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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第457話 一気に本丸を攻めるクマちゃん。見たくなくても見てしまう、デンジャラスな映像。

 現在クマちゃんは中古物件の内見をしている。

 うむ、全体的に古い。家具が(きし)んでいる。リフォーム工事が必要だろうか。



 その映像は、深夜でもほどよく明るい庭園から始まった。

 東西に設置された巨大な噴水からは、真夜中だからか、ちょろちょろと、控えめに水が湧き出ている。

 映像がなめるように、下から上へと、城の外観を映してゆく。「は? これ王城じゃね?」というかすれ声に答えるものはない。

 

 そこで、竜宮城で酒を飲みつつ掲示板の映像を眺めていた大人達は『ん?!!』と己の目をこすった。


 見間違いか? いや、見間違いでもかすみ目でもない。


 王城、あるいは王宮の外壁に、いったい誰がこんなとんでもないことをしでかしたのか、でかでかと、真っ白な垂れ幕が掛けられているではないか。

 そこには、幼子が書き殴ったような荒々しい黒字で、こう書かれていた。


『七等景品。いにしえのアパートメント』


 金髪の眼帯男リオは、賞味期限が切れて半年以上が経過した食べ物を見つけた人間のように「これやばいんじゃないの」と言った。

 真剣に考えると臓腑(ぞうふ)が震えるほどの大事件である。

 誰かがこの国に喧嘩を吹っ掛けている。

 売国奴(ばいこくど)の仕業だろうか。


 彼の横にいる白い売国奴は、麗しの魔王様に抱えられたまま、人間の言葉が分からない猫ちゃんのような顔で、チャ……チャ……と肉球のお手入れをしている。


「…………」マスターは黙したまま、強く、ただ強く目頭を押さえた。

 くしゃりとラフに撫でつけたグレーの髪も、渋い大人の色気が滲む苦悩の表情も、漆黒の浴衣にぴたりとハマっていて、大層格好良かった。

 だが、格好良すぎるギルドマスターに見とれる余裕は誰にもなかった。


 森の街の商業ギルドマスターリカルド(王都出身)の目が、危険の只中に身を置く悪党のようにギッと吊り上がる。

 そしてそのまま、悪役顔に良く似合う悪い笑みを零した。

 もうこうなったら笑うしかないというやつだ。

 彼は垂れ幕の『七等景品』あたりを見ながら国家の凋落(ちょうらく)を楽しむ悪党のように、ククク……と喉を鳴らした。笑いごとではないし、笑っている場合でもないが。


 垂れ目がち色気駄々洩れ超美形商隊長(王都出身)は、現在もミニゲームで忙しかった。

 そのため、己の部下である奥二重地味美形商人(王都出身)に「しょ、商隊長!!」と肩を強く揺すられても、「あとにしろ」と言って視線を動かさなかった。

 そのおかげで、衝撃映像から意図せず逃れられた。

 彼は知らない。彼の欲しがっている可愛い模型が、現在進行形で、一部の人間に災いを振りまいていることを。

 因みに、商隊長に情報が入ってこない原因はもちろん、ゲームにかかりきりで映像を見ていないせいである。


 商隊長が雇っているSランク冒険者、あるいは綺麗な顔の護衛(王都出身)は、しばらく黙ったあとにこう言った。

「完全にイカレてやがる」と。


 奴は完全にイカレているのではないか。

 という不健全な噂が立っているクマちゃんは、大人達のざわめきからポジティブな盛り上がりだけを抽出し、「クマちゃ……」と頷いた。


 それでは、さっそく良いお部屋ちゃんを探しましょう……と。


 この場合、完全にイカレた生き物が推奨する『良いお部屋』とは、身を隠すのに最適な、という意味ではなく、言葉の通り『一番上等な部屋』という意味である。



 白い生き物が操るアヒルボートは、とあるお兄さんの力で、気絶したゴロツキ達ごと一瞬で移動した。

 深夜にドクロスイッチを連打するクマちゃんの望み通り『一番良いお部屋』へと。


 そのアヒルボートは到着してすぐに、天蓋付きの豪華なベッドの上に見えたそれに、スイーと近付いていった。

