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第463話 しっとりと流れる不思議な時間。可愛い赤子に翻弄される国王。本人以外は出入り自由な陛下のお部屋。

 現在、聞き上手なクマちゃんは、相手の話にじっくりとお耳を傾けている。


「クマちゃ……」と。


 

 綺麗なものと可愛いものを好む男は、長いまつ毛をぱさりと動かし、彼からの返答を待っていた。

 長い時間でもないのに、その男を見つめるのには、いつも妙な緊張感が伴う。


 気の合う仲間達がわいわいと、何かを議論する声が聞こえる。すぐ近くからは、ひどいんじゃないの……というかすれ気味の声も。

 煌びやかな竜宮城の広間を、光の魚がスイ、と気持ちよさげに泳いでいる。

 その光は、珍しい銀色の髪を照らし、男の目のそばを通り過ぎていった。

  

 まるで、精巧に作られた芸術品のようだった。

 綺麗な切れ長の目は、彼を見返すことなく、一点だけを見つめている。

 別の光がまた、緑色の瞳を照らし、キラキラと軌跡を残して去ってゆく。

 

 湖面に浮かぶ光の粒が、森の深い緑に反射するかのように、光は男の瞳の中で瞬き、消えていった。

 


 そのときウィルの頭の中には、自身の優れた容姿のことなど欠片も残っていなかった。

 ただ、視界にルークをおさめ、考えていた。

 相変わらず、魔王と呼ばれるのも納得の、恐ろしさすら感じるほどの美貌だな、と。

 

 時間にすればほんの数秒、ルークに質問をした彼が芸術鑑賞代わりにそんなことをしていると、必要以上に色気のある声が、面倒そうにひとことだけ返してきた。


「意味ねぇだろ」と。


 自身も美術品のような男は(おや?)と不思議そうに首を傾げた。可愛いクマちゃんに関する質問に、もこもこを溺愛する男が返す言葉としては、あまりに味気ない。

 ならば、どういう意味か。ウィルは感じたままに訊いてみた。


「国王陛下への質問だから、ということ?」


 だから、『俺に聞いても意味ねぇだろ』と、そういう意味で言ったのだろうか。

 返事がないということは、おそらく正解のようだ。

 では、ルークならば何と答えるのか。それと同じ答えでは駄目なのか。

 

 しかし、もう一度質問をする機会は得られなかった。

 ウィルの肩に手を掛けた金髪が口を開いたからだ。

「それより俺に言いたいことあるんじゃないのぉ……」と。大きくはなかったが、少し高めのかすれ声は、金髪が背を向けているルークのもとにもしっかり届いたらしい。


 麗しの魔王様は言った。「しつけぇ」と。

 あまりに良い声すぎて、二人は一瞬そっちの方に気を取られてしまった。

 が、すぐに別のことに気付く。『つ』と『け』のあいだに小さな『つ』が入ってはいなかったか。

 滅多なことでは怒らないルークが『しつけぇな』ではなく『しつっけぇ』と言ったのだとしたら、もう一度同じことを言わせたら殴る、という警告かもしれない。

 リオの頭蓋骨に危険が迫っている。


 すでに謝ったつもりで実はまだ謝っていなかったウィルはなるほど、と思った。さきほどからルークが見つめているのは、小さなベッドで眠る、愛くるしいクマちゃんだけだ。周りで騒ぐなと言いたいのだろう。

 ウィルは謝罪のつもりで、黙ってリオの肩にぽん、と優しく手を置いた。

 しかし残念なことに、彼の謝罪はまったく届かなかった。


 心に悪いものが溜まった金髪の眼帯男、リオは小さな声で「クマちゃん……その人すげぇ意地悪な人だから気を許したらだめだよ……全人類の敵だから……懐いたらお鼻乾いちゃうよ……」と、眠る赤子の小さな脳へ、世界最強の冒険者ルークに関する誤った情報を刷りこもうとしていた。

 小さな猫手が、夢見の悪い猫のようにピピッ! ピピッ! と動いた。


 可愛いクマちゃんがうなされる十秒前。

 

