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第450話 夜の楽しみ方。ゆらめく炎。怠惰な魔王様と嘆く男。すべてを温めるクマちゃん。

 仲良しのリオちゃんの異変を察知したクマちゃんは、すぐに決断を下した。


「クマちゃ……」


 温めまちゅか……と。



 ほろ酔いのリオがにこやかに「クマちゃんこれ結構難しいねぇ。カゴめっちゃ邪魔だねぇ。つーかこのひげどうやって倒すの?」と、『片手で遊べるコクマちゃん育成ゲーム』とゲーム開発者クマちゃんに大量のクレームを出していたときだった。

 

『――クマちゃーん――』


 ――黒ひげちゃんレベルアップちゃーん――。


 という、聞き捨てならない音声が、彼の真横から聞こえてきた。


「何いまの」


 やや閉じかけていたリオの目が、カッと見開かれる。

 彼は不吉な音声が聞こえた方向、魔王の水晶玉へ視線をやった。


 するとそこには、有るはずのものが無く、居るはずの者もいない代わりに、まったく別のものが映っていた。


 丸太製の貧相なイカダは、黄色の可愛いアヒルちゃんボートに。

 憎らしい黒ひげは、驚くべきことに、背に翼のある黒髪の天使になっていた。


 そのうえ天使はなんと、可愛らしい黒猫ちゃんの着ぐるみを着用したコクマちゃんと共に、優雅にお茶会――〝アヒルちゃんボートパーティー〟を開いていたのだ。


 そしてよく見ると、アイテム取得に必須の大砲は三門も置かれ、猫風船に吊るされたカゴは、しっかりと中身が分かるように、親切な張り紙が付けられている。


 気怠(けだる)そうな雰囲気の魔王ルーク様が、琥珀色の酒を片手に、美しい指先でドクロスイッチを押す。


 映像の中でお茶会中の天使とコクマちゃんも、優雅にお茶を飲んだり飲ませてもらったりしながら、ひとりは片手で、一匹は猫手でドクロスイッチを押した。

 

 三門の大砲から同時に猫耳つき砲弾が『ニャニャニャー』と打ち上がり、猫風船が『ニャニャニャーン』と割れ、三つのカゴが同時に落ちてくる。


「…………」 


 リオはテーブルに置かれた銀色の燭台(しょくだい)を、ゆっくりと自分のもとへと引き寄せた。


 三本の蝋燭(ろうそく)が、眼帯をつけた男の顔を、真下から怪しく照らす。

 形の良い唇が小さく開き、ぼそりと彼を呼ぶ。「リーダー……」


 あちこちで猫の鳴き声がする。

 吐息が炎を揺らし、鬱々(うつうつ)としたかすれ声が、夜の空気を震わせた。


「ひげ殺したでしょ……」


 陰気な蝋燭男(ろうそくおとこ)が、陰湿な質問をぼそぼそと繰り返す。「邪魔だったんでしょ……」


 そうに決まっている……。

 始めた時間はほぼ同じなのに、ここまで差がついた理由はそれ以外にない。

 リオは引き続き燭台(しょくだい)を持ったまま、ぼそぼそと辛気臭い推理を披露した。


「沈めたでしょ……イカダと」ひげを――。

 

 じゃないとあのボロイカダが可愛いアヒルちゃんボートになった説明がつかない。


 ずるい……あまりにもずるい……。

 心の扉をガタガタ揺らし、嫉妬の炎をボッ……ボッ……ボッ……と(とも)してゆくリオに、ルークの切れ長の目がすっと向けられる。


「貸せ」


 一言だけでも色気を感じる低い声でそう言うと、ルークはリオの手から体温であたたまったドクロスイッチを奪った。


 リオが大事なそれを奪い返す前に、一度だけスイッチを押し、すぐに投げ返す。  

 パシ、と受け取ったリオの耳に『ニャー』『ニャ……!』『ニャーン』『ニャーン』『ニャーン』という獲物を見つけた猫達が連鎖して鳴きだしたような音声が届いた。


 何事か! と水晶玉に視線を移した時には既にすべてが終わったあとで、イカダに落ちた三つのカゴを、リオの可愛い(が、まだお洋服はゲットしていない)コクマちゃんが、一生懸命ごそごそしている最中だった。


 意外と優しい魔王様は、迷える遊戯者(ゲームプレイヤー)リオに答えを返してくれたらしい。


 お前が下手なだけだろ。

 くだらねぇこと言ってねぇでちゃんとやれ。

 

 めんどくせぇな。


 と、めんどくせぇ奴のために口を動かすのがめんどくせぇという気持ちが透けて見える行動によって。


 怠惰(たいだ)な魔王ルークの高等過ぎる技術を少しも盗めず、心にも小さくはない傷を負ったリオが「ひどい……ひどすぎる……」とやり切れぬ想いを吐き出しながら地道にドクロスイッチをポチ……ポチ……と押していたとき。


