第402話 心と体がじんわり健康になる『健康クマちゃんグッズ』。お仕事中の彼ら。クマちゃんのお友達。
現在クマちゃんはお友達ちゃんにお手紙を渡しに来ている。
◇
リオの手にあたった『健康クマちゃんグッズ』から『クマちゃーん』と愛らしい音声が流れる。
――ふみふみするちゃーん――。
そうして宣言通り、クマちゃん先生人形の肉球がふみぃ……ふみぃ……とリオの手をふみふみし始め、その健気な様子を見てしまったリカルドは、またしても衝撃映像を見てしまった悪党のような顔つきでそれを凝視することになった。
(なんだこの人形の複雑な動きは……! 誰が作った魔道具なんだ……? どうやって作っている? 素材は? いやそんなことはどうでもいい……! なんという愛らしさだ……!)
「やべぇめっちゃ可愛い。すげぇふみふみするじゃん……。なんか健康になってきたっていうか肉球があったかくて手がぽかぽかする感じ。肩こりに良さそう。凝ったことねぇけど」
「あ~、確かに愛らしいが……これを商業ギルドに持って行くのはどうなんだ? リカルド、使う時は人に見られないようにしろよ」
腕組みをしたマスターが難しい表情でリカルドを見る。が、『健康クマちゃんグッズ』を睨みつける男には聞こえていないようだ。
マスターはため息を吐き、リオに告げた。
「リオ、書類仕事をしないお前にマッサージは必要ないだろ。返してやれ」
「えー……もうちょっと待って」
リオは自身の手をふみふみする人形を見た。
確かに肩は凝っていないが、健気にふみふみしている『クマちゃん先生人形』には抗えない魅力があるのだ。
(やべぇ。ずっとこのままでよくね……? ってぐらいぼーっとする。肩までぽかぽかしてきたし)
『クマちゃん先生人形』がリオの凝っていない肩をほぐすため懸命にふみふみしている。なんという健気さ。可愛すぎる。
超健康な男リオは『健康クマちゃんグッズ』である『クマちゃん先生人形』をクマちゃんくじで入手すると心に決めた。
そうして『クマちゃん先生人形』がふみふみを始めてから三分ほど経ったあたりで、ふたたび『クマちゃーん』という音声が流れた。
――お元気になったちゃーん――。
ふみふみが止まってしまい、リオは寂しさを覚えた。
残念ではあるが持ち主へ返さねば。と、人形を掴もうとしたところで『クマちゃーん』ともう一度だけ音声が流れる。
――おちごとがんばってちゃーん――。
「めっっちゃ可愛い」
リオは悔し気に唸った。
「…………」
マスターは無言で『健康クマちゃんグッズ』の素晴らしさを嚙みしめ、明日のクマちゃんくじの景品はこれしかないだろうと胸に刻んだ。
リオはクマちゃん先生人形の頭を撫でてから、リカルドの手にぽんとそれを載せた。
「ハイ、返す。大事にしなかったらぶん殴って取り返しにいくから」
「おい、客を脅すな」
取り返すだけで十分だろ。とマスターは言った。
商業ギルドマスター、リカルドは自身のもとに戻ってきた『健康クマちゃんグッズ』という名のとんでもない魔道具をじっと眺め、慎重に言葉を探した。
(もしやアーティファクトか? ……だがどうみても新しい。それに姿形が子猫とそっくりだ。……私の健康のために……このような素晴らしい品を……)
会ったばかりの人間を信用して貴重な魔道具を手放してしまう純粋なもこもこの優しさに魂を揺さぶられた男は、『とにかく幼い子猫を護らねば』と思いめぐらせた。
「……まだ理解できていないことのほうが多いですが……ここで見たことは決して他言しません。問題を解決したら改めてお礼に参ります」
リカルドはできうる限りの優しい表情でクマちゃんに微笑んだ。つもりで、ハッと冷ややかな笑みを零す。
「クマちゃーん」
恐ろしい悪役顔を下から見てしまったクマちゃんが愛らしい悲鳴を上げる。
「おっちゃん顔こえーから笑わない方がいいと思うんだけど」
というリオの言葉は、最後にもこもこと握手をしようと肉球を狙う男には届かなかった。
◇
マスターはまだお仕事があるらしい。
「すまんな白いの……。ああ、そういえば今日の分の便箋がまだだったな。これで手紙でも書いたらどうだ」
「クマちゃ」
「えぇ……。あの変態また泣くんじゃねーの」
本日の便箋五十枚を貰ったクマちゃんは「クマちゃ……クマちゃ……」と言いながら、可愛い肉球とキラキラ光る朱肉を使ってお友達の会長へお手紙を書いた。
――作業スペースがマスターの執務机であるため、肉球にぷにっとされた机もキラキラとピンク色に煌めいた。
リオは気付いていたが、彼自身はまったく困らなかったのでマスターには伝えなかった。
クマちゃんはぽむ……ぽむ……、と朱肉をつけた肉球を上手に便箋に押し付け、ハッとした。
たしか最初に貰った便箋は五十枚ちゃんであった。
そうして次に貰った便箋は……。
よく考えなくても合計で何枚貰ったか忘れてしまったクマちゃんは、完成したお手紙を肉球でクシャ……ビリ……と丁寧に折りたたみながら、うむと頷いた。
天才であるクマちゃんは瞬時に理解したのだ。
こういう時は最初から数え直すしかないと。
「クマちゃんのお手紙やぶれてるねぇ」
リオのかすれ声がもこもこの耳をそよそよと吹くそよ風のように通り抜ける。
そうしてマスターの知らぬ間に、もこもこへ渡さねばならぬ便箋の枚数は『百万枚』に戻された。
――一括で渡さぬからこういうことになるのだ。
と彼に告げる者は誰もいなかった。
◇
遅れてやってきたお兄さんと共に、学園の裏の森へやってきたクマちゃんとリオ。
ここへくる直前、クマちゃんははじめてのお友達であるゴリラちゃんの行方をお兄さんへ尋ねた。
すると、なんと仕事中であるという驚きの答え、あるいは頭に響くお告げが高位で高貴なお兄さんから返ってきてしまった。
だがゴリラのぬいぐるみが仕事をしているという珍事に目を剝いたのはリオだけで、毎日忙しいクマちゃんは「クマちゃ……」と納得したようだ。
そのため、リオは言いたいことや訊きたいことを「えぇ……」と飲み込むしかなかった。
ともかくイチゴ畑に水を……と看板のあるほうへ足を運ぶと、そこには儚げな美形生徒会長、野性的な副会長、真面目そうな会計がジョウロを持って待ち構えていた。
「私の可愛いクマちゃん……! 私達が休みだと気付いて迎えに来てくれたんだね……!」
「クマちゃ……」
「いや全然違うけど」