第480話 お菓子の国の可愛い生き物達。最高に可愛い生き物と作る凄いもの。可愛さに流された男。
現在クマちゃんは、仲間達と力を合わせて頑張っている。
甘い香りのするそれを、小さな猫手で掴み、カチ……、カチ……と組み合わせ。
「クマちゃ、クマちゃ……」
クマちゃ、がんばって……。と、自分を励ましながら。
◇
夜と朝のあいだ。お菓子の国の空が、少しずつ明るい色へと変わってゆく。
微かに甘い匂いのする森のなか、真っ白な生き物達がぱち、とつぶらな瞳を開く。
離れた場所から聞こえる話し声、草を踏む音に、もこもこした耳をピクリと動かす。
「いったいいつになったら着くんだよ。戻ったら護衛対象が水龍にやられて全滅、なんて洒落になんねぇぜ」
「大丈夫だいじょーぶ。俺も他のやつらも森で迷ったりしねーから。あと五分ぐらいで着くし~。ほらあっちに光の柱が……あ~、なるほど~やっぱクマちゃんすげぇわ。さすがすぎる。天才。可愛い。ちっちゃい。生後三か月でちゅか~? ……えーと俺いま何話そうとしてたっけ。……あー、そーだ、アレアレ。走ったら一瞬で着くだろうけど、ぶつかったら危ないからゆっくり歩いて行こうぜ~って話」
「はぁ? アンタみたいのが危ねぇっつうモンとどう戦えっていうんだよ。足手まといになるくらいなら見捨てられたほうがマシ……って言いたいところだが、護衛の仕事を放り出すわけにはいかねぇからな……」
緑の香りが広がる甘い森に、小さな舌打ちが響いた。
もこもこした妖精達が、真似をするようにチャチャッ……! と薄くて小さな舌を動かす。
「俺には神聖な力しか感じ取れねぇ。おいアンタ、ここにはどんな強敵が出るんだ」
「いやぁ、危ないのは俺らじゃなくて――」
甘えん坊な妖精達は、短いあんよをヨチヨチ……! と動かし、難しい話をする男達の方へと近づいていった。
◇
同時刻、医務室というわりには医務室らしいものがない不可思議な空間。
まるで料理に被せる銀色の蓋のように、ドーム状のヴェールに覆われたこの場所では、空も、外の様子も窺うことはできない。
「…………」
リオの視線の先には、可愛らしい妖精達がいた。
色とりどりのキャンディで作られた何かを小さな猫手で掴んで、カチ、カチ、と並べたり、チョコレートで作られた板を見ながらふんふん、ふんふんふん……! と納得したように頷いたり、時間をかけて並べられた何かの上にもふ……! と倒れこんだりしている妖精達が。
せっかく並べたのに、喧嘩になってしまうのでは。
リオがハラハラしていると、他の妖精達がハッと、お菓子のブロックを下敷きにした妖精を見た。
妖精達が、ヨチ……! と立ち上がる。
が、その場でばた……と、倒れた。
ブロックを下敷きにして。
そうして、ゴロンゴロン……と床に背中をすりつける猫のような動きで、色とりどりのブロックを背中に、あるいは腹の下に隠して静かになった。
リオは、子供用ブロックを子猫に与えるとこうなる、という見本のような妖精達を見ながら言った。
悔しそうな顔で、「可愛い……」と。
ウィルの言う通り、それは実に可愛かった。
国王の部屋のことなどどうでもよくなるほどに。
人間の人間らしい決まり事なんて、もこもこした生き物には関係がないのだ。
積み木やブロックは組み立てるもの、という当たり前のそれを守る必要もない。
そう遊べと言われて素直に従う子供ばかりではないが、森の街の大人しい子供なら、わざわざ注意をしなくても、綺麗なブロックを前にすれば何かを作り始めるだろう。
しかし、もこもこした妖精達に『遊び方が間違っている』と言う気には、とてもなれない。
何故なら、めちゃくちゃ可愛いからだ。
あのアヒルボートが壁にあけた穴を見なかったことにされたのも、魔道具の製作者がもこもこしていて可愛すぎるせいに違いない。
では、間違ったことをした男があんなことになったのは……。
可愛くなかったせい――。
思考を迷走させたリオが、我が子にそっくりな妖精達を見ながら「せめてもこもこしてたら……」と呟いていたときだった。
ルークが彼の横を通り過ぎ、もふ……と、とにかく可愛い遊び場へクマちゃんを降ろした。
いつの間に着替えさせてもらったのか、クマちゃんはレース付きの幼児用エプロンと、顔の周りにひらひらがついた幼児用お帽子、短いあんよの動きを阻害しないオムツズボンという、実に赤ちゃんらしくて可愛い格好をしていた。
可愛い。可愛すぎる。この生き物は何をしても許されるだろう。
リオは信じられないくらい可愛い我が子を見ながら言った。
「国が滅んでもいい」
◇
傾国のクマちゃんが、可愛らしい猫手できゅむ、とチョコレートの板を掴む。
両手で持ったそれに、黒くて小さい湿ったお鼻を近付ける。
ふんふんふんふん……ふんふんふんふん……。
静かな空間に、可愛らしいふんふんが響く。
誰も邪魔をせず、大人達はその様子を眺めていた。
ふんふんふんふん……が途切れ、ハッと顔を上げたクマちゃんは、うむ、と真剣な表情で頷くと、ブロックをひとつ持ち上げた。
そうしてまた、黒くて小さな湿ったお鼻で、ふんふんふんふん……――。
◇
クマちゃんは先ほど大好きな彼に買ってもらったばかりの『宝石クマちゃんキャンディ、本物そっくりな立体パズルちゃん。設計図つき』のピースを、自分の鼻先に近付けた。
