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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第516話 人知を超えた文化指導 綿雲のごとき対話

 クマちゃんはもこもこ頭を懸命に働かせた。

「クマちゃ……!」と天啓を得た。



 さわさわ さらさら


 木漏れ日落ちる午後、豊かな緑がささやきあっていた。



 それはあまりにも鋭い指摘だった。

 険しすぎる山のごとく尖ったリオの問いに、クマちゃんはハッと猫口を開いた。


「クマちゃ……」と悲しげに黒丸(おめめ)を潤ませ、猫手()を動かす。


 ぽち


「クマちゃん今クソスイッチ押さなかった?」とリオが猫手に疑惑を向けるが、一歩遅かった。


 掲示板の映像が切り替わる。

 映されたのは薄暗い空間。岩肌ばかりの映像を、鮮やかな黄が横切る。


 ピヨピヨ


 リオの視線が悪魔(アヒル)を捉え、「移動早すぎじゃね?」と疑惑を広げる。


 一瞬前まで王都の王城にいた悪魔が、何故あんな場所に。


 闇色の球体(しょうこ)は映らなかったが、高位で高貴なお兄さんの仕業に違いない。

 人知を超えし甘やかしは我が子のためにならぬのでは?

 まさか本当に〝山頂のアパートメント〟とやらに侯爵(オッサン)を捨てるつもりか。

 家というより岩ではないか。


 リオの胸中を不信と非文明的(アナ)ートメントが埋め尽くした、そのときだった。


 ドサッ ゴン 


 うっ


 微妙に痛そうな音と、低い声がした。


「今誰か『うっ』って言わなかった?」


 リオは聞くまでもないことを尋ねた。

 が、周囲からの答えはない。

 商人達の卓席(テーブル)からは寝息しか聞こえなかった。

 羨ましいことに、犯罪的場面を見る前に寝落ちたようだ。


 そこからの映像は、口を挟む間もなく進んでいった。


『う……うう』


 侯爵が身を起こすと、パラパラと黄色が落ちた。

 先ほどまで彼の動きを封じていたイエローカードは、すでに効力を失っているようだった。


 服装にも変化があった。

 悲劇的に破れた(くだん)のズボンは、真っ白な糸でジグザグに繕われていた。

 貴族らしい天鵞絨(ビロード)の上衣は脱がされ、薄手のシャツ一枚になっていた。

 いったい誰が着せたのか、(シルク)の光沢をまとう白には、幼子が描いたような黒字で、こう書かれていた。


 Rock(いわ)


 侯爵は高貴なる岩Tシャツに気づかぬまま、あたりを見渡した。


『なんだ、ここは……洞窟か?』


 独り言をつぶやき、大声を上げる。


『おい! 明かりをもってこい!』


 ブッブー!


 と幼児用おもちゃのような音が鳴る。

 映像が、不愉快げな侯爵のアップと、やや離れた地面に置かれた何かを捉える。


 身体能力の優れた冒険者達は、即座に見抜いた。

 そこには〝火と水の魔法を用いた温度計〟にそっくりなものが置かれていた。


 中央のメモリがグイーンと上昇する。

 上部で揺れる炎が弱まり、赤い水が(かさ)を増やす。


 そこには小さな文字で、こう書かれていた。


 キチ――(ピー)メーター。


 リオは率直に言った。


「ひどすぎる」


 しかし、感情的な感想は無力だった。

 映像は止まらず、無情にも時は流れる。


『誰かいないのか! ……ん? 何だ、この紙は』


 岩を怒鳴る侯爵が、小さなメモを発見する。

 映像に、御品書きのようなメモが映る。


 山頂ステーキ or 山頂キノコ


『ふん、キノコなど食う者の気がしれんな。このような場所で供されるステーキがまともとも思えんが』


 ブッブー!


