第30話 ルトヴィヒ将軍。
夜。
ここはハンブルク王国が本陣を置いていた丘の中腹辺り。
遠くからは、兵士達が騒がしく飲み食いする声が聞こえる。
周りから離れた位置で、リナリーは一人椅子に座っていた。
「ぐうー疲れたぁ」
リナリーはぐーっと体を伸ばして、足を組んだ。
体には無数の傷、そして彼女の言葉通り疲労があるようだった。
テーブルの上に置かれていたワインボトルを手に取り、グラスに注ぐ。
空を見上げ……ワインを飲む。
「ふう。うまい……」
リナリーは一人酒を飲み始めた。
ただ気になるのはワインボトルの置かれたテーブルには、リナリーの使うグラスとは別に二つ、リナリーの座る椅子と同じモノが二脚、置かれていた。
三十分後。
ルトヴィヒ将軍と、癖のある茶髪をハーフショートにした長身の女性が姿を表した。
リナリーはムッと表情を顰める。
「遅いわよ。これなら……体を拭けばよかった」
「すまない。軍議が長引いてな」
ルトヴィヒ将軍が苦笑を溢した。
長身の女性と共に、空いていた椅子にそれぞれ座った。
リナリーに視線を向けた長身の女性がムッとした表情を浮かべる。
「久しぶりにお会いしたと思ったら、相変わらず不敬ですね」
「ベルナデット……私は冒険者よ? 他の連中がいる時はちゃんとするんだから、いいでしょう」
リナリーの不遜な態度に。
長身の女性……ベルナデットはヤレヤレと言った感じで頭を抱える。
「はぁーまったく。副ギルドマスターとなったと聞き、少しは落ち着いたとおもったのに」
「ふん。それもしばらくしたら、やめるけどね」
ルトヴィヒ将軍はリナリーの言葉に眉がピクリと動かす。
「それはどういう事だ?」
「言葉の通りよ。しばらくしたら、私は十字星をやめるのよ。ついでに、貴方達が兵力として期待している四番隊もだいぶ居なくなる」
「おいおい。それは本気で言っているのか?」
「ええ。抱えていたクエストを消化しているところなの。今回の戦争の従軍のクエストを受けたのは冒険者組合の爺さん連中に頭を下げられたから、最後にね」
「……少し飲もうか」
ルトヴィヒ将軍が一度、ベルナデットへと視線を向け……テーブルにあったワインボトルを手に取った。
用意されていた二つのグラスとリナリーのグラスにワインを注ぐ。
ルトヴィヒ将軍はグラスに注がれたワインを一口。
「このワイン……美味いな」
「そりゃ、私のお気に入りだから」
「師弟で酒好きのようだな」
「お師匠様ほどではないけど。ワインは一番好きで集めている」
「そうか」
ルトヴィヒ将軍はワインを一口飲み、笑みをこぼす。
「ふふ、懐かしいな」
「何が?」
リナリーがルトヴィヒ将軍へと視線を向ける。
「いや、互いに偉くなって無くなったが。昔……若く駆け出しの頃、こうやってエドワードと酒を飲みながら、軍略チェスをしたものだと思ってな」
「私がギルドに入ったばかりの頃か。残念ながら、将軍は負け続けていた」
「いや、最後の方は三回に一回は勝てるようになっていた。今思えば、それで深く戦略を知るきっかけになったか」
「あぁ。そういえばお師匠様が、若いころの将軍は突撃しか命令しなくて苦労したと言っていたような」
「……そんな時期もあったのかも知れない。ただ、一つではない。撤退も命令していた」
ルトヴィヒ将軍が苦々しい表情を浮かべた。この時、ベルナデットは口に手をあてて「将軍にそんな時期が……ちょっと聞きたいかも」と呟いていた。
ベルナデットを見たルトヴィヒ将軍は腕を組む。
「ただ、その話部下の前でしなくていいぞ」
「そう? いろいろ聞いているけど……森で迷子になった話とか?」
