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第91話 森のルーク達と仲良しな一人と一匹

 現在クマちゃんは、おしゃれの追求をしている。


 

 リオはルーク達の会議が早々に終わったことも、彼らがもう酒場に居ないことも知らなかった。ルーク達、または彼らのうちの誰かが自分に会いに来ることを、まったく疑わなかったのだ。


 何故なら二階に上がる前、リオは『俺らさき上行くから』と彼らに言い、『後で教えて』と視線で合図を送ったからである。

 吞気な彼の計画では、取り合えずクマちゃんと部屋に引きこもっていれば、会議のあとで説明に来た誰かから、こっそり教えてもらえるはずだった。

 自分達のお留守番がいつ終わるのか、ということを。


 彼はそんな風に、簡単に考えていた。



 リオの予想を裏切り、ルーク達は短い会議の後、すぐに魔法使い達を連れ、森の奥を目指していた。


 まず最初に、彼らは酒場の中にある〈クマちゃんのお店〉の裏のドアから湖の展望台へ抜け、森へと入った。

 月明かりの届かない森の中、背の高い樹々が、彼らを囲っていた。あちこちに生える腰の高さほどの植物や、上から垂れる蔦を、腕や武器を使って雑に払い、奥へ、奥へと進んでゆく。


 ルーク達だけであれば走っても良かった。しかし魔法を主力に戦う冒険者の中には、長時間走ることを好まない者もいる。身体強化の魔法を使えば走る気になるらしいが、魔力は戦闘のためにとっておいたほうが良い。


 身体強化の魔法というのは、一般的には戦闘時に使うものだ。

 移動のためだけに長時間かけ続けるには燃費が良くない。

 それに、魔法の得意不得意は関係なく、彼らは体を資本とする冒険者だ。筋力を高めるためにも、自力で走るべきである。


 この辺りはまだ、猫顔のクマ太陽の縄張りらしい。上空から、ニャーという可愛い声が聞こえてきた。


 ルーク達三人は言葉を交わすことなく、先頭を歩いていた。

 暗闇にシャラシャラと、涼し気な音が響く。三人のうちのひとり、派手な男の装飾品の音だ。

 無言で進む彼らの後ろを歩いていた冒険者の一人が、いつもと変わらず穏やかな雰囲気を纏う男に「……あの、ウィルさん」と小声で話しかけた。


「もしかしてルークさん、機嫌悪かったりしますか」


 彼はルークの表情を読んでそう言ったわけではなかった。だが、魔法使いという職業柄、魔力には敏感だった。

 そこに居るだけで圧倒される、自分達よりもはるかに強大なルークの魔力が、今日はなんだかピリピリしている気がしたのだ。

 ルーク本人には絶対に言えないが、とても怖い。まるで本物の魔王のようだ。

 ――出来れば今すぐ帰りたい。と、魔法使いの男は思っていた。


「うーん。機嫌は悪くないけれど……愛しのクマちゃんに挨拶せずに出てきてしまったから、早く仕事を終わらせて帰りたいと思っているのではないかな」

 

 南国の青い鳥のごとく派手な男は、美しい声でさらりと嘘を吐いた。

 後ろにいる魔法使い達を、逃がさないために。

 ――本当のことをいうと、話しかけてきた魔法使いが言う通りだった。

 ルークの機嫌はたしかに悪い。彼が感じたままである。


「…………」


 冬の支配者のような男クライヴは、青い鳥のさえずりを黙って聞いていた。

 魔力に敏感な人間が、誰かの機嫌が悪いと感じたなら、それは本当に機嫌が悪い時だ。疑う余地もない。

 だが連れてきた魔法使い達の心が鳥のさえずりで護られるなら、そのままにしておいてもかまわないだろう。

 わざわざ『お前の感じた通りだ。あいつは機嫌が悪い』と訂正する必要もない。


 彼らが酒場の二階で待つ可愛いクマちゃんと、可愛くはないリオに会わずに森へ来たのには、理由があった。

 それは、可愛いもこもこクマちゃんが、ルーク達の不在に気が付くその前に、森での仕事をさっさと終わらせてしまおう、と考えたからだった。


 もしも所在について尋ねられたら、

『会議が長引いている。大体一晩くらい』と答えることになっている。純粋で素直なクマちゃんなら『時間の使い方は本当にそれで合っているのか』という正論猫パンチのような質問で相手を苦しめたりはしないはずだ。


