第1話 始まりのドラゴン。
ベルギクード歴……412年春。
今ではプロリアの英雄と呼ばれている六人の英雄によって、人族や獣人族を支配していた魔王率いる魔族が討伐されてから、三十年の月日が経っていた。
魔族による支配を終えた人々は領地を求めて戦いに明け暮れていた。
軍容割拠……大小さまざまな百を超える国を作り上げて、世は戦国時代であった。
ここはハンブルクと言う王国の東側国境に隣接する未開の地……ハンブルク王国ではアルブゥの森と呼ばれる森の中心部。
……辺りが急にて暗くなった。
空へと視線を向けると……自身の目を疑うように大きな黒いドラゴンが羽を広げて飛来した。
ドラゴンは血のように真っ赤に輝く瞳、コウモリを思わせる大きな黒い羽、鋭利な牙と爪を有し、黒く鎧のような鱗が見上げるような巨体を覆っていた。
全身から黒く禍々しいオーラのようなモノを放っていて……もともとその場にあった草木が朽ち果てている。
視点を変えて、ドラゴンはまだ存在に気付いてすらいないが、ドラゴンから少し離れた場所に二人の男女がいた。
男性はドラゴンに対して眼光鋭い茶色の瞳は向けられ、長く伸ばした黒髪はドラゴンが現れたことによる爆風でなびいていた。
彫が深く渋い魅力のある初老の男性である。
次に女性はドラゴンの出現で恐怖に慄いているが、タレ目気味ながらやさし気な印象を受ける青色の瞳。左目の下にある泣き黒子が愛らしく。ぷっくりと柔らかげな唇。透き通るような美しい白い肌。輝くほどに美しい金色の髪。
小柄で、スレンダーな体つき……総じて言うならこの場に居るのが不釣り合いに感じるほどにどこかのお姫様や貴族令嬢を思わせる貴賓ある十代後半の美少女であった。
「えらいモノが出てきたな」
「これは……ドラゴン」
ドラゴンを警戒して即座に初老の男性は金髪の少女を庇うように前に立って長剣を構えた。
初老の男性は眉をひそめる。
「コイツはただのドラゴンではないナンバーズだ」
「ナンバーズ?」
「ナンバーズとは世界に二十いる魔物の頂点……しかも、ナンバーズの中でも上位アンバー・クロスロード・ハイレーゼ・ブラックドラゴンではないか? なんで、こんなところに? 読んだ本には、もっと北東の国に居ると聞いたことがあったが。しばらくしたら帰ってくれるだろうか? いや、ここを新しい住処にしようとしている? それは……困るな。共存は可能か? いや、アンバーは大食いで周りから生き物が消え、果てには周辺国家が消えると本には書いてあったか? では何とか戦って追い出さないと……」
「何を言っているのです。逃げましょう。エドワード」
金髪の女性がシルビアは初老の男性……エドワードの服を後ろからキュッと掴んだ。
「いや、戦う。コイツをここに野放しにはできない」
「!? いくら、英雄の呼ばれた貴方でも、あの化け物には勝てません」
「近くの村や街……国すらなくなると言っただろう」
「それなら、遠いどこかに引っ越してのんびりお酒でも飲みながら二人で暮らしましょう? こんな糞みたいな国のために戦い死ぬなんて……馬鹿らしいです」
「口が悪いな。俺もハンブルク王国は滅んでも構わんが。そうなると何も知らないガキが大量に死ぬだろう!」
「っ! エドワード……いや、ご主人様が戦うなら私も戦います!」
「ダメだ。お前では戦いの巻き添えになるだけだ。離れていろ」
「嫌……です」
「わがままは許さない」
「嫌です」
「これは命令だ」
「っ………分かりました。ただ、これだけは覚えておいてください」
「なんだ?」
「ご主人様が死んだら、私も死にます」
「お前な。そういうのは将来の夫に言うもんだからな」
「そう思うのなら、死なないでください」
「最善を尽くそう」
エドワードの言葉を耳にすると、シルビアは掴んでいた服を離して走り去っていった。
エドワードはシルビアが離れて行くのを感じながら、ドラゴンへと鋭く睨みつけ……背筋が寒くなるような殺気を放つ。
そこでようやくドラゴンもエドワードの存在に気付いたのだろう、エドワードへと周りの物が吹き飛ばされるほどの咆哮を上げる。
「ぎゃああああああああ」
「そういえば、魔法を使うのは久しぶりに使うな【フライ】」
【フライ】と口にするや白い光が全身を覆ってエドワードの体がフワリと浮き上がる。そのまま……空中を急加速して飛び上がってドラゴンへと向かっていく。
「さあ、戦いを始めようか?」
エドワードは客観的に見て絶対に敵わないであろうドラゴンへと向かっていく。猟奇的な笑みを浮かべながら。
ドラゴンが右前足を上げて……向かってくるエドワードへと鋭い爪を振り下ろした。
対してエドワードはすり抜けるように高速で飛んでドラゴンの鋭い爪を躱す。
ドラゴンが振り下ろした鋭い爪は鋭く鋭利な空気の層を発生させて……射線上にあった大地を深く抉った。
それを目にしたエドワードがドラゴンから一旦離れ、空中で留まるように浮遊する。
「危ない。危ない。軽く振り下ろしたように見えたが。規格外だな。これでは迂闊に近づけんか……いや、とりあえず俺の剣で切れるか確認してみるか【ライトニングバースト】」
エドワードが【ライトニングバースト】と呟くと全身から紫電の閃光と共にバチン……バチバチバチバチっとけたたましい雷鳴が轟く。
