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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第519話 健気すぎる赤子に震撼する大人達。そして――

 クマちゃんはふんふん……と真剣に思い描いていた。

 湿った猫鼻(おはな)を鳴らしながら、広い場所がいいでちゅね……と。



 そのとき、リオは自分の左腕(さわん)を直角に曲げ、クマちゃんをお座りさせていた。

 背もたれはリオの胸筋あたりだ。

 腕をやや浮かせる形で固定することで、座席部分に〝絶妙で快適なくぼみ〟をつくりあげていた。

 そのくぼみにクマちゃんが寝そべると、おさまりの良い〝ソファベッド〟として機能するわけだが――今回は通常通り、リオの左腕は椅子だった。


 リオは、腕に座るクマちゃんの前に本を差し出した。

 目的の〈シークレットハウチュ〉が載る、〈お菓子の国・商品カタログ〉を。

 道具入れから取り出したそれを、閉じたままクマちゃんに見せる。

 すると、不思議な本はパラララ――と勝手に開いた。


 パラ……


 と静止したのは当然のように〈シークレットハウチュ〉が載るページだった。

 そこまでは予想通りだった。

 あとは、右のお手々を上げて待機していたクマちゃんが、きらめく〈肉球(こうにゅう)ボタン〉を押してお買い物を完了させるだけ。

 それだけ――のはずだった。

 

 だがクマちゃんの猫手は、リオの予想とは異なる動きをした。


 商品購入のための〈肉球ボタン〉へわずかに近づき、何かに驚いたようにシュッ! と離れた。


『え』と疑問に思う間もなく、チョチョッ! と猫手が動く。


 開いた本を猫手がつつき――そうになるが、つつかない。

 寄る離れるをしきりに繰り返す。


『なに、どういうこと?』


 マスターに尋ねようとそちらを見るが、なんと、そちらにも予想外な光景は広がっていた。


 マスターは、『この短時間でどんな重大な知らせを聞いたのか』というほど沈痛な面持ちをしていた。

 その内心にどれほどの苦しみを抱えているのか。

 何故、どういう繋がりで、クマちゃんを眺めているのか。

 計り知れず、迂闊に聞くこともできなかった。


『なにごと……?』と増えた疑問を無理やり飲み込み、その隣を見やる。


 そこでは、〝美貌の人外翼持ち目隠し付き執事さん〟が、嗚咽を(こら)えるように口を押さえ、「う、ううっ」と苦しんでいた。


「えぇ……」と思わず口から否肯定的感情が漏れる。


 しかしリオが問う前に、答えはもたらされた。

 親切な執事さんがどこからか取り出した大きな鏡を、バッ――と広げて見せてくれたのだ。


 そこにはなんと、かたくお目目をつぶり見えざる敵と戦う子猫――のごときクマちゃんが映っていた。


『!!』


 心臓が口から出た。いや、心臓が出るかと思うほど飛び跳ねた。

 リオは、そこに映る我が子を鏡越しに凝視した。


 クマちゃんは奮闘していた。


 片方の猫手を胸元でキュム、と丸め、もう片方の猫手を高く持ち上げている。

 上げた手で懸命に、 


 チョッ、チョチョッ、チョッ――! 


 と、本を叩こうとしていた。

 いや、おそらくボタンを押そうとしているのだ。

 冷静に考えればそうだと分かる。

 だがしかし、ふわふわな猫手は本をかすりもせず、だというのに熱い物にでもふれたかのように、本から逃げていた。


 チョッ……


 チョチョッ!


 万が一当たれば『テチッ! テチッ!』と音が聞こえたかもしれない。

 だが一向に、わた棒のごとき猫手は本と接触しなかった。


 そのさまは、まるで生まれて初めてアリを発見し、未知なる生命体に怯え、完全に視界を閉ざして戦う、〝最弱の子猫〟のようだった。


 リオは心臓にただ事ではないダメージを受けた。


 この胸の内から湧き出る感情は、いったい何なのか。


『可愛い』の一言には到底おさまりきらない。『可愛すぎる』を煮詰めた先には何があるのか。

 答えの出ない狂おしさを抱え、鏡を見つめ続ける。


 クマちゃんの丸い猫手が、下が……らない!


 さらに逃げている!


 なんという怯えっぷり!


