第75話 通販ショップクマちゃん
現在クマちゃんは、お留守番で寂しいマスターのために、素晴らしい商品を選んでいる。
◇
店内には先程と変わらず、素晴らしいとは言い難い説明をするゴリラちゃんのかすれ声が響いていた。
通販ショップクマちゃんでは商品を紹介する際、きちんと動作確認も行っている。
担当者であるルークは、可愛いもこもこを抱いていない方の手で、動物を模したおもちゃを押した。
「……押すと……舌が……ビュッ……」
ゴリラちゃんはかすれ気味の声で、目の前で起こった珍事を説明した。
それまでもこもこは、ひとつの商品紹介を終えると、すぐに肉球で別の商品を示し、幼く愛らしい声で「クマちゃん」『ゴリラちゃん、つぎ』と伝えていた。
しかし今回の『……ビュッ……』で流れが変わった。
クマちゃんはピンク色の肉球が付いたもこもこのお手々をスッと、自身の顎らしき部分へやり、もぞもぞと動かした。
――見たことのある動きだ。
「クマちゃん」
愛らしい声が響く。『いい、じゃ、ねーか』と。
誰かの真似をしているらしい。
――一つ目のおもちゃが決まったようだ。
もこもこがルークに伝える。「クマちゃん」
『七つ、だ、な』と聞こえたそれは、やはり誰かの真似だろう。
猫にそっくりなお手々が先程と同じように、顎のあたりをもぞもぞしている。
七点のお買い上げとなった商品は、押すと『ビュッ!』と舌が出る、動物のおもちゃだった。
ピカピカの板から、マスターの渋い声が聞こえる。
「――まさか、今のは俺の真似か? お前には似合わんと思うが……」
彼は小さく笑うと、優しい声で指摘した。
ルークの腕の中で、もこもこが頷いている。
彼の推測通り、先程の言動はマスターの真似らしい。
クマちゃんは肉球付きのもこもこのお手々で、顎のあたりをもぞもぞした。
こちらは時々マスターがしている、顎髭をさわる仕草を真似ているつもりのようだ。
ルークは愛らしいもこもこの頭を撫でた。
すると、近くから何者かのかすれ声が聞こえた。
「……七つ、も……いらない……」と。しかし当然のように黙殺された。
そこに、南国の鳥のような男と、冬の支配者のような男が、何かを持って戻ってくる。
「これはとても可愛らしいと思うのだけれど」
ウィルはそう言って『可愛らしい』ものを少しだけ揺らしてみせた。
シャンデリアのように天井から吊るすおもちゃらしい。
動物を模した可愛らしい飾りがたくさんぶら下がっている。中には青い鳥もいた。
ルークが視線で指示を出す。
南国の鳥のような男がおもちゃに付いているスイッチを押すと、それはクルクルと回転し、可愛らしい音楽を奏で始めた。
――赤ちゃんにぴったりなオルゴールの音だ。
もこもこはルークの腕の中で「クマちゃん」と一言呟き、深く頷いた。
『いい、じゃ、ねーか』と。
マスターの真似はまだ続くらしい。
もこもこしたお手々で、顎の下をもぞもぞしている。
そしてまた、愛らしい声が響いた。
「クマちゃん」
『七つ、だ、な』と。
天井でクルクル回るオルゴールのおもちゃ、七点お買い上げである。
◇
クライヴの冷たい美声が、猫にそっくりなお手々の持ち主へ告げる。
「白いのの手でも持ちやすいはずだ」
そのおもちゃは、ウサギさんの顔の下に棒が付いているだけの、可愛らしいが用途が不明な代物だった。
棒にはふかふかの布が巻かれている。たしかに、肉球にも優しいつくりである。
ルークが彼に視線を流す。
クライヴは謎のおもちゃの棒の部分を持ったまま、武器を投擲するかのように手首を動かした。
ガラガラ、リンリン、ピピピ――。
おもちゃは飛んでいかずに音を鳴らした。音楽の欠片がきらきらと、もこもこの可愛いお耳を楽しませる。
彼の持ってきた棒付きウサギの正体は、振るたびに音色が変わる可愛らしいアイテムだった。
もこもこは深く頷き、肉球で顎下をもぞもぞしながら告げた。
「クマちゃん」
『いい、じゃ、ねーか』と。
続けてクマちゃんは、光の速さで重い決断を下した。
「クマちゃん」
『七つ、だ、な』と。
振るとガラガラと音が鳴るウサギさんのおもちゃ、七点お買い上げである。
猫のようなお手々でヒゲではない毛をさわりながら、もこもこは声を発した。
「クマちゃん」
『決まり、だ、な』と。
今回の通販ショップクマちゃんは、これでおしまいらしい。
板の向こうの相手に選択権はないようだ。
店を選ぶのも、商品を選ぶのも、個数を決めるのも、販売相手に通信をするのも全部クマちゃんである。
