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第59話 クマちゃんの兵隊さん

 あまりの瞬発力にハッとなったクマちゃんは、心を静めるため、伝統的なポーズをとった。

 もふり……、と。



 ルークは興奮で体温が上昇しているクマちゃんを想い、占い師風ヴェールを外そうとした。

 が、まだ占い師の気分らしいもこもこがピンク色の肉球を顔の前に出し、意を示してきた。

 今は結構です、という意味だ。


「俺も外したほうがいいと思うが……」


 マスターも興奮中の獣クマちゃんを心配し、外したら楽になるぞと伝えるが、おしゃれにこだわる獣は、やはり可愛い肉球を見せてくる。

 

 皆が心配するなか、高ぶる占い師クマちゃんはルークの長い指をくわえ考えていた。

 仲間たちと洞窟を探す。

 ――とても冒険をしている感じがする。


 そこには罠があったりなかったり、宝箱があったりなかったりするのだろうか。


 もし罠があったら、クマちゃんが皆を守らなければ。

 洞窟の罠とはどういうものか。

 実は洞窟ではなくただの穴だった、というのも罠だろうか。

 大きな宝箱を開けたら中に小さなおじいさんと亀が入っていたら、それが罠だろうか。


 洞窟への期待が高まり、クマちゃんの興奮も高まる。


「マスター。その絵もう一回見たいんだけど」


 リオ達は隙間からしか空が見えないほどデカい樹々に囲まれていた。

 何か手掛かりが欲しい。

 カードに描かれたものから情報を得ようとリオは考えた。


「見てもわからんと思うぞ」気持ちはわかるが、とマスターは答えた。


 近付いてきたリオにカードを渡す。

 何度確認しても、洞窟の外側は描かれていなかったと伝える。


「リーダー。風で何か探ったり出来るのではない?」


 ウィルは無表情な男に視線を向けると、クマちゃんをあやす彼に無茶振りをした。

 ――ルークは長い指で、ヴェールをつんと引っ張り、また、クマちゃんに肉球でお断りされている。

 自分には無理なことでも、ルークなら簡単に出来そうだな、とウィルは考えていた。

 風で洞窟を探すことなど普通の人間にはできない。


 ルークがヴェールから指を離す。


「ああ」


 短い了承と共に、――ザッ――とあたりの葉が揺れる。


「――見つけた」


 一瞬の事だった。

 強い風はすぐに止んだ。


 魔法に興奮するクマちゃんを宥め、ルークが歩き出す。


 その時クライヴは、クマちゃんのヴェールに熱がこもらないよう、もこもこの頭部へ時々冷たい風を送ってやっていた。



「これ普通に探してたら絶対見つけられないやつじゃん」


 リオが不満げな声を上げる。


 ルークが見つけたそれは、〝洞窟〟と聞いてリオが思い浮かべた、崖や急斜面の側面に開いた穴とは全く違うものだった。 


 地面の隆起がないわけではない。

 が、そこにある洞窟の入り口は、ほとんど地下へ向け開いていた。


 横幅約三・五メートル、縦約二メートル程のいびつな――大地が大口を開いたような穴は、蔦や樹の根、背の高い植物が複雑に絡み合う天然の網で隠され、うっかり人が乗っても壊れそうになかった。


