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第486話 何でも答える誠実なクマちゃん。本音しか言えない男。過労な国王ちゃんに相応しい治療。

 クマちゃんは誠心誠意、分かりやすく質問に答えた。

「クマちゃ、クマちゃ……」と。



 眩しさで閉じていた目を開いた時にはもう、彼らの前からそれは消えていた。


「城なくなったんだけど」


 青色からピンク色へとゆるやかに変化している瞳は、すべてを見ていた。

 立体パズルの完成品に変な玉がぶつかり、光が爆発する瞬間を。


 森の街で一番大雑把な男は、落ち着いた声でとんでもないことを告げた。


「国王陛下も王弟殿下もみんないなくなったみたいだね。君の望み通りになったのではない?」


「言い方に問題がありすぎる」


 問題しかない。

 これが王都の街中なら全員が振り返るか早歩きで立ち去るような事案である。

 リオは瞬きをせずに苦情を述べた。


「俺が黒幕みたいじゃん……えっ、何その悲しそうな顔。やめて欲しいんだけど。つーか絶対さっきの変な玉のせいでしょ。クマちゃんなんかした?」


 微妙にずれていた気もするが、変な玉は謎の生き物のいる方向から飛んできた。

 変な玉、謎のもこもこ、くいっと曲げられた猫手、もふっと膨らんだ口元。

 怪しい。怪し過ぎる。

 犯人はクマちゃん。間違いない。


〝仲良しのリオちゃん〟から疑われてしまったクマちゃんは、きゅお……と悲し気に湿ったお鼻を鳴らした。


 リオの胸は激しく痛んだ。

 背後には大鎌を持った死神の気配。

 隣の男の手に、羽飾りに見せかけた武器が手品のようにふっと現れる。

 正面からはこの世の者とは思えぬ美貌の男が、赤ちゃん帽を被った容疑者を抱えたまま、無機質な眼差しをリオに向けている。


 リオは心を入れ替え、すぐに謝った。


「ごめんクマちゃん。そんなことするわけないよね」


 クマちゃんはつぶらな瞳をうるうるさせながら、仲良しの彼の謝罪に丁寧に答えた。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 クマちゃんは、そんなことをしましたが、クマちゃんを疑ったリオちゃんを、許ちまちゅ……。


「……許してくれて……ありがと……」


 リオは正直な気持ちを心の扉に封印すると、突然別人格でも生まれたかのような返事をした。

 しかし無理をしすぎたせいか、封印は三秒で解ける。


「つーかやってんじゃん!」


 解放されてしまった歯に(きぬ)着せぬ物言いが、赤ちゃん帽に隠された丸い耳を刺激する。


 ――きゅおー――!


 繊細な赤ちゃんによる慟哭(どうこく)は、大人達の天秤をガターン! と傾かせた。


 リオは関係各所から激しい批判を受け、もう一度別人格を生み出す羽目になった。


「……クマちゃん……ひどいこと言って……ごめんね……」



 口が真横まで捻じ曲がるのではないか。


 というほど心にもない謝罪をしたリオだったが、可愛いクマちゃんのつぶらな瞳を見ているだけで心のひずみは正された。

 口と心が曲がる前に、ルーク様がもこもこをリオの腕にもふ……と抱えさせてくれたのだ。


 新米ママは可愛い我が子を指先でふわふわとくすぐり、優しい口調で尋ねた。


「クマちゃん可愛いねぇ。王サマ達どこいったの?」


 甘い香りのする指先を湿ったお鼻でふんふんふんふんしていたクマちゃんが、彼の指を猫手できゅむ、と捕まえる。

 そうして、おっとりした子猫のごとく愛くるしい声で、彼の疑問に答える。


「クマちゃ……クマちゃ……」


 国王ちゃん達は……ちゅごい医務室ちゃんにいまちゅ……。


「それどこにあんの?」


「クマちゃ……クマちゃ……」


 ちゅごい医務室ちゃんは……ちゅごく高いところにありまちゅ……。


「そっかぁ。クマちゃん可愛いねぇ」


 リオは優しい声でそう言って、クマちゃんの顎の下をこしょこしょとくすぐった。

 まん丸だったクマちゃんのお目目が、哺乳瓶で牛乳を飲んだ時のように楕円形になる。


 可愛いクマちゃんとの会話は、こんな時間が永遠に続けばいいのにと思うほど幸せだ。

 もこもこしたお口がもこもこ、もこもこ、と動く様を見ていると、自然と口角が上がり、目が弓なりに細まる。

 しかし彼は、心のどこかでは気付いていた。


 こんなことをしていては、王城から姿を消した国王が、本当の行方不明になるのも時間の問題であると。


「クマちゃん可愛いねぇ」と言いながら考える。

『ちゅごく高いところ』とはいったいどこだ。

 まさか、遠く離れた山の(いただき)に……?