 愛らしいクマちゃんの「クマちゃ……」という声が、心に風穴を開けられたリオの耳に届いた。



 ゲーム開発者クマちゃんは、仲良しのリオちゃんがロウソクのわずかな熱に頼らねばならぬほど寒がっていることを察して「クマちゃ……」と言った。


 どうやら(ちゃむ)くて指先(ゆびちゃき)がかじかんでいるようでちゅね……と。


 指ではなく心に凍傷を負っているリオは、顔を蝋燭(ろうそく)で照らしながら「クマちゃん……こっちおいで……」と言ったが、現在もこもこを抱えている護衛のゼノが「やべぇな、海の悪霊を大量に取り込んだのか……」と、それが事実であればやべぇでは済まないことを言ったため、我が子を引き寄せることはできなかった。



 海の悪霊を大量に取り込んだやばすぎる男リオを心配したクマちゃんが、『クマちゃ……!』と言って皆を連れてきたのは、絢爛豪華(けんらんごうか)としか言いようのない、海底の城と思しき場所であった。


 ――ゲームちゃんの(ちゅぢゅ)きは大量の悪霊を温泉(おんちぇん)(やちゃ)ちく温めながら……、ということらしい。


 王都からの客人達は、ずらりと並ぶ朱塗りの柱と、それを照らす華やかで神秘的な灯篭(とうろう)を眺め、ぼんやりと佇んでいた。

 見たことのない建築物の豪華さとその美しさに、圧倒されてしまっていたのだ。


 あちこちに施された、風情ある金の装飾。不規則に揺れる灯り。

 帳の落ちた闇のなか、ふわりとけぶる白い湯気が、異国情緒あふれる城を幻想的に包み込んでいる。


「……クゥの家は凄いな……」


 異国の城も良く似合う、垂れ目がち色気駄々洩れ超美形商隊長は、湯気に紛れてヨチヨチしている真っ白な妖精ちゃん達をぼんやりと眺めながらそう言った。


「……そんな簡単な一言で済ませていい場所ではないと思いますが……」


 地味な美形商人は、返す言葉に迷いつつ、ぼんやりと意見した。

 巨大な船にも心臓が止まるほど驚いたというのに、今度はなんと、海底にある(と思われる)(あで)やかな城。

 もしかすると、本当の自分はまだ子猫と一緒にベッドで寝ているのではないだろうか。

 あのとき、森の中で目を覚ましたところからが夢なのでは?


 しかしそれにしては、子猫の作ってくれた料理の味は美味すぎた。

 ――そういえば、さきほど船の上で同僚が『な、な、なんだこの美味すぎる肉料理は!!』といった意味合いの言葉を叫んでいたような……。


 一体どんな肉料理なのか……と、地味な商人が現実逃避していると、彼らをここへ導いた子猫が「クマちゃ……」と商隊長を呼び、可愛い肉球を見せた。


 どうぞ、温まってくだちゃ……と。


 魔王の腕の中から。

 その斜め後方では、蝋燭(ろうそく)に照らされた眼帯の男が「……お兄さん……この燭台(しょくだい)……俺のじゃないんだけど……」と物々しい雰囲気をかもしながら誰もいない場所に話しかけている。


「どうしたクゥ。抱っこか? ほら、こちらへおいで」


 肉球に魅了された商隊長は、湯気に紛れて魔王から子猫を奪おうとした。

 が、地味な商人がすぐさま後ろから上司を羽交い絞めにした。


「無理に決まってるでしょう……!」



 ――カポーン――。


 無事に黒い服を脱いだ商隊長達は、心地好い木の香りに包まれ、幸せな時間を過ごしていた。


 ぱちゃぱちゃ……ぱちゃぱちゃ……。


 妖精ちゃん達の猫かきを眺め、露天風呂で温まり、ヨチヨチ……! と運ばれてきた酒を飲み、頃合いを見て――ドクロスイッチを押す。

 顔の良すぎる商隊長は、スイッチを持っていない方の手で濡れた髪をかき上げると、湯に浮かぶ水晶玉(の中のコクマちゃん)を見ながらニコニコしている部下に話しかけた。


「幸せとしかいいようがないな……。実は、密かに計画していることがあるんだが、聞いてくれるか」


 地味な商人はニコニコ顔を引っ込め、両目に水が入った商人のような顔で答えた。


「嫌な予感しかしないので、断っても構いませんか……」


「私はこの件が片付いたら田舎に土地を――」


「すげー普通に話し始めるじゃん……」


「クマちゃ……」


 クマちゃんはゆっくりと頷いた。

『この件』はどの件か分からないが、『あの件』ならば順調に進んでいるのである。


「クマちゃんほっそりしちゃったねー。可愛いねぇ」


「クマちゃ……」


 クマちゃ、可愛いちゃ……。

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