 おもちゃのような音が鳴る。

 映像には、他者とキノコを見くだす侯爵の顔と、計測用魔道具が映っている。

 侯爵の言葉に反応し、キチ――(ピー)メーターがグイーンと上昇する。


『おい! 広間はどこだ! 案内しろ!』


 傲慢なる侯爵の怒声が響く。

 イライラはどんどん募っているようだった。

 いくつかの暴言は――(ピー)! と消されていた。


『いつまで待たせるつもり――(ピー)!』


 と暴言ではない言葉も消された瞬間、返事の代わりに黒いものが落ちてきた。


 カーン!


 硬質な音が岩場に反響する。

 肩を揺らした侯爵が、バッと背後を振り返る。


 そこには、フライパンとメモが落ちていた。

 メモにはつたない文字で、こう書かれていた。


 ステーキちゃん用


 ブチッ


 と侯爵の怒りが頂点へ達する。


 高貴なる上位貴族が、些事(さじ)に荒ぶる蛮族(ばんぞく)に変化する。


 目を付けられたのは、罪なきフライパンだった。

 無機物も許さぬ野蛮人は、黒き取っ手をガッと鷲掴んだ。

 横線が引かれるように波状に隆起する〈ステーキちゃん用フライパン〉が、高く振り上げられる。


 山頂の未開人は、石器時代の御霊(みたま)を呼び覚ますかのごとく、重いフライパンをブンッ――と岩壁に叩きつけた。


 だが音は鳴らなかった。

 激しい打音(だおん)の代わりに聞こえたのは、岩のように低い音声だった。


 やめなさーい


 ワワワワーン――と正しすぎる忠告が重く響いた。


 侯爵は怒りで咆哮(ほうこう)した。


 まさに『ブチギレた野人』といっていい有様だった。


 そうして、マックスまで上昇したキチ――(ピー)メーターを映し、ザ・ロックな侯爵の映像は閉じられた。


 悠々と流れる雲海に、映像の趣旨らしき文言が重なる。


『~良い子の再教育キャンプ~』


 文化指導員クマちゃんは、子猫がミィと鳴くように、「クマちゃ……」と説明した。

 曇りなき(まなこ)で、


 二週間くらいで良い子ちゃんになる予定でちゅ……と。


 新米ママ(リオ)は心清き赤ちゃんを優しく諭した。


「いいからほっといてあげよ」


 しかし指導員は文化的毛繕いを始めたため、正論は〈時間外無人窓口〉へと回され、永久に保留となった。



 お菓子の国の住人には、野生に還った侯爵を観察するより先に、すべきことがあった。

 森を正常に導くための重大な任務――午後のお仕事である。


 ゆえに、リオの提示した「あの侯爵(オッサン)どーすんの」といった個々の問題は、後に回された。


 野良侯爵の二週間分の食料については、早々に解決した。

 精鋭の一人が映像を解析し、滔々(とうとう)と語ったためだ。


『洞窟内に生えていたキノコを火魔法で炒めれば、非常に美味である。体は胞子のように軽くなり、天にも昇る気分になるだろう』


 何でも疑う男は「それ毒キノコじゃね?」と幻覚症状を指摘した。


「つーかキノコとかどうでもいいし。普通に城の牢屋入れればいいんじゃねーの」と一般的意見を述べた。


 侯爵の歪んだ思想など赤子の手に負えるものではない。

『やめなさーい』程度で人の性根は正されない。

 つまり、クマちゃん先生のもこもこ再教育は――不要。


 しかし生後三か月の文化指導員が、洞窟内に隠されたステーキ肉の存在を「クマちゃ……」と明かし、拍手に沸き、問題は雲海入りとなった。


 指導員は猫手を胸にもふ……と当てた。

 つぶらな瞳を潤ませ宣言した。


「クマちゃ……」


 ご安心(あんちん)ちて、クマちゃんにお任せくだちゃい……。


 疑心の化身は「まったくご安心(あんちん)できないんだけど」と疑いの眼差しを向けた。

 が、幻の機関長長官たるルーク様にスッ――と見返され、口を噤んだ。


「こわ……」



 精鋭達は重い足取りでお菓子の国から出ていった。

 ギルドの管理者であるマスターから「早くしろ」と睨まれたためだ。


 キュオー……


 クマちゃーん


 悲しげな鳴き声が、リオ達の胸を打った。

