第459話 国王ちゃん救助計画の第一歩。刺激的な指示を出すクマちゃんと、手際の良い執事さん。
現在クマちゃんは、色々大変な国王ちゃん救助計画について、黒髪の執事ちゃんにご説明している。
「クマちゃ、クマちゃ……」
こちら、クマちゃ、でちゅ……、と。
◇
台風がきたところに獣も侵入し、寝具が叩き壊されてしまったかのような室内。
艶やかな黒髪に執事服、黒い布で目隠しをしている男は「はいはい、なるほど」と頷くと、腕組みをして見えない誰かと話しだした。
「えーと、破壊の限りを尽くされたベッドの片付けに呼ばれた感じですかね。……違う、と。はい、金のお玉はまだです。ええ、分かりました」
掲示板の映像でその様子を見ていた金髪の眼帯男リオは、嫌そうな顔で「めっちゃ敬語……」と言った。
できるならそのまま、何のためにしているのか分からないリオの物真似をやめてもらいたい。
その怪しい目隠しを取ったら、顔立ちも全然違っていたりするのでは。
いや、それより片付けが目的でないなら何をしに来たのだ。
余計にぐちゃぐちゃになったらどうするつもりか。
そんなふうに、眼帯男が不安と不満を攪拌しているあいだに、『執事さん』は(おそらくお兄さんではないか、と思しき)姿の見えない誰かとの話し合いを終えたようだ。
そこらの貴族服より高価そうな執事服をまとった男は、掲示板を見ている者達に聞かせるように説明を始めた。
「んー、俺は怪しい人間の排除とー、とにかくめっちゃクマちゃんのお手伝いをするんでー……指示は可愛いクマちゃんにお任せ、ということで」
などと、とんでもないことを言い始めた男のせいで、竜宮城は少々ざわついた。
いやそもそも……と。
◇
「あやしいにんげん」とリオは滑舌良く、一文字ずつ区切るように呟いた。
我々が言える立場だろうか。いいや、そんなはずはない。
勝手に王宮に侵入しているのは誰なのか。
一見するとゴロツキのようだが、気絶している奴らを国王の寝所に放り込んだのは、可愛い我が子である。
自分は見ていただけだから……などと言い逃れできる立場でもない。
我が子の可愛いお手々からクソスイッチを取り上げなかった時点で同罪だ。
――いや、同罪ではない。我が子はつぶらな瞳の赤ちゃんだ。
非常にヨチヨチしているし、子猫のようにもこもこしているし、哺乳瓶で牛乳も飲んでいる。
つまり永久に無罪。
ならば有罪なのは――。
そんなふうに、リオが『真のあやしいにんげん』は自分のような気がする――という背筋がざわつく結論にたどり着こうとしていたとき。
他の大人達もまた、似たような結論に達していた。
おそらく『執事さん』が排除すると言っているのは、クマちゃんの活動の邪魔になりそうな王宮の人間だろう。しかし実際に『怪しい人間』というならば――。
「え、俺らすげぇ怪しいっすよね。王サマの寝室みんなで覗いてるとか」
「やべ。オレ実は王様のベッド壊れたとき爆笑してたわ」
「いやあれは仕方なくね? あんなんなったら自分のベッドでも笑うし」
「すげぇギシギシいいながら崩壊してったからな」
「ちょっとゆっくりな感じがまた」
「わかる。天蓋くそウケると思った」
「あとアレ、王様がゴロツキとアレやったとき」
「馬鹿お前アレとかやったとか言うなよ不敬だぞ」
「あの時さぁ、普通に黙って見てたのに、ギシィ……ブチブチッ……って聞こえて吹いちゃったんだよね」
「あの、マスター、これ自首したらどうなるんですかね」
「……まぁ、何かあれば俺がどうにかする。お前らは余計なことをするな」
精鋭達が懺悔をし、もしもの時はマスターが責任を取る方向で話を纏めているあいだ、赤ちゃんなので無罪なクマちゃんは『執事さん』の言葉について考えていた。
◇
クマちゃんはうむ、と深く頷いた。
執事ちゃんは『とにかくめっちゃクマちゃんのお手伝いをする』ために来てくれたらしい。
