第382話 ヨチヨチ! クマちゃんと『おちゃんぽ』。真の冒険者。
現在クマちゃんはちゅめたいアイチュを探しに来ている。
うむ。素晴らしいおちゃんぽちゃんである。
◇
高級素材というリオの言葉に反応したのは口の悪い相談者――だけではなかった。
クマちゃんオススメの『リラックチュ』する音楽で、幸せすぎる夢を見ていた者達は、ハッと目を覚ました。実に冒険者らしく。
『高級素材……?!』と。
――幸せな夢は当然もこもこしていた。
『やわらかマチュマロソファ』から体を起こし、さりげなく立ち上がる。
「俺ちょっと『ちゃんぽ』してくるわ」
「あ、マジで? すげー偶然。オレもこれから『ちゃんぽ』」
そうして彼らは、クマちゃんを抱えたルーク、リオ、ウィル、マスター、不死身の男、相談者の後を無言で追いかけていった。意味もなく時々木陰に隠れつつ。菓子集めをしていたアルバイター達も『高級素材……?!』と合流しつつ。
◇
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『アイチュちゃ、いっぱいちゃ、あちゅめるちゃ、作るちゃ……』
『アイチュ』があれば色々な『おやちゅ』が作れまちゅね。できるだけいっぱいあちゅめましょう……。
「ああ」
クマちゃんの『ちゃ』と『ちゅ』が多い話に、色気のある声が答える。
「…………」
リオは『耳がちゃっちゅちゃっちゅしてきたんだけど』と言いたいところをぐっとこらえた。
高級素材をゲットするチャンスを逃すわけにはいかない。
この機会に、『ブラックお菓子カード』で『クマちゃんソフトクリームバニラ味』を買った時の金を三倍にして返すのだ。
「でも、これだけのアルバイト達がいるのに誰も見つけていないということは、そうとう遠い場所にあるか、分かりにくい場所にあるということなのかな」
「後ろにいる奴らがどこまで出かけたかにもよるが……」
マスターは片眉を上げ、渋い表情をしながら答えた。
「冒険者が普通に探す程度では発見出来んのは確かだろうな」
何故かこそこそしながらついてきている馬鹿共は、一応精鋭なのだ。
まったく自分で探さずに答えを訊きにきたということはないだろう。
後ろの冒険者達はこそこそしきれずに会話を始めた。
「……お前、どこを探した?」
「青い道の先。普通に」
「俺は宮殿の裏から五百メートルぐらいまで」
「わたし……探してる途中で、気付いたらアイス買ってた……」
「俺も……」
「お前もか……」
「だよな……アイスは買うよな……」
彼らは軽く情報交換をした。まず、素材を探しにでかけた。ここは全員一緒である。
『クマウニーちゃん用の家具』を購入するための高級素材を取りにいったものもいる。
森には野良妖精クマちゃんがたくさんいた。お仕事妖精クマちゃんよりも少々おっとりしているようだ。可愛いもこもこ妖精のヨチヨチをハラハラしながら見守っていると、案の定転び掛けた。
――ここで『助けた』と全員が回答。そしてアイスを――。
彼らは真剣な表情で頷いた。『だよな……』『そうよね……』『ですね……』と。
つまり、マスターが想像するほど精鋭らしい働きをした者はいない。
冒険者達に『目的を達成するまで寄り道をしない』という試験があれば、もれなく失格である。
「クマちゃーん、クマちゃーん」
『おちゃんぽちゃーん、アイチュちゃーん』
ふんふん、ふんふんふん。
「クマちゃんめっちゃご機嫌だねぇ」
リオは優しく目を細めた。
我が子が幸せそうで、思わず笑顔になってしまう。
「おや。ここは『チョコレート』が獲れる洞窟の側だね。水音が聞こえるのは川なのかな」
「ああ、……小さいのがいっぱいいると心配になるな。柵はあるのか?」
