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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第481話 己の目を疑う目撃者達。甘そうな敷物。足裏の肉球が示す先。

 どんな事件も鮮やかに解決してしまうクマちゃんは、現在『凄い事件』が起こったらしい現場に来ている。


 うむ。どうやら彼らは名探偵クマちゃんの『たちゅけ』を必要としているようだ。



 お菓子が実る森の中。


 精鋭と呼ばれる陽気な美青年は、普段よりも警戒を緩めていた。

 もちろん冒険者らしく、いつ何が起こってもいいように、一定の注意は払っていたが。


 もう一人の綺麗な男は、真面目な性格ゆえか、今しがた耳にした『危ない』という言葉のせいか、周囲に危険がないかを慎重に探っていた。


 だが、精鋭が『危ないのは俺らじゃない』と否定した通り、危険な気配はまるでない。大神殿よりも神聖な気が漂っているだけだ。


 周りからはゼノと呼ばれているし、本人もゼノと名乗っているし、親からもゼノと呼ばれているが、彼の両親が付けた本当の名前はもう一文字だけ長い男は、知らなかった。

 両親がそれを伝え忘れていることも、彼と彼の雇い主である商隊長、王都の人間達が、魔王が支配する地、すなわち〝魔界〟だと思い込んでいるこの場所が、実は子猫によく似たもこもこ、〝クマちゃんが創り出した空間〟であるということも。

 

 だから、癒しの力を持つ清き生き物が、皆と仲良く遊ぶためにつくった癒しの空間で、いるはずのない『強敵の気配』を探っていた男は、足元のそれらに気付くのが遅れたのだ。

 強敵とは似ても似つかぬ気配の、白い子猫にそっくりな妖精達に。


 しかし、たとえ早く気が付いたとしても関係がなかったに違いない。


 彼らは疑い、悩むことになる。欲を知る人間であるがゆえに。



 ヨチヨチ……!


 頼りない足取りで近寄ってきた愛らしい妖精達が視界に入った瞬間、精鋭は即座に移動を止めた。

 クマちゃんにそっくりなその子達が、人間の靴を目指してヨチヨチしているからだ。


「おっと。おはよ~妖精ちゃん達~。走ったら危ないですよ~。早起きだねぇ、ほらおいで~」


 男は猫なで声でそう言って、木陰から出てきた妖精達を、両腕に二匹ずつ抱き上げた。

 ――この状態では何もできない。仕事を放棄した冒険者の完成である。


「は……?!」


 不意をつかれた商隊の護衛、ゼノは驚いた表情でバッ! と自身の足元を見た。


 すると、いつの間にか、丸い瞳を潤ませた子猫のような妖精が、彼の靴先で倒れていた。 

 仰向けで、子猫のそれとよく似たお手々でくたびれた紙を握った状態で。

 

 ゼノは、人間の通行の邪魔をする猫とそっくりな仕草で自分を見上げる妖精に視線を合わせたまま、息を止め、体をギシ……と固まらせた。


「早く抱っこしてあげなよ~。その気になる紙はなに~? 何て書いてあるわけ~。気になる気になる~」


 と彼のすぐ近くで甘えん坊な恋人のように語尾を伸ばしている精鋭は、温和そうな口調のわりに、目が笑っていなかった。


 胡散臭い三日月がゼノを責める。

『抱っこしなければお前を……』という眼差しで、一瞬だけ肩のあたりに視線を動かし、カチ。と美しく並んだ歯を鳴らし、『……噛む!』と脅す。


 両手が塞がっているせいで攻撃に使える部位が限られているようだ。


「…………」


 ゼノは『エルフっつうより魔族か……?』と、一度はリオ達に否定されたそれについて考えつつ、優しい手付きで軽くてふわふわなそれを抱き上げた。



 カサ――。

 男の手が、よれた紙を受け取る。

 すると、妖精は何故か、悲し気な表情で肉球をなめ、ふわふわなお手々の先を吸い始めた。


 若干クシャクシャなそれを、真面目な男は丁寧に広げた。

 子供が書いたような――。

 そう思うと同時に理解した最初の五文字は、思いがけない内容だった。

 驚いたゼノが声を上げる。


「『いらいしょ』……?」


「えっ! なになに!? 手書きの依頼書?! 妖精ちゃんすげー! 俺も見たい!」


 精鋭は四匹の妖精を抱えたまま、一匹狼のような男の手元を覗き込んだ。

 陽気な男が『いらいしょ』の続きを声に出して読む。

(解読にそれほど時間がかからないのは、クマちゃん本人が書いたものより若干、文字が美化されているからなのだが、興奮している精鋭の意識はそこに向かなかった)


