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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第518話 紙一重の好機 愛を育てる小作人

 クマちゃんは仲良しのリオちゃんと共に、イチゴを収穫していた。

「クマちゃ……!」と。



 リオは我が子の後頭部(あたま)を見つめ、深慮した。

 丸いフォルムともこもこ耳の接合部、その絶妙な愛くるしさを、『まるもこ……』と胸に刻み込みながら――過度な甘やかしは我が子のためにならぬと。


 たとえ大人二人がイチゴ二千二百二十二個を十分以内に収穫する力量があるとしても、『じゃあ買っちゃおっか』と即時頷くのはいかがなものなのか。

『お買い物は計画的に』と教えてあげるのが正しい大人の在り方なのでは。


『クマちゃん、イチゴは一日十個までだよ』と告げるべきか――。


 リオが結論を出そうとした、その時だった。


 きゅお……


 切なげな鳴き声が響き、ふわふわな小さな猫手が、カリ……と光らぬ〈肉球(こうにゅう)ボタン〉を引っかいた。


 リオは心に大ダメージを受けた。


 声に出すならば『ぎゃー!』、数値で表すと二千二百二十二ダメージといったところだ。


 クマちゃんの非力な子猫手(おてて)が、ぺち……ぺち……と〈肉球ボタン〉を叩いている。

 丸いお耳がもふ……と倒れ、頭の丸さが増している。

 心なしか、肩が下がっているように見えた。


 つまりこれは――


 子猫のなで肩パンチ!


 リオは深刻かつ絶大なダメージを受けた。


 金剛石心(ダイヤモンド・ハート)はブレイク寸前だった。


 リオは自分が本格的に駄目になる前に、心に強靭な魔物(モンスター)を宿し、我が子に告げた。

 きっぱりと――


「一個ならいいけど」


 敗北者は語った。


 遠くの山々を()めつけ――


「次はないから」


 見学者(マスター)は言った。


 心の距離を示すように――


「あ~、まぁ……」


 お前がいいなら良いが……。



 新米ママ(リオ)は二千を超えるイチゴ集めを始める前に、我が子に言い聞かせることにした。

『本当に今回だけだからね』と。

 ゆえに、左腕の定位置におさめていたクマちゃんを、もふ……と目の前に抱え上げた。


 クマちゃんは、お目目をつぶって『にゃー』と鳴く子猫の顔をしていた。


 目撃者は、目を剥き声を低めて激白した。


「めっちゃ笑顔じゃん――!」


 マスターは「あ~」と応答し、


「まぁ確かに……見えなくも……ない、か?」


 と儀礼的相槌を打った。

 だが愛の制御装置が半壊中のリオには届かなかった。


「ほら、めちゃくちゃ嬉しそうじゃん!」


「あ~、まぁ……」


 お前がそう思うなら、そういう見方も……。



〝クマちゃんの『にゃー』(フェイス)は全開の笑顔である〟というリオの主張は、『各自心の目で見定めよ』という事なかれ主義の頂点のようなマスターの言葉により、曖昧に虚空へ浮かべられた。


