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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第434話 夢の中の幸せな時間。可愛いもこもこを抱えて右往左往する商隊長。地味だが働き者な商人。

 現在クマちゃんは薄幸の商隊長ちゃん達に『幸せちゃん』を教えてあげている。

 うむ。クマちゃんはどんなときでも忙しいのである。



 渋めの紅茶にほんの少しミルクを垂らしたような色合いの、艶のある髪。

 やや垂れ気味の目は、微笑めばどこまでも甘く、意味ありげに細めれば、視線を合わせた者がぞくりとするほど色気が滲むだろう。


「…………」


 いかにも女性に好かれそうな外見の商隊長は、まるで『嫌なことを言われた』とでもいうように、むっつりとした顔で黙り込んでいた。


 しかしそんな表情すらも、世の女性が見れば『不満気な顔も素敵……』『わたくしがあの御方を笑顔にしてさしあげたい……』と、熱のこもったため息を吐かれそうなくらい、いちいち魅力的であった。



 掲示板で商隊長の顔を見た(自分達も美形だが、ルーク達のせいで無自覚な)精鋭達は『めっちゃ女に囲まれてそうな顔』という失礼な感想を述べた。

 彼らも王都へ行けば確実に追い回されるはずだが、樹の生えていない場所には行かないため、彼らに『モテ期』がくることはない。



 自身の姿が変わったことに気付かぬ商隊長が、地味な商人をキッと睨みつける。


「突然おかしな質問をするな! ……酒の席で一度だけ言ったことがあるような気がしなくもないが、この子の前でするような話ではないだろう。私がいつもくだらん自慢話をしていると誤解されたらお前のせいだぞ! 純粋な、子猫の前で……」


 しかし、彼に文句を言いつつ『純粋な子猫』に視線を移した瞬間、言葉の勢いを弱め、そのまま途切れさせた。


 商隊長の目は、それをしっかりと捉えていた。

 なんと、黒猫頭巾を被った小さなもこもこが、自身の猫手をさりげなく腰に当て、短くて可愛らしいあんよをスッと横にずらしたのだ。


 ――――!!!


 彼らはふたたび衝撃を受けた。

『まさか……まさか、この愛くるしい生き物は、〝超美男子でモテモテのポーズ〟を取っているつもりなのか……?!』


 美青年な商隊長は震える手で優しくもこもこを抱き上げると、瞳を甘く細めて告げた。


「この子の美しさ比べたら私など暖炉の灰、いや火かき棒のようなものだ! 世界一愛らしいうえに、舞台役者のように洗練されたポーズまで取れるとは、この子猫は天才に違いない!」


「クマちゃ」


「火かき棒と灰はどちらが上位なのか……では俺は煙突の中の……いや掃除用のブラシか? はぁ……。しかし本当に愛らしい。誰にも見つからずに助けられたのは奇跡でしょう。ここまで可愛らしいと『すぐそばで神が見守っている』と言われても信じてしまいそうですな」


 地味な商人は己の存在価値が煙突掃除のブラシより上か下かについて考えつつ、子猫に加護を与えそうな存在について思い浮かべた。


 そんな風に、彼が一人でぶつぶつと地味な発言をしているあいだに、商隊長は子猫に与えるご飯の支度をすることに決めたらしい。


「我が家にある子猫用の食事といえば……ミルクぐらいしか思い浮かばんな。人間の子供なら温めるのだったか? まずは鍋か。おい、すまんが小さな哺乳瓶を買って来てくれないか。なぜうちの商会は品ぞろえが偏っているんだ。本当に必要なのはこういうものだろうに。肝心なときに役に立たん。まったく、誰だ、貴族相手の商品ばかり仕入れたヤツは」


「商隊長ですが」


 と言った地味な商人の言葉は、子猫を抱いたまま鍋を探しに調理場へ向かった男には届かなかった。



 次の場面では、シャツの袖をまくり、悩まし気な顔で牛乳を温める美青年と、その腕の中でふんふんふんふんふん……と興奮気味に湿ったお鼻を鳴らすもこもこが映っていた。


「こら、そんなに乗り出したら危ないだろう。ああ、悲しそうな顔をするな。叱れなくなるではないか。……そうだな。目の前でミルクを温める私が悪い。だが心配で腕から下ろすこともできん。どうすべきか……」


「俺が預かりましょうか?」


「却下だ。気配を消して声をかけるな。それにお前には哺乳瓶の浄化をするという大事な役目があるだろう」


「消しておりませんが」


「クマちゃ……」


 ほのぼのとした映像は問題なく進んでいった。

 商隊長はどの場面でも愛くるしいもこもこを手放さなかった。



 掲示板でその様子を見ている者達は『まぁ、そうなるよね』といった風に頷いた。ふわっふわで最高に愛らしいもこもこの魅力に抗える者はいないのだ。



 哺乳瓶の準備をどうにか終えた彼らが、ふたたびもとの部屋へ戻り、もこもこにミルクをやろうとしたそのとき、事件は起こった。


「クマちゃ……!」


「どうした?! まさか、熱かったのか?! 大変だ! い、医師に診せにいかねば!」


「ミルクが鼻に入ったように見えましたが」


 と言った地味な商人の言葉は、誰も居ない部屋の中、まるで独り言のようにむなしく響いた。


 

 ドンドンドン!


