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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第429話 監視されている商人がもらした情報。クマちゃんの凄すぎるアレコレ。

 クマちゃんは品が良く、質も良い商品をしっかりと選別し、そこに肉球を下ろした。

 クマちゃ……と。



 映像の中のゴリラちゃんは器用に手綱を操り、人形姿の商人に背を向けた。

 そうしてそのまま、トコトコと街の方へ馬を進めてゆく。


 掲示板ごしにそれを見ているクマちゃんの可愛らしい子猫ハンドが、まるで優雅に乗馬をしている子猫のようにキュム! と体の前で握り込まれ、無意識のうちにそれを見ていた死神の鼓動がドドドドドと駈足(かけあし)をはじめる。


 商人人形は当然のことながら馬を追いかけようとした。

 しかしそこには結界がある。商人人形の丸い両手が、ピタ! と目には見えないそれに張り付いた。

 人形はそこから一歩も進めない。悲し気な顔のまま、馬との仲を引き裂く結界を拳で叩く。

 ……が、衝撃は吸収され、ポワーンと可愛い音が鳴るだけで傷一つ付けられなかった。


 背にゴリラのぬいぐるみを乗せた馬が、商人からどんどん遠ざかる。


 焦る人形の上に吹き出しが現れた。


『ま、待て! 待ってくれ!』

『帰ってこい! 馬ー!』

『それはぬいぐるみだ! 人間じゃない!』

『騙されるな!』


 悲痛な叫びがピコン、ピコンと頭上に浮かんでは消えてゆく。

 商人人形は数歩後ろに下がると、助走をつけて結界に体当たりした。


 ――ポワワーン――。


 だがやはり、結界からは可愛い音がするだけだ。

 柔軟性のある結界に優しく受け止められた商人人形は、猫が遊ぶのにちょうどよさげなピンク色の草が生えている足元にふらりと、やや横向きに座り込んだ。


 両手で顔を覆って嘆くおっさんの人形は、自分の過失で馬に逃げられたことに絶望し、震えているようだった。


『あぁぁ……なんで俺はあのとき手綱から手を放したんだ……! 商隊長になんて言い訳をすれば……!』


 そしてそのタイミングで、ルークの膝の上で大人しく読書をしていたクマちゃんが動きだす。


 ルークが片手で支えている本――『ファッションカタログちゃん』に湿ったお鼻をくっつけふんふんしていたクマちゃんは、「クマちゃ……」と頷くと、柔らかな肉球でぽむ……と『購入ちゃん』用肉球ボタンを押した。


 それは一瞬のできごとだった。

 映像の中の商人人形の服装が、鮮やかに変化したのだ。


 もともと着ていた商人らしい地味な旅装から、実に真面目で良い子そうな、白いパフスリーブブラウス、ひざ丈プリーツスカート、髪型はなんと、二本のみつあみ、おさげヘアーへと。


 犯人であるクマちゃんは満足そうに言った。


「クマちゃ……」

『良い子ちゃ……』


 円卓を囲み一緒に掲示板を眺めていた冒険者達に衝撃が走る。


 良い子ちゃん!!!


 彼らはヒュッと息を吸い込み、激しく噎せた。


『ぶっふぉ……!』

『ゴホッ……!』

『スカーットッ……』

『ぶらうすっ……』

『……ひぃー……ひぃー……』 


 ひとの不幸を笑ってはいけない。穢れなき子猫のようなクマちゃんは、良かれと思って真面目そうで可愛い服を選び、馬に逃げられた商人のおっさんに着せたのだ。


 何故か空中に浮いている木箱に、おっさんの服が綺麗に畳まれ、次々と入ってゆく。

 しかし収納が終わると、ぽーん! と勢いをつけて何処かへ飛んでいった。


 これでもうもとの服に着替えることはできない。


 ついさきほどまで睨みつけるように掲示板を見ていた商業ギルドマスターリカルドが、「ゴホッ……ゴホッ……ン゛ン゛……!」と喉の調子を整えるかのように口を押さえ、顔を背けている。

 彼は考えていた。もしも商談相手が何の予告もなくあの格好で入室してきたら、自分は耐えられるのかと。

 

