第409話 こそこそと焼肉パーティーの準備をするクマちゃん達。冒険者達が空腹な理由。
現在クマちゃんは秘密裏に焼肉パーティーの準備を進めている。
クマちゃ――と。
◇
ルークに抱かれたクマちゃんと保護者達、生徒会役員達がお菓子の家の外にでると、空腹の冒険者達がキラキラ貝殻風円卓にだらりともたれかかり、顔を伏せていた。
『うう……お腹空いた……』
朝からあんなにたくさん食べたというのに、彼らは何故こんなことになっているのか。それは、誰かが早く帰るためにとんでもない強行軍を強いたせいだ。
クマちゃんの素晴らし過ぎる朝ごはんで力が漲り、戦闘能力とスタミナが二倍以上になっていた冒険者達は、己の強さに『やべぇ俺ら覚醒したんじゃね?』と感動し、調子にのり、はしゃぎまくった。
精鋭であっても入ったことのない奥地での探索。
あちこちにいる『謎のホコリ』を猟銃型魔道具で『清らかなマイナチュイオンちゃん』に変換し、一部を回収する。
思った以上に大量にいた大型モンスターとの激しい戦闘。
さすがにスタミナが切れてきたな……と『マイナチュイオンちゃん』の配置を調整しつつルーク達のもとまで下がった結果――。
『大型モンスター』を呼び集めるため、放射状に作られた道の中心地。
そこで魔王軍のごとく荒々しい戦闘を繰り広げていたルーク様達の、敵の百倍は恐ろしい攻撃が飛び交うさまを至近距離で目撃し、巻き込まれかけ、逃げまどい――。
とにかく大変な目に遭ってしまったのである。
『うーん。午前中はこれぐらいでいいかな……。あとはイチゴの家に戻りながら、途中の道を塞いでおいて、午後になったらもう一度確認に来よう。……おや? 君たちは何故そんなに疲れているの? クマちゃんの野菜ジュースを飲んだ方がいいのではない?』
派手な男に『もこもこ飲料メーカーの野菜ジュース』を飲むように勧められた冒険者達は、『戦闘は終わったはずなのに何故……?』と質問をする気力すらなく、素直にそれを飲んだ。
そして体は元気になった彼らを見たウィル様は、涼やかな声で彼らへ告げた。
『もう大丈夫のようだね。では、走って戻るからついてきて』と。
まだ精神力が回復していない彼らが『いやいやいやいや無理無理無理っす』と断る前に、最速の魔王様は風のように去ってしまっていた。彼らは全力で燃え尽きるまで追いかけた。
『ここに置いてくのだけは勘弁してください!』と。
そうして、よろよろでヘロヘロになった精鋭達は、居るだけで癒される空間、『クマちゃんリオちゃんパーク内・お菓子の国』まで、最後の力を振り絞り、なんとか戻ってきたのだ。
◇
よろよろの彼らを見たクマちゃんは、ハッと口元を押さえた。
大変ちゃ……! と。
しかし、マスターのお話をしっかりと聞いていたクマちゃんは『もうすぐ焼肉パーティーちゃんなので頑張ってくだちゃい……』という言葉をキュ……! と飲み込んだ。
お腹が空いている人に『焼肉パーティー』のお話をしてはいけないのである。
ここからは誰にも気づかれることなく慎重にことを進めなければ。
クマちゃんはうむ……と静かに頷いた。
大好きな彼の腕を肉球できゅむ……と押して、クマちゃんが計画を伝える。
まずはキラキラで素敵なキッチンへ向かい、最高級お肉ちゃんの準備ちゃんをいたちまちゅ……と。
彼は何も言わずにスタスタと『屋外用宝石キャンディキッチンちゃん』へ移動してくれた。
「…………」
空気を読んだリオも無言のまま、『俺のクマちゃん返して欲しいんだけど……』という念をルークに送りつつ二人の後を追う。
珍しくキッチン内に入ったルークが、クマちゃんのお手々を水で洗おうとしたところで、リオの手が彼の肩を強く掴む。
ルークの切れ長の目が、面倒な金髪へ向けられる。
リオは悲し気な表情で、首を横に振った。
