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第491話 ふたたび足止めをくらった護衛。可愛いクマちゃんと疑り深い金髪。居てはいけない男。

 ハッとしたクマちゃんは、まん丸のお目目をキュ! と吊り上げた。



 いかにも王族が好みそうな、静謐(せいひつ)にして洗練された部屋で、金髪の男が可愛いクマちゃんから低血糖の心配をされていた頃――。


 王弟から『コネコ達の飲み物』を探してくるよう仰せつかった護衛は、その背が浴室内に消えたのを見届けると、すぐさま部屋を出た。

 廊下には、扉の両側に一人ずつ、見張りの護衛が立っている。

 男は彼らに視線を合わせ、微かに頷いた。


 今度は『お気を確かに』と言われることもなく、数分前、もこもこした生き物達を抱えて全力疾走した道を、一人で戻る。


 真剣な顔で考えるのは、『飲み物』のことだ。

 怪我に関しては、男の中ではすでに解決したことになっていた。

 あの王弟(でんか)が治せるというなら、怪我はすぐに治るのだろう――と、男は王族の言葉を素直に聞きすぎるきらいがあった。


 耳が丸くてふわふわな子猫……いや、あの気配は、妖精か……?

 妖精用の飲み物とは一体……。

 頭を過るのは、食堂の子猫、天井を貫く光、そして、キンキンに冷えた黄金色の――……。


 そこで、護衛はふと、思い出した。

 正解が分かったところで、使用人がいないのだ。

 もう一度、意識を集中させる。

 が、待機室にも、備品室にも、人の気配はない。


 ――やはり、第一執事長を探すのが先か。


 東塔一階の私室にいるだろう。と推測しながら、いくつかの候補を思い浮かべる。


 しかし先ほどの、王弟の美しい微笑み、低めの声、『階段を三回下がっ――』という聞いてはいけない言葉が、彼の思考を途切れさせた。


 ……いや、四階には入れない。あそこに執事長がいるはずがない。

 立ち入りが禁止された場所だ。

 たとえ〝あの話〟を最後まで聞いたとしても、王族の魔力がなければ仕掛けは解けない。


「……第一執事長なら、王家の指輪を持っていてもおかしくはない、か……?」


 ぼそりと呟いた、その時。


「ん?」


 進行方向、左斜め前方の壁。

 優秀な護衛の目に、とんでもない張り紙が飛び込んできた。


 ――王家の指輪、貸し出し中、ご自由におつかいくだちゃい――。


 ??!!?! 


 護衛の脳が混乱で揺れる。

「ご自由に!?」と声が裏返り、ひゅ……、と息の根が止まる。

 が、すぐに吹き返す。


 シュッ!! と瞬間移動のように駆け、張り紙の前に置かれたテーブルの上、『おうけのゆびわちゃん』と書かれた箱を、真顔で見下ろす。


 中には、メイド服――のような柄の幼児用エプロンをした、真っ白でふわふわな妖精、と子猫用クッション。


 の、まわりに何故か、たくさんの指輪。

 震える手で妖精を抱えあげ、優しくなでる。


 すると、子猫のような手が、ス――と何かを差し出してきた。


 それは白い筒、ではなく、くるくると巻かれた紙だった。

 妖精からの手紙だろうか……?

 留め具に手をかけ、抜き取る途中で気付く。

 

 留め具は何かに似ていた。

 そうだ、これは――王家の指輪。

 指輪からは王族の魔力が漂っている。

 間違いない。


 ――本物だ。


 さらにブルブルと震える手で、くしゃ、と紙を広げる。

 瞳孔が開いているであろう目で、幼子が書いたような、可愛い文字を追う。


 階段を下下下。

 廊下を右へ。

 階段を上。

 廊下を左へ三歩。


 指輪に魔力を注いだ先に、ホットスポット有り。


「ホットスポット!!」


 と混乱中の護衛は滑舌良く叫んだ。


 その声は、国王の寝室を守る護衛達まで届いていた。


 彼らはよそ見をせず、あたりを警戒しながら、同時に言った。


「ホットスポット」

「ホットスポット」


 そうして、何事もなかったように、静かに頷いた。


「――異常なし」



 リオは、見知らぬ場所を巡回し気になるものをすべてひっくり返す子猫のようなクマちゃんと共に過ごした部屋を出ると、我が子に尋ねた。


「クマちゃん、チョフトクリーム? ってどこにあんの?」


「クマちゃ……」


 あちらちゃんでちゅ……。


 と、真っ白な猫手がどこかを示す。


 リオは示されたほうへ歩き出しながら、じっとそれを見た。

 クマちゃんの可愛い猫手にはめられている、宝石付きの豪華な腕輪を。


「クマちゃんその腕輪どしたの。つーか誰の?」とリオが訊いたのは、自分達のものではない魔力を感じたからだ。

 どこかで、というか、少し前に、同じ魔力を持つ人間を見たような――。


 クマちゃんは愛くるしい声で答えた。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 クマちゃの腕輪ちゃんでちゅ……、たくちゃんありまちゅ……。


「へー、たくちゃんあるんだぁ……」と曖昧に相槌を打ってから、本音を漏らす。


「なんで?」


 問われたクマちゃんは、チャ、チャ、チャ……と子猫が牛乳をなめるように舌を動かし、黙考(もっこう)した。


 ――あれ、クマちゃん聞こえてるー?