 危うく何か口から出してはいけない想いを吐き出すところだった。

 最弱戦士の代わりにボタンを押してやりたい。

 だがそれより強く、激情を持って叫びたい。


 ――一生このまま見つめていたい。


 リオは我が子の頭をかじりたくなるほどの愛おしさに、胸を焦がした。

 もどかしさと愛情を激闘させながら、〝おそらく購入ボタンを永遠に押せないクマちゃん〟を切なく見守った。


 鬱陶しいと評判のギルド職員が、五人の作業員(アルバイター)を連れて駆けてきても。

 彼らが作業をせず、クマちゃんの愛すべき戦闘シーンに膝をつき落涙しても、冷めた面持ちで、じっと。


 胸の内で『ああぁぁクマちゃんめっちゃボタン怖がってるぅぅわぁあ』と絶叫しながら――。



 貴重な時間を〝愛〟につぎ込んだリオとマスターだったが、悔いはなかった。

 それだけ、『高額商品購入ボタンと一定の距離を保ちつつ、決死の覚悟で戦うクマちゃん』は愛らしく、王都の有名な舞台よりも見ごたえがあった。


 とはいえ、いつまでも欲しい(アイテム)を買えないままなのは可哀相だ。

 しかし頑張る我が子の邪魔はしたくない。

 リオは葛藤の末――(カタログ)をじわじわと〝良い位置〟へずらした。

 ふわふわな猫手が上下する場所に、肉球マークの購入ボタンがくるように。


 チョチョッ


 とクマちゃんの猫手が下がる。

 肉球がついに、肉球マークにふれる。


 プニッ


 その瞬間


『クマちゃーん』


 お買い上げちゃーん


 と本から音声が鳴り響く。

 七色に輝く幻影が、本の中からポン! と飛び出す。


 半透明なそれは、やはりふよふよと浮かんだままだった。

 本の上ではクマちゃんにそっくりな幻影(クマ)ちゃんが懸命に猫かきを披露し、建築完了を待っていた。


「えーと、じゃああっちの大通りに建てよっか」


 リオは未だ虚空をチョイチョイしているクマちゃんに告げた。


 何の建物か知らないが、畑の近くはよくない。

 ここは危険だ。

『十倍ちゃん』にされてしまう。


 何でも疑うリオの懸念は誰にも気づかれず、マスターの返答には多分に無頓着が含まれていた。


「あ~……いいんじゃねぇか?」


 やる気のなさが全面に伝わってくる回答だった。

『あ~』は何の『あ~』なのか。その間に何が決まったのか。

 気にはなるが、今はやることがある。

 疑心の化身は冒険者らしい身のこなしでスタスタと移動した。


〝収穫者からイチゴを収穫し、平等と搾取を教えるギャンブルイチゴ畑〟からいち早く離れるために。



「クマちゃんここでいい?」


 リオは我が子に尋ねた。


 クマちゃんは「クマちゃ……」と丸耳(おみみ)を伏せた。

 見おろす頭はさらに丸くなった。

 新米ママ(リオ)は悟った。


「そっか~駄目なんだ~」


 何かが駄目らしい。

 円卓の近くであるし、キラキラと輝くラムネタイルがウロコ状に敷かれたメインストリート沿いでもある。

 右手には宝石のように煌めく巨大にして豪華極まる海底風ラウンジ、背後には竜宮城へと続く温泉の道があり、ふわりと湯気を上げている。

 建物のない地面には青や白の砂糖が砂地のように広がり、貝殻を模した宝石(キャンディ)ランプがあちこちに飾られている。


 実に美しい風景だった。


 リオとクマちゃんが中心となって細部までこだわり抜いた、海底の街に相応しい装飾(デザイン)である。


 クマちゃんは遠慮がちに「クマちゃ……」と言った。


 広い場所がいいと思いまちゅ……。


 リオは答えた。


「なるほどぉ」


 リオとマスター、忙しいはずの執事さん、仕事へ戻らぬギルド職員、作業を始めぬ作業員(アルバイター)、全員でぞろぞろとラムネ通りを移動する。


「このくらい?」


 円形ラウンジから十メートルほど離れ、リオは尋ねた。


「クマちゃ……」


 クマちゃんは丸耳(おみみ)を伏せた。


「まだ駄目なんだぁ」


『どうしてだろうねぇ……』と疑心の化身が扉の隙間から囁いている。

 が、リオは耐えた。

 申し訳なさそうな子猫を責められる人間など、この世にいない。


 とにかく広いほうがいいらしいと己を納得させ、さらに移動する。


 数歩進んだところで、「クマちゃ……」と猫手が道から逸れる。


 なるほどそういうことかと頷き、大人達は砂糖砂浜(ビーチ)へ降り、目的地を定めた。



 甘いクッキーが実る樹々は小さき妖精達に倒され、大きなアヒルボートにピヨピヨ……と運ばれていった。


 クマちゃんがピヨピヨ……とアヒル型の笛を鳴らし、愛らしい整地作業をしたせいで、新人アルバイター達が『ぐあぁあ!』『もう駄目だぁあ!』ともだえるなどの事件はあったが、とにかく広い空間(スペース)は確保できた。


 疑心の化身が遠く離れた心の僻地で『ええ……』と疑念を吐き出している。

 が、リオは気づかぬふりをした。


 自己を裏切り、我が子に尋ねた。

 メインストリートからも、海底風ラウンジからも離れた場所で、


「クマちゃんここでいい?」


 クマちゃんは丸い頭を『うむ……』と前に倒した。


 素晴らちいでちゅね……。


 そうしてようやく、ふよふよと宙で輝く幻影が、かの地へ降ろされる。

 無力な小作人としてイチゴを集め、すべてを奪われ、幾度も繰り返し――ようやく揃った〝二千二百二十二個のイチゴ〟。

 リオの空虚と疑心と愛の結晶が、実を結ぶ時がきたのだ。


 新たなる施設が菓子の国に、


 ポン! 


 と置かれた、その瞬間のことだった。


『クマちゃーん!』


 子猫的で高い音声が響いた。

 ほぼ同時に、あちこちから妖精達が集まってきた。

 クマちゃんにそっくりな姿で、イチゴの帽子を被った妖精達が『クマちゃ……!』と急ぎ足で。


 リオはいつものように『お祝い的なアレだよね』と判断した。

 あれ? 花火は?

 まぁまだ明るいし……いやでもいつもなら……と若干疑いながら。


 しかしそんな予想を裏切るように、動いた者がいた。

 麗しき人外執事さんだ。


 なんと奴は、リオの左腕から愛しきもこもこを「ちょっと失礼しますね~」と奪ったのだ。

 人間達が人ならざる者の行動を阻止できないと知っての所業か。

 疑心の化身が心の奥で『執事の翼をむしってはどうか』と罪深い提案をした、その直後。


 愛らしく着飾ったクマちゃんが、七色の建物の前でお辞儀をした。


 棒付きイチゴをマイクのように握り込み、派手過ぎる輝きを背負いながら「クマちゃ……」と。

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