 冒険者達は目にうっすらと涙を浮かべ、弱々しく時折ヒュコー……と辛そうな呼吸をしながら、引き続きおさげ商人の行動を監視するため掲示板へ視線を戻した。


「……こほっ……やべー、あの三つ編みのせいでむせたんだけど。クマちゃんすごいねぇ」


 真面目に商人の動向を窺っていたところにおさげ的な不意打ちを食らったリオも、やや呼吸を乱しつつなんとか堪え、何故か突然商人を大変身させた我が子を見た。


 一仕事終えたクマちゃんは、可愛い猫手の先をカシ! カシ! と激しくくわえ、小さなお鼻の上に皺をよせ、身だしなみを整えている。

 毛繕い中のもこもこに『いやなんだったの今の』と聞いても無駄だろう。

 きっと微妙にむさい人形を可愛くしてあげたかったのだ。彼は我が子の優しさに胸を打たれたような、おさげに撃たれたような複雑な思いをした。


 商人人形は自身の変化にも木箱に詰められ飛んで行った服のことにもまるで気付かない。

 憔悴している人形の上に、彼が呟いた言葉がピコン、ピコンと表示される。

 

『いったいなんなんだこの街は……!』

『動くぬいぐるみだと? 呪われているんじゃないのか?』


『……いや、だがあたりに漂う空気は清らかだ……。王都の大神殿でもここまでではない。まるで神聖なものが街全体を護っているかのような……』


『それにこのピンク色の草からも強い力を感じる……。まさか、癒しの力か……? 希少な魔法を草に……? それともこういう草なのか……?』


『王都の人間に言っても誰も信じないだろうな。猫が遊ぶ以外に使い道のない草がピンク色に輝き、Sランク冒険者でも敵いそうにない力を放っていたなど……』


『商隊長はこの街がおかしいのだと憤慨していたが、入れないのはやはり、俺達が持ってきたあれのせいなんじゃ……』


 菓子の国で映像を見ていた者達は、おかしいのはお前のその格好だと言いたいのをなんとか堪え、『俺達が持ってきたあれ』という言葉に『ははーん』という顔をした。

 さすがはクマちゃんの『猫が好きそうな草で作った超巨大な結界』である。自分達では絶対にただの食材に見えるそれを受け入れてしまっていただろう。

 もしかすると、騙されて購入してしまっていたかもしれない。


 とはいえ、男の足元に広がる『強い力を放つ猫が好きそうな草』、結界から伝わるクマちゃんの癒しの力、『真面目そうな服』『真面目そうなかつら』につま先から頭の天辺まで包まれた男は、現在の状況を真面目に考察しはじめたようだった。


 リオが目を細め、低い声で言う。


「〝あれ〟のせいって言った? あれって『ホワイトスープ』ってやつのこと? 心当たりあるんだ? へー」


「クマちゃ……」

『へー、ちゃ……』


 偉大な魔法使いクマちゃんは実に赤ちゃんらしく、仲良しの彼の真似をした。

 つぶらで可愛いお目目をきゅむ、と閉じ、短いお手々で腕組みをしようとしたが、長さがたりず、両手をそっと揃えた。


 その結果、おねんねしている子猫にそっくりな格好になってしまったクマちゃんをうっかり目撃してしまった死神が今にも血を吐きそうなほど苦し気な顔をし、時間差で見てしまった会計も「子猫が……!!」とひっくり返った声を上げた。


 そうして冒険者達が商隊への疑惑をさらに深め、『ホワイトスープ』だけを始末するか、商隊長をシメるか話し合っているあいだに、おさげちゃんな人形はふらふらと立ち上がった。


「あ、戻るっぽい。まぁここに座ってたってどうにもなんないよね。馬どっかいったし」


「あ~、そうだな……。しかしその格好でか……?」


 リオの言葉にマスターも頷きつつ渋い顔をするが、歩きだしてしまった商人を止められるはずもない。

 おさげちゃん人形は『そこのあなた、髪型がさきほどと変わっていますよ』と親切な誰かに教えられることなく、商隊長達の待つ場所へよろよろと戻っていった。

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