 無風の廊下で、風が歌う。


『クマちゃん……るー』


 ハッとしたクマちゃんは、歌で応えた。


「クマちゃーん」


 ルルルちゃーん。


 リオの胸は、ぎゅ……! と強く締め付けられた。


「ヤバい。可愛い。俺の子可愛すぎる。……ちょっとかじっていい?」


 というリオの言葉に答えたのは、可愛すぎて定期的にかじりたくなるもこもこ、ではなかった。


「駄目に決まってんだろ」


 世界中の老若男女を腰砕けにしそうな声だった。

 色気のありすぎる低音。

 リオは声の主を振り返った。


「え、リーダー何やってんの。仕事は?」


 見た目も麗し過ぎる魔王様は、端的に言った。


「終わった」


「いやおかしいでしょ」と信じないリオの手から、可愛いクマちゃんが奪われる。


「クマちゃ……」


 るーくちゃ……。


 子猫がミィ……と甘えるような声で、クマちゃんは大好きな彼を呼んだ。


 天使のように愛らしいクマちゃんは、魔王そのものな男の手に、丸い頭をごしごしと擦り付けている。


「めっちゃ甘えるじゃん……」とリオが不満を声に乗せる。

 肯定的ではない声が、「えぇ……」と廊下に響く。

 リオは全身を使って甘えるクマちゃんの後頭部を、じぃっと、柔らかな猫っ毛がチリチリになりそうなほどガン見した。


 しかし、クマちゃんを抱えたルークは、『俺のクマちゃん返してほしいんだけどぉ……』と邪気を発するリオを一瞥することなく、すぐ側の部屋へ入っていった。


 リオが「クマちゃん戻っておいでぇ……」と暗い声で要望を伝えながら、あとを追う。


 そこで彼は、おそらくここで見てはならないものを目撃した。

 正直な男は、心の赴くままに言った。


「マスターやばくね?」


「黙れクソガキ」と答えた渋い声は、いつもの三倍低く聞こえた。



「何でいんの?」というリオの疑問に、マスターは何も答えず、目にゴミが入ったような顔をした。


 が、「その顔ウケる」という発言には「ぶっ殺されてぇか」と殺意強めな声が返ってきた。


「それより、君はどこへ行こうとしていたの?」


 涼やかな声でそう言ったのは、奥の扉から出てきた派手な男だ。

 身に纏う装飾品が、大窓から差し込む光でキラキラ輝き、光の粒が零れ落ちる。

 ――どうやら、羽飾りに水滴がついているようだ。


「めっちゃみんないるじゃん……。どこっつーか、クマちゃんが『チョフトクリーム』食べたいっていうから探してた感じ。……何で濡れてんの?」


 リオが尋ねると、ウィルの後ろから、ずぶ濡れの死神が出てきた。

 

 クライヴが濡れた髪をかき上げると、何故かパキ――、と薄氷が割れるような音が鳴った。


「泥が爆発した――」


 冷気が漂う美声が、謎の言葉を吐き捨てる。


「なんだろ。一瞬頭ぼわーってなった」


 リオは耳に入ってこなかったそれをすぐに諦め、座るのにちょうど良さげなベッドに腰かけた。


 ――ところで、壁にデカデカと張られた紙が、視界に飛び込む。


 そこには、幼子が全身を使って描いたような文字で、こう書かれていた。


 ――フリードリンクコーナーちゃん――。


 正直者は言った。


「えぇ……」


 ルークに抱えられたクマちゃんは、テーブルクロスに染み込んだ赤色を、ハッとした表情で見ていた。


「クマちゃ……」


 ちゃちゅじん事件ちゃ……、と。


「百パートマトジュースでしょ」とリオが指で示した先には、ツヤツヤのトマトが窮屈そうにハマったグラスが転倒している。


 お目目を吊り上げたクマちゃんが、きゅ! と湿ったお鼻を鳴らす。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 それでは……チョフトクリームちゃんを(ちゅく)りましょう。


「それでいいんだ」というリオの問いかけは静かにスルーされた。

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