 自動追尾機能ではない。肉球に押され続けるドクロスイッチのせいだ。


 映像が、勝手に映してはいけないそれを、至近距離で大きく映した。


 それは、会ったことがなくとも状況で分かる、『いにしえのアパートメント』(王宮)の持ち主、国王の寝顔であった。

 大人達が動揺と頭痛、胸やけ、心臓への負担、胃の痛みで顔を歪めていると、竜宮城と映像の両方から同時に、愛らしく透明感のある歌声が聞こえてきた。


「――クマちゃーん――」

『――クマちゃーん――』


 ――なんかいるちゃーん――。

 ――なんかいるちゃーん――。


 歌は始まると同時に終わった。

 天才シンガーソングライターの新曲『五十代未婚男性』に、複数の人間から動揺の声が飛ぶ。

「たしかにいるけれども」「冷や汗が止まらないんだが」「いてもいなくても心臓が跳ねる」「おい、ここの警備はどうなってるんだ」


「あーやばいやばいやばい。クマちゃん別の部屋にしよ。その人いま良い感じに寝てるから。起こしたら凄いことになっちゃうから」


 起こさなくともすでに凄いことになっているが、寝かせておくほうが絶対にマシである。

 意外と真面目な男リオは、かすれ声をさらにかすれさせ、他国のスパイよりも厄介な我が子を諭した。


 国の最深部である国王の寝所に、回転ダーツ付きのナイフを所持したゴロツキを連れてきたとんでもない生き物は、子猫のように愛らしい声で「クマちゃ……」と言った。


 素敵(ちゅてき)な二段ベッドちゃんがありまちゅね……。ちょうど上の段が空いているようなので、そちらを使(ちゅか)いましょう……と。


 リオは(かん)(はつ)を入れずに答えた。

「無い。クマちゃん二段ベッドは無いよ。たぶん今思ってるとこ違うよ」


 彼は誤解のないよう言葉を重ねた。しかし、早口だったためか、可愛いクマちゃんの丸いお耳には、約七十五パーセント程度しか届かなかった。

『クマちゃん二段ベッド……よ……たぶん今思ってるとこ……よ』


 風のささやきに後押しされたクマちゃんは、ドクロスイッチを肉球でテチテチテチテチ! としつこく押した。高級そうな絨毯の上に転がされていたゴロツキの一人が、ふっと消えた。


 回転ダーツ付きのナイフを持った男が、闇色の球体で『存在するはずのない、幻の二段ベッド上段』へ運ばれたようだ。


「スイッチ関係ないじゃん! それ絶対お兄さん手伝ってるじゃん!」


 などと言っている場合ではなかった。


 おかしなことに、掲示板に映っている国王のベッドから、ギシ……ミシ……ギギギ……ギィ……ズズ……ズズ……ブチ……ブチブチ……と、不吉にもほどがある音が聞こえてくるのだ。


 豪華なベッドの天蓋が軋み、カーテンのように掛けられていた暗い色の紗が、ズルズル……ズル……ズルズル……とベッドの内側へ落ちてゆく。

 まるで、強度の足りない天蓋の上に、八十キロ以上ある重たい物でものせてしまったかのように。


「クマちゃんあそこに何のせたの? まさか人間じゃないよね?」


 リオはベッドに寝ている国王の上に重なりつつある物体を見ながら尋ねた。

 あれとあれがくっついたらどうなるのか。警報でもなるのか。

 こんなにギシギシ鳴っているのに、お偉いおっさんは何故起きないのか。

 いや逆に、いま目を開けてしまったら、薄い布で無理やり顔をギュウギュウされた男と目が合うのでは。もしやもう顔と顔が重なってしまっているのでは。

 そういえば、奴の耳の水はどうなったんだ。


 見たくないのに見てしまう。

 こんなに恐ろしい映像を見たのは生まれて初めてだった。

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― 新着の感想 ―
今回はいつも以上に自由ですね。 それでもかわいいけど。笑 でもクマちゃん、よそ様のお家を古いとか言ったり、勝手に覗いたり景品にするのはダメなんだよ。そんなことしてると白いふわもこが長い金色に、つぶらな…
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