お口を開けてリオを見上げたクマちゃんも、つられるように首を横に振り、ルークが何事もなかったかのように、ジャー……ともこもこのお手々を洗う。
「いやいやいや今一回こっち見てたでしょ! 俺に代わってくれるのかなって期待してたんだけど!」
「うるせぇな」
「クマちゃ……」
ルークはもこもこのお手々を優しい温風で乾かすと、鮮やかな手並みでもこもこを着替えさせてから、面倒な男の腕にクマちゃんをもふ……と置いてやった。
自身の手を浄化して待っていたリオは、嬉しそうにもこもこをもふった。
「クマちゃんおかえりー。一緒に準備しよー」
「クマちゃ……」
クマちゃんはそっと頷き、『焼肉パーティー』と言わぬようゆっくりと口元を押さえた。
それを一瞥したルークがキッチンから離れ、視線でウィルとクライヴを呼ぶ。
「おや。僕たちは何を手伝えばいいのかな」
シャラ――。装飾品を鳴らしつつ、円卓に向かうルークの後にウィルが続く。
「…………」
クライヴも円卓でヨチヨチするカフェ妖精ちゃんを見ないようにしながら、彼らの側で待機した。
そして、麗しの魔王様は円卓にだらりと顔を伏せていた冒険者達の首根っこ――の服を片手でつかむと、余計にだらりとしたそれを軽々と持ち上げ、どさ……と地面に置いた。
『ひっ……』
慄いた冒険者達が、機敏な動作で円卓から撤退する。
面倒臭がりなルーク様は『退け』と言うことすら面倒らしい。
地面に置かれた冒険者がうつ伏せのまま「あれ……今一瞬ふわってなったような……」と言っている。問題はないようだ。
――クマちゃーん――。
――お買い上げちゃーん――。
愛らしい音声が響き、謎のアイテムがルークの手で円卓の上、そしてお揃いのデザインの屋外用テーブルにどんどん置かれてゆく。
「なるほど……同じものを買えばいいのかな」
『キラキラクマちゃんアラザンちゃん。銀色の網ちゃん。メレンゲクマちゃんクッキーちゃん。七輪ちゃん。火加減妖精クマちゃんつき』
焼き網の下に置かれた白い容器には炭が入っていた。
その横で、荒々しい字で『ひかげん』と書かれた紙製エプロンを着けた妖精ちゃんが、お手々の先をくわえて出番を待っている。
ルーク達が設置している愛らしい何かを目撃した冒険者達がこそこそと話し合う。
「なんだあれは……!」
「わかんねぇがとにかく可愛いな……」
「網と炭……ってことは、何かを焼くためのもんだろ……もしかして、に」
空腹の人間達が正解に近付いてしまいそうになった、そのとき――。
『火加減妖精クマちゃん』が悲し気な顔でハッと口元を押さえ、ぷるぷると震えだしてしまった。
――――!!
「馬鹿お前、焼くとか勝手に決めつけるんじゃねぇよ! ああ見えて焼かないかもしれねぇだろ!」
「すまん……! そうだな……茹でる可能性もある……いや、あの炭が食いもんなのか……?」
「焼けなくても全然問題ないって……!」
◇
「何騒いでんのあいつら」
冒険者達が『七輪の真横にいる火加減妖精クマちゃん』に『焼かなくていい』と謝罪しているあいだに、天才シェフクマちゃんと調理補助リオは、姿を隠している高位で高貴なお兄さんが用意してくれたと思しき闇色の球体から大量の肉を取り出していた。
「うわ、すげー。種類めっちゃおおくね? これ全部切るの?」
「クマちゃ……」
シェフはお手々でどこかを示した。
リオが視線をやると、カフェ店員妖精ちゃん達が掲げたお手々をフリフリしながら待っている。
「あ、切ってくれる感じ? めちゃくちゃ大量だけどマジで大丈夫?」
リオはずっしりとした塊肉を持ち上げ、どす……と妖精ちゃんの前に置いてやった。
専用お手々袋を着けた妖精ちゃん達が、『クマちゃ……!』と猫手でテチテチテチ! お肉を叩く。
すると、ポン! と音を立て、目の前のそれは一瞬で小さくなった。
「あーなるほどー。小さくしてから切る感じ? 妖精ちゃん凄いねぇ」
「クマちゃ……」
シェフがうむ……と頷いている。