「なければ俺が購入する――」
ウィルとマスターの会話に、やたらと表情の険しい男が口を挟む。
もこもこにそっくりな妖精達が『クマちゃ……!』と川に流されるなどあってはならない。
そうして、ますます金が掛かりそうな話をしながら、彼らは川岸にたどりついた。
◇
もこもこのお手々が輝く川の向こうを示す。
「クマちゃ……」
『あっちちゃ……』
たぶんあっちでちゅね……。
というもこもこの言葉よりも、大人達には気になることがあった。
その川には橋が架かっていなかったのだ。
そのうえ妖精達がヨチヨチしながら――ジュースかもしれない――水を汲みに来ている。
もこもこした妖精は、お手々にもった小さなコップを川に『クマちゃ』した。
そうしてちょっとだけ掬えた水を、その場で飲み始めた。
『クマちゃ』と。
「いやいやいやめっちゃ危ないし水位高すぎでしょ! 氾濫寸前じゃん」
リオは素早く岸へ駆けつけ、ヨチヨチ妖精達のコップに次々と水を汲んでやった。
当然凶悪な顔のクライヴも。森の街の子供が逃げ出しそうな顔つきで。
ガサガサと茂み出てきた冒険者達がヨチヨチ達を保護しながらカタログをパラララ――とめくる。
急いで柵を……! と。
全員が真剣な表情だ。会議中よりも――。
「そうだね……。この子達が建物がある場所へ移動しやすいようにしたらいいのではない?」
ウィルはそう言って、妖精クマちゃん用のドアを購入した。
――クマちゃーん――。
――お買い上げちゃーん――と。
◇
危なっかしいにもほどがある野良妖精クマちゃん達には、カフェでフリードリンクを注文するように伝えた。支払いはこの場にいる者全員である。マスターが払おうとしたのだが、全員が視線で、言葉で止めたのだ。
「自分が……!」と。
おっとりした野良妖精クマちゃん達は一生懸命お手々を上げ、肉球を振ってくれた。
『クマちゃ……!』と。感謝を伝えているらしい。
くっと胸を締め付けられた彼らのドキドキハラハラな冒険は続く。
『宝石クマちゃんキャンディちゃんのキラキラな橋。ロモコモコ調。貝殻ちゃん風』を購入しつつ。そして時々貝殻風ランプ、妖精クマちゃん用のドアを購入しつつ。
◇
「クマちゃーん、クマちゃーん」
『おちゃんぽちゃーん、アイチュちゃーん』
ふんふん、ふんふんふん。
「クマちゃん可愛いねー」
「ああ」
「みんなで夜の散歩、というのは初めての経験だけれど、とても素晴らしいね。癒しの空気のおかげで、体が軽くなっていくのを感じるよ」
「冒険者にとって『夜の散歩』っつーのは、普通は仕事のことだからなぁ……。まさかこの歳で本当に散歩をすることになるとは……」
「『冒険者』というのであれば『敵』と戦うよりも未知の素材を探索するほうがそれらしいだろう――」
白き天使こそ、真の冒険者だ――。
特に目印もなく、真の冒険者の肉球が示す方向へ進んでいった彼らの目に止まったのは、カゴを抱えてヨチヨチするお仕事妖精クマちゃんだった。
何でも疑う男リオは腕組みをして目を細めた。
彼は多少薄暗くてもよく見える、特別な左目を持っているのである。
「怪しい。めっちゃ白い布被ってる……」
白いもこもこが白い布を……。怪しい。怪し過ぎる。
カゴの中身は――白い木の実のようなもの。
一見アイスとは関係がなさそうなところまで怪しい。
もこもこ頭に巻かれた三角形の布は、料理のときに被るやつでは――。
「あ~。まぁ、お前の言いたいことはわかるが……」
マスターは顎鬚をなで、答えた。
ついて行ってみるか、と。
◇
現在、真の冒険者達は全員で樹の陰、草むらに隠れている。
もこもこの目的の『アイチュ』を発見――というより『アイチュ』作っている妖精クマちゃん達を発見してしまったからだ。