「絶対にするなよ。絶対だぞ」
「ふふ。分かった。けど、猪突猛進な若者が成長して将軍になった。壮大な話を本にしたいと言っていた部下が居たような?」
「おい。そいつは誰だ? おい。絶対にやめさせろ」
「いい話になると言っていたが。しかし、主人公に拒否されたら仕方ないかな」
「主人公いうな」
ルトヴィヒ将軍がグラスのワインを一気に飲み干した。
ふーっと長く息を吐く。
「その話はやめよう。傷が疼く。それで……本題と行こうじゃないか」
「本題? アンタの部下ベルナデットは話を聞きたそうにしているように見えるけど?」
リナリーがベルナデットを指さした。
ルトヴィヒ将軍は口元に手をあてて、咳払いする。
「おほん。おほん。それで本題だが……、お前が十字星をやめ。十字星の四番隊が居なくなるという話だ」
「言った通りだけど。あ、正確には十字星の四番隊は無くならないわよ? 面子が変わるというだけで」
「それは、無くなるのと同義だろう。人があってこその組織だ」
ルトヴィヒ将軍が頭を押さえた。
リナリーは肩を竦める。
「そうかもねぇ。だから、今までみたいに無茶な戦争を仕掛けない方がいいわよ?」
「……何か不満があったか? S級の冒険者ギルドの主要メンバーなら、そこらの貴族よりも稼げているだろう?」
「不満? 他のメンバーは分からないけど」
リナリーは不満げに眉間に皺を寄せた。グラスのワインを一気に飲み干し……テーブルにカンッとおく。
「私に不満があるとすれば一つ。お師匠様が居ない事……正直、早くお師匠様のところに行きたいくらい。シルビアの雌豚が独占していると思うと! 思うと! あぁーイライラする」
「……困るな。今回の戦争を見ればわかるだろうが……軍部も随分とガタガタで、特に新たにコネを最大限に利用して、戦歴もないのに将軍に就任した二人……今回は貴族連中からの圧力があり右軍、左軍の将を任せているがかなり酷い」
「偵察に聞いたけど、確かに……と言いたいところだけど。アンタが若い頃も」
「おほん。俺のことは良いのだ。軍部はガタガタ……。更にこれはあまり口にしたくないが、宰相が新しくなってから……どうも王族、貴族連中がどうもおかしい」
「ふーん。変な時期に戦争を始めたと思ったら、そういう訳なのかしら? けど、王国の事なんて、冒険者の私達には関りない事でしょう? 国なんて変えてしまえばいいし」
「そうなんだが……どうにか残ってくれないか?」
「アンタって、苦労人ね。背負う物が多すぎよ」
「分かっている。じゃあ、エドワードは? 田舎に帰ったと言っていたな」
「お師匠様は……金や名誉に興味がない。今までは歴代のギルドマスターより頼まれ……つまり義でギルドに残っていた。その義すらない今のギルドに戻ってくる理由がない。今頃、田舎でのんびり酒を飲みながら余生を楽しんでいるんじゃない?」
「……余生か」
「私とお師匠様は無理ね。けど四番隊のメンバーを口説くのは止めないわよ? 癖が強くて扱い辛くけど……みんな、お師匠様に育てられた個での戦闘も集団での戦闘もでき、広い知識を持っている一線級の冒険者でなんだから、絶対に役に立つ」
「……」
「ほとんどが私に……いや、お師匠様のところへ行こうとすると思うけど、頑張ってみたら?」
リナリーがワインのボトルを手に取ると、ボトルの口をルトヴィヒ将軍へ向けた。ルトヴィヒ将軍のグラスにワインを注ぎ入れる。
ルトヴィヒ将軍は苦笑する。
「努力しよう」
「そうね。がんばって……っとワインが無くなっちゃった」
リナリーがワインボトルの口を覗き込んだ。
「今度は私が用意した酒を飲もう」