通販ショップ店員クマちゃんは、素晴らしい商品であるこれらを欲しがらぬ者はいないと確信しているのだ。
魔道具からマスターの声が聞こえてくる。
「――そうか、決まったのか……。まさかとは思うが、その……七つのおもちゃのうちの一つは俺の分だったりするか?」
彼は困惑気味に、さきほどから非常に気になっていたそれを尋ねた。
『素晴らしい商品』の紹介を終えたもこもこは、ふんふんと興奮し、満足そうに頷いた。
「クマちゃん」
愛らしい声は『マスター、みんな』と言っているようだった。
マスターの分も、皆の分もあると。
ここに居る四人と一匹とゴリラちゃん、そしてマスターの分で、確かに七つである。
誰かが小さくかすれた声で「……俺……二つも……いらない……」と言っているが、気に留める者はいなかった。
「――素敵な商品だから、僕たちにも買ってくれたんだね。凄く嬉しいよ。ありがとうクマちゃん」
ウィルは幼いもこもこの優しさに心打たれ、丁寧に謝辞を述べた。
「ありがとな」
愛しいもこもこを腕に抱いたルークも、長い指でくすぐるようにクマちゃんを撫で、礼を言った。
クマちゃんは彼の指をもこもこしたお手々で掴まえると、興奮気味の甘噛みで、そのよろこびを表現した。
「――感謝する」とクライヴも礼を述べた。
彼は声も表情も、必要以上に冷たかった。つぶらな瞳のクマちゃんに怨嗟の念でも抱いているのか、と周囲の人間が誤解しそうなほどだ。
クライヴは一見するとそんな風に紛らわしい男だった。が、実のところ、幼いもこもこの優しさに感動するあまり、謎の動悸に苦しんでいただけであった。
◇
マスターは板の向こうから、もこもこに優しい声をかけた。
「――ありがとうな、白いの。お前は本当に、可愛くて優しい」と、感謝の言葉を。
それから彼は間を置かず、クマちゃんを抱えているであろうルークへ少々雑な指示を出した。
「――ルーク。持ちきれねぇだろうから、そっちにギルド職員を送る。荷物は置いて、飯でも食ってこい」
◇
「クマちゃん、クマちゃん」
幼い声は愛らしくマスターに答えた。
『マスター、ありがと、お仕事がんばる、クマちゃんまたね』と。
それはいつものように、通信を切る時の挨拶だった。
一仕事終えたクマちゃんのお手々が、ピカピカの板に伸びる。
そのままピンク色の肉球で、ポチ、とスイッチを押した。
リオはいつもよりもかすれた声で言った。「クマちゃん、ありがとー……」
間を置かず、かすれきった声が響く。
「……ぼく、ゴリラちゃん……おもちゃ、嬉しい……」
友を疑わず、しゃがれかけな彼らの関係性も疑わないクマちゃんは、うむ、と深く頷くと、みんなと同じように、ゴリラちゃんにお礼を伝えた。
「クマちゃん」
『ゴリラちゃん、ありがと』
商品の説明をしてくれて、ありがとうごさいます、と。
◇
クマちゃんは皆と一緒に素敵なお買い物ができて、ご機嫌だった。
ゴリラちゃんの説明は、分かりやすくてとても素敵だ。
クマちゃんでは上手に説明できなかったかもしれない。
今回は、マスターの気持ちになりながら選んだおかげで、彼にぴったりな物を買うことができた。
マスターのお部屋は静かで少し寂しいから、音楽が鳴ってクルクルするやつを天井に飾るといいだろう。
紙ばかり見ていてつまらなくなったら、片手で遊べるおもちゃもある。
可愛くて、むにむにしていて、押すだけで『ビュッ!』と舌が出る凄いおもちゃだ。
もしかしたら、楽しくて、うっかり遊び過ぎてしまうかもしれない。
ウサギさんのおもちゃも、あの棒の部分にペンを付けたら、紙に何か書くだけで音が鳴って、とても楽しいはずだ。
酒場に帰ったら、クマちゃんが付けてあげよう。
うむ、完璧である。
クマちゃんはそうやって完璧な計画を立てると、もこもこの可愛いお手々をス……とゴリラちゃんの方へ伸ばした。
それは、これから一緒にごはんを食べに行きますよ、という意味だった。
◇
リオは、クマちゃんのもこもこしたタイムスケジュールについて、まったく把握していなかった。
当然のことながら、ゴリラちゃんの飲食についても、深く考えていなかった。
そんな彼は、クマちゃんの可愛いお手々の方へゴリラちゃんの手を動かし、握手をさせると、実に呑気な口ぶりで言った。
「腹減ったー。クマちゃん何食べたい?」と。
――そういう考えなしの発言が、自らを窮地に追い込むのだ――……。
と金髪の男に助言をする者はいない。
魔法が得意な者達は、真剣に、視線で会話をしていた。
あのゴリラにどうやって飯を食わせるのか、と。