような……表情を浮かべ、前で両手を握る。
「今後、ご主人様はアルブゥの森をどうするつもりなんですか?」
「どうするつもりとは?」
エドワードがベッドの上で胡坐をかいて座り直した。シルビアはベッドのシーツをキュッと握る。
「アルブゥの森の魔物はほとんどがご主人様の戦いで居なくなりました」
「あぁ、だいぶ巻き添えになっていたかもなぁ」
「アルブゥの森にはほとんど魔物が居なくなった。それはつまり……魔物の領域を解放したということでしょう?」
「……」
「私が知っているくらいです。ご主人様ももちろんご存じでしょう? ハンブルク王国……いや、それだけではありません。周辺のほとんどの国で古くから魔物の領域は解放者のモノとなると定められています。魔物の居なくなって魔物の領域から解放されたアルブゥの森……小国家にも匹敵する広さの土地をご主人様が手に入れたということになります」
「ふう。まさか、シルビアが知っているとはな」
「……私は家復興の為にいろいろ調べていましたから」
「あーなるほど、魔物の領域を解放した冒険者が貴族になったという話は残っているか」
「その最たるのが、ご主人様のかつての仲間が統治する。絶賛領土拡大中のディオン英雄国ですかね?」
「それで? 何が言いたいんだ? いや、聞かずとも……とりあえず、嫌だ」
「私、何も言ってないので、嫌だって言うのは勘弁してください」
「……言うだけ言ってみろよ」
エドワードがため息を吐いた。
シルビアはベッドからスッと立ち上がって、エドワードの方へ。右手をエドワードの前に出す。
「私と一緒に国を作りませんか?」




