第12話 飯を食う。
「この!」
悔し気な表情を浮かべたフィリーが木の棒をブンと風を切る音を響かせながら振るった。それと同時に額の大汗が飛び散る。
対して、エドワードは汗一つ……いや、息一つ乱れることなく余裕の笑みを浮かべて、フィリーの木の棒を躱してみせる。
エドワードは必死に自身を追いかけて、木刀を振るってくるフィリーを見据えながら、心の中で笑う。
ふふ、必死で微笑ましいな。
剣の才能はまぁまぁか。
いや、まだ若いからここで才能をどうこう言うのは時期早々か。
それにずっと追いかけて木刀を振ることができているだけの体力はある。
何にしても遊び相手には悪くないか。
ただ体がガリガリ……痩せているのが気になる。
このルトック村の子供は皆こんなもんなんだろうか? 皆、腹を空かせているんだろうか?
いや、村のことは村長であるグレイソンが対応すべきことだから、最近引っ越してきた俺が前に出るべきではないか。
老い先の短い俺がどうこうできる問題ではない……中途半端な偽善は全員に迷惑をかける。
エドワードが戦いながらそんなことを考えていると、フィリーは木の棒を真横から構えて斜め横に振り抜いた。
対してエドワードはくいっとのけ反るようにフィリーの木刀を軽く躱してみせる。
「よっと」
「避けるなぁ!」
「……避けるだろう」
「大人の癖に逃げんな。正々堂々と戦え!」
「大人とか関係ない。誰だって痛いのは嫌だろう? そもそも避けられるということは木刀を使う必要すらないからだぞ? とりあえず、お前が目指すのは俺に木刀を使わせるところだろ?」
「ぐっ」
「ほいっと」
「くそ!」
「おいおい。腕だけで大振りするな。剣を振るう時は腕だけじゃなく、全身の筋肉を使うイメージで……」
「うるさい。戦え、逃げるな」
「逃げているんじゃない、躱しているんだ? ちゃんと相手を見て戦え。相手がどう動くか? 常に考えながら戦え。じゃないと、一生俺に剣が届くことはないぞ?」
エドワードが一歩前に出て、フィリーと目を合わせた。更に両手をダラリと下した。
わざとらしい大きな隙に、フィリーは眉を顰めながらも木の棒をエドワードに向けて振るった。
フィリーが木の棒を振るったのと同時に、エドワードは地面をタタンッと数回蹴って飛び上がる。
飛び上がったエドワードはフィリーの木の棒を躱し……宙でグルンと一回転してフィリーの背後に静かに着地した。
フィリーには突然エドワードが消えたように見えていた。
何がどうなっているか分からないと言った様子できょろきょろと辺りを見回す。
「なにがっ」
「今の躱し方は少々大人気なかったかな」
エドワードが持っていた焚火用の薪で自身の肩をトントンと叩いた。エドワードの声を耳にしてフィリーは振り返る。
「こっちか」
「しかし、そろそろ……チョビのヤツが腹を空かせて機嫌が悪くなる」
エドワードが振り返ったフィリーの首筋に薪をスッと突きつけた。フィリーは首筋に薪を突きつけられて、目を見開く。
「ぐっ」
「一本だ」
エドワードがフィリーのおでこをトンと小突いた。すると、フィリーはたじろき、一歩後ろに下がる。
「さて、飯を食うか」
エドワードはニッと笑って見せた。
そして、すぐに踵を返して、観戦していたシルビア達の元に歩いていってしまう。
フィリーは少し赤くなったおでこを擦りながら、エドワードの後ろ姿を少しの間見ていた。
「なんなんだよ。悪魔じゃないのか?」
「これ、うめーよ」
フィリーが地べたに胡坐をかいて座って、豚の丸焼きにかぶり付いて食べていた。
カーラはフィリーに近付き、手に持っていたクッキーを見せる。
ちなみにカーラに抱きかかえられていたチョビは自由で肉の塊を加えると、どこかに行ってしまった。
「お兄ちゃん、こっちのお菓子も美味しいよ」
「いや、やっぱり肉だろ!」
「えー甘いお菓子の方が美味しいよ」
「肉! 肉! 豚の丸焼きは噛みしめると皮がパリパリしているんだが、肉は柔らかく肉汁が噴出して……カーラも食べてみろよ!」
「このクッキーって言うお菓子は一口食べると、口の中に木の実の甘いジャムの味が広がって、その後濃厚なバターの味が……絶対お菓子の方が美味しいよ」
「なんだと、肉だよ。肉」
フィリーとカーラは二人で肉とお菓子のどちらが美味しいか不毛な言い合いを続けていた。
「ここはどうだ?」
エドワードが木のコップに注がれていたワインを飲んだ後、テーブルに置かれた盤上の馬の形をした駒を動かしていく。
エドワードが指した手を目にしたグレイソンは、難しい表情を浮かべて腕を組む。
「うーむ、こちらを狙っているんですな」
「悪い手ではないだろ?」
「むう」
「うむ、このワインは美味いな」
エドワードが機嫌よく、ワインを飲み干した。
シルビアはヤレヤレと言った様子で口を挟む。
「ご主人様、飲むペースが速いです。ちなみに北東にあるザヴォワ産地のワインですね」
「ザヴォワか……遠いなぁ」
「ええ、あそこは山が多く、寒いと聞きますので四十かかりますかね? ご主人様と一緒なら、行くのなら……寒い夜も温かくふふ」
シルビアが頬を赤らめる。そして小さくブツブツと呟きだした。
エドワードはワインの入っていた瓶を手に取る。
「時間があったらワインを買いに行きたいものだな」
「……もう、ご主人様はお酒のことばかりです」
「クハハ」
エドワードが笑うと、ワインを木のコップに注ぎ入れた。