 しかし邪念に満ちたリオ先生の邪悪な睡眠学習『クマちゃんの大好きな彼、やばいらしいよ』は、開始してすぐに中断させられた。

「リオ」と彼を呼ぶルーク様の低い美声が、『(おもて)出ろ』に聞こえたからだ。


 リオの人生が終わりに近付いている。危機を察した金髪の眼帯男は無言のまま、小さく首を横に振った。



 映像の中の国王陛下は、可愛らしい謎の生き物からの究極の質問『お(ちゅ)きな動物ちゃんは何でちゅか』に答えるため、難しい表情で、相手の反応を探るようにゆっくりと告げた。


「こねこ……?」


 子猫によく似た謎の生き物は、つぶらな瞳でじっと国王を見つめている。

 やや間を置いて、ラッコちゃんはこう言った。


「クマちゃ……」


『の……』と。


 竜宮城で固唾を飲んでクマちゃんの答えを待っていた者達の脳内に『の……?』『の……??』『の……』が駆け巡る。


 映像の視点が移動する。「……の?」と呟き眉間に皺を寄せた国王から、いつの間にか用意されていたホワイトボードに何かを書き込んでいる執事さんへと。


 キュキュ……と文字を書く際の摩擦で不思議な音が鳴った。


『執事さん』は黒い布で目隠しをしたまま、書いた文字を読み上げた。


「えーと、質問は〝あなたのお好きな動物はなんでちゅか?〟ですね~、そして人間国の王の回答は~」


 そこで一旦言葉を切り、手と口で、同時に同じ言葉を紡いだ。


「子猫の」と。


 怪しい執事さんは言った。


「はい、続きをどうぞ~」


 予想外の展開に、国王の口から自然と言葉が漏れる。


「どういうことだ……」と。


 子猫の鳴き声のような声が、それに答えた。


「クマちゃ……」


『の……』と。


 そこで、職務に忠実で絶対的にラッコちゃんの味方である怪しい執事さんは、ふたたび手と口を同時に動かした。


「『どういうことだ、の』」と。


 ホワイトボードに文字が連なってゆく。



 子猫のどういうことだの



 まさに『どういうことだ』としか言いようのない文章を見た竜宮城の大人達は、口々に動揺の声を上げた。

「なんだ……」「どういうことだ……」「子猫だけじゃ不十分ってことか……?」


 映像が切り替わり、掲示板にはベッドの上で対談する一人と一匹の様子が映っている。


「…………」


 無言の国王に、空気を読まない執事さんが言った。


「続きをどうぞ~」



 しばらくして、執事さんは手を止め、黒いペンをカタリと置いた。


 ホワイトボードは、癖のない美しい文字でみっちりと埋め尽くされた。

 そこには、長々とこう書かれていた。


『子猫のどういうことだのラッコと答えさせたいのかのクマは関係があるのかの手は猫のそれとよく似ているがの何を求められているのか分からぬが実に不思議で愛くるしい動物だなのまだ終わらぬのかのそういえばひとつ言い忘れていたのだが白い動物が好みかもしれんな』


 以上が、人間国の王の好きな動物の名である。



 目を閉じ俯く国王陛下と、何も考えていないような愛くるしいお顔でお座りしているラッコちゃんの様子を見ながら、竜宮城の面々は言った。


「白だな」「たしかに、これなら何の動物でも問題ないな」「さすがクマちゃんだぜ」「まさか他の着ぐるみのことも考えたのか……?」「他の動物への配慮かもしれませんね」「優しい……」「ああ、クマちゃんだからな」


 リオはクマちゃんを起こさないように注意を払っていたが、思いがうっかり口から零れてしまった。


「いや変でしょ」

 


 相手が国王陛下であっても主導権を譲らないインタビュアーが、相手からの回答を言い残すことがなくなるまで聞き出したところで、扉がバン! と開いた。


 映像が切り替わり、侵入者の正体があきらかになる。

 そこには、寝起きのように服の乱れた美人が、室内だというのに薄く色のついたサングラスをかけ、細身で長い片刃の剣を持って立っていた。


 竜宮城の大人達が「何か来た」「やべぇのでた」「うわ」と言っているあいだに、美人な王弟は動き出した。


「てめぇ兄貴に何しやがる……!!」と言いながら、想像以上の素早さで、絶対に襲い掛かってはいけない死神様に斬りかかったのだ。


 映像越しにそれを見ていた精鋭達はギャー! と叫んだ。「うわお前その人は駄目だろ!!」「馬鹿死ぬぞ!」「勝てるわけないじゃん!!」と。

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まさか魔王様に喧嘩売るなんて リオ、そんな名前の金髪がいたことは忘れない
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