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クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~  作者: 猫野コロ


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第414話 ルークとクマちゃん。愛し合う者たちを引き裂く無粋な仕事。悟ってしまった新人アルバイター。

 現在クマちゃんは、離れ離れになってしまう彼との別れを惜しんでいる。


 まさか、クマちゃんを……と。



 クマちゃーん――……。


 クマちゃーん――クマちゃーん――……。


 子猫によく似た愛らしい声が、切なげに、大好きな彼の名を呼んでいる。

 それはまるで、にゃーんにゃーんにゃーんにゃーん――と長々と飽くことなく不満を訴え続ける猫ちゃんのようであった。


 クマちゃんはお願いした。


 いかないでくだちゃい……と。


 彼は答えた。


「ああ」と。


 いや『ああ』じゃないでしょ――と、かすれた風が吹き、周囲の雑音がざわざわと、それをかき消した。


 そうして彼は、『クマちゃんよりもお仕事ちゃんのほうが大事ちゃんなのでちゅか……?』という問いに『お前のほうが大事に決まってんだろ』と色気のある声で答える悪い男のように、甘えん坊の子猫にそっくりなクマちゃんをドロドロに甘やかし、なおいっそう離れられなくしてしまうのだ。


 悪い魔王様の指先が、健康的に湿っている小さなお鼻にトンとふれる。

 クマちゃんはきゅお……と黒いお鼻を鳴らし、あぐあぐにゃしにゃしと、彼の指を甘く噛みしめ、獣のように顔を歪め、愛と喜びを伝えた。


 しかし、甘やかな時間は長くは続かなかった。 

 二人きりの世界を壊す者がいたのだ。


 渋い声の男は彼らの目の前で、額に青筋を立てながら告げた。


「おい、駄目に決まってるだろ。お前らはさっさと仕事に行け」 


『白いのが可愛いのは分かるが、なんでも『ああ』で済ませようとするな』


 彼はそう言いたかったが、……ンニャー――と時間差で鳴く猫のようにふたたび「クマちゃーん」と鳴き始めてしまったもこもこをこれ以上悲しませることができず、遠くへ視線を向けたまま、細くて長いため息を吐いた。


 いつも通り無表情な男はどことなく面倒そうにも見える顔で、マスターに言葉を返すことなく腕の中のクマちゃんを撫でていた。



「はいクマちゃんこっちおいでー。よーしよーし。いい子いい子」


「クマちゃ……!」


 リオは純粋なもこもこを堕落させるルークから、サッと我が子を奪い取った。

 とはいえ、奪わせてくれるということは、一応仕事に行く気があるということだ。

 彼にその気がなければ、リオが本気でかかってもクマちゃんには指一本ふれられないだろう。


「本当は僕も休みたいけれど、午前中につくった道を突破されていないか確認しないといけないからね」


 ウィルは苦笑しながらマスターをチラリと見やった。


「クマちゃーん」


「クマちゃん可愛いねー」


「本当ならその件で会議をする予定だったんだがな……」


 やる気のないウィルの言葉に、渋い男の顔がますます渋くなる。


(何故こいつらは『メシを食いながら話し合う』ということができんのか……。だが『焼肉パーティー』で騒ぐな、酒を飲むなというのも無理な話か……)


