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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第458話 気付いてしまったクマちゃん。怪しいどころではない物音。そして扉が――。

 優しさの化身のようなクマちゃんは、短いお手々を胸の前でそっと交差させて「クマちゃ」と言った。


 クマちゃんの(たちゅ)けを必要(ひちゅよう)としているようでちゅね……、と。


 ◇


 映像を見ていたクマちゃんはハッとした。

 大変なことになってしまった――。二段ベッドの上段が、鍋にのせた料理用ガーゼのように、内側に垂れ下がってしまっている。そしてよく見ると、下段で寝ているルームメイトのおじちゃんと、薄いのに重そうな布の(かたまり)がくっついてしまっている、ような気がする。


 しっかり者のクマちゃんは、うむ、と深く頷いた。それからおっとりした口調で、竜宮城の大人達に状況説明をした。

 

「クマちゃ、クマちゃ……」


 大変ちゃんでちゅ……。このままだと、ベッドちゃんが壊れてしまいまちゅ……。


「まさかまだいけると思ってるわけじゃないよね」というリオの厳しい追及は、傷つきやすい赤ちゃんの耳に入る前に魔王の結界で遮断された。


 まだいけると思っているクマちゃんは、ふんふんふん……、と湿ったお鼻を鳴らした。

 子猫がミィと鳴くように、愛らしい声で打開策を告げる。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 クマちゃ、引っ張るちゃ……と。


 なんと不穏な呟きか。金髪の眼帯男リオは、かつて後輩冒険者が初任給をおかしなヘアバンドに全額つぎ込もうとしたときのように「良い結果を生まないと思う」と言った。


 しかし声がかすれているせいか、真っ当な助言は一部だけ届かない。

 風のささやきが、赤ちゃんのすべてを肯定する。

『良い結果を生……もう』と。


 常にハッピーなクマちゃんは、真剣な表情でうむ、と頷いた。そしてピンク色の肉球でふに、と今のところあまり良い結果を生んでいるようには見えないドクロスイッチを押し込んだ。


 ぽち。

 

 映像の中のアヒルボートから、シュ! と何かが落ちてくる。

 薄いヴェールに包まれた、ゴロツキの後頭部へ。

 続けてシュ! と音がした。


 そこで映像が切り替わり、無残なベッドが横から映される。

 まるで幽霊屋敷のごとく、白い何かにボロボロにされた、天蓋(てんがい)残骸(ざんがい)遺骸(いがい)のようなゴロツキが垂れ下がっている国王のベッドが。


 状態は、上から順にこのようになっている。


『アヒルボート。コクマちゃん付き』(数時間前に魔王が獲得した〝動く模型〟)

『枠だけ無事な天蓋』

『駄目になった布』

『駄目になった布に包まれ、引き上げ中の底引き網に囚われているように見えるゴロツキ』

『底引き網の下敷きになっている国王陛下』

『今のところ獣害(じゅうがい)を免れているワイドキングサイズのベッド』

『豪華な絨毯の上で気絶しているゴロツキ仲間達』


 ただ事ではない映像の中、底引き網の中に、ゴロツキと、回転ダーツボード付きナイフ以外の何かが映っている。


 ――竜宮城の大人達が『んん?!?!』と目を凝らす。

「風船……?」

「ゴロツキの背中に風船が……」

「まさか風船で……?」


「厳しいんじゃないっすかね」

「頭に付いてるアレはなんだ?」

「あれは、付いてるというより載ってるというのでは?」


 少し前まで天蓋の役目を果たしていた薄布のせいではっきりとは見えなかったが、ゴロツキの後頭部には、間違いなく何かが載っていた。


 破壊者本人であり、現在は修繕の発案者であるクマちゃんは、子猫によく似た可愛い声で、彼らの疑問に答えた。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 そちらは凄いプロペラちゃんでちゅ……。風船ちゃんで上に引っ張り上げて、凄いプロペラちゃんで色々な方向へ移動しまちゅ……。自動ちゃんで良い感じちゃんになりまちゅ……。

 

『凄いプロペラ』は、自動首振り扇風機とまったく同じ形をしていた。

 いかにも自動で多方向に首が動きそうな、危うい形である。


 見るからに問題を起こしそうな魔道具に対し「やばいんじゃないの」と懐疑的な眼差しを送っているのはリオだけだ。

『凄いプロペラ』の正体を知らぬ大人達は『なるほど……』と、納得したふうを装った。

 彼らが本当に気になっているのは、頭に置かれた自動首振り扇風機でも、背中を吊り上げる予定の風船でもなかった。

 

 大人達がさきほどから、というより最初から心底気になっているのは、国王を護る近衛が、この大惨事にいつ気付くのか、ということであった。



 可愛いクマちゃんの白いお手々は、なんの予告もなく、そのスイッチを押した。


 クマちゃんの改造魔道具、凄まじい自動首振り扇風機が、ヴォオオ……と不気味なうなりを上げる。

 とんでもない強風が、バサ――バサッバサッバサバサバタタタタタバタタタ!!! と薄布を激しく、縦へ横へとあらゆる方向へ(なび)かせ、暴れ狂わせる。

 嵐のような轟音と共に、薄布の中のゴロツキが、ズッ……と前進したように見えた、その瞬間。


 いったい何が起こったというのか、長身で八十キロ以上はありそうなゴロツキの体が、ぶわっ……と浮き上がり、巨大なベッドのヘッドボードに勢いよく近付いた。


 しかし激突すると思われたその男は、握っていた何かを突如上空へと放り投げると、両手を前に、そこまで早く動けたのか、というほど素早く突き出した。

 その結果。


 バァァァアアン!!!! 


