第2話 謎の生き物〝クマちゃん〟
現在、クマちゃんは強大な敵と戦闘中である。
おいしい木の実を発見するより先に、敵から発見されてしまったのだ。
◇
鬱蒼とした森の中。若干チャラそうな印象の青年が、あれ、と動きを止める。
「リーダー、あの犬がくわえてるぬいぐるみ、何か動いてない?」
黒い服に身を包んだ青年は、美しく精悍な顔を、ふとそちらへ向けた。
黙ったまま、金髪の青年が見ている先に目を凝らす。
するとたしかに、少し離れた木々の間に、犬にくわえられ、かなり短い手足を弱々しく動かし、藻掻いているような、白い何かが見える。
「……何だあれ」
抑揚に乏しい声が、低く響いた。
樹々すら魅了しそうな色気が、空気を震わせる。
普段は表情も変えない黒服の青年が、めずらしく眉間に皺を寄せてそれを見ていると、白い何かの動きが、少しずつ弱くなっていく。
彼は一瞬思考を巡らせ、微かにため息を吐いた。
そうして、かわいそうな白い綿毛を救出すべく、ふっと消える影のように、深い緑の中を駆けて行った。
◇
黒服の青年は、たった今助けたばかりの純毛生物に、静かな眼差しを向けた。
犬から助けたもこもこは無事なのか。
腕の中に、温かで柔らかな生き物が、もふ……とおさまっている。
まるで、耳の丸い猫のような、クマのぬいぐるみのようなそれは、つぶらな瞳を潤ませ、彼を見つめていた。
男性にしてはほんの少し高めの、かすれ気味の美声が、リーダー、と彼を呼ぶ。
ざぁ、と草木が揺れる音に、問いが重なる。
「それ何の生き物?」
「…………」黒服の青年が、無言を返す。
ぬいぐるみのような生き物など、見たことも、聞いたこともない。
問われたところで答えようもなかった。
本人に訊くしかないだろう。
人間の言葉が通じるようには見えないが。
とりあえず怪我の手当が先か。
白い何かの頭には、気の毒なことに、犬の歯形がついてしまっていた。
ふわふわな耳に入らないよう気をつけつつ、もこもこした頭に回復薬をかけてやる。
黒服の青年は、歯型が消え心なしか元気になったそれに、一応声をかけた。
「お前はクマなのか」
クマにする質問ではなかった。
「クマちゃん」
クマの答えではなかった。
クマのぬいぐるみのような、不思議な生き物の口から、猫のような、幼い子供のような声が聞こえた。
幻聴でなければ、この生き物は人間と同じ言葉を話せるようだ。
葉の隙間から零れる光の粒が、美麗な青年を照らす。
男は動かぬ美術品のような顔で、深刻とはかけ離れたことを考えていた。
クマとの違いがわからねぇ。
一人と一匹から数歩分、離れた場所に立っていた金髪の青年は、鳴き声にも似た答えを聞いて、「えっ?!」と声を上げた。
「話せるんだ……。ってゆうか違いがわかんないんだけど」
少々軽そうな口調の彼にも、『クマ』と『クマちゃん』の違いはさっぱり分からなかった。
「名前は」と黒服の青年が尋ねる。
「クマちゃん」とクマちゃんがこたえた。
幼子や猫のように愛らしい。
が、こたえは先ほどと全く同じだ。
「えぇ……」
金髪が、かすれ気味の声を漏らす。
同じじゃん……と言いたげな顔で。
一人と一匹の妙な会話に、チャラそうな青年は情報収集を諦めた。
そうしてクマちゃんに、えーと、と声をかける。
「とりあえずクマちゃん? の名前?」たくさんの疑問符が飛ぶ。
「……も聞いたし、俺達の名前も一応教えておくね」
「俺がリオで、こっちがリーダーの」
「ルーク」黒服の青年が役目を奪う。
過剰な色気が、ふわふわなお耳を、るーく、と撫でてゆく。
黒服の青年は、もこもこした生き物を抱えたまま、他にも怪我がないか確かめている。
高く高く伸びる樹々が、深い森に影を作り、細い光がレースのように、緑の中できらめく。
真っ白な被毛がふわりと、濡れた鼻がぴか、と光る。
白の向こう側で、花びらが揺れた。
チャラそうな青年が、ふと呟く。
「いつもはもう一人いるんだけど」
リオは、黒服の青年と彼に撫でられるクマちゃんを眺め、まったく別のことを考えていた。
ああいうリーダー見たの俺、初めてかも。
……なんか嫌な予感がする、と。
彼の予感は結構よく当たる。