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第424話 シェフの魅力と肉球に抗う真面目な調理補助。ついに焼き上がった『ちゅたみなギョウヂャちゃん』

 現在クマちゃんは『ちゅたみなギョウヂャちゃん』の具を一生懸命ちゅちゅんでいる。


 むむ! これは……大変な力仕事である!



「クマちゃ、クマちゃ……」

『おキャベチュちゃ、おニラちゃ、まぜるちゃ……』


「はぁー、まだ混ぜるんだぁ。クマちゃん凄いねぇ」


 クマちゃん曰く、さきほど調味料や薬味と共にこねたり混ぜたりした肉を半分に分け、片方に『キャベチュ』と『ニラ』、残りの半分に『ハクチャイ』と『ニラ』を入れて混ぜ合わせる、ということらしい。


 お口を開けて虚空を見つめる子猫のようにどこかを見つめているシェフの指示を聞きながら、リオは「どこ見てるんだろうねぇ。クマちゃん可愛いねぇ」と言いつつボールにタネを分けると、さきほど刻んだ野菜をそれぞれに混ぜ込み、思考を巡らせた。


『やっぱクマちゃん可愛すぎるせいで疲れたんじゃね?』

『これ最初にまとめて全部混ぜるのとどう違うんだろ……』

『謎すぎる……』


『あれ……? クマちゃんの頭めっちゃ丸くね……?』

『やばい俺の子可愛すぎる……』


 常時可愛いクマちゃんの手伝いをするようになるまで自主的に料理をする事などなかったリオからすると、『切る』『混ぜる』『焼く』という単純な三工程だけだったとしても、十分手間がかかっているように思えたはずだ。


 実際、野営でこんなに肉をこねまくっていたら誰かに止められるだろう。

 もしかしたら変なあだ名でもつけられるかもしれない。

『コネリー』だの『コネオ』だの『コネマクリオ』だのと呼ばれたらうっかり殴ってしまうに違いない。


 だが幸い冒険者達は地に伏していて調理補助を見ていなかったし、『リオさーん! 今日は何作ってるんですかー? つーかめっちゃこねてますね!』と絡みに来る余裕もないようだった。

 手早く作業を終えたリオは、もこもこしたお口をチャ――、チャ――、チャ――と動かしている子猫のようなシェフに尋ねた。


「クマちゃん出来たよ。これで完成?」


「クマちゃ、クマちゃ……」

『大事ちゃ、作業ちゃ……』

 

 いいえ、ちゅぎは一番大事な作業ちゃんでちゅ……。

 

 もこもこしたシェフは湿ったお鼻をきゅ……! と鳴らすと、いつの間にか用意されていた円形で平たい何かを肉球でス――と示した。

 

 それは中央に切れ込みのある型のように見えた。

 真ん中はくぼんでいて、端の部分がギザギザしている。

 だがリオはそれが何かを考えなかった。一瞬チラリと見ただけで、すぐに視線を逸らしてしまう。


 なぜなら、その型らしきものを、もこもこした妖精ちゃん達が囲んでいるからだ。

 肉球を近付けたり遠ざけたり、ヨチ……ヨチ……と周囲をゆっくり歩いたりと、まるで見慣れぬものを警戒する子猫のような動きだ。


「なんだろ。視線が勝手に妖精ちゃんの方いくんだけど」


 いま気にすべきは謎の道具である。

 分かっているのに、そのまわりが気になって仕方がない。

 調理場をウロウロする子猫のようなこれに抗える人間はいるのだろうか。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『こちらちゃ、皮ちゃ、ちゅちゅむちゃ……』


