第425話 最高の料理。それを食した味見役の感想。みんなで味わう『絶品ちゅたみなギョウヂャちゃん』! クマちゃんの秘策。
現在クマちゃんは、嬉しそうに『ちゅたみなギョウヂャちゃん』を食す皆ちゃんの笑顔に癒されながら、小さく切ってもらった『ギョウヂャちゃん』に舌鼓を打っている。
うむ。実に絶品ちゃんである。
◇
クマちゃんのお知らせを聞いた腹ペコ冒険者達は、疲労でよどんでいた瞳をぎらりと輝かせた。
『ついに……! この美味そうな香りを放つ謎の食べ物、〝ギョウヂャちゃん〟の正体が……!!』
しかし彼らは分かっていた。
最初に『味見』をするのは、もこもこシェフの手伝いをしていた調理補助であると。
――地に伏し体を癒していただけの自分達に『味見』をする権利はない。
冒険者達はうっすらと涙の滲む瞳でリオを見やると、ぐっと歯をくいしばり、拳を握りしめ、どろどろとした念を送った。
『早急に、二秒で味見を終わらせてください……』と。
屋外用キッチンに立つリオの前には、もこもこした妖精ちゃん達のお手々により取り皿、『つけダレ』、『クマちゃんおはしちゃん』が、綺麗に並べられていた。
「妖精ちゃんありがとー」
リオは愛らしいもこもこ妖精に感謝をささげ、期待に胸を膨らませながら、フライパンのフタをすっと持ち上げた。
ぶわっと広がる湯気から極上の香りが立ち上り、腹がぐぅと鳴る。
時間差で、冒険者達の腹が『もうだめだぁ……』と地響きのような音を立てた。
「うわ、すっげぇ! キレー。見て、クマちゃん。皮が透き通っててめっちゃいい感じ」
「クマちゃ」
いつも一人と一匹でゆったりと時間を使っているリオとクマちゃんは、いつも通りゆったりと、まずは目と香りで食事を楽しんだ。
「クマちゃ、クマちゃ……」というシェフの指示と、妖精ちゃん達の怪しげなジェスチャーに従い、『ギョウヂャちゃん』にフライパンよりも一回り小さい皿をかぶせ、リオがくるりとひっくり返す。
すると、真っ白な皿の上に、まるでバラの花びらのように配列の美しい焼き目が現れた。
「ヤバい。芸術的すぎる……」
「クマちゃ」
シェフはうむ、頷くと、肉球を上にしてスッと差し出した。
どうぞ、と。
やはり、最初は仲良しのリオちゃんに食べて欲しいらしい。
我が子の優しさにふれたリオの胸は、まるで『焼き立てギョウヂャちゃん』のように熱くなった。
だがもこもこを撫でまわし、頬擦りをして抱きしめて……、などと切りがないそれに時間を使えば『幸福』を味わう前に事件が起きるだろう。
「はぁー……クマちゃんかわい……」
悩ましい表情でため息を吐く。
そしてついに、リオは左手に冷たいグラスを持ち、取り皿の上で湯気を立てているそれを、右手の『クマちゃんおはしちゃん』で挟みこんだ。
つけダレをちょん、とつけ、ちょうど一口サイズのそれを口の中へと放り込む。
熱さにくっと顔を顰める。
酸味のある甘辛い『タレ』が舌にふれ、唾液が滲む。
尖り気味の犬歯がパリパリに焼けた皮をサク、と突き破る。
最初に感じたのは『熱』。
そして次の瞬間、旨味をたっぷり含んだ肉と野菜のスープが、口の中にじゅわりと広がった。
ニラ、ショウガ、ニンニクが、肉汁と絶妙に混ざり合い、はふはふと熱を逃がせば、美味さがぐんと、底なしに増してゆく。
いつのまにか動いていたリオの左手は、ごく自然な所作で、熱くなった唇にキンキンに冷えたグラスを当て、ぐいと傾けていた。
舌を冷やし、喉を強く刺激する苦みのある液体が、彼の手足を、脳をビリビリとしびれさせる。
『あ゛ー!! うめー!!!』
と、心の底から思い、手がひりつくほど冷たいグラスを握ったまま、リオはぐっと下を向き叫んだ。外に漏らさず、心の中で。