 ともかく、これは〝彼らの外出自体を無かったことにしよう〟といった計画なのである。


 そんなことをしても、クマちゃんがお留守番しなければならない時間はまったく変わらない。とはいえ、物理的にルークが遠くへ行ってしまうよりはマシだろう。

 事実を知らせずに『クマちゃんの大好きなルークはずっと酒場に居ます。でも今は会議中だから会えないのです』という方が、甘えっこで超寂しがり屋のクマちゃんの心には優しいはず、と彼らは考えたのだ。


 そういうわけで、ルーク達は急いで会議(その内約七割がクマちゃんへの隠蔽工作についての話し合い)を終わらせ、森へ討伐に来た。

 ――因みに、会議室の扉は優秀な魔法使い達の力で一時的に封印してある。クマちゃんが先の丸い爪でカリカリしても、開くことはない。


 ルークの機嫌が悪いのは、彼の愛しの、超甘えん坊で超寂しがり屋なもこもこが、とにかく心配だからだ。

 出来ることなら今すぐ戻って抱きしめ、手触りの良い被毛を撫で、安心させてやりたい。だが、仕事を放り出すわけにもいかない。

 彼は、切れ長の美しい目を一度伏せた。

 そして、銀色の長いまつ毛に隠されていた、森そのもののような緑の瞳がふたたび姿を見せたときには、どこかピリピリとしていたそれは、初めから何事もなかったかのように収まり、いつも通りの静かな魔力に戻っていた。