 まずは、その型ちゃんに『ギョウヂャちゃんの皮ちゃん』を一枚置いてくだちゃい……。そして、中央にさきほどコネコネしたお肉ちゃんをのせまちゅ……。


 シェフはふんふん、ふんふん、とお鼻を鳴らすと、型の周りを徘徊する妖精ちゃん達と一緒にゆっくりヨチ……ヨチ……しながら、調理補助に『調理の手順』を説明してくれた。


「クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ……」

『いれちゅぎちゃ、あぶないちゃ……はれちゅちゃ……』


『調理ちゃんのポインチョ』はタネちゃんを『いれちゅぎない』ことでちゅ……皮ちゃんに『たくちゃん』のせると『はれちゅ』してしまいまちゅ……。


 シェフは補足説明をしながら、型の周りをヨチ……ヨチ……している。


「なんだろ……聞こえてんだけどぜんぜん頭に入ってこないんだよね。クマちゃんちょっと止まってくんね?」


「クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ……」

『いれちゅぎちゃ、あぶないちゃ……はれちゅちゃ……』


『調理ちゃんのポインチョ』はタネちゃんを『いれちゅぎない』ことでちゅ……皮ちゃんに『たくちゃん』のせると『はれちゅ』してしまいまちゅ……。


 心優しいシェフは歩みを止めぬまま、さきほどとまったく同じ説明をしている。


 ヨチ……ヨチ……と。


 そしてその側では他の妖精ちゃんが仲間にいれて欲しそうにウロウロヨチヨチしている。


 調理補助はくっ……! と何かを堪えつつ、一応頷いておいた。


「あーうん。分かった分かった」


 ソレにアレをなんかイイ感じにのせるんでしょ、と。



 ふたたび手を浄化したリオは、つかみにくい『ギョウヂャちゃんの皮』とやらを一枚めくり、ぺらりと『ソレ』に置いた。


 いましがた子猫的な生き物達が怪しい儀式でもしているかのように囲んでいた型の中央へと。


「クマちゃ……」


 フチには水を塗るのでちゅ……。


 とシェフが可愛い声で告げながら型の周りをヨチヨチしているため、リオはまったく集中できぬまま、妖精ちゃん達が『クマちゃ……!』と運んできた小さな器に入った水を皮の端につけた。


 そうして、いつのまにか用意されていたスプーンで『タネ』を掬うと、シェフが「クマちゃ……」とピンク色の肉球で指している場所に「なるほどぉ」と言いながらそれをのせた。こんもりと。


「クマちゃ……!」


 シェフは隙間風に当たった子猫のようにもこもこもこもこと体を震わせ、妖精ちゃん達も猫手でサッとお目目を隠した。


 たくちゃんちゃ……! と。


 しかしながら、この場所にいるのは心優しいシェフなので『リオちゃん、やってしまいましたね……』と犯人の背後に忍び寄ることも『なんて大それたことを……』と子猫声で責めることもしなかった。

 そして被害者である『ギョウヂャちゃんの皮』が、『もしも俺が裂けたらコレはあちらとあちらの皮へ……』と財産分与ついて語ることもなかった。


 クマちゃんはハッとしたように口元をもふっと膨らませると、つぶらなお目目を大きくした。

 

 クマちゃの出番ちゃ……!


「クマちゃーん」

 

 一声鳴いたクマちゃんはヨチヨチと型へ歩み寄り、リオを見上げ、猫でもつかめそうな取っ手の部分を肉球でス――と指した。


 どうぞ、と。


「ここ? もしかしてパタンって半分に閉じるの?」


「クマちゃ」


 シェフが真剣な表情でうむ……、と頷き、リオはなるほどぉ……と取っ手をつかんだ。


 調理補助の手が道具をパタ、と閉じる。

 謎の調理器具は円形から半円形へと形を変えた。


 すると、彼の手の上に、子猫的な手がぷに……とのせられた。


「クマちゃ……」


 真剣な面持ちのシェフは綺麗に骨が浮き出たリオの手の甲を、小さな肉球で力いっぱい押した。


 きゅむ……! きゅむ……! と。


「クマちゃーん! クマちゃーん!」


 お目目をつぶったシェフが、子猫によく似た美声で気合を入れている。

『クマちゃん〝おちゅ〟ちゃーん』『頑張るちゃーん』と。 


「めっちゃ肉球あったかい……クマちゃんかわいすぎる……ぷにってしてる……」


 リオはなんだかよく分からぬままもこもこした生き物に手の甲を押され、なんとか感情を抑え込んでいたが「?!」すぐに堪え切れなくなり、空いている手でぐっと胸を押さえた。


 なんと、真っ白な子猫にそっくりなクマちゃんが、彼の手にうつ伏せでもふ……と、おおいかぶさるように乗ったのだ。


 愛おしさが溢れて息が苦しい。心臓が痛い。


 カウンター席ではまた二人ほど流れ弾にやられていたが、「おい、お前ら。危ないからあっちで待ってろ。そんなに何度も倒れてたらいつか本当に死ぬぞ」という渋い声は、それどころではないリオの耳には届かなかった。



