第405話 優しさを受け取ったリカルド。動揺し続ける生徒会役員達。もこもこを愛でるルーク様。
現在クマちゃんは大好きな彼と離れていた長く苦しい時を想い、切ない気持ちを伝えている。
ずっと会いたかったちゃ……と。
◇
応接室に戻ったマスターは、もこもこから受け取った『問題の解決に役立つもの』をすぐさまリカルドに渡した。
「感謝いたします。なんとお礼を申しあげたら良いか。……それで、こちらのアイテムはいかほどでしょうか」
「あ~、それは白いのからの贈り物だ。俺に金を渡す必要はない。それから、こっちは『おまけ』と言っていたな。一応俺からも伝えておくが、礼なら白いのに会った時にしてやってくれるか。まぁ、十中八九いらんと言われるだろうが……渡すにしても、金よりおもちゃのほうが喜ぶかもしれんな」
肉球マークが浮きあがる丸い小瓶の置かれている応接テーブルに、もう一つのアイテムがぽふ……と並べられる。
それは、くたっとうつ伏せで寝そべったクマちゃんのぬいぐるみであった。
――――!!
愛らし過ぎるそれを目にしたリカルドが、お宝を発見した悪党のごとく、片頬を上げ、目を細める。
どう見ても悪い事を考えている人間の顔である。が、見慣れているマスターはそれに触れなかった。
(見た目は年相応に若返ったが、こいつは相変わらず表情で損をしてるな……。これだけで本人だと分かりそうなもんだが……)
しかし心の中では悪人顔の美青年を憐れんでいた。
(とはいえ、この歳で朗らかな笑顔だと老獪な王都の人間になめられるか……。ん? まさか、これでも王都にいた頃より穏やかな顔つきだったりするのか?)
子猫サイズの『くたっとしたぬいぐるみクマちゃん』を両手で持ち上げたリカルドは、『風邪に効く液体が入った小瓶』を受け取った時よりも感動に打ち震えているようだ。
「なんと愛くるしい……」
「こいつが説明書だ。……もしかすると、若干読みにくいかもしれんが……」
「まさか……あの子猫が……?」
そうしてリカルドは、『せちゅめいしょ』の愛らしさにも驚嘆し、中身を深く理解する前に己の肩にぬいぐるみをくた……とのせ、何度も感謝の言葉を紡ぎながら、マスターが止める間もなく帰っていった。
小瓶と便箋を大切そうに抱えて。
『せちゅめいしょ』に書かれていた、というより印鑑のごとくポム……と押されていた肉球模様をなぞった時に聞こえてきたのは、だいたいこのような内容であった。
『なんと、牛乳ちゃんに一滴たらちゅだけで、牛乳ちゃんがおいちく薄まります。とても体によいです。風邪ちゃんにも効きます』
『こちらのぬいぐるみちゃんは、健康クマちゃんグッズちゃんです。肩にのせてちゅかってください』
『リカルドちゃ、また、クマちゃのマッチャージを受けにきてくだちゃ。クマちゃ、より』
「…………」
応接室でこめかみを揉むマスターは、結局最後までリカルドに『おい、今のせてどうする』と言えなかった。
◇
ルーク達が『豪邸ちゃんになる予定のお菓子の家』に入る少し前のこと。
生徒会役員達は、お菓子の家のドアを開けた瞬間から、中央でぷるぷるしている『クマウニーちゃん』にやられ、ふらふらしていた。
「私の可愛いクマちゃんが……! 私の可愛いクマちゃんがボロボロにほつれた布を頭に……! 早くお着替えを……でももう少しだけ見ていたい……くっ……これがジレンマ……」
「クソ……! 家の中にボロを纏ってぷるぷる震える天使だと……?! そんなの助けるに決まってんじゃねぇか……!」
「そんな……!! 美クマちゃんの毛並みが……! 何故こんなことに! 専用のブラシセットはどこですか?!」
リオはうるさい生徒会役員達の背後で鬱陶しそうに顔をしかめていた。
「こいつらずっと騒いでるじゃん。つーか家に入る前から騒いでたし、元気すぎじゃね?」
さっきは新築祝いの演出で。その前は作業員妖精達の可愛い整地作業で。
さらに前はクマちゃんが笛をピヨピヨ……ピヨピヨ……と鳴らしたとき。
と、彼らはクマちゃんが何かをするたびにいちいち動揺し、ざわついているのだ。
生徒会役員達に菓子集めをさせるという目的を忘れていないリオは、ボロを纏いしクマウニーちゃんの前で震えている彼らに携帯用の『お菓子の国、商品カタログ』を入手させると、『ふわふわクマちゃんアイス、クマウニーちゃん用』を手早く人数分購入した。