『近くに洞窟があるから探そう』とでも言われない限り、大人が飛び跳ねても壊れない頑丈な植物の網と、その下の穴には、一部の人間以外は気が付かないだろう。

 ――まずはこの洞窟らしき穴に入れるように、植物を退ける必要がある。



 ルークが見つけてくれた洞窟の入り口に、大興奮中のクマちゃんは考えた。

 この入り口をどうにかするのは、クマちゃんにも出来る気がする。

 ずっとくわえていても飽きが来ない、ルークの魅惑の指から口を離す。

 彼を見つめ、うむ、と頷く。



 クマちゃんの理解者ルークは、足場を作るため、問題の場所の手前の草を、魔法で刈り取り吹き飛ばした。

 そして可愛いもこもこの願い通り、ポフ、と比較的平らな場所にもこもこを降ろす。

 リュックから出した杖を、肉球つきの手に持たせ、視線でクライヴに要求する。


〝もこもこの頭を適温に保つ〟


 という重大な任務を遂行していたクライヴは、持ち歩いていた〈クマちゃんの魔石袋〉を開いた。

 杖を持つクマちゃんの横へ、それを置く。



 クマちゃんはうむ、と頷いた。


 もこもこの手を、クライヴが開いてくれた袋の中に入れる。

 洞窟の入り口を隠す自然の網に、三つ、魔石を置いていく。

 実に素晴らしい連携だった。

 クマちゃんのお世話をする二人のおかげで準備は無事に整った。

 

 ふんふん……。

 息の荒いクマちゃんが、いつものように小さな黒い湿った鼻に、キュッと力を入れて杖を振る。



 ミシ、ミシ、と植物は意思を持ったように動き始めた。


 草木がゆれ、蔦や根がきしむ。

 洞窟の入り口が、徐々に姿を現す。

 動く植物達はまるで入り口を飾るように、根はそこを補強するように這い、何かの蕾をつけた蔦が、スルスルと大地の大口を取り囲んでいく。


 閉ざされた洞窟が、不思議な力で強制的にほどかれる。

 最後の仕上げとでもいうように、蔦の蕾がフワリと開く。

 そうして、強固に護られていた入り口は、真っ白に光る花により、可愛らしく幻想的にふわふわと飾り付けられた。



「すげーけど、なんかすごい可愛くなったんだけど」


 リオの目の前で、不気味に大地に開いていたただの穴が、子供の絵本に出てきそうな、可愛らしい洞窟へと変化した。

 入り口を囲う白い花が、ポワ、ポワ、と光を浮かべている。

 なんというか、不必要なほど可愛らしい。

 ――いかつい冒険者達が入る洞窟にはとても見えない。


「とても愛らしい洞窟だね。先程の薄暗い穴よりずっといいのではない?」


 当然、美しいものが好きなウィルには好評だった。

 薄暗い洞窟よりも光る花で飾られた洞窟のほうが、はるかに美しい。


「ああ。いいんじゃねぇか」


 全く可愛い物が似合わない森の魔王のような男は、低く魅惑的な声で、可愛くなってしまった洞窟を褒めた。

 ルークがクライヴに〈クマちゃんの魔石袋〉を渡す。

 仕事を終えた植物使いクマちゃんを抱き上げ、ヴェールを、ス、と引こうとして――やはり肉球で断られた。

 いつもの生暖かいもこもこよりも体温が高いが、ヴェールはそのままでいいらしい。


「確かに可愛いが……さっきよりはずっといいだろ。ありがとうな」


 マスターは当然のように可愛らしい洞窟を褒めた。

 可愛いクマちゃんの作るものならすべて受け入れる。

 意外と可愛いものが好きな男は、妙に可愛い洞窟にも理解を示した。

 

