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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第465話 猫背店員の過去。王都の冒険者に共感する精鋭達。輝く肉球。見てしまった王弟。

 クマちゃんはどきどきする胸を押さえ、スッとお手々を上げた。


「クマちゃ……」と。



『知り合いだったのか?』という簡単な質問に、王都の冒険者ゼノは複雑な顔をした。


 真面目な男は素直に『ああ』と頷きたくなさそうであった。

 しかし否定すると嘘になる、というふうに、視線を斜め下へ向けている。


「知り合いか……?」と、ゼノが己の記憶へ語りかける。


「いや普通に『はい』か『いいえ』でいいじゃん。何でそんな嫌そうなわけ?」


 と、言ったのは、思ったことをすぐに口に出してよく痛い目に遭う金髪の男だ。

 リオは深く考えることなく尋ねた。


「どこで知り合ったん? 王弟(おーてー)クンのやべー店?」


 いかにもどうでもよさそうな口調の通り、リオは柔らかなマシュマロで出来ているらしい『お菓子の国製』の座椅子に、だらぁ……ともたれかかっている。


 ゼノは彼の態度に構うことなく、複雑な表情のまま答えた。


「……あの店員は、もとは王都の冒険者だ」



 まったりしていたところにぶち込まれた意外な情報に、質問者であるリオは「へー……ぼ……はぁあ?」と謎の言葉を発し、精鋭達はざわついた。


「お、おおん?」

「え、冒険者? マジ?」

「うそだろ同業かよ」


「あんまり要領良いタイプにはみえねぇ」

「まさか、わざとダラダラ働いてる? 王弟の店で?」

「ガチでやべぇやつじゃねぇか」


「いやでもただの店員だし、知らないんじゃねぇ?」


「あの食堂が国営だと認識しているかどうかはともかく、奴のあれは冒険者の動きではない」


 と真面目ぶった精鋭の意見をきっかけに、彼らはもう一度『元王都の冒険者で現国営食堂の店員』が映っている映像へと視線を戻した。


 少しの沈黙のあと、先に口を開いたのはゴロツキのほうだった。



「おいテメェ……なんだよその〝死んでて当然〟みてぇな言い方。あんまナメくさってるとぶっとばすぞ。あ゙あ゙?」


「はぁ、別にどっちでもいいっすけど」



「…………」


 精鋭達は黙したままゴロツキを見つめた。


 ゴロツキはナメくさった店員をぶっ飛ばしたいらしいが、深呼吸をしながらなんとか思いとどまっている。

 

 それに対し店員は、ゴロツキの発言のどの部分に対して『別にどっちでもいい』と答えたのか判然としなかった。

『ゴロツキが死んでいても、そうでなくても、どっちでも』なのか『ぶっとばしたいならお好きにどうぞ』なのか。

 

(あお)ってるって絶対」

「さっきの仕返しじゃねぇの」


 と精鋭達が言うが、ゼノから返ってきたのはさきほどと同じく否定の言葉だった。


「だから、ちげぇって」


 納得のいかない精鋭達はもやもやを晴らすため、視線で訴えた。


『では、あいつはどういうつもりで言ったのか』と。


 ゼノは嫌そうな顔で、店員の言葉を意訳した。


「……『まだ生きてたんすね』っつーのは、『大丈夫でしたか?』とかそんな意味だと思うぜ」


 精鋭達は一斉に言い返した。


「いや~あれはそういう顔じゃなかった」

「はぁぁ?! それなら普通に『無事で良かったっす』とかでいいだろ」

「あえて攻撃的にいく意味よ」


「『そんな意味』ではないんじゃねぇか」

「いやいやいや。それはさすがに好意的に解釈しすぎでしょ」

「とにかく一発ぶちかまさねぇと気が済まないタチなの?」


「『殺すぞ』が『こんにちは』な人種?」

「そんで『二度とそのツラ見せんなこのクソが!!』って言ったら『明日もよろしくね』っていう意味になる感じ?」

「心がバラバラになるよね」


「おっまえ、他人に興味なさそうなくせに、優しい奴だなぁ」

「知り合い以上の仲? もしかして昔組んでた?」


「組んでねぇし優しくもねぇ。……冒険者の中でも一部のやつらには、ギルドから説明があったってだけだ」と、ゼノは苦々しい顔で真面目に答えている。


 マスターは腕組みをして苦笑した。


「……まぁ、『悪い奴じゃねぇから誤解するな』って言いたいんだろ。責めてやるなよ、お前ら」


 そう言って騒がしい精鋭達を(たしな)めると、ゼノへ向け、ギルドマスターらしい質問をした。


「引退するような歳には見えねぇが……。怪我でもしたか?」


「いや、そういうわけじゃねぇ。……あいつはやる気があるようにも見えねぇし、あの通り、言い方に問題があるせいで他の冒険者と揉め事を起こし続けた。ほぼ毎日な。それで、ある日突然……」