 ギルドの管理者たるマスターは、クソガキどもの言い分を一々肯定していられないのだ。

 適当(テキトー)に頷いていいことはない。

『マスターも〝めっちゃそう思う〟って言ってたし』などと賛同者代表に祭り上げられかねないからだ。


 そうして〝信ずれば笑顔〟なクマちゃんを抱えたリオは、巧みな手さばきでイチゴの収穫を始めた。

 実にプロフェッショナルで無駄のない動作だった。


 その間、クマちゃんは両の猫手を動かしていた。

 懸命に「クマちゃ……!」と呟き、クマちゃん頑張って……と、猫手がイチゴを収穫魔道具のごとき素早さで採るさまを思い浮かべながら――。


 収穫者リオは、そんな我が子の〝エアイチゴ大収穫〟には気づかなかった。

 ただ無心で、一粒一粒艶めくイチゴを摘んでいた。


 そのまま続ければ二千個など容易いと、二十二個目のイチゴを採った、その時だった。


『クマちゃーん!』


 と拡声器を通したような声が響いた。

 お知らせの内容は――


『イチゴちゃん十倍ちゃんチャンスちゃーん!』


 というものだった。


 冷静なる収穫者は言った。


「ロクなことにならないやつ」


 しかし『ロクなことにならぬ』というリオの見立ては、『十倍ちゃんチャンスちゃん』を阻止する手立てにはならなかった。

 ロクなことになってもならなくても、不明瞭なイベントは始まり、参加者はイチゴを採っていた者と決まっているのだ。


 イチゴを採っていた者――すなわち収穫者リオである。


 シャツをまくっていたマスターは、まだイチゴにふれていなかったため免除された。


 最高に曖昧な好機を得てしまったリオが「えぇ……」と体温より低い呟きを漏らしていると、陽気な肉声が近づいていた。


「ハイハイ。ゲームをクリアすればイチゴが十倍になりますよ~。もっと喜んでくださいね~」


 そう言ってスタスタと歩いてきたのは、スタイル抜群、黒い目隠し白き翼、艶めく黒髪が美しい人外執事さんである。


 リオの口調を真似るのは止めたようだが、見た目は相変わらずそっくりだった。

 藤で編まれたカゴからは、木製の持ち手らしきものが覗いていた。


 リオは片手で掴めそうな木の棒を見ながら言った。


「なんで包丁持ってんの?」


 なんてイチゴを切り刻みそうな見てくれだろうか。

 十倍にするより十分割にしそうな物品ではないか。


「まぁまぁ、細かいことは気にせず、じゃあ簡単に説明しますね~」


 と執事さんは非常にゆる~く語り始めた。


「では、こちらの旗を持った妖精ちゃんを、この旗から――二十二・二二センチメートルの位置にピッタリ置いてください! ハイどうぞ!」


 リオは空いた手に『どうぞ!』と妖精を渡された。

 否、〝突っ込まれた〟に近かった。


 クマちゃんにそっくりな妖精ちゃんを、もふ……と。

 リオは曲がった旗の絵が描かれた敷物を眺め、それから手元の妖精を眺めた。


 小さな猫手に握った旗には、肉球マークと共に『ココ!』という文字が刻まれていた。


 妖精ちゃんの身体には白いタスキが掛けられ、イチゴらしき絵と共に、こう書かれていた。


『イチゴ特使』


 緊張しているのか、イチゴ特使の猫手はぶるぶると震えていた。


「…………」


 リオは『えぇ……』と言いたいところを何とか堪えた。

 早く解放してやらないと可哀相だからだ。


 リオは無言で(ひざまず)き、畑横の〝特使就任地(しきもの)〟へ手の中の特使を配置した。


 目視でおおよその――二十二・二二センチメートルと(おぼ)しき場所にあたりをつけて、もふ……と。


 その瞬間、


 ガシャーンッ!


 バリバリッ!


 ドンッ!


『クマちゃーん――!』


 劇的な効果音と悲痛な音声が響いた。


 劇的に丁寧な音声案内は、大体このような内容だった。


『この度のチャレンジでは――〝あんよちゃん一個分ずれる〟という残念な結果ちゃんに終わりました』


 厳粛な子猫のような案内は、


『恐縮ちゃんではございますが、チャレンジャーのイチゴちゃんは――』と続き、


『弊社ちゃんがすべて処分ちゃんいたしまちゅ』と、お役所猫的に幕を下ろした。


 チャレンジャー・リオはバッ! と立ち上がった。


 熱き思いとイチゴ特使を勢いよく突き出した。


〝『ココ!』()〟と共に震える妖精ちゃんを掲げ――


「こんなの無理に決まってんじゃん!」と。


 傍観者であるマスターは、やや離れた場所で言った。


「あ~、まぁ……言い分はわかるが……」


 そういうのは最初に言ったほうがいいんじゃねぇか……。



 リオは〝もぎたてイチゴ二十二個〟すべてと、ついでのように〈Myお菓子カード〉に入っているイチゴまで奪われたが、文句は言えなかった。

 いや、言おうとはした。

 だが言えなくなるような『処分ちゃん』のせいで口を封じられたのだ。


 その処分方法とは――


 シュシュシュシュ!