「素晴らしい」


 ふたたび(クマちゃんのもこもこの頭を適温に保つ)任務に戻ったクライヴも、時々冷気を送りつつ、絵本に出てきそうなそれを称賛した。



 マスターが光の魔法――火以外であれば属性は何でも良い――を打ち上げ、他の場所を探索していた冒険者達へ合図を送る。

 散っていた冒険者が戻ってくると、さっそくルーク達はクマちゃんの作品〝可愛い洞窟〟の探索を開始した。



 傾斜のきつい入り口から、地下へ進むように中へと入る。


「なんか思ったより暗くない」とリオは言った。


 クマちゃんの光るお花の蔦が、真っ暗な洞窟の奥まで張り巡らされたおかげ、というだけではなかった。


 ぽわぽわ光を放つ花の他に、ところどころ天井から、木漏れ日のように光が漏れている。


 地面にはやわらかな苔が生え、上を歩くとふかふかとして、まるで絨毯のようだ。

 壁には苔や蔦、植物の根や葉、クマちゃんの白くて光る花。

 どこからか伝ってくる透明な水が、洞窟を濡らす。

 茶色の部分より、緑の方が多いかもしれなかった。


 植物のトンネル、薄暗い通路に天井から漏れる光、濃い緑と土の匂い、チョロチョロと聞こえる水の音。


「洞窟というよりも幻想的な緑のトンネルという感じだね。こういう場所は嫌いじゃないよ」


 大雑把なウィルはドロドロした洞窟でも必要なら苦もなく通れる。

 とはいえ、美しい洞窟があるなら当然そちらのほうが良かった。



 洞窟初体験のクマちゃんは、喜びで体温が更に上昇していた。


 ルークの腕の中、ふんふん、と彼の指をくわえて考えた。

 冒険といえば――探検隊である。

 クマちゃんはルークの目を見て、うむ、と頷いた。


 クマちゃんはいいものを持っていますよ、という意味だ。


 ふかふかの苔の絨毯の上に、もふ、と降ろしてもらう。

 クマちゃんの猫手が、ルークが開いてくれたリュックから、それを取り出す。


「なにそれ。どこでそんなもん手に入れたの」


 リオは、クマちゃんが地面に並べたそれらをじっと見た。


 もこもこの可愛いお手々が、苔の絨毯の上に並べた物体。

 それは木製の玩具の人形で、兵隊さんのような恰好をしていた。

 何故かクマっぽかった。


 つまり、クマの兵隊さんである。


 武器はもっていなかった。

 お揃いの赤い隊服。

 白いズボン、黒いブーツという配色で、小さい黒い帽子も黒だった。

 身長は十センチくらいだろうか。

 

 クマちゃんがそれを五つ程並べ、クライヴに魔石を五つ貰う。

 リュックから杖を取り出すと、小さな黒い鼻にキュッと力を入れ、先の丸い猫手でクマちゃ……! と杖を振った。


 その瞬間。

 まるで命を吹き込まれたように、クマの兵隊達が起き上がる。


 そして木製のクマ達は――そのまま洞窟の奥へと走り去っていった。



「……クマちゃん。兵隊さんどっか行っちゃったみたいだけどいいの?」

 

 リオにはクマちゃんが特に指示を出しているようには見えなかった。

 本当にあれで問題ないのだろうか。


 答えを聞こうと、リオがクマちゃんに視線を向ける。

 ――もこもこは苔の上で丸くなっている。

 丸い尻尾と丸い背中は、対話を拒否する猫のようだった。


 やはり、本当は兵隊さんごっこがしたかったのだろう。

 やつらが言うことを聞くのか怪しいところだが。


「そのうち戻ってくんだろ」


 こまけぇことを気にしない男ルークは、可愛らしいもこもこ玉を苔の上から掬い上げ、慰めるように撫でた。

 森の魔王ルーク様の基準では、配下の行方が不明でも、生きているなら問題ないらしい。


「……そうだな、どっかにはいるだろ」


 マスターも慰めるようにもこもこ玉へ声を掛けた。

 だが、このとんでもなく広い森で、身長が十センチの生き物と逸れた場合、偶然発見できる可能性など無いに等しい。

 迂闊なことは言えなかった。



 ルークに抱っこされ、慰められていたクマちゃんはハッとなった。

 こんなことをしている場合ではない。

 罠と宝箱を見つけなければ。


 クマちゃんがつぶらな瞳をキリッと吊り上げる。

 ふたたび飽きの来ないルークの魅惑の指をくわえ、猫手で、す――と洞窟の奥を示した。


「あ、もういいんだ」とリオはクマちゃんを見た。


「――じゃあ俺先頭歩くね」


 と言いつつ、クマちゃんの口元が、もふ……と膨らむ様を。

 やる気が戻ったらしいとリオは安堵した。


 

 クマの兵隊さんに逃げられたクマちゃんだったが、優しい仲間達との冒険は、問題なく進む。

 輝く金髪がまぶしいリオを先頭に、彼らはふたたび洞窟の奥を目指す――。

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