 彼の持つそれは、雄大な自然のようだった。ただそこに在るだけで、人々が畏敬の念を抱く、果て無き海や大地のような。

 ルークがいつも感情を抑制し、ほとんど表に出さないのは、周囲の人間を怯えさせないための、彼なりの気遣いなのかもしれない。と、彼を知る人々は思っていた。

 あるいは、彼が気にするほどのことが何も起こらない、という極めて単純な理由なのではないか、とも思っていたが。



 ――軽く右手を上げ、ルークは風の魔法を放った。


 太い樹々を綺麗に避け、強い風が草木を揺らす。

 ザァ――と葉が擦れ、森が沸き立つような音と共に、植物が左右に割れてゆく。

 風の通った場所が、そのまま道になる。


 それを見ていた後ろの冒険者達から、わっと歓声が上がった。

 南国の青い鳥のような男は、フッ、と優しげではない笑みを零した。


「――では僕は、皆が早く走れるように強化魔法を掛けてあげることにしよう」


 青く華麗な鳥は皆の肉体を勝手に強化し、優しい声でさえずった。

『とっとと進むぞ』という意味だと、彼らは理解した。

 歓声は静まり、森の中に悲し気な声が響いた。


「――なるほど」


 冬の支配者の納得した声が、森の空気を凍てつかせる。

 それと同時に、冒険者達の体を冷気のような魔力が包み込んだ。

 周囲に冒険者達は、突然猛吹雪に襲われたかのような悲鳴を上げた。

 冷酷に見えるが親切な彼は、彼らのためを思い、身体強化の魔法を重ね掛けしてやったのだ。

 ――これで、もっと早く走れるだろう、と。悪気なく。


 ――彼らは悟った。もう、森の魔王様達の望むまま、走るしかないのだ、と。



 酒場の二階突き当り、薄暗いが概ね平和な彼らの自室。

 リオともこもこは、ルーク達が会議から戻ってくるのを待つあいだ、今日買ってきた荷物を調べていた。

 お兄さんが闇色の球体で運んでくれた、リオのベッド付近にある荷物を、もこもこを抱えたリオが掴み、引き寄せる。


「あれ、これクマちゃんの服じゃね? ちょっと着せてみていい?」


 どうやら、リオの知らぬ間に買われた物もたくさんあるらしい。そこには彼が見たことのない服や、帽子、リボンなど、他にも色々な品物が入っていた。


 リオはいつものように、左腕に甘えっこクマちゃんを抱えていた。

 彼はそのまま空いた手で、クマちゃんを飾るためのアイテムが入った袋を、自身のベッドの上にひっくり返した。

 そこに、段々腕に馴染んできたもこもこを一度降ろす、という考えは少しもなかった。

 疑問も湧かず、違和感も覚えず。

 リオは作業の間中、クマちゃんを抱いていない方の手だけを使っていたのだ。

 いつの間にか、それがあたりまえになっていた。

 本人にその自覚はなかったが。



 彼がごそごそと荷物を探っていたとき、クマちゃんはリオの腕の中で、肉球が付いたもこもこの右手を上げ下げしていた。

 ――クマちゃんも、袋を上下に振っているつもりらしい。


 リオは可愛いクマちゃんの利益も不利益も与えないメルヘンなお手伝いに気付くことなく、丸い何かを手に取った。


「えーと。――何だろこれ。どんぐりの上に付いてるやつっぽい」


 アイテムの名称など分からない。リオは最初に目に付いたそれを、どんぐりから完全に色を抜き、完璧な球体に近付け、全体的に毛を生やしたようなものにのせた。


「……どんぐりで合ってるっぽい。色赤いけど」

 

 と言った彼の視線の先は、純白の球体どんぐり、丸すぎる頭に赤い帽子を被ったクマちゃんである。

 それは何故かぽふ、とのせるだけで落ちなかった。


 ――当然それはどんぐりではなくベレー帽だが、リオとクマちゃんにそんなことは分からない。

 一人と一匹は静かに頷いた。


 聞こえているはずのお兄さんは、ルークのベッドで目を閉じたまま、微動だにしない。彼らの間違いを指摘してくれる親切な生き物は、この部屋にはいなかった。


◇  


 どんぐりクマちゃんを抱えたリオが次に目を付けたのは、水色で幅の広い、レースで囲われた帯のような物の両端に、細い紐が付いた物だった。


 リオはクマちゃんグッズが溢れているベッドの空いている場所にゆるく胡坐をかき、その上にどんぐりクマちゃんを座らせながら、一見しただけでは分からないアイテムに対する所感を述べた。


「……腹巻きじゃね?」


 そして(おもむろ)に、レースで囲われた腹巻きらしき物を、可愛いもこもこのもこもこした腹に巻き、背中側でヒラヒラした細い紐を結んだ。

 何故か固結びで。


 お腹周りのふわふわの毛がキュッと絞られ、若干細く見えた。

 前面から見れば、ヒラヒラした派手な飾りが付いた、腹巻きをしているように見えなくもない。

 背中側は、核となる部分を具体的に説明すると『紐で締められたぬいぐるみ』または『そのぬいぐるみは紐で締められている』という感じだ。  


「腹巻きで合ってるっぽい。後ろ寒そうだけど」


 腹部をキュッと引き(しぼ)られてしまったクマちゃんと、可愛いもこもこの腹にレースだらけの腹巻きらしき物を巻き付けたファッションコーディネーターリオは、納得したように頷いた。