 商隊長が力強く、どこかの頑丈そうな扉を叩く。

 その激しさのおかげか、建物の中からはすぐに人が出てきた。

 

「急患か?! ……随分と元気そうだが、患者はどこにいる?」


「見ればわかるだろう! このか弱そうな子だ! 繊細な鼻に大やけどを負ったんだ!」


「クマちゃ!」


「んんん?! 何だ? この愛くるしい生き物は?! 子猫……? なんという艶やかな毛並み! すこぶる健康そうに見える!」


 そう言って、白衣を着た真面目そうな老人は丸眼鏡を慣れた仕草でぐい、と押し上げてから、己の本分を思い出したように告げた。


「残念だが、ワシは人間のことしか分からん。ましてや、その白いのがどういった生き物なのかはもっと分からんしな。悪いが他をあたってくれ」


 申し訳なさそうに首を振り、扉を閉めようとする医師の肩を、ガッ! と商隊長が掴む。


「そんなことを言っている場合か! どうか頼む! この子を助けてくれ! 苦しんでいるんだ!」


「クマちゃ」


 もこもこした生き物は大人しく、医師へピンク色の肉球を見せた。

 どうぞ、と。


「これで苦しんでいるのか?! なんという我慢強さ! まだ生まれて間もないだろうに。……分かった。ワシがなんとか調べてみよう」 


 そうして、もこもこした生き物は初めて『診察』を受け、『鼻が黒くて小さいせいで判断が難しいが、炎症は起こっていない』と健康であることを告げられ『お前よりもっと大きな子供でも白衣を見れば泣きだすというのに、なんて良い子なのか』と大層褒められた。



 屋敷に戻ってきた美青年は、走ったせいで整えていた髪が乱れ、服もやや乱れ、肌も少々汗ばみ、さらに女性に受けそうな怪し気な雰囲気を醸し出していた。


「私の不注意で大怪我を負わせてしまうところだった……。人間が嫌いにならなければ良いが」


「クマちゃ」


「商隊長、まさかその格好で外を駆けまわったんですか? 別の問題が起こりますよ!」


 調理場を片付けていた地味な商人が驚いた顔をする。

 裏通りの人間と気位の高い王都の女性が家に飛び来んできたら、子猫は本当に人間が嫌いになってしまうかもしれない。


 そして女性のほうも標的を子猫に変えるだろう。

 靡かぬ男よりも世界一愛くるしい子猫が欲しくなるに決まっている。

 大抵の女性はふわふわで可愛いものが好きなのだ。商会でよく売れるのも、年代を問わず可愛らしい小物が多い。


 しかしもこもこした子猫に夢中な美青年は「もう陽も落ちている。心配するな。私のことなど誰も気に留めない」と聞き流すだけだ。


「ミルクはもういいのか? そうか、では湯を……子猫とは湯につかるものなのだろうか。どうせなら色々と聞いてくるべきだったな」


「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃも、おふろちゃ……』


 お目目をうるうるさせた子猫は、商隊長を見上げ『クマちゃも、おふろ、入りたいでちゅ……』と遠慮がちに伝えてきた。


 美青年な商隊長と地味な商人は、またしても心臓をドス!! と子猫の肉球が放った強力な弓矢で撃ち抜かれてしまった。



 もこもこの帽子を脱がせ、ふわふわなお耳の可愛らしさを甘すぎる表情で褒めちぎり、風呂に入れる。


 繊細そうな体をどうやって洗えばよいのかと悩むあいだも、やはり彼はもこもこした生き物を手放さなかった。悩んでいる風でいて、その実常に幸せそうであった。



 愛情をこめて洗われたおかげでツヤツヤふわふわになったもこもこを、商隊長は高級な布で優しく丁寧に拭っている。

 自身の髪すらろくに乾かさず、小さなもこもこの世話ばかり焼く彼に、地味な商人は、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「商隊長、その子に名前を聞かないんですか? 知っていたほうが呼びやすいでしょうに」


「…………」


 濡れて色の濃くなった紅茶色の髪から、ぽたり、と雫が落ちる。

 少しの間をあけて、彼はぼそ、と何かを呟いたが、商人の耳には届かなかった。



「めっちゃ聞こえるじゃん……」


 掲示板の前で、リオは心底嫌そうな顔をした。


 同情などしたくないのに、気持ちが分かってしまう。

 自分はいったい何を見せられているのか。映像で見るクマちゃんもとんでもなく愛くるしいが、ヤツの苦悩は知りたくない。耳を塞ぎたいが、『クマちゃ』を聞き逃すのが嫌で、それもできない。


「うーん。僕が彼の立場なら、と考えてみたけれど、難しいね。すぐに聞いてしまいそうな気がするよ。でもやはり、悩んでしまうかもしれない」


「悩まねぇだろ」


 雑談など滅多にしない男が、チラ、とウィルへ視線を流す。


「そんなことはないと思うのだけれど」と首を傾げている男は、起こってもいない出来事に怯えるような繊細さなど持っていない。


 普段はそういう態度を一切見せないが、魔王様のごとく何でも知っている麗しのルーク様は、大抵の〝リーダー〟がそうであるように、仲間の性格をよく理解していた。


 似たような悩みを抱えそうな死神は、背に吹雪を抱えたまま恐ろしい形相で、ひび割れそうなほど掲示板を睨みつけて言った。


「軟弱者め――」


「えぇ……」

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