 美しき人外の執事さんが小さく切り刻んだイチゴを、子猫のように愛らしい妖精達の『おやちゅ』にするという、見た目からして究極的に愛らしく、口の挟みようがないものだった。


 ヨチヨチ……ヨチヨチ……! と森のあちこちからやってきた妖精ちゃん達が、小さな猫手でイチゴの欠片を受け取っている。

 配布された『おやちゅ』を、小さな猫口でもちゃもちゃ……と食べている。


 卑怯としかいいようがなかった。


 リオは妖精達の『おやちゅ』となったイチゴに〈濃厚練り牛乳(ミルク)〉をかけているマスターを、穴が空くほど凝視した。


 が、謝罪はなかった。


「…………」


 失った者は再出発の前に儀式をした。

 心を落ち着けるための、母子の儀式を。


 リオはマスターから『おやちゅ』を受け取った。

 そうして、愛しき我が子の口へ――


 チャチャッ


 クマちゃんは満足そうに舌を鳴らした。

 べたつく『おやちゅ』を食べた子猫の顔で、猫口をにゃし……と回していた。


「クマちゃんおいしい?」


「クマちゃ」


「そっかぁ……良かったねぇ……」


『いやそもそも……』という心には、そっと蓋をした。

 もこもこ育てに雑念は不要。

 無心で作業をこなすのだ――。



 収穫者リオはふたたび手を動かしていた。

 そうして何でも入る〈クマちゃんカードケース〉へ、二十二個目のイチゴを――


 刹那、


『クマちゃーん!』と不吉な音声が鳴り響いた。


 なんと、その驚くべき内容は、


『イチゴちゃん十倍ちゃんチャンスちゃーん!』という劇的に聞き覚えがある内容だった。


 当選詐欺のような〝イチゴちゃん十倍ちゃんチャンスちゃん〟に襲われた収穫者は、正直に言った。


「もう俺のことはほっといてくれていいから……」



 収穫者リオは幾度かの当選詐欺に遭ったが、なんとか二度、〝十倍ちゃんチャンスちゃん〟を掴むことができた。


 問題は非常に難題だった。


〝クマちゃんの肉球と肉球の隙間を二・二二センチメートルあけよ〟


〝直径二・二二センチメートルのイチゴを持っている妖精を、重さ二十二・二二グラムの皿に乗せよ〟


 といった、判定者をも疑う人間にとっては心が摩耗する出題だった。


 だが疑心の化身は試練を乗り越えた。

 活きの悪い魚のような目つきで、二千二百個のイチゴを手に入れたのである。


 三度目の〝十倍ちゃんチャンスちゃん〟は頑なに拒否した。

 二十一個のイチゴを、マスターから受け取った。


 そして最後の一個は、クマちゃんの小さな猫手がぷちっと摘んだ。


 博打から不幸福を学んだ新米ママは言った。

 いかにもな猫撫で声で、


「わぁ~……クマちゃんすごいねぇ……」と。


 横で聞いていたマスターは『覇気の薄い詐欺師みてぇだな』と思ったが、余計なことは言わずにおいた。



 十倍詐欺に遭った小作人は、被害者の心理を語った。


「じゃあ……ボタン押しちゃおっか~」


 イチゴ盗られる前に~……


 クマちゃんはキリリと黒目を吊り上げ、肉球を掲げた。


「クマちゃ……!」

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