 大好きな(ルーク)と離れたくないと、幼きもこもこが鳴いているのだ。


「クマちゃんこっちおいで、リーダーお仕事だから。どーせすぐ帰ってくるし」


 新米ママ(リオ)はそう言って、綿毛(もこもこ)を優しく引きはがした。

 両手でもふっ……と、ルークの胸元に顔を伏せていた我が子を。


 キュオー


 悲しみの子猫声(こえ)が響く。


 美貌の魔王のごときルークの表情も、心なしか曇って見えた。

 ルークは小さな肉球に指を添え、愛しのクマちゃんをじっと見つめた。


 クマちゃんはハッと顔を上げ、「クマちゃ……」と言った。


 クマちゃも……


「ああ」と麗声(れいせい)が応える。


 連れてくか。


「いや無理だから」


 新米ママ(リオ)は厳正なる判断を下した。

 彼らの午前の様子から、雲行きが怪しいことはわかっているのだ。

 ひと暴れするつもりなら余計に、クマちゃんを連れて行かせるわけにはいかない。


 そうして、リオは素早くことを進めた。


 寂しげな笑みを浮かべるウィルの手に、クマちゃんの肉球をのせ、『またね』の握手をさせた。


 死地へ赴く死神のごとく暗いクライヴの革手袋に、クマちゃんの肉球をのせ、別れの挨拶をさせた。


 ルーク様のご尊顔に、クマちゃんの猫鼻(おはな)をピチョ……と押し付け、再会の誓いとした。


 酒場へ戻ろうとするマスターの手には、クマちゃんのお手々を介して万年筆を渡し、離脱を阻止した。


 仲間達と別れ、悲しみに暮れる子猫のように猫手()の先を吸うクマちゃんに、リオは尋ねた。


「クマちゃん何して遊ぶ?」



 クマちゃんはハッとした。

 なぜなら仲良しのリオちゃんが、クマちゃんに相談を――人生相談を持ち掛けたからだ。


 人生アドバイザークマちゃんは深慮した。

 これは難問であると。


 クマちゃんは目を吊り上げ、お鼻をキュッと鳴らした。

 気合を入れて問診することにした。


「クマちゃ……」


 座右の銘を教えてくだちゃい……。


「なんで?」


 初手で(くじ)いた一人と一匹だったが、諦めずに対話を重ねていた。


「クマちゃ……」


 冒険ちゃんはお好きでちゅか……?


「まぁ、好きなんじゃね? あんま考えたことねーけど」


「クマちゃ……」


 仲間ちゃんと別れて寂しいでちゅか……?


「ぜんぜん」


「クマちゃ……」


 クマちゃんには分かりまちゅ……。


「いや、分かってないと思うけど」


「クマちゃ……」


 今すぐ追いかけたいでちゅか……?

『はい』か『うん』か『イエチュ』でお答えくだちゃい……。


「クマちゃん誘導尋問って知ってる?」


 クマちゃんは丸い頭を『うむ……』と上下させた。


「なんか伝わってる感じしないんだけど」という言葉にも、『うむ……』と頷いた。


 そうしてクマちゃんは、菓子の海底にて迷える青年リオに、灯台のごとき答えを差し出した。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 では、酒場(ツー)を作りましょう……。


「いや酒場に(ツー)(スリー)もないから」


「クマちゃ……」


 酒場(フォー)も作りましょう……。


 書類にサインをしながら聞いていたマスターも、「おい、妙なことはするなよ」と注意を飛ばした。

「そんなに増やして誰が運営するんだ」と酒場Ⅱ~Ⅳを棄却したが、効果は猫の毛一本ほどもなさそうだった。


「クマちゃ……」


 では、酒場Ⅱは大通りちゃんに作りましょう……。


「いいって、いらないって」


 頑なに拒否するリオのもとに、癖の強い助っ人が現れた。


 光の魔法がカッ! と瞬き、視界が白に染まる。


 物理的に輝くギルド職員は、高らかに叫んだ。


「お困りのようですね!」


 正直者(リオ)はこたえた。


「余計困るからどっか行って欲しいんだけど」

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