紫電が右手に集まって……右手に持っていた剣の黒い刀身に纏わりついていく。
「いくぞ」
エドワードは紫電を纏った剣を真横に構えた。そして、再びドラゴンへと向かって空を飛ぶ。
ドラゴンもエドワードの危険性を感じ取ったのだろうか、纏っていた黒いオーラがより多く溢れ出していた。
ドラゴンがその巨体ではありえないと思うような速度の動き出しで、左前足を真横からエドワード目掛けて振るう。
対してエドワードは瞬時にドラゴンの左前足へと視線を向ける。
「デカい相手はやはり土台を崩していかないとな……【神鳴】」
エドワードは一般人には見ることもできないほどの剣速で……ピーッと何かの鳴き声のような音を響かせて剣を振り抜いた。
ドラゴンの左前足がエドワードへと向かうことはなかった。なぜなら、エドワードの剣によって左前足の指の間が深々と切り裂かれた。
「ぎゃああああああああああああああああああああ」
「おいおい、切り落とすつもりだったんだが。どんだけ固いんだ? 電撃で貫通力を高めていたんだが……まさか電気に対して耐性があるのか?」
エドワードは不満げな表情を浮かべながら、次いで振り下ろされたドラゴンの右前足から放たれた斬撃から逃れて離れていった。
ドラゴンから離れた空中にとどまってどうしたものか考えを巡らせていると。ドラゴンの全身が微かに光り出した。
エドワードがタラっと汗を額から流し、溢す。
「……ようやく本気を出す気になったようだ」
ドラゴンの下……影が大きく広がって変化し。影の中から無数の棘のように具現化して素早く打ち出された。それはまるで、黒い雨。
視界を埋め尽くす攻撃にエドワードは唇を舐めた。
「影を操るってどういう理屈だよ」
それから、エドワードとアンバー・ロード・ハイレーゼ・ブラックドラゴンの壮絶な戦いは三日三晩続き、辺りの地形すらも一変させていたという。
五日後。
ここはハンブルク王国の東側国境付近にある辺鄙な……百人ほどの前後の村人が住まう村。
村の端にある木造の民家……その民家の一室。
部屋のベッドでは黒髪の少年が横になっていた。
少年は幼い顔の残る可愛らしい顔立ちながら、将来イケメンへと成長することを予感させる。
身長が百四十センチ前後の細身の体から察するに十四歳前後の少年であった。
「うう」
少年が眉間に皺を寄せて、うっすら目を開ける。
少しの間、ボーっと天井を見上げていた。
寝ぼけていた頭が徐々に意識がはっきりしていき、ハッとした表情を浮かべて上半身を起こした。
「かはっ! ここは……俺の家? なんで?」
「起きたのですね!」
少年の声が聞こえてきたのだろう、隣の部屋から木の桶を持った小屋に近い木造の民家には不釣り合いなメイド服を着たシルビアが入ってきた。
シルビアは急ぎ少年に近づいていく。
「大丈夫ですか?」
「あぁ。何があったんだ? 記憶が混濁しているような」
「大丈夫ならよかった。貴方の質問に答える前に、私から話を聞かせてくださいませんか? どうかお願いします……私の大切な人が……大切な」
シルビアは今にも泣きだしそうな悲痛な表情を浮かべて、少年の手を握った。
「ん? あー……うん。いいぞ」
「ありがとうございます。貴方が倒れていた場所でドラゴンと戦われていた……貴方と同じ髪色の初老の男性をご存じではありませんか? 私のご主人様なのですが遺体もなく……見当たらなくなってしまったんです」
「……ドラゴン? そうだ! あのドラゴンはどうなった?」
「? え、あ、はい。ドラゴンは鱗と牙、角、爪、骨を残して……あとは消失したようです」
「そうか……肉体は消えてなくなったのか。意識が朦朧としていたがとどめを刺した」
「待ってください。何を言っているんですか? あのドラゴンを貴方のような幼い子供に倒せる訳ないじゃないですか」
「幼い子供って……何をバカなことを言っているんだ。俺はこの前五十四になっただろう……っ!?」
少年は視線を下げて、自身の体を見るとカッと目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
驚きの表情を浮かべたまま体を動かしたり、二の腕を掴んでみたりと何やら体の状態を確かめていた。
シルビアが心配そうな表情を浮かべて、問いかける。
「えっと、あの大丈夫ですか?」
「シルビア……」
「え、なんで私の名前を? 名乗りましたでしょうか?」
「シルビア、手鏡を今すぐ持ってきてくれ」
「え、あ、はい。ただいま取ってきます」
少年の指示に従ってメイド服の女性……シルビアが足早にその場を離れ、すぐに手鏡を持って帰ってくる。
シルビアは少年へと手鏡を差し出す。
「あの……こちらが手鏡です」
「ありがとう」
少年がシルビアから受け取った手鏡を……何を躊躇しているのか恐る恐る覗き込んだ。
自身の顔を目にして再び驚きの表情を浮かべた後、ペタペタと顔を触ったりしていた。
「そんな……バカなことがあってたまるか」
「どう……しましたか?」
「わか、若返っている!?」
少年から辺りに響くほどの大声が上がったのであった。
これはドラゴンを倒し……後に巨大な国家を作り上げる少年の物語である。