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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第436話 闇に落ちかける商隊長と、光を取り戻すクマちゃん

 そしてクマちゃんは、ついに目を覚ました。

「クマちゃ……」と。



 掲示板に映る彼らも、人形劇ではなくなっていた。

 誰もそれについてふれなかったが、映像の中心にいる王都の冒険者らしき男もまた、顔が整っていた。

 少々野性的な言葉遣いとは真逆の洗練された容姿で、『さすがは王都の――』といった綺麗な顔立ちの男であった。


 女性冒険者達の好みそうな外見なはずだが、現在彼女達の関心はひとつのことに向けられている。


『それで夢の中のクマちゃんはどうなったの?』と。


 今の彼女達にはそれがすべてであり、誰の顔立ちが綺麗だろうと今は興味を向けられないのだ。


 腕組みをして樹によりかかっていた王都の冒険者は閉じていた瞳を開くと、怠そうに『はぁ……』とため息を吐いた。


「あのおっさん、まだ寝てんのか」


 そして『クソガキのおもちゃみたいなスイッチ』を無理やり押したせいで未だ目を覚まさない商隊長たちの様子を見ようと視線をそちらへ向け、驚きで目を見開いた。


「……! おい、おっさんがいねぇ……! 誰だアイツ!」


 王都の冒険者が『アイツ』と言うのと、映像の中心に美形の男が映るのはほぼ同時だった。


 

 掲示板で映像を観ていたリオが「あー……まぁそうなるよね」と納得したように頷く。

 

「うーん。こちらの姿も変わってしまっているね。夢の中でクマちゃんに貰ったお菓子を食べたおかげだろうけれど」


 派手な男は涼やかな声で考察すると、新鮮な反応を見た、という風に答えた。


「クマちゃんの力を知らない彼からすると、仲間の外見がいきなり変わってしまってとても驚いただろうね」


「いや寝てただけで外見変わったら『とても驚いた』どころじゃねーと思うんだけど」


 といった一般的な男の意見に同意する者はいなかった。

 彼のまわりには神経が極太な人間しかいないようだ。



 映像の中の王都の冒険者は、消えた商隊長を探しに行こうとして精鋭達に止められていた。

 

「まぁまぁまぁ大丈夫だからよく見ろって。神聖な空気にふれると若返るっていうじゃん? そういう感じ」


「そうそう。ここではよくあるやつだから。ほら深呼吸したら『あ。俺いまめっちゃ浄化されてる……』ってなるっしょ」


 精鋭達は『森ではよくあるやつ』で誤魔化そうとしているようだ。

 掲示板越しにそれを観ているリオが「いやいやいや、それで信じるやついねーから。あいつら馬鹿じゃねーの」と鼻で笑う。



 王都の冒険者は怪訝な表情で「はぁ?」と振り返り、『商隊長かもしれない美形』をじっと見た。


「おい、アンタらまさか……、あの男が商隊長だとでもいいたいのか? そんな馬鹿げた話が……いや、確かに魔力が同じだ。神聖な空気は感じちゃいたが……寝るだけで若返るなんて普通ならありえねぇ……。ほんと、どうなってんだよこの街は」