「『だいじな ものを なくちて ちまい まちた。 さがちて くだちゃい。おねがい ちまちゅ』」


 ――大事なものを失くしてしまいました。探してください。お願いします。


「大事なもの?」と訊いたのはゼノだ。

 精鋭の頭が邪魔で、『いらいしょ』が見えない。

 今の彼にできるのは、悲し気でもこもこな依頼人の様子を観察することだけだ。


「この絵は~……」と精鋭が『いらいしょ』の下半分に描かれているものを見つめる。


 やや丸みを帯びた長方形の上に、いかにも赤子がくわえそうな曲線状の突起が付いている。

 それの名は――。


「哺乳瓶……!! やべー大事件じゃん!」


 まだ暗い朝の森に、精鋭の大声が響く。

 近くに小鳥がいたらしく、バササ……! と羽ばたき、どこかへ飛んでいく音が聞こえた。



 生後三か月の子猫に似た妖精が哺乳瓶を失くすなど、死活問題である。

 精鋭の頭の中で、天秤が哺乳瓶側に傾く。

 ――ちなみに、反対側にのっていたのはマスターからの依頼、『急いでゼノを呼んできてくれ』だったが、哺乳瓶の重さには到底かなわなかった。


 陽気な男の叫びを聞いたゼノは「はぁ? 哺乳瓶?」と不機嫌そうな声を出し――「なら、すぐに探してやんねぇとな」と頷いた。


 彼が呼ばれた理由は『国王と王弟らしき王族が矢と共に倒れていた件』に違いないが、子猫が哺乳瓶を失くしたことに比べれば、大したことではない。

 ――というゼノの考えを、王都の冒険者ギルドマスターが知ったら卒倒するはずだが、彼の天秤もまた、もこもこした妖精が失くした哺乳瓶側に傾いていた。


 とはいえ、こんなに小さな妖精の移動距離などたかが知れている。

 きっとその辺に落ちているだろう。

 冒険者らしく視線で簡単な話し合いを済ませた二人が、あたりを見回す。

 

 そんな彼らの意識に、引っかかるものがあった。


 目についたのは、ここから二十メートルほど先の木陰で、クッキー柄の敷物を広げ、ぬいぐるみのように短いあんよを投げ出して座っている妖精だ。


 視力の良すぎる冒険者な彼らの目が、『ざっかやちゃん』と書かれた看板、その横に並ぶ商品らしきものを捉える。


 あそこに立っている、縦長の物体は何だ。

 上部に曲線状の突起が付いているのは気のせいなのか。


 彼らは動揺を抑え込み、円筒状の物体に立てかけられている商品説明らしき何かを読んだ。

 そこには、幼い子供が書いたような文字で、こう書かれていた。


『こうきゅうグラス いっぽん はちおく』


「八億」と、ゼノは言った。


 見えたものを、そのまま、ただ繰り返して。

 何も聞こえていないかのように反応しない精鋭の耳に届くように、もう一度、「八億」と。



「君はいったい何を言っているんだ」と陽気だったはずの美青年は言った。


「はぁ? アンタが何言ってんだよ。見えてんだろ、あそこ」とゼノが言った瞬間、両手が塞がった精鋭に肩を噛まれる。


「……いってぇな! 噛むんじゃねぇ!!」


 ゼノは普通に痛かったそれに真面目な感想を述べ、嫌なことをする男から距離をとった。


 精鋭は言った。

 いまのやり取りのことなどまるで忘れてしまったかのように。


「じゃあ、哺乳瓶探そうぜ~。どこらへんに落ちてるかな~」と。


 だが、一匹狼と呼ばれることがある真面目な男に、そういうノリは通じない。


「だから、あそこにあるのがそうなんじゃねぇのかよ」と『ざっかやちゃん』を親指でクイ、と示してしまったゼノの肩に、ふたたび精鋭の犬歯が食い込む。


(いて)ぇっつってんだろ!」と少々キレ気味に睨まれた精鋭は、微笑を浮かべる女神像のような表情で、結論を述べた。


「依頼内容で分からないことがあったらマスターに聞くといいよ」と。


 まるで頼りになる先輩冒険者が右も左も分からない新人冒険者に親切な助言をするときのように、どこまでも優しい声色で。



 ゼノが「何だこの感触……」と真っ白なカーテン、『クマちゃんぎゅうひちゃんヴェール』のさらさらした手触り、押すとむにょ……と伸縮するそれに驚いているあいだに、隣の男は自身の魔力を流し、するりとそこを通り抜けて行く。


