第13話 何気ない雑談。
長考していたグレイソンが弓を持った駒を手に取って、盤上を動かす。
「うむ、ここに弓を」
「ほーう。悪くないな……ほら」
グレイソンの一手を目にしたエドワードが感心したように唸った。そして、ワインの入った瓶をグレイソンへと向けた。
「ありがとうございますっとと」
エドワードとグレイソンは酒を飲みながら、軍略チェスに興じていた。
エドワードが盾を持った駒を持って盤上に置き。そして、何か思い出したように口を開く。
「そういえば、村の連中はちゃんと食えているのか? ガキが痩せすぎ」
「うーむ、春は冬を明けて、なかなか食料がない家が多いんです。もう少ししたら、山や森の幸で皆の腹も満たされるでしょう」
「ならいいんだが」
「しかし徴収する年貢が増えて、食事を減らしている者が多いのは事実ですが」
「なるほど……ここにも何か名産のようなモノがあればいいんだがな」
「ええ、何かないですかねぇ」
「何か? この村で出来そうなことで何か名物?」
「そうですね。うちの村は農家が多いので、暇な冬に何かできることはないかと思って考えているのですが」
「んーん、冬に何か? 冒険者も冬は暇だが」
「そうですよね。エドワードさんは何をやっていたんですか?」
「俺か? 俺は基本的に酒を飲んで過ごしていたからな」
「羨ましいですね」
「そうだ。さっき、シルビアと話していたんだが……酒を造ろうと思っているんだが。お前等のところでは酒を造らないのか?」
「酒ですか。私も考えた事ありますが、酒を造るのに回せるだけの麦や果物の栽培はされていないんですよ」
「なるほどな。酒を売れば利益になるものの、酒を造るだけの原料が余らない……更に設備もなく技術もなく踏み出せないんだな」
「ええ、それに酒を造ったところで利益がどのくらいになるのか分からないのもあります」
「なるほどな」
「エドワードさんは酒を造るのを検討している?」
「ん? あぁ……酒は毎日大量に飲むからな。無くなる度にエルグランドの街へ買いに行くのは面倒だからなぁ」
「ふは、それが理由ですか?」
「クハハ、俺にとって酒が一番の楽しみよ。って次の手はまだか?」
「おっと、すみません。じゃあ、馬を進めますか」
グレイソンが馬の形をした駒を手に取ると、盤上を前へと動かした。エドワードは顎に手を置いて、考える仕草を見せて王冠の形をした駒を盤上で動かす。
「うむ。酔い過ぎたか……本陣を下げるかな」
「本当に判断が速いですね」
「俺、負け戦はしない主義でな」
「では、前に出していた歩兵を食らいつくとしますね」
「劣勢に陥る。残念ながら、すべては救えん」
「そうですか……」
グレイソンが馬の形をした駒を手に取ろうとしたが、ピタリと手を止め……。代わりに木のカップを手に取って一口ワインを飲む。
エドワードは木のカップを飲んで目を細める。
「どうしたんだ?」
「んー誘い込まれていますかね」
「気のせいじゃないか?」
「そう言って……何度もやられておるんです」
「そうだったかな」
「そうですよ」
グレイソンが腕を組んで、考え始めた。エドワードは椅子の背に体を預ける。
そこで、クッキーの欠片を口元に付けているカーラが興味深げに軍略チェスの盤上を覗き込んでいることに気付く。
「どうした? 興味があるのか?」
「えっと。あの。あの……少し」
「シルビア、この……カーラに軍略チェスを教えるか」
エドワードがシルビアへと視線を向けた。するとシルビアは木のコップに注がれていたワインを一口飲んだ。
そして苦笑を溢す。
「軍略チェスはちょっと早い気がしますが」
「そうか? お前もこのくらいの歳の頃には習っていたんじゃないか?」
「あ……そういえば、そうですね」
「じゃあ、良いんじゃないか?」
「カーラ、こっちに来てください。まずは駒の動きを教えます」
シルビアがカーラを手招きして、呼び寄せると……軍略チェスの説明を始めた。
豚の丸焼きを食べて腹を満たしたフィリーが立ち上がった。そして、木の棒をエドワードへと向ける。
「おーし。腹ごしらいが済んだ。爺さん! やっつけてやる!」
「おいおい。酒を飲んでいい気分なのに」
「うるさい。負けたままでいられるか!」
「やれやれ……年寄りはいたわるものだろう。グレイソン。ちょっと席を外すぞ」
エドワードがグレイソンに断りを入れて椅子から立ち上がった。そして、踵を返して自身の家へと向かって歩きだす。
そして、家から出てきたエドワードの手には木刀が握られていた。
エドワードは無造作に一本の木刀をフィリーへと投げる。
「ほら」
「これは」
「そんな、木の棒じゃ。握る手が痛いだけだろう」
「あ、あぁ」
フィリーが見惚れるように木刀を見据えた。
エドワードは持っていた木刀で肩をトントンと叩きながら、先ほど戦っていた場所まで歩いていく。
「どうした? また遊ぶんじゃないのか?」
「あ、遊びじゃない!」
フィリーが急ぎ、エドワードの前に立って木刀を構えた。エドワードは小さく笑って見せる。
「クハハ、そうか? なら、俺を一度でも本気にさせてみせろよ」
「くう」
フィリーが悔し気な表情を浮かべた。奥歯をグッと噛みしめ、地面を強く蹴った。
フィリーは木刀を上段に構えて、エドワードへと切り掛かる。
「はぁ!」
「軽い挑発にかかるな。馬鹿たれ」
エドワードが横にズレて、フィリーの木刀を悠々と躱す。
それから、ひたすらフィリーがエドワードを追いかけて木刀を振るう、それをエドワードが余裕をもって躱すというやり取りが夕暮れ時まで続いていた。