 そう言って疲れたように、横になっている商隊長に歩み寄った。

 だが、商隊の護衛である冒険者が彼を起こす前に、男の手がぴくりと動き、何かを探すような動きをする。


 男の手が、地面に生えている草をかさりと撫でた。


『起きたのか?』


 護衛が声を掛けるより、商隊長が飛び起きるほうが早かった。 

 男の視線が、陽の落ちた森の中をさまよう。

 そうして、垂れ気味の目がだんだんと大きく開かれてゆく。


「何故外に?! どこだここは! あの子、あの子は……!」


 声を掛けられる雰囲気ではなかった。

 男はここが何処なのかもわかっていないようだった。

 何故か慌てた様子で「あの子は」と繰り返し、自身の横で寝ているおさげの商人をゆさぶり起こす。


「起きろ! 寝ている場合か! あの子がいないんだ!」


「う……うう……」


 おさげの商人は眉間に深い皺を寄せ、目を閉じたまま「あの子……」と言った。

 そしていきなり「なんですと?!」と言いながら飛び起きた。


「森?! 我々は何故森に?! は! 商隊長! 子猫がいないとはどういうことですか?!」


「それがわからんからお前を起こしたんだ! まさか、お前まで何も知らないとは……」


 商隊長はおさげの商人が『あの子』に関する有益な情報を持っていないことに気付くと、暗がりでも分かるほど顔色を悪くした。


「どうしてこんなことに……私はあの子をひとりで置いてきてしまったのか……?」


 商隊長が震える手で顔を覆う。

 今にも泣きだしそうなほど、苦し気な声で言葉を吐き出す。


 王都の冒険者は暗い空気を吹き飛ばすように「あ゛ー! 見ちゃいらんねぇな」と言った。

 髪を乱暴にかき上げ、しおれた美青年に尋ねる。


「アンタら、何の話をしてるんだ? 誰かいなくなったのか?」

  