そのため、目を閉じ深く思い悩む頑固職人のような表情をしている彼の心の絶叫を聞く者は、どこにもいなかった。
彼には皆に感想を聞かせるよりも先に、やらねばならぬことがあったのだ。
真面目な面持ちをしたリオが持つ『クマちゃんおはしちゃん』が、二つ目の『出来立て熱々絶品〝ちゅたみなギョウヂャちゃん〟』を精力的につかむ。
そうして流れるような仕草で『酸味と辛みが絶妙なタレ』をつけ、自身の口の中へと放り込んだ。
まるでそうするのが当然とでもいうかのように。
リオの視線は取り皿から動かなかった。
彼はハンターのような眼差しで、次の〝ギョウヂャちゃん〟を見ていた。
クマちゃんは両手をそっと胸元で交差させると、うむ、と深く頷いた。
『とてもおいちいちゃんなのでちゅね……』と。
しかしながら、『絶品すぎて感想を述べるよりも先についつい手がのびてしまう出来立て熱々ちゅたみなギョウヂャちゃん』を二つ、三つ、四つ、五つ、六つ……と食べる、というより、もはや食いつくす勢いのリオを微笑ましく眺めていられる心優しき生き物はクマちゃんだけであった。
目を吊り上げた冒険者達は、悩み多き美青年のような顔つきで精力的に味見を行っているリオに苦情を入れた。
「リオさんせめて『美味い』とか感想的なの言ってくださいよ!! なんで無言なんすか!!」
「いやもう感想とか自分で言うんで! 味見やめてください! 今すぐに!」
「十個食ったらもう味見って言わないですよね!」
「マスター見てないでリオさん止めてください! あの目は狩りの時の目っすよ!」
涙目で拳を振り上げる冒険者達に助けを求められたマスターは、「あ~、そうだな……」と、やや面倒そうに返事をすると、やりすぎ、あるいは食いすぎな味見役に、ため息交じりの声をかけた。
「おいリオ、そのへんにしておけ。味ならもうじゅうぶん分かっただろ」
◇
「やべーなんか気付いたら半分以上食ってた……。俺この料理すげー好き。美味すぎ。なにこれ。凄くね? この薄い皮もぷりぷりっつーかパリパリ? でめっちゃ美味い。あと百個ぐらい味見したい感じ。ぜんぜんイケる」
「クマちゃーん」
『ひゃっこちゃーん』
驚いたクマちゃんは震える肉球でお口を押さえた。
味見ちゃんで百個ちゃんなら夕ご飯ちゃんでは何百個ちゃん食べるのだろうか。
もしかすると、千ギョウヂャちゃんくらい必要かもしれない。
そしてクマちゃんはハッとした。
大変である。ここにはリオちゃんだけでなく腹ペコな国民ちゃん達が『たくちゃん』いるのだ。ギョウヂャちゃんが足りなくなる前に対策を練らねば。
「はいリーダー。クマちゃんと、クマちゃん用の『ギョウヂャ』。一応冷ましたけどまだ熱いかも」
「ああ」
「クマちゃ……」
クマちゃんは大好きなルークの腕の中へもふ……と戻りながら、むむむ、とお腹がいっぱいになりそうな食べ物について考え、ハッと閃いた。
本日はギョウヂャちゃんなので、パンよりもアレが合うはずである。
クマちゃんは妖精ちゃん達へ、肉球でスッと合図を送った。
◇
いつものように「お前ら、ちゃんと白いのに感謝してから食えよ」と渋い声で言われた冒険者達は、お行儀よく「クマちゃんありがとー!!」と告げてから、魔法で全身を清め、料理へ手を伸ばした。
彼らは森の街では見たことがない繊細で手の込んだ『ギョウヂャちゃん』と、その味に衝撃を受けた。
『なんて芸術的で美味い料理なんだ……!!』と。
あつあつな肉汁、野菜から染み出る透き通ったスープ、それと絡む甘辛くて酸っぱいタレ。シャキシャキとした野菜の歯ごたえ。
口内で混ざり合うそれらは互いの良さを抜群に引き立て、さっぱりとした後味まですべてが完璧に計算されていた。
