第3話 猫とメイド。
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王都エルブサロウでも中心部から離れた位置にある住宅エリア。
「せーかいじゅうのーなみーだをーっとだ」
顔を赤くしたエドワードは上機嫌で鼻歌を歌いながら、一軒の古びた二階建てのアパートメントにたどり着いた。
慣れた様子で二階に上がって部屋へと入っていく。
部屋の中へ入ると、メイド服の女性……シルビアがエドワードを出迎えてくる。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
「うむ、帰った」
「はぁーまたお酒をお召しになっているのですね」
「んー飲んでいるぞぉー。ういっく」
「お酒を飲み過ぎてはご主人様の体を壊してしまいます」
「酒が俺に飲まれたがっているんだから、仕方あるまい?」
エドワードがふらふらと部屋の中に入っていきリビングへと入って行っていき、リビングにあったソファにボフンッと体預けるように座った。すると、エドワードの脇から緑色の毛並みの何かが飛び出してくる。
「にゃぁあ、尻尾を踏むでない!」
不満を口にしたのは金色に近い黄緑色の綺麗な毛並みの猫であった。特徴としては全長……大きく二つに分かれた尻尾も含めると五十センチほど。
全身が黄緑色の毛並みと言う訳ではなく、前足後ろ足の先の辺りは白色の毛色となっている。
ソファの前のローテーブルの上にチョビを目にしたエドワードは悪びれる風もないものの、謝る。
「おっと、悪い。チョビ」
「ふすん。酒臭いな。また飲んできたのか」
「いっぱい飲んできた」
「そうか」
猫……チョビがローテーブルから飛び降りた。チョビの背中にエドワードが問いかける。
「どこへ行く?」
「うむ? 縄張りの巡回の時間だ」
「そっか。ご苦労」
「うむ、行ってくるぞ」
チョビがトトトッと歩いて、窓から出て行ってしまった。
エドワードはチョビの後ろ姿を見送っているとポットとティーカップを持ってリビングに入ってきたシルビアが声を掛けてくる。
「酔い覚ましに……紅茶はいかがですか?」
「うむ、貰おうか」
「畏まりました」
シルビアはティーカップをエドワードの目の前のローテーブルに置くと、ポットから紅茶を注ぎ入れる。
紅茶の少し気品ある甘い香りが部屋に広がった。
エドワードは上機嫌でティーカップを手に取ると、紅茶を飲み始めた。
その様子を目にしたシルビアが首を傾げて問いかける。
「なんだか、今日は……ご機嫌ですね。何かございましたか? イザベラさんがお亡くなりなられて以降、塞ぎ込んでいましたが」
「あぁ、イザベラの弔いもここまでにしようと思ってな。それでな、お前の言った通り良いことがあったんだよ。なんだと思う?」
「はて、なんでしょう? ドワーフの作った秘蔵のお酒が手に入ったとかですか?」
「いや、そうじゃないよ」
「じゃあ……んーん。なんかすごい剣が手にはいったとかですか?」
「違うぞ」
「じゃあ、なんかすごく希少な薬草が手に入ったとかですか?」
「いんや、違う」
「じゃーなんですか? 分かりません。まさか、女? 女なんですか? そうなんですか? 誰ですか? ちょっと始末……間違いました。私、ご主人様のメイドとして、相手の女性に会って確かめないと」
エドワードの後ろで控えていたシルビアがドス黒いオーラを醸しだし、大きな瞳が色濃くなり渦巻き始めた。
プレッシャーを感じ取ったエドワードはシルビアの方へとバッと振り返る。
「ど、どうした?」
「いえ、良いこととは女ですか?」
「え? いや、違うよ。五十を超えた俺に女なんて。クハハ」
「そうですか。ならいいのですが。では、どのようなことがあったんでしょう?」
「驚くなよ? ギルドを辞めることができた
」
「え?! えええ!? 待ってください! その話、聞いていませんよ!?」
「そりゃ、さっき決まったことだからな」