 パタン。


「クマちゃーん」きゅおー……。


 パタン。


「クマちゃーん」きゅおー……。


 クマちゃんの愛らしい声と湿ったお鼻の鳴る音が響く。

 その度に、リオの手の甲は柔らかで温かな肉球でぷにぷにきゅむきゅむ! と押され、ときにふわふわのお腹の被毛でふわふわされていた。


「…………」


 リオは頑固職人のような顔で目を細め、眉間に皺を寄せながら、今度こそ中身を入れ過ぎぬよう気を付けつつ、まるで心の無い魔道具のように次々と『ギョウヂャちゃん』を包んでいった。


 無心にならねば、夕飯が完成しないまま子猫のごとく愛らしい生き物を際限なく撫でまわし、愛でることになってしまう。

 心の扉を堅く閉じるのだ――子猫の肉球ひとつ入り込めぬように――と。


「クマちゃーん」


 そしてようやく、最後のひとつがぷにぷに! きゅむきゅむ! もふり……とクマちゃんの全身によって、リオの手の上から型に閉じ込められた。


 ついに、ひとり孤独に滝に打たれる格闘家の修行よりも精神的に孤独で厳しいリオの戦い――ではなく『子猫のようなクマちゃんを手の甲に乗せながら肉ダネを薄い皮で包む』という、超スリリングでエキサイティングでファンタスティックすぎる作業が終わったのだ。


 それは最初に作った『皮が張り詰めすぎていつ崩壊してもおかしくないギョウヂャちゃん』の皮よりもギリギリな、まるで薄氷の上で大ジャンプをするような戦いであった。


「クマちゃ……」


 シェフは言う。あとは焼くだけちゃんでちゅね……と。


「なるほどぉ」


 難所を切り抜け妙に穏やかな表情になった調理補助は、もこもこしたシェフに相槌を打つと、耳に心地よい「クマちゃ、クマちゃ……」というそれに黙って従った。


「えーと、強火で、油はたっぷり」


 最初はフライパンを強火にかけ、たっぷりと油をひき、なじませるらしい。

 火を使うため、全身がもふもふでお鼻の湿っているシェフには少々離れてもらう。


「クマちゃ……クマちゃ……」

『リオちゃ……リオちゃ……』


 きゅお……きゅお……。


 やや離れた場所から、子猫的なシェフが寂しげに鳴き、仲良しの彼を呼んでいる。


 新米ママの心が悲鳴を上げる。辛い。辛すぎる。もうフライパンなど放って我が子をもふ……と抱きしめたい。


 意外と真面目な彼は葛藤した。

 が、根が真面目なため、火元から離れられなかった。


「ごめんねクマちゃん……! でももう火つけちゃったから……」


 我が子への愛と『我が子が作ったギョウヂャちゃん』のあいだで揺れる調理補助はそちらを見ぬよう細心の注意を払いつつ慎重に作業を進めた。


 視線を合わせたら終わりだ……!


 カウンター席からカタカタカタカタ……とグラスが振動する音が聞こえるが、空耳だろうとリオは聞き流した。

 火を使っているのに妙に寒いのも気のせいだろう。


 十分に熱されたら一度火を止め、綺麗に包まれた『ギョウヂャちゃん』を手早く並べてゆく。このとき、くっつけないように隙間をあけなければならないらしい。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『ギョウヂャちゃ、『ちゅきま』ちゃ……』


 というシェフの愛らしい声でそれが分かった。


 伝令役の妖精ちゃん達が『クマちゃ……!』と駆け寄ってきた。

 肉球と肉球のあいだを微かに開け、『正しいちゅきま』を作る。

 一ミリていどの隙間を。


「…………なるほどぉ」


 難解すぎて分からなかった調理補助は妖精ちゃん達を傷付けぬよう相槌をうちつつ、『え……いまの何だったんだろ……』という感情を、心の『あとで思い出すかもしれないやつ入れ』へそっと仕舞った。


 寝る直前に思い出すかもしれないし、そうではないかもしれない。

 そういうものを閉じ込める箱である。

 こういうものは大体開かないと相場が決まっているが、可能性はゼロではない。


 妖精ちゃん達の肉球と肉球のあいだの『一ミリくらいのちゅきま』を識別することは敵わなかったものの、無心で作った『ギョウヂャちゃん』は山のようにあるため、ぎりぎりくっつかぬように並べると、それがちょうど良かったようで、伝令ちゃん達が頷いてくれた。『クマちゃ……』と。