そうして配達員が到着する前に、新築祝い代わりにテーブルと椅子を選ぶ。
「クマちゃんどれがいい?」
「クマちゃ……」
クマちゃんの肉球が示したのは『宝石クマちゃんキャンディ、海色ガラステーブル風。アヒルさん浮き輪クマちゃん付き』だった。
「おおー。めっちゃ綺麗だねー。んじゃこれと……ソファは俺らのやつと同じでいいよね。違うの欲しかったら自分で菓子集めて買えって感じで」
リオが選んだソファは『ふわふわ半円おくつろぎソファ。おくつろぎ妖精クマちゃん付き』である。クマちゃんの選んだテーブルを挟んで向かい合わせに置けばいいだろう。
そうして「はい、クマちゃんここ押してー」というリオの声に合わせ、クマちゃんが「クマちゃ……」と肉球を動かす。
ぽち。
――クマちゃーん――。
――お買い上げちゃーん――。
の音声が三回ほど響いた。
そのあいだ、儚げな美形生徒会長はクマちゃんの肉球へあやしい眼差しを送っていた。
「私の可愛いクマちゃんが肉球で肉球のボタンを……」と呟きながら。
◇
購入したそれらを設置してみると、まだ『豪邸』ではないお菓子の家の雰囲気からは大分浮いていたが、実に高級感のある素晴らしいアイテムであった。
宝石クマちゃんキャンディをふんだんに使用した円形テーブルの中で、キラキラと輝く色鮮やかな波が、白い砂浜へざざ――と打ち寄せる。
「まじですげー……けどどうなってんのこれ」
リオが中指でノックすると、コンと綺麗な音がした。
硬質なテーブルの上には、『艶めく黄色いアヒルさん型ゼリーな浮き輪』に仰向けですっぽりはまった妖精クマちゃんが、どういうわけか、波で上下するかのようにプカプカと浮かんでいる。
「仕組みが謎過ぎる……」
「クマちゃ……」
『かっこいいちゃ……』
リオは不思議がっているが、クマちゃんはご満悦だ。
カラフルな果物の絵が描かれたよだれかけに引っ掛けている――かのように描かれているサングラスが格好いいらしい。
生徒会役員達は柔らかすぎるソファに驚き、背凭れでおねんねしている子猫そっくりな妖精クマちゃんの愛らしさに慄き、本物の海に見えるテーブルの材質……というよりその上でプカプカしているもこもこ妖精とアヒルさんの組み合わせに衝撃を受けていた。
――宅配ちゃんですちゃーん――。
「あ、ちょうどアイス届いたっぽい」
「クマちゃ」
クマちゃんを抱えたリオが扉を開けた瞬間。
油断などまったくしていなかったというのに、腕の中から愛しの我が子が消えていた。
「……リーダーそういうの良くないと思うんだけど!」
「気ぃ抜きすぎだろ」
色気のある低音が、だるそうに響いた。
美しい切れ長の目でリオを一瞥したのは、何故か気配を絶っていたルークだ。
横を通り過ぎる際、ふっと空気の揺れを感じたリオの心は『いま鼻で笑われたような……』と少々ざわついた。
――警戒心の強いリオがドアを開けるときに気を抜くなどありえない。しかし最強冒険者ルーク様からするとまだまだ甘いようだ。
「リーダーなら相手に隙がなくても欲しいものを奪えるからね。予告されても護り切れるかどうか……」
グイッとリオの肩を押しのけて、派手な男がするりと部屋の中に入ってくる。
真面目な表情で真面目なことを言っているが、まるで邪魔な物のように扱われたリオは目にクワッ! と力を籠めて不満を述べた。
「いまめっちゃ普通に退かしたよね」
「クマちゃ、クマちゃ……」
「ああ」
クマちゃんは大好きな彼に甘え、胸元におでこをぐいぐいと擦り付けている。
無表情な男にはそれだけでクマちゃんの想いが伝わったようだ。
外ではクライヴが『クマちゃんアヒルちゃん運送』でお仕事中の妖精ちゃんから紙を受け取り、可愛い妖精に視線を向けぬよう細心の注意を払いつつサインをしていた。
◇
「つーか帰ってくんの早くね?」
「そうかな。僕にはとても長い時間に感じられたよ。愛らしいクマちゃんと過ごしていると、時間が経つのが早いのかもしれないね。明日の仕事は僕と代わるかい?」
「やっぱ気のせいだったっぽい」
リオは何事もなかったようにウィルの言葉を流してから、まだまだ殺風景な部屋へチラリと視線をやった。
その意味に気付いたウィルが、くすりと上品な笑みを零す。
「せっかくだから、僕も新築祝いに何か贈ろうかな。……うーん、君たちの好みを教えてくれる?」