「し、しかしながら、『十字星』はご主人様が仲間と作ったギルドなのに……なぜ?」
「えっと先日、マーシャル・ファン・アベルトというヤツが新しいギルドマスターに決定したみたいで。そいつがギルドを追放すると言ってくれてな。クハハ」
「軽い! なんで、そんな明るいんですか!! ギルドを追放されたんですよ!? ご主人様が長年尽力して大きくしたギルドからですよ!?」
「運動不足解消の為に軽い気持ちで始めた冒険者活動なのに……国から無茶ぶりクエストを押し付けられるようになって酒飲む時間も魔法の研究する時間も減っていた。何より面倒になっていたしなぁ。爺でやる気のない俺よりも、若い奴らに任せた方がいいだろうよ」
「普通不服に感じるのですが……ご主人様に心残りがないのでしたら」
「心残りは一切ないな。それで、十字星を辞めるなら……もう王都には要がないからな。田舎にでも戻って暮らそうかと思っているんだが……イザベルは王都に残るか? もちろん、お金は多く渡すし、この部屋もやるが」
「私はもちろんご主人様に付いていきますよ?」
「え。でも、お前にはロード伯爵家の復興という目標があったろ? よく分からんが王都で活動した方がよくないか?」
「いろいろ動いたのですが、元々家の思想を危険視されてのこともありましたし。女性の身では難しいのです。毎回、ポンコツとの見合いの話を出されるばかりで……そ、それに……私がメイドとしてお使いせねばご主人様が一人になってしまうではありませんか。それに、それにご主人様と離れるのは……ごにょごにょ」
シルビアが言葉を小さくして頬を赤くしていた。
エドワードは飲んでいたティーカップから口を離して、問いかける。
「ん? すまん。最後の方、聞き取れなかった。それで……なんだ?」
「なんでも、ありません」
「そうか。お前の父親は嫌いだが。祖父……前ロード伯爵には世話になったから、復興してくれる嬉しかったが」
「家臣達も待ってくれていますが……私の力不足です」
「何か手立てが……」
エドワードが顎に手を当てて、考えを巡らし始めようとした。ただ、シルビアはソファの背のところに手を置く。
「とにかく、私がご主人様と常に一緒に暮らすことは、私はご主人様に買われた奴隷なので至極当たり前なことなのです」
「……これは毎回言っていることだが。奴隷の首輪は外してやるぞ? 正直なところ、世話になった人の孫娘に奴隷の首輪をさせているのは」
エドワードがシルビアの首元に取り付けられている黒い首輪へと視線を向けて、目を細めた。
シルビアは口角を少し上げながら、黒い首輪に触れる。
「これはいいのです。それよりも今はご主人様の話です。私が居なければご主人様は怠惰な生活を送るのでしょう? お酒ばかり飲むんではないですか? 料理だって、焼いた肉ばかりじゃないですか? お野菜食べないじゃないですか?」
「うぐ、野菜はあまり好きじゃない」
「食べてください。ご主人様には一日でも長く生きて欲しいのです」
「あぁ、はい。はい。明後日には王都を発つから準備を進めてくれるか?」
「分かりました。準備します。そういえばご主人様の幼少期に育った場所に行くのは初めてですね。すごい楽しみです」
「そうだったな。俺は昔クエストついでに寄った時以来か……。本当に何もない田舎だよ? 田舎過ぎて嫌になったらいつでも言ってくれよ? 紅茶、ありがとう」
エドワードがグイッと紅茶を飲み干して、ローテーブルにティーカップを置いた。そして、ソファから立ち上がった。
「ん? どちらに?」
「ふぁー酒を抜くために、水を浴びてくる。ちょっと……思い付いた魔法があるしな」
「そうですか。お着替えとタオルの方を準備しますね」
「ありがとう」
エドワードはリビングを抜けて、別の部屋へと入って行った。エドワードを見送った後でシルビアは唇をなぞり、笑みを深めた。
「王都を離れるのに思うところは多少ありますが、ご主人様と一緒なら……それに、あのリナリー・シャルロットの女狐から離れられるのは素晴らしいですね。ふふ」