 のせられるだけのせたが、一度に置ける数には限りがある。ひとつのフライパンに二十個ほどだろうか。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『中火ちゃ、一分ちゃ……』


 中火ちゃんで三十秒ちゃんから一分ちゃん焼いて、熱湯ちゃんを注いでフタをするちゃんでちゅ……。


 火元に近付けぬシェフの子猫声に合わせ、伝令役の妖精ちゃん達がジェスチャーをする。


 肉球を上に向けて左の猫手を出し、その上にそっと、右の猫手をのせる。


『クマちゃ……』と。


「……なるほどぉ」


 リオは渋い表情をしながら相槌を打った。

 ここで『やばい全然頭に入ってこないんだけど』などと言えば、カウンター席にいるもこもこ愛護団体からシメられるだろう。


 リオは取り合えず右手側に用意されていた計量済みの熱湯をジュワー――!! と注ぎ入れ、すぐにフタを閉めた。

 とにかくフタを閉めて焼けばどうにかなるはずだ、と。



「ヤバい。すげぇ美味そうな匂い……急に腹減ってきた。フタあけて今すぐ食いたい」


 蒸し焼きにされ、蒸気と共に広がる香りがとてつもなく食欲をそそる。

 なんという攻撃だろうか。


 そこらへんに転がっていたはずの冒険者達が、急に元気に立ち上がり始めた。

 右へ、左へと意味もなくウロウロしたり、妙にお行儀よく円卓に着いたり、もう一度席を立ち、キッチンの方へ視線をやったりと、まったく落ち着く様子がない。

 肉体的な疲労よりも食欲が勝ったようだ。


「これいつ焼けるんだっけ。まだ駄目?」


「クマちゃ……」

『あと、ちゃんぷんでちゅ……』


 愛らしい声が焼き上がりまでの時間を教えてくれる。


 冒険者達の甲高い『三分……!!!』が響いた。

 それは『たった三分!!』の叫びではなく『そんな! 三分も!!』という絶望に近い何かだった。


「何か……俺達にも何か手伝えることはないっすか……!!」

「皿を、いやあの……」

「リオさん!! お願いします! なんでもするんで追加で焼いてください! 絶対足りないですよねそれ!」

  

「あー、たしかにこれ俺とクマちゃんの味見の分しかなくね?」


「クマちゃーん」

『あじみちゃーん』


 食欲をそそりすぎる香りで思い遣りを失った調理補助は、まるで心を大型モンスターに支配された人間のようなことを言った。


 シェフはフライパンいっぱいの『味見』に驚き、もこもこもこもこと震えている。


『ひとでなし!』『リオさんそれはさすがにひどいっすよ!』『靴磨きでもなんでもするんで頼むから焼いてください!』『……決闘を申し込みます!』『馬鹿やめとけ! 死ぬのはせめて一口食ってからにしろって!』

 

 数分前までぐったりしていた冒険者達は、非常に血色の良い顔で口々に叫んだ。

 クマちゃん特製の『ちゅたみなギョウヂャちゃん』は、食べずとも香りだけで元気になる素晴らしい料理のようだ。


「分かった分かった。そんなに叫ばなくてもすぐ焼くって。つーかよく見たら妖精ちゃん達も焼いてくれてるし、一人三個くらいは食えるんじゃねーの」


 リオはそう言って手を動かしつつも『あ、これ絶対足りないやつじゃん』と気付いた。

 なぜなら、リオの鼻と腹とカンがしきりに訴えているからだ。

 これは『キンキンに冷えたビールに合うやつではないか』と。


 彼が思い至ったその時、それを肯定するかのように、カフェ店員妖精ちゃん達が、水滴で白くくもるグラスをしずしずヨチヨチと運んできた。


『クマちゃ……』と。 


 フライパンはパチパチ……と水分が蒸発しきったことを知らせている。


 きゅお……。


「クマちゃ……」お鼻を鳴らしたシェフは言った。


『ちゅたみなギョウヂャちゃん』が、焼けまちた……と。

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― 新着の感想 ―
手の上に体ごとお腹モフって乗せるのは反則よ。死神さんじゃなくてもそんなの耐えられるわけない、そう遺伝子に刻み込まれてるもん。
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