 だが、商隊長は答える気力もないようだった。

 顔を覆う手が震えている。

 泣いているようにも見えた。


 綺麗な顔の冒険者は意外と『お人よし』らしかった。

 顔を顰めつつも、声をさきほどより優しくしてもう一度訊いた。


「アンタが黙ってちゃ探してやれねぇだろうが。『あの子』って誰なんだよ」


『この街に来るまで何日間も一緒にいたが、『あの子』の話なんて今はじめて聞いたぜ。置いて来たっていうなら、ずっと忘れてたってことかよ』


 そんな質問がでてもおかしくはなかったが、護衛の男は泣き出す寸前の商隊長にトドメを刺すようなことは言わなかった。

 ただ純粋に、苦しむ商隊長を心配し、助けになろうとしているようだった。


 そんな彼の気持ちが通じたのか、泣き出しそうな商隊長が、小さな声で話しはじめる。

 ところどころかすれ聞き取りにくいそれを、耳を澄ませてじっと聞いていた。


 周囲の精鋭達も、掲示板でそれを見ている者達も、皆黙したまま、男が語る断片的な言葉を頭のなかで繋ぎ合わせていった。


『穢れなきあの子は、全身が真っ白でふわふわしていた』

『とにかく世界で一番愛くるしい』

『この世にあの子よりも愛らしい生き物は存在しない』


『少し不思議な言葉で、可愛らしく話す』

『子猫に似た姿をしているが、子猫ではない』


『ミルクが大好きで、猫舌だから良く冷ましてからあげないといけない』

『口が小さいから哺乳瓶は小さいものがいい』

『綺麗好きで、お風呂に入れてあげるととても喜ぶ』


『大人しくて、すごく甘えん坊なんだ』

『心根が優しい。幼いのに気遣いもできる』

『おっとりしていて、仕草にも気品がある』


『昨夜は一緒に寝たはずなのに、何故ここにいないのか』

『朝になったら私を起こしてくれると、あんなに楽しそうに話していたのに……』


『一緒に温泉を掘ると約束したんだ……』

『早く見つけてあげなければ。きっと私を探して泣いている……』


『幸せだったのに……あれはすべて森が見せた幻だったのだろうか……』

『あの子がいない世界に希望などない……』

『こんな想いをするくらいなら、永遠に夢の中にいたかった……』


「あの子に……あの子に会いたい……」


「…………」


 王都の冒険者は、目の前の男から零れ落ちる涙を見ないように視線を逸らした。

 そしてふと、何かに気付いたように目を細め、静かな声で尋ねた。


「……『あの子』の名前は?」


 ぽたり、ぽたりと落ちる雫と共に、男が声を絞り出す。


「一晩中……あの子の名前を考えていたんだ……。朝になったら、呼ぶつもりで……」


「鳴き声がとても可愛らしいから、『クゥ』と……」


 そう言った男の言葉に答えたのは、王都の冒険者ではなかった。


「うわ、独占欲強すぎでしょ。『名前を呼んだら別れが辛くなる』とか言ってたくせに、自分で付けた名前で呼びたかっただけじゃん」


「リオ、泣いている人間に追い打ちをかけてはいけないよ」


「それが軟弱者の本音か――。それなら早く呼んでやれば良かっただろうに――」


 気配もなく突然この場に現れた男達は、世界中から人の集まる王都住まいの人間達が驚愕するほど容姿が優れていた。

 そのうえ外見だけでなく、魔力量も、おそらく『戦闘能力』のせいで溢れる存在感も凄まじかった。

 近くにいるだけで肌がひりつき、戦闘行為とは無縁の商人達にもそれが伝わってきた。


「…………」


 無表情な銀髪の男は仲間達の会話に参加せず、目の前で泣いている男を見下ろした。


 人ならざる魔王のように麗しい男から、護衛の男は視線を離せなかった。

 特別美しいからではない。本能が警鐘を鳴らしているからだ。


『この男なら簡単に世界を滅ぼせるだろう』と。


 黒い軍服にも似た服装の男は、そこにいるだけで人間の恐怖を煽った。

 誰よりも落ち着いた雰囲気で、王都から来た人間達に配慮し気配を殺しているようにも感じられるのに、却ってそれが恐ろしい。


 指先まで美しく魅惑的なルークの手が、上着の胸元へ伸びる。


 まるで武器を取り出すような仕草に、商隊の護衛は条件反射で体をずらした。

 緊張の面持ちで、地面に座り込み絶望している商隊長を背にかばう。


『おいおい、こんなバケモンとどうやって戦えっつーんだよ。本当に人間か? 俺ごときに武器なんかいらねーだろ』と心の中でぼやきながら。


 しかし、彼の懐から出てきたのは武器ではなかった。

 それは〝冷酷な美貌の魔王〟といった雰囲気の男には似つかわしくない、いっそ見間違いかと思うようなものであった。


 ふわふわした毛並みの真っ白な何かは、仰向けでぐっすりと眠っているように見えた。


「……はぁ? おいなんで魔王の懐からクッソ可愛い生き(モン)が出てくるんだよ。わけがわかんねぇぜ……。 子猫……じゃねぇよな。まさか……それがおっさんの言ってた『クゥ』なのか?」


「ウチの子の名前勝手に変えないでくんない?」


 この中では一番愛想の良さそうな金髪の男が、不機嫌そうな声を出す。

 しかし護衛の男がリオに『子猫違いか』と言う前に、闇に落ちかけていた男がのろのろと顔を上げた。


「クゥ……?」


 商隊長の震える声に何かを感じたのか、ルークの手の上で寝ているもこもこのお手々が、ぴくりと動く。


 湿ったお鼻からきゅお……、きゅお……、と悲し気な鳴き声が聞こえた。


 商隊長ははっと息をのんだ。澱んでいた瞳に光が戻る。

 男は力強く立ち上がると、さきほどより張りのある声で『あの子』の名を呼んだ。



「クゥ……! 私はここだ! 一緒に温泉を掘ろう!」


 

「クマちゃ……」

『温泉ちゃ……』


 夜の森にクマちゃんの愛らしい声が小さく響く。


 無表情な男はいつものように優しくもこもこを撫でてから、紅茶にミルクを垂らしたような髪色の男の手に、ふわりと『あの子』をのせてやった。


 ついさきほどまで死にそうな顔をしていた商隊長は、王都中の女性をとりこにするような甘い笑みを浮かべると、世界一愛くるしいもこもこを両手でそっと抱きしめた。


「ああ……幻ではなかったのだな……。良かった……本当に良かった……」

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