クマちゃ、すごいちゃ……と。
量も種類も凄まじい『最高級焼き肉用お肉』のカットをカフェ妖精クマちゃん達に任せ、焼肉パーティーに欠かせない〝タレ〟の準備に取り掛かる。
まずは、赤い頭巾と赤い幼児用エプロンを身に着けたシェフが材料を読み上げ、シェフを抱えたリオが『ひんやりした箱』からごそごそとそれらを取り出す。
「クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……」
『おちょうゆちゃ、クマちゃ……にんにくちゃ……クマちゃ、クマちゃ……』
「えーと……おちょうゆ、クマちゃん……にんにく……クマちゃんとクマちゃん……」
いつものようにもこもこを撫で、撫でまくり、もふり、可愛い頭を見ながら「めっちゃ丸くね……?」と、その丸さに驚き、終わらぬ「クマちゃ……」に耳を澄ませ、ことを成す。
「クマちゃ……」
『まぜまぜちゃ、入れるちゃ……』
すりおろしとみじん切りを自動でやってくれる素晴らしいキッチンに感謝をしつつ、調理補助は熟成機能付きの容器にさまざまな種類のタレを、シェフの「クマちゃ……」に従い注いでいった。
甘めな『おちょうゆ』ベースに、にんにく、ごま、黒コショウやさまざまな調味料が入ったタレ。
『おちょうゆ』、砂糖、にんにく、たまねぎ、酢がたっぷりのタレ。
おなじく『おちょうゆ』ベースで、にんにくやショウガ、砂糖、リンゴが入ったタレ。
その他にも、甘辛味噌ダレ、ネギ味噌ダレ、粗みじんにんにく塩ダレ、レモンダレなど、国民ちゃん達に喜んでもらえるように様々なタレを作った。
『岩塩ちゃん』も忘れずに用意した。これだけあれば好みの味がみつかるだろう。
「クマちゃ……」
下を向いたシェフが両手でお目目を隠しこそこそしているあいだに、リオが完成したタレの一部を「クマちゃんなにやってんの?」と言いながら妖精ちゃんに引き渡す。
闇取引を終えた妖精ちゃん達は、リオにサッと背を向け、切ったお肉をこそこそとタレに漬け込んだ。『クマちゃ……』と。
「妖精ちゃん達の尻尾も可愛いねぇ」
「クマちゃ……!」
「え、見ちゃダメなの? なんで?」
見てはいけない肉は妖精ちゃん達に託し、リオは「クマちゃ……」と指示を出すシェフの言葉に従った。
かぼちゃやズッキーニ、ナス、玉ねぎ、しいたけなどを調理補助がもくもくと切る。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『サンチュちゃ、レタチュちゃ……』
「クマちゃんすごいねぇ。まだやるんだぁ……」
森の生き物らしく野菜を推すシェフのため、リオはとにかく野菜を洗ったり皿に盛ったり、「クマちゃ……」のお願いに「えぇ……。クマちゃんそんなに食べられないでしょ……」と文句を言いつつ、さらに野菜を追加した。
◇
シェフの愛らしい調理風景をカウンター席で見守っていた生徒会役員達は、マスターが買ってくれたジュースを飲みながら超豪華なキッチンのあちこちにいる妖精ちゃんに驚き、目の前でヨチヨチしながら踊ってくれるマーメイド妖精に胸をギューン! と締め付けられていた。
「私の可愛いクマちゃんの分身が……、私に……私のためだけに愛らしいダンスを……!」
「会長ー。そういうこと言ってると焼き……天使のアレが始まる前に行方不明になりますよ。つーか俺が森に捨てます」
「そうですね。穢れた会長は心を清める旅へ出るべきだと思います。永久に」
数分おきに揉める彼らがいつものようにごたごたし始めたとき、すべての準備を終えてキッチンから出てきたリオが、腕の中のクマちゃんに尋ねた。
「あっちは妖精ちゃんが運んでくれる感じ?」
「クマちゃ……」
クマちゃんは口元をもふっと膨らませ、神妙に頷いた。
うむ……と。
あとは全員の着席と同時に『焼肉パーティー』を始めるだけである。