 切れ目が無かったはずのカーテンには、いつの間にか成人男性が通り抜けられるほどの穴が開いていた。

 穴の上部はただの弧ではなく、丸いクマ耳のような形にくりぬかれている。


 精鋭が魔力を流したのは、純白のヴェールから『どちら様でちゅか……?』と、外敵を警戒する小動物のような感情、あるいは感覚的な何かが伝わってきたからだ。

 個人の認証方法は、人間の作る魔道具と変わらないらしい。


 どこでも自由に行き来できるはずのお菓子の国で、何故かここだけセキュリティがしっかりしているヴェールの出入口付近には、難しい表情で話し合いをする裏社会のボスと、荒れに荒れた海軍将校のような格好をした悪役顔の男がいた。


 どこからどう見ても悪者のような服装の二人は、彼らを見て「来たか」と言った。


 何も知らないマスターは、いつもなら問題ないが、今は聞かないほうがいいことを尋ねた。


「随分遅かったな。何かあったか」


 大事件のおすそ分けに来た精鋭は、いかにも優秀な冒険者といった表情で頷くと、マスターの眉間の皺が深まりそうな答えを返した。


「そこらじゅうの樹を揺らしても解決しないぐらいやっかいな問題が起きました」



「おや、護衛の彼が抱えている妖精は、なんだか困っているように見えるね」


 マスターを困らせそうな男よりも困っている妖精が気になる男は、隣の男の腕を掴むと、そのまま立ち上がった。


「いやいやいや。急に引っ張ったらおもちゃ掲げてる人みたいになるから」


 と、両手に立体パズルのピースを持ち、小さな剣を掲げてはしゃいでいるように見える青年リオは文句を言った。


 そんなリオを見たクマちゃんが、ハッと丸い頭を上げ、仲良しの彼の真似をするかのように、小さな猫手でピースを掲げる。


「クマちゃ……」


 クマちゃは、これで、攻撃ちゃんちまちゅ……。


 リオは愛くるしい我が子からどこかの城にあるものとそっくりな甲冑のピースをそっと取り上げ、「そっかぁ。クマちゃんお手々ちっちゃいねぇ」と言った。


 彼らの近くでは、可愛いクマちゃんの『王宮の宝物庫にある甲冑攻撃』で心臓を一突きされた男が、息も絶え絶えといった様子で苦しんでいた。


 そんな風に、外部の人間には絶対に見せられない立体パズルを組み立てていた彼らもまた、困り顔の妖精を助けるため、話を聞きにいった。



「クマちゃ……」


 まちゅた……。


「ん? どうした白いの。お前も一緒に行くか?」


「ついでに家戻ってクマちゃんと風呂入って寝よ。飯は起きてからでいいよね」と、呑気な男リオが願望を語る。


「それがいいかもしれないね」とウィルも涼やかな声でそれに同意した。


 麗しの大富豪は何も言わぬまま愛しのもこもこを撫で続け、死にかけの死神がゆらりとヴェールを抜け出す。


 彼らの視界に、クッキー柄の敷物が飛び込む五分前。



 マスターは商業ギルドマスターのリカルドに国王を任せ、クマちゃんを抱えたルーク達と共に、『大事件』が起こったという現場へ来ていた。


「それで、何があった」


『ざっかやちゃん事件』を知らぬマスターが、自身の部下と王都の冒険者に、知らない方がいいことの詳細を訊く。


 案内役の精鋭は、マスターの手にカサ……と、とある『いらいしょ』を載せた。


「マスター、まずはこれを見てください」


 と言った男の三十メートル先には、拾得物を菓子八億個で売ろうという大それた考えを抱く犯人らしき綿毛が、罪なきぬいぐるみのように鎮座していた。

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