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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第508話 轟くホイッチュル――激震のジャッジメント。

 主審クマちゃんは、黄色く輝く(ホイッチュル)を片手に宣言した。

 ちから強く「クマちゃ――!」と。



 ピピィー――!


 律涼(りつりょう)とした笛の()に人々は息をのんだ。

 まるで空を裂く閃光のようだった。


 人々は鋭澄(えいちょう)な音の出どころへ、ぱっと目を向けた。

 ごく自然な動作で、導かれるかのように。

 

 そこには漆黒の帽子を身につけた、白き綿毛の乳幼児がいた。


 美麗な魔王に(いだ)かれし聖戦の裁定者――主審クマちゃんである。


 彼らは一目でそれを理解した。理解せざるを得なかった。漆黒の幼児用エプロンに白字で書かれていたのだ。


〝しゅしん〟と。


 その言葉が、明暗を分かつ純白(ひもう)漆黒(いしょう)が、全身で伝えていた。


〝白黒つけまちゅ――!〟


 猫手の中では黄色い笛が、(おの)が役目を叫んでいた。

 レモンイエローに刻まれし黒き肉球と告示――


宣誓(せんせい)〟と〝judge(ジャッジ)


 少年心をプニッとされた精鋭は、思わず声を上げた。


「カッコいい……」

「欲しい……」


 リオは正直に告げた。


「いや意味分かんないんだけど」


『ピッ!』


 鋭笛(えいてき)が、男の口を閉じさせる。

 主審の警告である。


 右の猫手で幼児用前掛(しんぱんふく)を、ごそごそ……と探る。

 黄色いカードをス、ス――と一瞬チラつかせる。


「何その黄色いの」


 リオは怪しい物体に視線を送ったが、残念ながら回答は見送られた。


 主審は忙しいのである。


「えぇ……」という不満を厳格に聞き流し、主審は「クマちゃ――!」と声を上げた。


 すべての観客に伝わるように、子猫のごとき清き声音で、


『こちらをご覧くだちゃい――!』と。


 人間達は抗うことなく指示に従った。

 即座に掲示板を見た。


 そこには、金縛りに遭ったように動かぬ侯爵が映っていた。

 観客は思わず『おおっ』とどよめいた。


 王宮勤めの騎士達(エリート)をも苦戦させる強敵が、憤怒(ふんぬ)の表情で、指先ひとつ動かせず固まっているのだ。


 圧倒的な主審の力に驚愕するほかなかった。

 ――が、実はそれより気になることがあった。


 リオは明らかに〝変なモノ〟へ向ける眼差しで、それを見ていた。

 率直に、主審に尋ねた。


「なに、(ぶい)(えー)(えふ)って」


 主審は湿った鼻をキュッと鳴らした。

 つぶらな瞳をキリリと吊り上げた。

 

 そうして猫審判のごとく清らな声で、一言一句分かりやすく説明した。


 物々しく頷きながら「クマちゃ……」と。


 それは人間達の耳にはこう聞こえた。


 ビデオ、アシスタント、フェアリーの略称でちゅ――と。



「いや余計意味分かんないんだけど」


 と、リオは正直に口を挟んだ。


 が、『ピッ!』に鋭く弾かれる。


 主審から二回目の警告である。


 ス、ス――と黄色いカードを二度、猫手でチラ見せされる。


「えぇ……」


 にも当然のように『ピッ!』を食らい、リオは仕方なく口を閉じる。


 主審の鮮やかな肉球さばきによって、会場は秩序を取り戻した。

 すると掲示板の中、VAF〈ビデオ・アシスタント・フェアリー〉が仕事を開始した。


 重大な事象を暴くための映像解析である。


 会場にはシン――と静寂が広がっていた。


 映像が侯爵の全身を映し出す。

 光輪(こうりん)がキュイー――と(うえ)から(した)へ動いてゆく。

 観客がはっと息を詰める。

 

 まさか……能力を分析しているのか?!


 王都からの客人達は、空恐ろしさに鳥肌を立てた。

 黒衣(まえかけ)を正し、猫手で神笛(ホイッチュル)を磨く主審を畏怖していた。


 解析は即座に成された。


 ピー――ピピピピ!


 輝音(きおん)が軽快に連なる。

 そして次の瞬間、掲示板にパッ――と、羽の生えたクマちゃんが現れた。


 アシスタント・フェアリーの登場である。


 観客が『キャー!』『うぉぉ!』と歓声を上げる。


 フェアリーは先端に猫手がついた指し棒を持っていた。


 猫手でそれを持ったまま、パタタ――と輝く鱗粉を散らし、映像の一部を示す。

 天鵞絨(ビロード)上衣(じょうい)がふわりとゆらめく。


 観客の意識に(なら)うように、映像が――侯爵の胸部が拡大される。

 分厚い布で隠されていたはずの〝秘密〟が暴かれる。


 彼らの目は、しっかりとそれを捉えていた。

 隠しポケットの中、球状の物体が、気味の悪い輝きを(たた)えているのを。


 玉の内側で、赤紫の光が旋回している。

 いや、流動しているのだろうか。


 生き物のなれの果てが、怨嗟(えんさ)にもがく魔力の残滓(ざんし)が、押し込められた晶檻(しょうかん)で、出口を求めて。



 誰一人口を開かなかった。


 王都の商人達は、あまりのおぞましさに(まなこ)を開いていた。

 護衛(ゼノ)は舌打ちでもしそうな顔で、『おいおい、今度は玉のバケモンかよ……』と苦い呟きを飲み込んだ。


 精鋭達は冷酷な眼差しで、暗紅(あんこう)の輝きを記憶に焼き付けていた。

 獲物を見定める猟犬のように、じっと。


 リオはいつも通りの声音で「めっちゃキモイ」と正直がすぎる感想を漏らした。

 が、応えてくれたのは主審だけだった。


 主審のつぶらな瞳が、リオを見ている。

 猫手がス、ス――と黄色(カード)をチラつかせる。


「ごめんて」


 そんななか、周囲と異なる反応をする者達がいた。

 所在の知れぬ魔法学園の生徒達だった。


 生徒会役員達は、大きく目を開き紅紫(こうし)の宝玉を見ていた。

 戦慄(わなな)く吐息が、切れ切れに、微かな音を綴る。


 なぜ あれが 此処(ここ)


 しかし、彼らを襲った激震に気づく者はなかった。


 主審が「クマちゃ――」と、解説を始めたからである。


 とんでもない玉の映像はパッと消されてしまった。


 ()が切り替わる。

 VAF、新たな検証映像である。

 映っていたのは、先ほどまでとはまったく趣の異なるものだった。


 大理石の廊下。天井から映した騎士が二人。

 横並びの二人のやや後方に、黄色いアヒルボートが映りこんでいる。


 そしてよく見ると、赤丸で囲まれた銀色の金属があった。

 おそらく侯爵がいる方向から、赤線が引かれていた。


 銀色の小さな物体が、〝侯爵〟から〝騎士達〟の方へ飛んで来たことを示すように、矢印が描かれていた。

 親切なことに、矢印は点線と共に、ツツツ――と動いていた。


 主審は厳格な子猫のように「クマちゃ――!」と言った。

 反則行為の名を、高らかに宣言したのだ。


 大きな声で、


 オフサイドでちゅ――! と。


 リオは正直に告げた。


「めっっちゃどうでもいい」

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