 ――当然それは腹巻きではなくヘッドドレスだが、リオとクマちゃんにそんなことは分からない。


 このときリオは、購入したたくさんのアイテムを一通り確認することに夢中になっていた。

 だから、色の組み合わせがおかしいことも、質感が合っていないことも、巻く部位が間違っていることにも、まるで気が付かなかったのだ。


 頭は赤いどんぐり、腹部に水色のレースの腹巻きを締めたクマちゃんの口元から、幼く愛らしい声が零れた。


「クマちゃん、クマちゃん」


『クマちゃん、靴も』と言っているようだ。

 頭、腹、ときたら、次は足らしい。


「クマちゃんいま靴って言った? ……靴は……えーと、何か代わりになるものあるかな……」


 ほとんど自分で歩いていないクマちゃんに靴は必要なのか。

 分からないが、可愛いもこもこが欲しいと言うなら探すしかない。そう考えたリオの目に留まったのは、ハンカチらしき四角い布だった。


「……これじゃちょっとデカい気がする」


 隅に可愛い猫の刺繡が入った大き目のハンカチが、シャキ、と不気味な音を立てた。

 行き当たりばったりな靴職人が布に鋏を入れた音だ。もう後戻りはできない。

 誰が買ったのか、を思い浮かべることなく、四角いそれを四分割にし、そのうちの二枚の角を切り落とし、丸く整えてゆく。


 発注者であるクマちゃんは、靴職人リオの針も糸も一切使わない挑戦的な作業が終わるのを、彼の膝の上で大人しく待っていた。

 靴を履かせてもらう準備は万全である。


「えーと、何か細い紐……」


 リオはひっくり返した物の中から比較的細いリボンを二本選び、こちらは切ることなく使うことにした。

 ルークはクマちゃんが使うリボンにこだわりがある気がしたからだ。

 おそらく、勝手に切ったらコツンでは済まない。


 クマちゃんの後ろ足、ピンク色のぷにぷにした可愛い肉球を隠すように、先程切った丸っぽい布を被せ、すっぽりと包み込む。

 もこもこの短いあんよの足首(猫の足先のようにもこっと丸く出た部分より少し上のあたり)で、布を止めるようにリボンをぐるぐると巻き付け、とれないように結んだ。

 またもや固結びで。


 なんと、驚いたことに、もう片方の足も同じようにすれば、クマちゃん様の(クック)は完成である。

 本物の靴職人が色々な意味で目を剥くほどのスピード仕上げで、さては巾着だな、という出来だ。


 右と左のリボンは水色と黒で、色も柄もバラバラになってしまったが、とにかく(あんよ)は隠れた。

 注文者クマちゃん様の両足は、リオの手で雑に切られたピンク色のハンカチで(まるー)く包まれ、まるで小さなテルテル坊主のようだった。


「……何か靴っぽくない気がする」


 本人も薄々気付いていたが、リオに靴を作る才能は無かった。

 だがクマちゃんはこれで満足したらしい。

 深く頷いている。

 両足がテルテル坊主になったもこもこの口元から、幼く愛らしい声が聞こえた。


「クマちゃん、クマちゃん」


『クマちゃん、靴ありがと』と言っているようだ。


 もこもこは、完成した靴の見た目よりも、リオが一生懸命考えてくれたことが嬉しかったらしい。

 クマちゃんも一生懸命、両手の肉球をテチテチと叩き合わせ、喜んでいた。

 

「……今度、一緒にクマちゃんの靴探しに行こっか」


 少し困ったような、いつもの彼とは違う、静かな声だった。そんなリオに答えるように、膝の上から幼く愛らしい声がした。


「クマちゃん、クマちゃん」


 それは『クマちゃん、これがいい』と言っているように聞こえた。


「――ありがと、クマちゃん」


 リオは何かを言おうとして、言葉を呑み込んだ。

 囁くような声で礼を言い、小さく笑う。

 彼はやっぱり、と思った。クマちゃんは、愛らしく、とても優しい。

 リオは可愛いもこもこを抱き上げると、自分の頬をふわふわの頬にくっつけた。


 クマちゃんがお返しのように、濡れた鼻を彼の頬にピチョ、とくっつける。

 目を細めたリオの口から、ふは、と息が零れた。


 彼はこらえきれず、「クマちゃんめっちゃ鼻濡れてんだけど」と言って、いつもより高めのかすれ声で、楽しそうに笑った。

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