そして涙がにじむほど熱いそれを飲み込んだ直後に、キリッとした味わいの冷えたビールをぐいっと流し込むと、ショウガやニラの風味はさらに爽やかに感じられた。
それはいくつ食べてもまったく飽きのこない、むしろ次から次へと食べたくなってしまう、『完成された魔性の料理』であった。
冒険者のひとりは言った。
「料理もクマちゃんもクマちゃんの肉球もぜんぶすげぇ……」と。
◇
「ウメー!! なんだこれヤバすぎるだろ……!」
「はぁ……うまぁ……。ビールと合い過ぎる……」
「やべぇ……手が止まらん……皮がパリってしてそっから熱い汁がジュワッてすんの最高すぎてクセになる」
「肉料理なのに野菜と……ショウガ? の風味がすっごく上品。……あ、タレなしでも美味しい! ほんとすごいねぇ。これは都会のお店でも食べれないと思う。ねぇ、クマちゃんの料理って王都でも見たことないよね?」
「う~ん。王都の料理はなんていうか、高級だけど〝くどい〟かな、って感じのが多いから~、系統がぜんぜん違う気がする~」
「ね。あっちのは肉料理なら『肉だけ!』『野菜は添えるだけ!』だもんね。クマちゃんの作る料理はたぶん野菜が絶妙なんだよねぇ。これ実はこっちのとこっちので微妙に中の野菜違うでしょ」
「え!! うそ~! 気付かなかった……。ほんとだ~! こっちのがシャキシャキで、こっちのが肉汁? が多いかも~。あっさり風味?」
「でもどっちも美味しいんだよね! シャキシャキのが野菜が甘いような気がする。交互に食べたい。両方好き。永遠に食べれちゃう」
「うん。それが正解だね~。交互に食べよう~永遠に~」
「おいしい……おいしくてやめられない……」
「さっきはリオさんを恨みそうに、というか武器を向けそうになりましたが、これなら『味見』が終わらなくても仕方ないですね……」
「ねぇねぇ、これって、ひとつひとつ包んでるんだよね?」
「うんうん。しかも、中のお肉にも色々入ってるね。食べるのは一瞬なのに作るのは凄く大変そう……。分かってるのに飲むように食べちゃう……。うう、クマちゃんゴメン、ちゃんと味わうから……! でも美味し過ぎて手が止まらないの……!」
そうして、熱々の肉汁とクマちゃんの思い遣り溢るる『ちゅたみなギョウヂャちゃん』で元気いっぱいになりすぎた彼らは、『うおー! もっとだ! もっと食うぞー!』という勢いのまま、延々と『ギョウヂャちゃん』を食し、妖精ちゃん達がヨチヨチ! と運んでくるお皿を次々と空にしていった。
「妖精ちゃん! こっちにもキンキンに冷えたビールひとつくださーい!」
「俺も!」
そんな風に、完全復活を遂げているにも関わらず『ちゅたみな』を補給し続ける国民ちゃん達のもとへ、妖精ちゃん達がヨチヨチ! と『ギョウヂャちゃん』でも『ビールちゃん』でもない何かを運んできた。
不思議に思ったリオは『ギョウヂャちゃんを食べ続ける魔道具』のごとくひたすら動かしていた手と口を止め――る前に、もう二つほど『ギョウヂャちゃん』を食べ、ビールをごきゅごきゅと喉へ流し込むと、視界にもこもこをおさめ、微かに首を傾げた。
そして愛くるしい我が子がもふもふした口元をもちゃ……もちゃ……と愛らしく動かしている様子を胸が痛くなるまでじっくりと眺め「ヤバいクマちゃんめっちゃ可愛い……」と、食事をするクマちゃんも最高に愛らしいことをしっかりと確かめてから、それについて尋ねた。
「クマちゃんアレなに? なべ? 見たことねー形してんね」
「クマちゃ、クマちゃ……」
『どなべちゃ、ごはんちゃ……』
ルークに口元を優しく拭いてもらったクマちゃんは、うむ、と頷き、彼にピンク色の肉球を見せ、『クマちゃ』と答えてくれた。
あちらは、『土鍋ごはんちゃん』でちゅ……と。