 リオが「山頂はやばい」と呟いたとき、マスターが渋い声で指示を出した。


「とにかく、一旦外に出るぞ。それらしいものを見つけても、中へは入らずに戻ってこい。リオは屋敷に戻って白いのに飯を食わせてやれ」



 真っ白なヴェールに包まれた空間から外に出る。


「あれ? 何か暗くないっすか?」と言ったのは、己の体内時計に自信のある精鋭だった。


「だよな。俺もそう思った」

「同じく」

「ずっと白い場所にいたからか?」


 精鋭達が頷いたり首をひねったりしていると、商隊の護衛ゼノと未だに妖精達を抱えている陽気な精鋭がビッグベビーサークルから出てきた。

 数分前まで外にいた彼らに聞いてみるか、と口を開こうとするが、ゼノが「あ?」と、綺麗な顔に似合わぬ荒っぽい声を出すほうが早かった。


「何でさっきより暗いんだよ」


 ゼノは当然のように空を見上げた。

 同時に陽気な精鋭も「暗っ!」と言いながら上を見る。


「お前ら入り口で固まってたら邪魔だから」


 クマちゃんを抱えたリオが精鋭達に苦情を言っているあいだに、後ろにいる大雑把な男は邪魔な男から可愛いクマちゃんを奪おうとした。

 が、リオは凄腕の冒険者らしい身のこなしで、我が子を奪われることとウィルの手荷物になる未来を同時に回避した。


「おや? あの子達は暗いのが苦手なのかな」


 我が道をゆく南国の鳥が、樹々の陰から顔を出す妖精に歩み寄る。

 身に纏う装飾品が、シャラシャラと風で靡く。


「なぁ、お前なんか見えたか?」

「いや、分からん。でも何かがある気もする」

「暗い空しか見えないっす」

「もっと……もっと力が欲しい……!」

「クマちゃんの野菜ジュース飲んでみるか」

「天才か」


 入り口付近に立ったまま精鋭達が空を見上げていると、聞く者を魅了し腰を砕きそうな美声があたりに響いた。


「退け」


 その言葉がとんでもなく似合う麗しの魔王様が、ふわりと風を起こす。


 ルークの魔力で包まれ、適当な間隔をあけて配置された精鋭達が、鳥肌の立った二の腕をさする。

 外が暗いことなど、最早どうでもよかった。


「怖い怖い怖い」「めっちゃぞわってなったんすけど」「死ぬ死ぬ」

「完全に終わったと思った」「同じく」


「ただの魔王」と言った金髪が魔王級のコツンで死ぬことはなかったが、代わりに死ぬほど可愛いクマちゃんを奪われてしまった。


 リオは不満気な顔をしたまま空を見つめ「なんかさぁ」と呟いた。


「……あの雲近くね?」



 冒険者ギルドの管理者であるマスターと商業ギルドマスターのリカルドが外に出たとき、そこには先ほどと変わらぬ面子が揃っていた。


「探しに行かなかったのか。……ん? 随分暗いな」


 マスターがそう言うと、ざっかやちゃんを抱えた死神が苦し気な声で答えた。


「……上だ――」


「上? ……確かに、何かあるな。あれは……雲か?」


 器用に片眉を上げたマスターは、精鋭達が野菜ジュースを二本一気飲みするまで発見することができなかったそれを一発で言い当てた。

 優しい彼は続けて「クライヴ、つらいなら誰かに預かってもらえ」とざっかやちゃんを手放すよう助言した。


 しかし、純白のもこもこを愛する彼が、クマちゃんにそっくりな妖精を手放すなどできるはずもない。

 クライヴは大鎌を地面に突き立て支えを作ると「……問、題……無い――」と問題しかなさそうな声で言った。


「雲? ……私には見えませんが」


 リカルドは敵を見つけた悪役のような顔で空を睨みつけていた。

 だが、彼はもともと戦闘要員ではない。

『雲』を隠しているのは、Sランクを超える冒険者の目すら欺く、あまりにも強い癒しの力だ。

 そこに何かがあると分かっている。

『雲』があると答えも教えられている。

 だとしても、精鋭達が見破れないものを商業ギルドの人間が看破することは不可能だった。


 リオはルークの腕の中で肉球のお手入れをしているクマちゃんに尋ねた。


「クマちゃんあの雲なに?」


 クマちゃんは仲良しの彼の質問に丁寧に答えた。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 あちらは、ちゅごい医務室ちゃんでちゅ…。


「そっかぁ……凄いねぇ」としか言いようがない。


 凄すぎて誰も近付けないが、それは大丈夫なのだろうか。

 癒しの力が満ちる場所で凍死者や餓死者がでることはないと思うが。


 リオは王都から国王を探しに来た人間と会話をする場面を思い浮かべた。


『この姿絵と同じ人物を見かけませんでしたか?』

『その人雲の上に行っちゃったんだよね』

『まさか……! 何故! 何故そんなことに……!』

『変な玉のせいだと思うんだけど』

『大砲ごときであの御方が死ぬはずがありません! いったい何があったというのですか!』

『多分生きてるけど起きないからヤバい医務室に送られちゃったんだよね』

『そうですか……それはヤバいですね』


 ――完――。


 とはならないに違いない。

 おそらく説明の途中で相手が逆上するだろう。


 しかしリオにはやらなければならないことがある。

 ルークの腕から可愛いもこもこをもふ……と受け取る。

 そうして、重大な使命を背負う男は、空を見上げる彼らにあとを任せた。


「じゃあ俺クマちゃんと飯食って風呂入って寝るから」


 とリオが言った瞬間、盛大なブーイングが起こったため、ひとまず国王達のことを心の片隅に避け、全員で朝食をいただくことになった。



 同時刻。某医務室。


 一番最初に目を覚ましたのは〝美人〟という言葉が良く似合う男だった。

 丸い薄藍の眼鏡をかけた男が、天蓋付きのベッドに怠そうに腰を掛けたまま、視線をチラリと動かす。

 寝起きの頭を動かすため、首の後ろに手を当て、少しのあいだぼーっとする。


 美人な男はマイペースな状況確認を終えると、のんびりとした口調で言った。


「……さっきまで、店でサイコロ振ってたよなぁ……ここ、兄貴の部屋じゃねーの?」

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