「可愛いクマちゃんは何をしてほしいのかなー? ご注文をどうぞー」と画面の向こうの執事ちゃんが言っている。
名前を呼ばれたクマちゃんは、ハッとしてお返事をした。
「クマちゃ、クマちゃ……」
こちら、クマちゃ、でちゅ……。
いまから、国王ちゃんの救助を始めまちゅ……。
まずは、ゴロツキちゃん達のベッドを作りまちゅ……。
彼らはぐっすり寝ているので、代わりに音声ちゃんで、ゴロツキちゃんの好みを、お伝えしまちゅ……。
それでは、お聞きくだちゃい……。
と言ってクマちゃんはスイッチをぽち、と押した。
◇
「いやもう普通に静かに撤収すんのが一番いいと思うんだよね」
とリオが言った瞬間、掲示板から災いのような爆音が聞こえてきた。
『上なんだよ!! 上!! 上は俺らだ!!! クソがっ!!!!』
リオは静かにできない我が子に言った。
「何が?!! 何が上? 急にどうしたの。つーか『クソ』とか使っちゃダメでしょ!」
クマちゃんはハッと、叱られた子猫のように瞳を潤ませ、猫手で手元のスイッチを押した。まるで驚いて咄嗟にお手々を振った猫ちゃんのように。シビビッ! と。
すると聞き覚えのある音声が――。
『誰がしゃべっていいっつった?! あ゙あ゙?』
「絶対わざとでしょ!!」と目を剥く金髪に「リオ、分かったから、落ち着け」と優しく苦笑を返してくれたのは、マスターだけだった。
◇
あのひどい音声だけですべてを察したらしい『執事さん』は、「はいはい、なるほどー」と言うとすぐに作業を始めた。
アヒルボートから降ってくる丸太や蔦、資材を受け取り、ドン! ドン! と床に落としてゆく。
「えーと、この上にゴロツキを乗せれば完成って感じですかね」
そして、手早く鮮やかに、かつ野性的に組み立てた物体の上に、ドサ、ドサ、とゴロツキ達を放り投げていった。
それは、並べた丸太に蔦を絡めたような、ゴリラが作った藤棚のような、表現の難しいオブジェだった。
映像ですべてを見ていたマスターは、ルークに抱えられているもこもこにそれを尋ねた。若干、探りを入れるていで。
「あ~、白いの。……あのデカい台……棚か? あれは、後で片付けるのか? そもそも、脚のついたイカダみてぇなあれは、なんなんだ?」
クマちゃんは困った顔でお手々をペロペロしてから、子猫のように愛らしい声で、マスターの質問に答えた。
国王の寝室に設置した、太い木や草がわさわさしている巨大なブツは、いったいなんなのか、という緑化運動的な何かの答えを。
「クマちゃ、クマちゃ……」
あちらは、ロフトちゃんでちゅ……。
『ロフトちゃん!!!』
衝撃的な答えに、一部の大人達は口から酒を噴いた。
「やべぇ。王様めっちゃお洒落じゃん」
「完全に部屋の真ん中にあるんだが」
「やぐらかと思ったわ」
「あそこだけ丸太っぽいっていうか、すごく……自然な感じがするよね」
「はしごの葉っぱがハイセンス」
「究極の木造」
「ロウソクとか合いそうな雰囲気」
「お気に入りの本読んだらいいんじゃね?」
「それ『国王の寝室から火の手が……』ってなるやつだろ」
そんなふうに、事件事故の大元の原因となりそうな原始のロフトが完成したところで、救助計画は次の段階へ移った。
◇
「クマちゃ、クマちゃ……」
こちら、クマちゃ、でちゅ……。
次は、彼らの夢ちゃんを、覗いてみましょう……。
着ぐるみを着用したクマちゃんはそう言って、子猫用ベッドのような、可愛らしいクマちゃん専用ベッドにもこもこ、もこもこと潜りこんだ。
ルークが最愛のもこもこに、ふわり、と優しく毛布を掛ける。
ドサ……と何かが倒れる音がする。
そして面倒見の良いマスターが「おい、クライヴ……」と立ち上がり、リオが「えぇ……」と言っているあいだに、掲示板の映像が、ぱっと切り替わった。
そこには『――ダウンロード中ちゃんですちゃーん――』という数時間前に見たばかりの、謎の言葉が踊るように跳ねる様子が映っていた。