 ゼノがそこで言葉を切ったせいで、聞いている者達の半数以上が顔をしかめた。

『ああ。ギルドに来なくなったか、出て行ったか……どちらかだろうな』と。


 王都の冒険者ゼノは、吐き捨てるように言った。


「ギルド職員になってやがった」


 精鋭達の頭が『???』で埋め尽くされる。

 彼らは、まるで自分達の身に降りかかった出来事のように、本音で答えた。


「なにごと?」

「気持ちが追いつかない」

「それは確かに複雑だわ」


「二度見どころじゃねぇよな。超問題児がいきなりギルド職員の制服着てたら……」


「朝飯食って受付カウンター行ったら、昨日まで仲間だったそいつが、しれっとした顔で仕事渡してくるってことだろ? そんで、事情訊こうとしたら、また喧嘩吹っ掛けてきて、話が通じないと。……普通心配するだろ! お前に何があったんだって! 冒険者になりたかったんじゃねぇのかよ!」


「誰だよ。冒険者だと上手くいかねぇからギルド職員にしようって言ったやつ」


「ギルドマスターに決まってんだろ」


 彼らに見つめられたのは商業ギルドマスターだけだったが、実は酒場の、ではなく冒険者ギルドのマスターである男と、何故か一人だけ責められているリカルドは、似たような格好で下を向き、片手で顔を覆っていた。


『どうにかしてやりたかったのかもしれんが、随分思い切ったな……』


『自分ならばどうするだろうか……さんざん悩んだ挙句、結局同じ選択をするような……。いや、しかし本人の意思が一番大事なわけで……』



 そうして彼らは、妙に静かな掲示板を見ながら、王都の冒険者ゼノから『店員が店員になるまで』の大まかなストーリーを聞いた。


 今度は冒険者だけでなく、ギルド職員とも揉めるようになった『冒険者ギルドの超問題児』が、時々フラフラとやってきてはギルド職員に無茶な『お願い』をする美人に連れて行かれるまでの話を。


『なぁなぁ、ココの飯って誰が作ってんの?』

『俺さぁ、飯の店やることになったんだけど、料理できねぇんだよなぁ』

『ぜんぜんしたことねーの。だからさぁ、料理人? 調理師? 三人ぐらいちょーだい』


『なんでここの奴らがいいのかって? 真面目そーだから』

『いちいち細けぇなぁ。どこらへんがって、そんなん顔以外なくねぇ? だって知らねぇ奴しかいねぇじゃん』


『なぁ、あいつってさぁ、なんで毎日胸倉掴まれてんの? おもしれー。……ふーん。まぁいいや。ちょっと得意料理聞いてきてくんねぇ?』


『千切ったパン? 売れっかなぁそれ。テメェなんでひとのパン勝手に千切ってんだってならねぇ?』


『まぁ王都は広いからなぁ。あいつに千切って欲しいやつもいるかもしれねぇよなぁ。俺はいらねぇけどよぉ』


『あいつがさぁ、カウンターの中から千切ったパンちょっとずつ渡してきたら、客にも胸倉つかまれたりしてなぁ。ははっ』


『メニューには〝アラカルト〟って書いておけばいいよなぁ? テメェがやめろっつーまで目の前でパン千切ってやるっつってよぉ。ははっ』


 真面目な冒険者ゼノは、覚えている限りの王弟の言葉を、彼らに教えてくれた。

 

 察したリオは、親切な彼をそっと止めた。


「あのさ、それ以上は『おもしれー話』に繋がっちゃうから……」



 リオ達が王弟と店員と王都の冒険者ギルドの複雑な関係を聞いていたとき。


 国王の寝室では、可愛いクマちゃんの気持ちを代弁する忠実な執事さんが、真面目な話をしていた。


「――というわけでですね、顔色の悪い人間国の王のために、ラッコちゃん製薬から『どんな病もたちまち治す素晴らしいお薬!〝ホワイトドリンク〟』が届いております!」


 顔色がホワイトな国王は、ひとこと「……そうか」と答えた。

 

 王弟は目を閉じ、絨毯に転がったまま、静かに口を開いた。


「兄貴に変な(モン)飲ませんじゃねぇ」と。


『変な薬』の言葉にラッコちゃんがハッとする。


 可愛いもこもこは動揺を隠し、震えるお手々の先を、割れた貝殻の隙間にカチカチカチ……と突っ込んだ。



 仲直りに失敗したのか、そうでもないのか。

 城の応接間を有効に使えないゴロツキと店員のあいだに、突然何かが降ってきた。


「…………」


 ゴロツキは目をかっぴらき、丸くてクルクル回るそれに書かれた文字を見た。

 ナイフの刺さった回転ダーツには、幼い子供が書いたような文字で、こう書かれていた。


『ルームメイトを見舞うため、直帰する』と。


「はぁ? ひとり暮らしでルームメイトもクソもねぇだろ。いきなり知らねぇ奴に『おいテメェ具合はどうなんだよ』って聞かれても、『そもそもテメェは誰なんだよ』ってなるだろうが」