うむ。甘くてとてもいい香りがする。これはイチゴ味だろうか。
見た目もきらきらしていて良い感じである。
説明書も分かりやすいので、これさえあれば誰でも簡単に作れるのではないだろうか。
まずはクマちゃんが、皆ちゃんにお手本を見せてあげよう。
力を合わせれば今日中に完成するかもしれない。
クマちゃんは湿ったお鼻をキュッと鳴らし、気合を入れた。
◇
大人達が見守るなか、敷物に転がるピースの安全確認を終えたクマちゃんは、丸い頭を俯かせ、下を向く猫のようにお耳を倒しながら作業を開始した。
先の丸いお手々が、キラキラのブロックを掴む。
同じ色のブロックを見つけ、カチ……、とはめ込む。
クマちゃんはハッとした表情で顔を上げ、側に座るルークを見た。
麗しの魔王様は、低くて色気のある声で、いつものように言った。
「すげぇな」
すると、クマちゃんは安心したように「クマちゃ……」と頷き、次のブロックを掴んだ。
クマちゃ、すごいちゃ……、と。
リオは可愛い我が子を見ながら「俺の子天才すぎる」と言った。
邪魔な物の上で寝てしまった子猫のごとく、ブロックの上で寝てしまった野良妖精達とは格が違うようだ。
しかし、一体何を作ろうとしているのか。
気になったリオは、先ほどクマちゃんが見ていたチョコレートの板を持ち上げた。
その瞬間、ぽん、と音を立て、板が大きくなる。
グラスや食べ物と同じで、手にした者に合わせてサイズが変わるらしい。
心優しいクマちゃんらしい、素晴らしい仕様である。
リオはもう一度「俺の子天才すぎる」と呟き、それを覗き込んだ。
どこかの城の設計図を。
リオは目をこすった。
「やべー、これずっと眼帯してたせいじゃね? 何か変なもの見えた」
「変な物?」
不思議そうに尋ねたウィルがリオの肩に手を掛け、チョコレートの板を見る。
そこには、この世の悪党が大喜びしそうなほど詳細な見取り図、立体的に、様々な角度から描かれた城の外観など、その建物を建てるために必要な情報のすべてが詰まった図面が、パラパラとページをめくるように映し出されていた。
南国の派手な鳥は、夜明けに相応しい、涼やかな声でさえずった。
「とても見覚えのあるお城だね。クマちゃんが作っている場所は……国王陛下の寝室かな?」
「へー。とか言ってる場合じゃないし。これ割っていい?」
と尋ねると同時に凄腕の冒険者リオは渾身の力をこめて板を割ろうとした。
が、チョコレートの板はびくともしない。
なぜならそれはただのチョコレートではなく、超高級素材、クマちゃんチョコレートで作られているからだ。
癒し成分を多量に含むクマちゃんチョコレートはどんな暴力にも屈しない。
たとえ兵器で撃たれたとしても、割れることはない。
「硬すぎる。クッソ腹立つ」
「リオ。クマちゃんの物を壊そうとしてはいけないよ」
「俺の部屋の壁に大穴あけた人に言われたくないんだけど」
「設計図が気になるなら、君もクマちゃんのお手伝いをしたらいいのではない? 建物が完成すれば設計図を隠してしまっても、リーダーは君を罰したりしないと思うよ」
「最後の言葉が気になりすぎて他の部分がどっかいったよね」
彼らがそんなことを話しているあいだに、傾国のクマちゃんの周りは手伝い役の精鋭達でにぎわっていた。
「うわ、何だこれ。おもしれー」
「すっげぇ。本物みてぇ」
「馬鹿お前そっちのと混ぜるんじゃねぇよ。俺の絨毯と柄が違うだろうが」
「マジかよ同じに見えたわ。お前なかなかやるな」
「お前らそれ床じゃなくて天井だからな」
「なぁ、これ武器庫じゃね?」
「おー、槍も剣もちっせー。壁のやつ無駄にキラキラしてんなぁ」
「飾り用だろ? こんなんで大型モンスター倒せるかよ」
「やば、これちゃんと鞘から抜けるじゃん。すげー」
「俺城壁づくりのプロかもしんねぇ」
「そんなお前に俺の作った城門やるよ」
「見ろよこの噴水。完成度高すぎてやべぇ」
「ちょっと待って、オレいま最高の生垣作ってるから」
彼らは皆、緻密で美しい立体パズルに夢中だった。
いくつかのパーツを組み立てただけで、本物をそっくりそのまま小さくしたような建物が、あるいはその一部が、己の手の上に作られていくのだ。
まるで自分自身が一流の職人にでもなったかのようだった。
そのうえ彼らの周りでは、もこもこした妖精達がころころしている。
世界一愛くるしいクマちゃんが、彼らが組み立てたものを見て、つぶらなお目目をウルウルさせながら「クマちゃ……」格好いいちゃ……と喜んでいる。
そんな風に楽しそうに遊んでいる姿を見ると、自分もやってみたくなるのが人間というものだ。
「…………」
リオは憎らしいほど硬いチョコレート製の設計図を持ったまま、可愛い我が子のすぐ側に腰を下ろした。
少しだけ手伝って、すぐに寝ようと決意しながら。
クマちゃんはハッと顔を上げ、遠慮がちに「クマちゃ……」と言った。
リオちゃんの好きなピーチュは残ちておきまちた……、と。
リオは可愛すぎる我が子から白いピースを受け取ると、他の人間には絶対に見せないような優しい笑顔で「ありがとー。クマちゃん可愛いねー」と言った。
◇
リオがクマちゃんに国王の枕を渡されていた頃。
商隊の護衛ゼノと彼を呼びに来た精鋭は、大変なことに巻き込まれていた。