 と、廊下の端まで届きそうな爆音が、ゴロツキが手を叩きつけたヘッドボードから鳴り響いた。ほぼ同時にパァン!! と風船の割れる音も響いたが、前者のそれに比べればささいなことであった。

 どんなに豪快な暗殺者が来たとしても、完全に眠っている人間の周りで、ここまで激しく無意味な物音を立てることはないだろう。


「…………」


 リオは育児の大変さと世の母親の苦労に想いを馳せ、現実から目を逸らそうとした。


 しかし何でも映る掲示板が『ニャー』と鳴き、何かを表示させたせいで、そちらを見ざるを得なかった。


 ピピピピピピ――……、と静かだった空間に、軽快な音が響いた。



 死んでいるのでは、というほど起きない国王と、それにまたがりヘッドボードに両手を突く男が映っている映像に、ピピピピ! と勢いよく文字が、寝ている人間の個人情報が重なってゆく。


『職業:国王』

『勤務形態:永久無休在宅ワーク』

『勤務態度:普通』

『ボーナス:無し』

『妻子:無し』

『住まい:訳アリ物件』

『緊急連絡先:同上』

『家賃収入:無し』

『不労所得:有り』

『自由:無し』

『安らぎ:無し』

『労働基準法:違反』

『起きる気配:無し』

『不都合:有り』


 掲示板にでかでかと表示されたせいで、見たくなくても目に入ってしまった。

 リオは映像の中、国王にまたがるゴロツキの顎からしたたる謎の水滴を、怖いものを見るように眺めながら「クマちゃん不敬罪って知ってる?」と尋ねた。


 やや離れた場所では商隊の護衛が「……イカレてるなんて言葉じゃ足りねぇ……いったい何がしてぇんだよ」と、大抵の人間には分からない答えを探していた。



 クマちゃんは言った。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 クマちゃんは、分かってちまいまちた……。どうやら国王ちゃんは、クマちゃんの(たちゅ)けを必要(ひちゅよう)としているようでちゅ……、と。


「クマちゃん、国王ちゃんが『いいから帰ってくれ』って言ってるよ」とリオはだらけた格好で我が子に答えた。彼は非常に疲れていた。

 しかし、その隣で真剣にミニゲームをしていたらしい派手な男に「リオ、姿勢が悪いよ」と、いつも通りの涼やかな声で言われたため、ひとまずそちらと問答をすることにした。

 疲れているせいか、ウィルの言葉を聞き流せなかったのだ。


「いや普通それより気になること、っつーか言うことあるでしょ。まさか、いままでの『アレ』より俺の姿勢がやばいと思ってるわけじゃないよね」


 もしそうならそれはそれで大変なことである。


「どれのことを言っているのかな。あのベッドのことなら、布をかけ直せばすぐに元通りになると思うよ。それに、あったほうが見た目は立派だけれど、多少破れてしまっても、寝心地は変わらないのではない?」


 と大雑把な男は言った。可愛いクマちゃんがベッドの布を少し引っ張ったからといって困る人間などいない。と、彼は当たり前のように思っていた。


「寝心地。今一番どうでもいいやつ。そんなもん比べてる場合じゃないし、さっきなんてベッドに強風吹き荒れてたし、顔と顔重なってたし、すげぇ勢いで吹き飛んでたし、頭んとこ爆発したみてーな音なってたからね。んで極めつけに耳の水ね。かかったら死ぬやつ。これを超える俺の姿勢ってなんなの。やべぇ文字に見えるとか残像で百人くらいに見えるとか? つーか何で近衛こねぇの? もしかして別の奴も襲撃に来てる?」


 とすべての苦情を隣の男に叩きつけたリオは、自身がクマちゃんを襲撃者として数えていることに気付いていなかった。



 コンコンコン。


 と、掲示板から木製の何かを叩く音が聞こえた。聞きたくなかった音だ。


「なんか来た。つーか遅すぎ。普通に間に合ってないし。もしかしてオーサマ三回くらいぼこぼこにされたあとだったんじゃねーの?」


 だから可愛いクマちゃんとクマちゃんのクソスイッチのせいで国王の寝室にカタストロフがおこっても部屋の(あるじ)が起きなかったのではないか。と、リオは予想した。


 そして、近衛が入室して底引き網を見つける前に撤退したほうがいいのでは、と言おうとしたところで、主君の返事を待たずに扉が開いた。


 勝手に寝室に入ってきた無礼者は言った。


「はい、めちゃくちゃ忙しい執事さんがお手伝いにきましたよー」と。

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