 というゴロツキのまっとうな意見は、元超問題児な店員にしか届かず、彼らは一瞬で、光の海に飲み込まれた。



 リオは限界まで目を細め、その映像を見つめた。


「これどういう状況?」


 現在、国王の寝室のベッド脇には、物騒なものを持ったゴロツキと、王弟が冒険者ギルドから引き抜いた『元冒険者で元ギルド職員で現食堂の店員』である男が立っている。


 何故そうなったのか、理由は分からない。

 ゴロツキはまったく状況が理解できていないようで、ただ、目の前の相手を心配していた。


「おい!! どうした、おっさん! クソやべぇ顔しやがって! ドロドロみてぇになってんじゃねぇか!」


『お前、気は確かか』と彼に言う者はいなかった。

 この部屋に一般的な感覚の持ち主は存在しないのだ。


 しかし、顔色も心根もホワイトな国王陛下は、乱暴な物言いに慣れているらしい。

 ゴロツキのギリギリな発言にも「……そうか」とだけ返していた。


 空気を読めない猫背の店員は、珍しく自主的に口を開いた。


「あの、そういえば、あのドロドロ健康に良いらしいっすよ。食いてぇなら作りますけど」


『今まで誰かが〝ドロドロ食いてぇ〟っつったの聞いたことあんのかよ』と彼に尋ねる者もいなかった。


 死にかけの国王陛下に、ふたたび『異物混入スープ』が迫っている。

『健康に良い』という謳い文句の追い毒物が。


 王弟は「やめろ、馬鹿か」と言って無理やり体を起こした。



 そのとき、もこもこした生き物の脳へ、三拍以上遅れて『国王ちゃんピンチ』のお知らせが届いた。

 クマちゃんは震える肉球を一生懸命舐めて、心を静めようとした。

 危険が迫っているときは、おちちゅかなければならないのだ……、と。



 豪華な寝室に、きゅお……と愛くるしい鳴き声が響く。


 ぜぇぜぇと苦し気な息を吐いていた王弟の目が、パチリ、と開いた。


「あぁ? きゅうに治った。この部屋おかしくねぇか? ……つーかさっきから思ってたんだがよぉ、なぁんで天使と死神が居んだよ」


 国王陛下は王弟の疑問には答えず、さきほどからずっと彼の頭を悩ませている難題について口にした。


「……お前、勉強はどこまで進んでいる?」と。


「はぁ? そんなつまんねぇもん、俺がやるわけねぇだろ。必要ねーじゃん。アンタ以外に王様なんてやらねぇんだから」



 その会話だけで、竜宮城の大人達は事情を察し、顔が真っ白になった。


「おい、まさかとは思うが……」とマスターが言うと、リカルドは自分以上の悪を見つけた悪党のような顔で「そんな馬鹿な……とは思いますが」と頷いた。


 もしも本当に国王陛下が崩御したら、『あの王弟』が次の王になると決まっているのでしょう、と。


 リオの心からの「無い無い無いナイない……――」は、高位で高貴で空気を読めないお兄さんの余計なはからいで、掲示板の向こう側へ届けられた。



「私が死んだら、跡を継ぐのはお前だ」


 と国王陛下が物々しい声音で告げる。


 彼の言葉に被せるように、微かな『無い無い無いナイない……――』が高い天井から降り注ぎ、室内を満たした。

 

 ラッコの着ぐるみに隠されている丸いお耳がピクリと動く。

 仲良しの彼の声を聞いたクマちゃんは、彼の想いが正確に伝わるよう、精一杯尽力した。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 はい、わたちが、ちゅぎの国王ちゃんでちゅ……と。


 磨き上げたばかりの肉球を掲げながら。

 

 国王陛下は心肺が停止したかのように動きを止め、そこで初めて『愛らしい生き物』に気付いた王弟は、目を大きく開いて薄桃色の肉球を凝視した。

 

 まるで目の前を真っ白な子猫が横切ったかのように、無言のときが十秒以上続いた。



 次期国王が、この国の王侯貴族と、そして人間と、一滴たりとも血のつながっていないラッコちゃんに決まった輝かしい瞬間である。

 古めかしい世襲制が終わり、ゴロツキも王族も動物も、分け隔てなく同じ部屋で眠る原初のような時代が、ふたたび訪れようとしている。



 リオは画面の向こう側で「いや次の国王はクマちゃんではないよね。それだと簒奪(さんだつ)になっちゃうからね」と我が子をいさめたが、残念ながらそちらは夢の世界に届かなかった。

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