 マスターは顎鬚をなで、視線を落として黙考した。


 たった数時間で奥地に潜む敵を大量に討伐するのも、強敵に襲われながら清らかな綿毛で道を塞ぐのも簡単なことではない。

 心配せずに任せられるのは、それだけルーク達の能力が突出しているからだ。


 だがそもそも、そういう環境を整えたのは――じわじわと追い詰められていた状況から救ってくれたのは、子猫のようなもこもこなのだ。

 冒険者達のため、森の街の住民のために、幼子がしてくれたことをあげれば枚挙に暇がない。

 ひと月にも満たないあいだにこれだけの成果をあげられる生き物など、この世のどこを探したって存在しないだろう。


 だというのに、そんな健気な幼子を、自分達はほとんど、まったくと言っていいほど甘やかしてやれていなかった。実に由々しき事態だ。

 しかしそれが分かっていても、森の異変を放置してルーク達を休ませることはできない。したくてもさせてやれないのが現状である。


 そうやって、少しのあいだ頭を悩ませていたマスターは、本日何度目かというため息と共に、うっかり独り言を漏らしてしまった。


「ここでできることといえば、せいぜい事務仕事ぐらいだろうしなぁ……」


 そこで、クマちゃんのお耳がピクリと動いた。


「クマちゃ……」

『事務ちゃ……』


 しっかりと聞いてしまったクマちゃんは、もこもこしたお口をサッと押えた。


 これは新人アルバイタークマちゃんの午後のお仕事である。


 きっとまちゅたーは、お菓子の国に『事務所ちゃん』があればクマちゃんの近くでお仕事ができますよ、ずっとクマちゃんと一緒にいられますよ、と教えてくれているのだ。


 すべてを理解した新人アルバイターはゆっくりと頷いた。

「クマちゃ……」と。


 ルークの大きな手がもこもこの丸い頭をもふ……と優しく撫でる。

 そうしていつものように、低く色気のある声で「すぐ戻る」と告げると、彼はそのままウィルと共に仕事へ行ってしまった。


 きゅお……。


「クマちゃんのお口めっちゃもふっとしてるねぇ。つーか、目もでっかくなってね? クマちゃん可愛いねー」


 新米ママはつぶらな瞳をうるうるさせている我が子を腕のなかで仰向けにして、ピンク色の肉球をそっとつついた。


 猫にそっくりなお手々が、きゅむ……と丸くなり、リオの指先をつかむ。


「クッソ可愛い……」


 リオは目を限界まで細め、悔し気な声で我が子を褒めた。

 指先に、温かいぷにぷにを感じる――。

 クマちゃんの肉球にきゅむっとされている自身の指を直視したリオの胸は、痛みを感じるほど激しく締め付けられた。

 

「おい、クライヴ、どうした。お前も仕事だろうが」


 何故かまだいる男に、マスターが声をかける。


 クライヴは寂しげなクマちゃんを静かに――鋭い眼光で睨みつけるように――見守っていたのだが、そのせいで流れ弾に胸をひとつきされてしまい、ふらりとよろめいていた。

 

 しかし彼も旅立たねばならぬ時間だ。

 男はまるで死にかけの死神のごとく恐ろしい表情でお守りのナイフを握りしめ、震える手でクマちゃんと別れの握手を交わすと、周囲の冒険者達へ凍てつく眼差しを向けた。


「……仕事だ。ついてこい――」冷えた声が告げ、出入口の魔法陣に、雪を纏うブーツがカツンとふれる。


 彼の消えた場所から光の粒が舞い、ふわりと空へ昇っていった。


 だらだらと残っていた精鋭達がキリリと表情を引き締め、急いでクライヴのあとを追う。

 

「寒っ……! なぁ、ついてったら消されるんじゃねぇか……」

「クライヴさんが言うと『仕事』が違う意味に聞こえるんだよな……」

「お偉いさんの暗殺とかな……」


「馬鹿野郎! クマちゃんに聞こえたらどうすんだよ……!」

「すまん……! 俺は赤ん坊の前でなんてことを……!!」


 背中に殺気を感じた彼らはマスター達の方を見ないように気を付けつつ、本日二度目の仕事へ向かった。

 

「うし、速攻終わらせるぞ!」

「ついに、クマちゃんから貰ったこの力を放出する時が来たな……よっしゃ! 三十分で片付けて竜宮城でビール飲もうぜー!」



「クマちゃ……!」

『あんちゃちゅちゃ……!』


 クマちゃんは『クマちゃんリオちゃんパーク』のお偉いさんである『真のリオちゃん王』を怯えたように見つめた。

 真のクマちゃん王はふわふわな体をもこもこもこもこ……と震わせ、もふもふな口元を押さえている。


「クマちゃん、こっち見て『あんちゃちゅ』とか言うのやめて欲しいんだけど。つーかあいつらってマジで余計なことしか言わないよね」


「その『あいつら』もお前にだけは言われたくないだろうよ」


 マスターは疲れたように言葉を投げると、クマちゃんから貰った宝物へ、視線とため息を落とした。

「もうこんな時間か……」


「白いの、俺は一度酒場へ戻るが……」


 と言いかけた彼に、新人アルバイターの美声がかかる。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、頑張るちゃ……』


 では、クマちゃんが頑張って戻らなくていいようにするので、少々お待ちくだちゃい……。


「ん? 聞き間違いか? いまおかしな言葉が聞こえた気がするんだが」


「いやぁ……なんかおかしいこと言ってるよねぇ……」


 リオはなんとなく、我が子の思惑を察した。

『さてはマスターを仕事に行かせないつもりだな』と。


 そうして、彼らが止める前に、新人アルバイタークマちゃんはピンク色の肉球でぽち、ぽち、とカタログのボタンを押した。


 ――クマちゃーん――。

 ――お買い上げちゃーん――。


 ――クマちゃーん――。

 ――お買い上げちゃーん――。



 菓子の国に書類を運んできた鬱陶しい美形ギルド職員は、それを見てパァッ――! と表情を輝かせた。


「なんて美しい……!! まさか、これは美し過ぎる俺の新しい職場ですか?!」


「クマちゃ」


「いや鬱陶しい人はお断りだから」


「ああ、書類か……また随分と増えたな……」


「くっ……! 積み上げられた書類を目にすると逃げ出したくなる発作が……! でも私の可愛いクマちゃんの前で無様な姿はさらせない……!」

「会長ー。俺も心拍数が上がってきたんで、菓子集めに行ったほうがいいような気がするんですがー」

「あぁぁ……生徒会室の机上を想起させる白い山が……。うっ……俺も体調が……」

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